第12話:五つ巴戦争の複雑さ
「同じ日に全勢力から依頼が...これって偶然?」
ミクが困惑した表情で、8台のホログラム・ディスプレイに表示された依頼リストを見つめている。
IRON WOLVES基地のブリーフィングルーム。三週間夜の7日目、午前10時。外はいつものように暗いが、基地内は複数の依頼内容を整理する作業で慌ただしかった。
午前9時: ハイペリオン・ミリタリー・インダストリーから「ネクサス研究所B-7棟の制圧作戦、報酬800万NC、危険手当別途」
午前9時15分: ネクサス・コーポレーションから「ハイペリオン武器庫セクター12の防衛、報酬600万NC+医療保障完備」
午前9時30分: 統合政府から「反体制組織監視、情報料1件50万NC、継続契約可」
午前9時45分: フリーダム・フロントから「企業施設への破壊工作支援、成果報酬制500万NC」
午前10時: ミカド・ヘヴィ・インダストリーから「『ゴースト・プロジェクト』関連調査、機密レベルA、報酬応相談」
全て今日中の実行を求める緊急依頼だった。
「偶然じゃないでしょうね」
クレハが渋い表情で腕を組む。
「みんな敵同士で戦ってる」
「でも、どれを受けるの?全部やったら、全勢力と敵対することになるよ」
ユリが心配そうに言う。彼女も最近は基地の会議に参加するようになっていた。
複雑な状況ですね
俺がクレハの脳内でコメントする。
どれが正解なの?
正解は存在しないかもしれません。全ての勢力にそれぞれの正義がある
その時、基地の通信機が鳴った。
「IRON WOLVES、カイト・アシダです。緊急で会いたい」
クレハの表情が変わる。
「カイト?どうしたの、そんなに慌てて」
『今、君たちが置かれている状況がヤバい。シン・シブヤで落ち合おう』
◇
シン・シブヤAR文化地区・午後12時
情報収集カフェ「データ・ハブ」。若者たちがARゴーグルを装着して仮想空間と現実を行き来している喧騒の中、クレハとカイトは奥のブースで密談していた。
カイトの表情は普段の余裕とは程遠く、明らかに緊張している。
「状況を整理しよう」
カイトがテーブルに小さなホログラム・プロジェクターを置く。立体的な勢力図が浮かび上がった。
「今朝の依頼ラッシュ、あれは偶然じゃない。各勢力が君たちIRON WOLVESの中立性を試している」
「試してる?」
「ああ。どの勢力につくか、判断を迫られているんだ」
カイトが勢力図を操作して、IRON WOLVESの位置を中央に表示する。
「今の君たちは、全勢力から重宝されている。でも同時に、全勢力から警戒もされている」
彼の分析は正確です
俺がクレハに伝える。
元公安局だけあって、政治的な洞察力が鋭い
「特に危険なのは、ミカド社だ」
カイトの表情が一層深刻になる。
「彼らは君を狙っている。ベヒモス事件の唯一の生存者として」
「それは分かってるけど...」
「いや、分かってない」
カイトが身を乗り出す。
「ミカド社にとって君は、企業犯罪の生きた証拠なんだ。絶対に生かしておけない存在」
クレハの表情が強張る。
「でも、私一人を殺したところで—」
「一人じゃない」
カイトが周囲を警戒しながら声を潜める。
「君の戦闘能力、最近異常に向上している。特に戦術判断が」
カイトが具体例を挙げ始める。
「先月のオムニテック戦、君は戦闘中に『左から3体、距離12メートル』とか独り言を言ってた。まるで誰かと会話してるみたいに」
クレハの表情が強張る。
「それに、敵の攻撃パターンを瞬時に分析する能力。昔の君にはなかった技術だ」
「私が成長しただけよ」
「いや、違う」
カイトが身を乗り出す。
「まるで頭の中に高性能な戦術アドバイザーがいるような動きなんだ。ミカド社もその変化に気づいている」
彼は俺の存在に気づいているのでしょうか?
