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【暴食の章】狂う方位、歪む魔力

 アルシャルノ山の内部は、外から見た印象とはまるで違っていた。


 木々は密集しているが、鬱蒼としているわけではない。

 枝葉の隙間から差し込む光は十分にあり、視界も悪くない。


 それなのに――落ち着かない。


「……なぁ、零」


 サミエムが歩きながら、低い声で言った。


「さっきから、距離感がおかしくないか?」


「分かるか」


 俺は頷いた。


 感覚が、ずれている。


 進んでいるはずなのに、進んでいないような感覚。

 あるいは、同じ場所を何度も通っているような違和感。


「足跡は……」


 アレクシエルが振り返り、地面を見る。


 そこには、確かに俺たちの足跡が残っていた。


 だが。


「……数が合わん」


 三人で進んでいるのに、足跡が二人分しかない場所がある。

 逆に、四人分に見える箇所もある。


(幻覚じゃないな)


 感情を見る。


 ――だが、山は相変わらず沈黙している。


「磁場だ」


 俺は、腰から簡易の方位磁石を取り出した。


 針が、狂ったように回転している。


「……使い物にならんな」


「ってことは?」


「方向感覚は、全部自分たち頼みだ」


 アレクシエルが舌打ちした。


「遭難前提の山、か。笑えん」


 さらに悪いことに――魔力の流れも、おかしい。


 試しに、俺はごく弱い魔力を流してみた。

 術式を組むほどではない、単なる感覚確認。


 瞬間、頭の奥がズキリと痛んだ。


「……っ」


「どうした?」


「魔力が……弾かれる」


 正確には、拒絶されているわけではない。

 歪められている。


 術式を組む前段階で、魔力が意図しない方向へ引っ張られる。


「金鉱脈か」


 アレクシエルが、岩肌を見て言った。


 よく見ると、岩の隙間に金色の筋が走っている。

 純度は低いが、量が異常だ。


「この規模だと、磁場が乱れるのも無理はないな」


「魔術師殺しの山だな」


 サミエムの言葉に、冗談めいた響きはなかった。


 魔術の制御が乱れる。

 方位磁石が使えない。


 つまり――


「一度、深く入りすぎたら戻れない」


 俺が言うと、二人とも黙って頷いた。


 山は、力で殺すつもりはない。

 迷わせ、削り、判断を狂わせる。


 それが、アルシャルノ山のやり方だ。


 さらに進む。


 すると、地面の感触が変わった。


 硬い岩のはずなのに、微かに“沈む”。


「……待て」


 俺は手を上げた。


 一歩先の地面。

 よく見れば、色が僅かに違う。


「罠か?」


「いや、自然の落とし穴だ」


 下は、空洞になっている。

 金鉱脈を掘り進める過程で生まれた、自然崩落。


 落ちれば、這い上がれない深さ。


「……殺しに来てるな」


 サミエムが呟く。


 だが、恐怖の色はない。

 代わりにあるのは、集中。


 彼は、剣を抜かなかった。


 代わりに、小さな金属片を指で弾く。


「エンチャントは……まだ安定しない」


「使うな」


 俺は即座に言った。


「ここで無理に魔力を流せば、暴発する」


 サミエムは、悔しそうに唇を噛んだが、頷いた。


 努力家ゆえに、分かっている。

 使えるから使う、では駄目だと。


 そのとき。


 風が、止まった。


 完全な無音。


 音が消えると、感覚が過剰に研ぎ澄まされる。


 心臓の鼓動。

 血の流れる音。

 呼吸の擦れる感覚。


 そして――


(……来ない)


 敵が来る気配は、ない。


 だが、疲労だけが蓄積していく。


 精神が削られる。


 迷いが生まれる。


 ここで判断を誤れば、終わりだ。


「……休憩だ」


 俺は言った。


「まだ早いぞ?」


「だからだ」


 ここで止まれるかどうかが、生死を分ける。


 腰を下ろし、呼吸を整える。


 サミエムは黙って水筒を差し出した。

 アレクシエルは周囲を警戒しつつ、背を預ける。


 その静寂の中で、俺はふと、違和感を覚えた。


 ――見られている。


 まただ。


 だが、今度は違う。


 山ではない。


 もっと遠く、もっと高い場所から。


(……アリフィカ)


 言葉はない。

 感情もない。


 ただ、黒い沈黙だけが、こちらを覆っている。


 彼女は、見ている。


 この選択も。

 この迷いも。


 そして――救わない。


 それが、彼女の立場だから。


「……行こう」


 立ち上がる。


 まだ、敵とは遭遇していない。


 だが、この山はすでに牙を剥いている。


 次は、生き物だ。

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