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【暴食の章】目覚めの代償、魔導師の基礎

意識が浮上した瞬間、最初に感じたのは――違和感だった。


天井が見える。

見慣れた宿屋の天井。

体は痛むが、致命的な違和感はない。


だが、妙に静かだった。


「……朝、か?」


声を出そうとして、喉の渇きに気づく。

体を起こそうとして、全身のだるさに眉をひそめた。


長く、眠っていた。


直感がそう告げていた。


枕元の水を飲み干し、窓に目をやる。

差し込む光は、朝というより昼に近い。


嫌な予感が胸をよぎる。


「……何日だ?」


扉が開き、宿の主人が顔を出す。


「お、起きたか。丸二日だぞ。あんた、ずいぶん深く眠ってた」


――二日。


その言葉が、重く落ちた。


胸の奥で、何かが軋む。


時間。

今、一番惜しいもの。


食都の祭りは迫っている。

修行の時間は足りない。

ベヒーモスの顕現化も、まったく進んでいない。


それなのに。


「……やってくれたな」


誰に向けた言葉でもなく、呟く。


体を無理やり起こし、装備を整える。

傷は塞がっている。治療はされたのだろう。


だが、失われた時間は戻らない。


焦りが、思考を追い立てた。


宿を飛び出し、そのまま向かう先は決まっている。


――クラウソラス研究所。


魂縛石。

ベヒーモス。

顕現化。


それしか、頭になかった。


研究所に辿り着き、資料室へ雪崩れ込む。

魂縛石を取り出し、呼吸を整え、術式を組む。


顕現化。


何度も失敗してきた。

だが、成功例はある。他の魔獣では出来た。


なら、理論は合っているはずだ。


魔力を流し、イメージを固める。


――顕現。


……反応が、ない。


石は沈黙したまま、微動だにしない。


歯噛みする。


魔力を増やす。

制御を細かくする。

術式を変える。


それでも、だめだった。


「……くそ」


机に手をつき、深く息を吐く。


なぜだ。

何が足りない。


クラウソラスから受け継がれるべきもの、という抵抗は理解している。

だが、それだけでは説明がつかない。


自分は、何を見落としている?


そのとき。


「焦りすぎだ」


背後から、低い声が落ちてきた。


振り返るまでもなく分かる。


「……クロノス」


いつの間にいたのか。

相変わらず、気配が薄い。


「目、覚めたらしいな。二日も寝ておいて、いきなり難題に突っ込むとは感心しない」


「放っておいてくれ。時間がない」


吐き捨てるように言うと、クロノスは肩をすくめた。


「だからこそだ。少し、俺の研究を手伝え」


「は?」


意味が分からない。


顕現化ができない理由を探しているのに、研究の手伝い?


「遠回りに見えるが、近道だ。嫌なら別にいいが」


一拍の沈黙。


結局、舌打ち混じりに頷いた。


「……分かった。何をする」


クロノスは、にやりと笑う。


「話が早い」


次の瞬間、視界が歪んだ。


転移魔法。


足元の感覚が消え、世界が反転する。


――気づけば、別の研究所だった。


クラウソラスの研究所とは、雰囲気がまるで違う。


整然としているが、冷たい。

魔法陣よりも、歯車や金属音が目立つ。


「……これは」


「俺の研究所だ」


奥で、何かが動いた。


金属が擦れる音。

重たい足音。


姿を現したのは――魔獣だった。


だが、生物ではない。


金属の外装。

関節部に刻まれた魔法陣。

目にあたる部分には、淡い光。


「機械の……魔獣?」


「そうだ。魂を持たない。だが、戦闘能力は高い」


嫌な予感がした。


「……これと、どうしろと」


クロノスは、あっさり言った。


「戦え」


次の瞬間、機械魔獣が跳躍した。


速い。


反射的に距離を取るが、追撃が鋭い。


魔法を放つ。

直撃――したはずだが、効きが悪い。


「威力不足」


クロノスの声が飛ぶ。


「魔力の乗せ方が甘い。基礎だ」


回避。

反撃。

魔道具を使う。


だが、動きが読まれている。


「戦術が散漫だ」


攻撃を受け、吹き飛ばされる。


「魔導師としての自覚が足りない」


息を整えながら、歯を食いしばる。


「……基礎、基礎って」


「基礎だ」


冷たいほど淡々とした声。


「お前は才能がある。だが、魔導師としての土台が弱い」


機械魔獣が、再び迫る。


「だから、こうして戦わせる」


魔法を撃つ。

避けられる。


「考えるな。感じろ」


クロノスの言葉が、妙に刺さった。


魔力。

身体機能の一部。

筋肉と同じように、使って、鍛えるもの。


知識ではなく、感覚。


動きの中で、魔力を流す。


一歩、踏み込む。


魔法を放つ――近距離で。


機械魔獣の装甲が、軋んだ。


「……ほう」


クロノスが、わずかに目を細める。


「今のだ。忘れるな」


攻撃。

回避。

詠唱短縮。


戦闘は、訓練だった。


痛みを伴う、最悪の基礎練習。


だが。


少しずつ、分かり始めていた。


なぜ、顕現化がうまくいかないのか。

なぜ、力が噛み合わないのか。


――自分は、まだ魔導師として未完成だ。


その事実を、機械魔獣が叩き込んでくる。


「今日はここまでだ」


クロノスが、機械を停止させる。


息を切らしながら、床に座り込む。


「……で、これが顕現化とどう関係ある」


問いかけると、クロノスは静かに答えた。


「魂を扱う前に、魔力を扱え。

基礎なくして、継承はない」


その言葉が、重く胸に落ちた。


遠回りに見えて、確かに必要な道。


焦りは消えない。

だが、進むべき方向は見えた。


魔導師としての、本当の修行が――始まったのだ。

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