俺がクレハに尋ねる。
分からない。でも、確実に疑念を持ってる
「カイト、私は—」
「説明はいい」
カイトが手を上げて遮る。
「君に秘密があることは分かってる。でも、それを追求するつもりはない」
「え?」
「信頼してるからだ。君が悪いことをするはずがない」
カイトの言葉に、クレハの胸が温かくなった。
良い友人ですね
俺も感嘆する。
そうね。私たち、いい仲間に恵まれてる
「それより、今日の問題を解決しよう」
カイトが勢力図を拡大する。
「全ての依頼を受けるのは不可能。でも、全て断るのも危険」
「じゃあ、どうすれば?」
「中立を貫く。そのために、全勢力に『部分的な協力』をする」
カイトの提案は巧妙だった。
「情報だけ提供して、直接的な戦闘は避ける。どの勢力も完全に敵に回さず、どの勢力とも深く関わらない」
政治的な手法ですね
でも、それって誰の役にも立たないってことじゃない?
いえ、長期的には最も多くの人を救える可能性があります
◇
同日午後4時・汚染地区境界「クリーンライン」
結局、IRON WOLVESは各勢力に「リアルタイム情報提供」という条件で協力することにした。しかし、現実はそう単純ではなかった。
汚染地区セクター5の境界線「クリーンライン」。ここは正常な大気と汚染された空気の境界で、目に見えて空気の色が変わる不気味な場所だった。境界線の向こうは薄紫の霞がかかり、時折不定形の影がゆらめいている。地面には金属と有機物が融合した奇怪な植物が生え、それらが微弱な電子音を発している。
この場所が重要なのは、汚染地区の「進化技術」へのアクセスポイントだからだ。各企業はここから新生命体を捕獲し、未知の技術を解析しようとしている。
企業施設と危険地帯の境界線で、複数の勢力が偶然にも同時に作戦を実行していた。
「これって...完全に戦争じゃない」
クレハが双眼鏡越しに状況を確認する。
西側: ハイペリオン社の重装機甲部隊12機が汚染地区への進軍準備。プラズマキャノン搭載の最新鋭「タイタン」が地響きを立てながら移動している。
東側: ネクサス社の研究チーム20名が新生命体の捕獲作業。巨大な電磁ネットと麻酔ガス発生装置で、汚染地区から這い出てくる融合生物を確保しようとしている。
南側: フリーダム・フロントの爆破工作班8名が企業施設への侵入準備。手製の爆薬と妨害電波装置を駆使した電撃作戦を展開中。
北側: 政府軍特殊部隊15名が反体制組織の包囲網を展開。サイバーウェア強化兵士による完全包囲作戦を実行している。
そして中央に、白いローブの集団—アポカリプス・チルドレン30名が汚染地区から湧き出るように現れた。
「神の御意志のままに!汚れた争いを聖なる汚染で洗い清めよ!」
ガブリエルの声が戦場に響く。
完全な五つ巴戦争です
俺が分析する。
どうすればいいの?
