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【序章】研究対象

 ヘリオは部屋に入るなり、扉にいくつもの魔道具を貼り付けた。


 音を遮断するもの。

 気配を歪めるもの。

 感情の波を外に漏らさないもの。


 どれも年季が入っている。


「……そこまで?」


 僕が言うと、ヘリオは首を横に振った。


「足りないくらいだ」


 その声音には、冗談の余地がなかった。


 彼は椅子に腰掛けることもせず、立ったまま話し始めた。


「三日後。

 縁談が成立しても、しなくても――君は消える」


 昨日と同じ言葉。


 だが、今度は違う。


 これは予感ではなく、情報だ。


「理由を聞かせてください」


「いいだろう」


 ヘリオは、外套の内側から一冊の古い帳面を取り出した。


 紙は黄ばみ、角は擦り切れている。


「魂術師の記録だ」


 ページをめくる。


 名前。

 出身地。

 簡単な能力の概要。


 そして――


「行方不明?」


「全員だ」


 淡々とした声。


「各地で魂術師が確認されると、必ず接触がある。

 保護、縁談、研究協力――名目は様々だ」


 嫌な汗が背中を伝う。


「そして、その後は?」


「消える。

 死体も残らない」


 僕は帳面から目を離せなかった。


 感情を見る能力を持つ者。

 魂縛を扱える者。

 程度の差はあれ、共通点は一つ。


「……クラウソラス?」


「そうだ」


 ヘリオは即答した。


「証拠は無い。

 だが、例外も無い」


 胸の奥が、冷えていく。


「彼は、魂術師だった」


 その一言で、全てが繋がった。


「ただし、君とは違う」


 ヘリオは続ける。


「彼には、感情が“見えない”」


 僕は思わず息を止めた。


「魂縛は、感情の揺らぎを捉えなければ成立しない。

 だが彼は、それを勘と経験で補っていた」


 それは――


 限界だ。


「彼の師匠は、天才だった」


 ヘリオの声が、わずかに低くなる。


「暴食帝三賢者の師。

 魂術師の女性だ」


 僕の脳裏に、見たこともない誰かの姿が浮かぶ。


「彼女は、感情を“見て”いた。

 君と同じように」


 そして。


「クラウソラスは、追いつけなかった」


 その言葉には、侮蔑も同情もなかった。


 ただ、事実だけがあった。


「だから彼は考えた」


 ヘリオは帳面を閉じる。


「後天的に得られないなら、

 奪えばいい、と」


 誘拐。

 解体。

 研究。


 その言葉が、頭の中に自然に並ぶ。


「縁談は檻だ」


 ヘリオは言った。


「管理下に置き、逃げ道を塞ぎ、

 都合のいいタイミングで処理する」


「……じゃあ、サミエムは?」


「駒だ」


 即答だった。


「選ばれたから生きるわけじゃない。

 選ばれたから、不要になった」


 喉が、乾く。


「三日後、縁談が壊れれば――」


「粛清」


「成立しても?」


「研究の後、処理」


 逃げ道は、最初から無かった。


 ヘリオは、僕を真っ直ぐ見る。


「零。

 君は“才能”で殺される」


 それは、これまでで一番残酷な言葉だった。


 努力でも、過失でもない。


 才能そのものが、死因になる。


「じゃあ……どうすれば」


「選べ」


 短い言葉。


「従って、消えるか。

 抗って、壊すか」


 その瞬間。


 僕の中で、何かが静かに切り替わった。


 恐怖は、ある。


 だが――それだけじゃない。


(……処理される、か)


 なら。


 処理される前に、選ぶ。


「ヘリオ」


 僕は言った。


「逃げ道は?」


 彼は、ほんのわずかに笑った。


「用意してある」


 その夜、僕は理解した。


 三日という期限は、

 猶予ではない。


 死刑宣告だ。

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