【嫉妬の章】歪んだ襲撃
拠点の空気は張り詰めていた。
情報は揃っている。
だが、決定打がない。
ヘリオは地図を見たまま動かない。
サミエムは壁に寄りかかり、剣の柄を指で叩いていた。
灰崎は、ただ静かに空間を見ていた。
――その時だった。
入口側の扉が勢いよく開く。
「ヘリオ!!」
男が駆け込んできた。
息が荒い。
「村の外縁で魔物が暴れてる!」
空気が一瞬で変わる。
「規模は?」
ヘリオが即座に聞く。
「群れだ! 数は二十以上――いや、もっといる!」
サミエムが顔を上げる。
「このタイミングでか?」
「おかしいな」
ヘリオの声は低い。
「この辺りの魔物は、ここまで人里に寄らないはずだ」
灰崎は小さく目を細めた。
違和感。
まただ。
「行くぞ」
ヘリオが言った。
躊躇はなかった。
村の外れ。
木々の間から、煙が上がっていた。
家屋が一部崩れている。
人影が走る。
だが――声は少ない。
叫び声すら、抑え込まれている。
「……やりづらいな」
サミエムが舌打ちする。
「声出せば聞かれるからな」
ヘリオが短く答える。
次の瞬間、影が飛び出した。
猪型の魔物。
だが、通常より明らかに大きい。
筋肉が異常に膨張している。
「強化されてるな……!」
サミエムが踏み込む。
剣を振るう。
だが――弾かれる。
「硬っ!?」
その隙に横からもう一体。
ヘリオが短剣で軌道を逸らす。
「単体じゃないぞ、来る!」
森の奥から次々と現れる。
猪型。
狼型。
混成。
ありえない組み合わせ。
「統率されてる……?」
サミエムが低く言う。
ヘリオは答えない。
だが表情が変わっていた。
「灰崎!」
「無理だ!」
即答。
「この状況じゃ感情が足りない!」
焦りはある。
だが、臨界じゃない。
魂は掴めない。
「なら時間を稼げ!」
ヘリオが言う。
「サミエム、前に出ろ!」
「分かってる!」
サミエムが踏み込む。
魔物が突進してくる。
数が多い。
正面突破では押し切られる。
「なら――」
サミエムが剣を構える。
集中。
魔力を流す。
「風……炎!」
同時付与。
身体が軽くなる。
刃が燃える。
踏み込む。
斬撃。
炎が広がる。
一体を切り裂く。
だが次が来る。
間に合わない。
「遅い」
ヘリオが言う。
短剣が飛ぶ。
正確に急所を貫く。
「分かってるっての……!」
サミエムが歯を食いしばる。
魔物が三体、同時に来る。
挟み込み。
逃げ場がない。
ヘリオは動かない。
見ている。
あえて、手を出さない。
「――やれ」
一言だった。
サミエムの目が変わる。
「……っ!」
魔力を練る。
今度は、重ねる。
「炎……雷……!」
剣が光る。
赤と紫。
不安定に混ざる。
暴れる。
「制御しろ!」
ヘリオの声。
サミエムが踏み込む。
振るう。
接触。
――爆ぜる。
轟音。
炎と雷が同時に弾ける。
爆発。
三体まとめて吹き飛ぶ。
だが――
「ぐっ……!」
サミエムの足が止まる。
負担。
制御が甘い。
余剰魔力が体を逆流する。
「まだ粗いな」
ヘリオが言う。
その間にも魔物は来る。
次は五体。
数が減らない。
「チッ……!」
サミエムが体勢を立て直す。
だが押される。
完全に押し切られる寸前。
その時だった。
灰崎の中で、何かが揺れた。
視界の端。
倒れた村人。
血。
動かない。
(……守れなかった?)
違う。
まだ間に合う。
だが。
このままじゃ増える。
その瞬間。
感情が跳ね上がる。
怒り。
焦燥。
守る意思。
臨界。
「――止まれ」
低く呟く。
視界が変わる。
魔物の魂が、見える。
絡まり合っている。
歪んでいる。
灰崎は手を伸ばした。
掴む。
縛る。
一体。
動きが止まる。
その一瞬。
「サミエム!」
「分かってる!」
踏み込む。
斬る。
爆ぜる。
一体が崩れる。
だが続かない。
灰崎の膝がわずかに揺れる。
限界。
長くは持たない。
「それでいい!」
ヘリオが言う。
「繋げ!」
サミエムが動く。
連撃。
風。
炎。
雷。
だが――二つが限界。
三つ目は届かない。
制御できない。
「……まだかよ!」
吐き捨てる。
それでも斬る。
戦う。
やがて。
最後の一体が倒れた。
静寂が戻る。
荒い呼吸。
焦げた匂い。
崩れた家屋。
サミエムは剣を地面に突き立てた。
「……クソ」
ヘリオが近づく。
「上出来だ」
「二属性は安定してきた」
「三つ目は?」
「まだだな」
即答だった。
悔しさが滲む。
灰崎は何も言わない。
ただ、息を整える。
魂縛の反動が残っている。
ヘリオは周囲を見渡した。
視線が鋭くなる。
「……おかしいな」
「何がだよ」
サミエムが聞く。
「数が多すぎる」
「種類もバラバラだ」
「普通じゃない」
灰崎も同じことを感じていた。
統率。
誘導。
偶然じゃない。
「……誘われてるな」
灰崎が言う。
ヘリオがわずかに目を細めた。
「かもしれないな」
否定しない。
その意味は重い。
村は静かだった。
戦いの後だというのに。
誰も騒がない。
誰も叫ばない。
ただ、壊れたものを直している。
何もなかったかのように。
灰崎はその光景を見ていた。
そして思う。
この国は――
どこか歪んでいる。




