【嫉妬の章】強欲帝
ラクスウェルの中心部には、他の建物とは明らかに格の違う建造物がある。
強欲帝の城。
巨大な黒石の城壁。
無駄な装飾はほとんどない。
ただ、重厚だった。
近づくだけで分かる。
ここはこの都市の中心であり、支配者の居場所だ。
「相変わらず威圧感あるな」
灰崎が言う。
サミエムは肩をすくめた。
「帝王の城だぞ」
「むしろこれくらい普通だろ」
二人は城門を抜け、内部へ進む。
衛兵はいる。
だが多くはない。
帝王の城としては拍子抜けするほどだ。
「警備少ないな」
灰崎が小声で言う。
サミエムは苦笑した。
「ここに侵入する奴がいると思うか?」
確かに。
帝王の城に喧嘩を売る奴は普通いない。
いたとしても――
長くは生きられない。
案内の兵に導かれ、奥の部屋へ進む。
重い扉の前で兵が止まった。
「こちらです」
扉が開かれる。
中は広い部屋だった。
だが、豪華ではない。
大きな机。
書類の山。
棚。
まるで役所の執務室のような部屋だった。
その机の向こうに男が座っている。
黒い髪。
鋭い目。
強欲帝――マモン。
ペンを走らせていたが、二人が入ると手を止めた。
「来たか」
声は低く、落ち着いていた。
灰崎とサミエムは机の前で止まる。
「体は動くようだな」
マモンは灰崎を見た。
「三日寝てたらしい」
灰崎が言う。
マモンは頷く。
「死ななかっただけ良い」
あっさりした言い方だった。
サミエムが苦笑する。
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めてはいない」
即答だった。
マモンは椅子に背を預ける。
「ただ事実を言っただけだ」
部屋が少し静かになる。
やはりこの男は変わらない。
感情より合理。
それが強欲帝マモンだ。
「さて」
マモンは指を組んだ。
「状況は聞いているな」
「帝王が一人死んだ」
灰崎は頷いた。
「暴食帝だろ」
「そうだ」
マモンの声は淡々としている。
「帝王会議も開かれた」
サミエムが眉を上げる。
「もう?」
「すぐにな」
マモンは机を軽く指で叩いた。
「均衡が崩れた以上、動かざるを得ない」
灰崎は黙って聞く。
「会議は荒れた」
マモンは続ける。
「犯人の議論」
「疑念」
「牽制」
「そして」
少しだけ間を置く。
「戦争の可能性」
サミエムが小さく息を吐いた。
「やっぱりそうなるか」
「当然だ」
マモンは言う。
「帝王が一人死んだ」
「それだけで均衡は壊れる」
静かな声だった。
だがその言葉には重みがある。
灰崎は腕を組んだ。
「で」
「俺たちを呼んだ理由は?」
マモンは灰崎を見る。
その視線は鋭い。
「簡単な話だ」
そして言った。
「次を殺す」
部屋の空気が変わる。
「……誰を」
灰崎が聞く。
マモンは迷わなかった。
「嫉妬帝」
その名が落ちる。
サミエムが眉をひそめた。
「いきなりだな」
「合理的な判断だ」
マモンは言う。
「嫉妬帝は帝王の中で最も弱い」
「だが」
「能力は厄介だ」
灰崎は頷いた。
短剣。
刺した相手からすべてを奪う神器。
そして。
異常聴力。
領地での反乱はすぐに察知される。
「今のうちに消す」
マモンは言う。
「戦争が本格化する前に」
サミエムは腕を組んだ。
「で」
「俺たちか」
「そうだ」
マモンは即答した。
「お前達が一番成功率が高い」
灰崎は苦笑した。
「随分な評価だな」
「事実だ」
マモンは感情なく言う。
「暴食帝を倒した」
「それだけで価値はある」
灰崎は肩をすくめた。
「で」
「どうやって行く?」
その時。
部屋の隅から声がした。
「その話なら俺も関係あるな」
二人が振り向く。
そこに男が立っていた。
いつの間にいたのか分からない。
軽い装備。
鋭い目。
ヘリオだった。
「久しぶりだな」
彼は笑う。
灰崎は目を細めた。
「……お前か」
ヘリオは肩をすくめた。
「諜報担当だからな」
「嫉妬帝の領地は何度か潜ってる」
マモンが言う。
「案内役だ」
サミエムが笑う。
「なるほど」
「だから成功率が高いのか」
ヘリオは灰崎を見た。
「行くだろ?」
灰崎は少し考えた。
帝王。
嫉妬帝。
危険な任務だ。
だが。
今この世界は動いている。
均衡は崩れ始めている。
なら――
「行く」
灰崎は言った。
ヘリオが笑う。
「決まりだな」
マモンは頷いた。
「準備しろ」
「出発は三日後だ」
そして静かに言った。
「次の帝王は」
「嫉妬だ」