中立を保ちながら、各勢力に有益な情報を提供し続けることです
戦闘が始まった瞬間、IRON WOLVESの真価が発揮される。
「ミク、リアルタイム情報配信開始!」
クレハが通信で指示を出す。
基地では、ミクが8台のディスプレイを駆使して戦況を分析している。
「ハイペリオンさん、ネクサス研究班の座標データ送信。防御力低下地点3箇所マーキング済み」
「ネクサスさん、ハイペリオン機甲部隊の装甲弱点情報。背部冷却装置が狙い目です」
「政府軍さん、フリーダム・フロント爆破班の退避ルート6パターン予測。包囲網調整をお勧めします」
「フリーダムさん、政府軍の通信暗号解析完了。敵の連携を断つチャンスです」
各勢力が入り乱れて戦う中、IRON WOLVESは情報の非対称性を武器にして巧妙に立ち回る。ハイペリオンの機甲部隊がネクサスの研究施設に突撃する瞬間、フリーダム・フロントの爆破が政府軍の包囲網を混乱させ、その隙にアポカリプス・チルドレンが「聖なる浄化」を実行する。
「情報料だけで今日の収入700万NC突破!」
ミクが基地からの通信で興奮している。
「でも、なんか複雑な気分...私たち、戦争を商売にしてる」
戦争商人のような感覚ですね
俺がコメントする。
そうね。誰の味方でもない
その時、予想外の事態が発生した。
「『ゴースト・プロジェクト』回収作戦開始!プライマリーターゲット、クレハ・タカセ確認!」
ミカド社の特殊暗殺部隊「シャドウ・ハンター」が現れたのだ。全身黒装束、光学迷彩で半透明になった6名の精鋭。ベヒモス事件以来、クレハを執拗に追い続けている専門部隊だ。
「セカンダリーターゲット『ZERO-7』の反応を探知せよ。この女が鍵を握っている」
隊長がサイバーアイで周辺をスキャンしながら指示を出す。彼らはZERO-7の所在を知らないが、クレハとの関連性は疑っている。
やはり来ましたね
しつこいのよね、あの会社
クレハが村雨を抜こうとした瞬間—
「待て!」
カイトが割って入る。
「君一人で戦わせるか!」
「カイト?でも、これは私の問題よ」
「違う。仲間の問題だ」
カイトが自分の武器を構える。
その瞬間、俺は深い感動を覚えた。
こういう友情があるから、人間は美しいのですね
そうよ。これが本当の仲間ってことよ
◇
戦闘終了・午後7時
混戦の末、各勢力は痛み分けで撤退。IRON WOLVESとカイトも辛くも生還した。
「お疲れ様」
クレハがカイトに手を差し伸べる。
「こちらこそ。君のおかげで生き延びた」
カイトが苦笑いを浮かべる。
「でも、今日で確信した」
「何を?」
「君は一人で戦ってない」
カイトがクレハの目をまっすぐ見る。
「誰かが君をサポートしている。それも、相当な戦術眼を持った誰かが」
クレハが動揺する。
「私は—」
「聞かない」
カイトが首を振る。
「君が信頼する相手なら、俺も信頼する。それだけだ」
素晴らしい友人です
俺が心から感嘆する。
本当にね
◇
展望台「スカイライン・ビュー」・深夜2時
一日の戦いを終えた後、クレハとカイトは500メートル上空の展望台にいた。
シン・トーキョーの夜景が足元に広がり、企業タワーのネオンが複雑な光の模様を描いている。ハイペリオンの赤い光、ネクサスの青い光、ミカドの金色の光、オムニテックの紫の光。それぞれのタワーが異なる色で瞬き、まるで今日の戦場を再現しているかのようだった。
「今日は疲れたな」
カイトが手すりにもたれかかる。
「五つ巴戦争の中を生き抜くなんて、公安局時代には想像もできなかった」
「公安局って、大変だったの?」
クレハが興味深そうに尋ねる。
「ああ」
カイトの表情が曇る。
「正義のために働いているつもりだった。でも実際は、企業の利益を守るための道具だった」
彼は苦い思い出を語り始める。
「3年前、無実の市民を企業圧力で逮捕させられたことがある。上司は『これも正義だ』と言ったが...俺には理解できなかった」
「それで辞めたの?」
「ああ。本当の正義を探すために、フリーランスになった」
カイトがクレハを見つめる。
「でも、君といると思い出すんだ。昔信じていた正義を」
クレハの頬がわずかに赤くなる。
「君の戦い方には、理屈を超えた何かがある。純粋さというか...」
「私なんて、全然純粋じゃないよ」
「いや、違う」
カイトが確信を込めて言う。
「君は迷いながらも、最終的には正しい選択をする。それを見てると、俺も正義を信じられる」
しばらく沈黙が続く。
「なあ、クレハ」
「何?」
「君をサポートしてくれている『誰か』にも、感謝してる」
クレハが驚く。
「君一人でここまでできるはずがない。きっと素晴らしい相棒がいるんだろう」
彼は本当に理解していますね
俺がつぶやく。
うん。ありがたい友人よ
「その人にも、いつか会ってみたい」
カイトが夜空を見上げる。
「君を支える人なら、きっと信頼できる」
いつか会えるといいですね
俺も心から願った。
「カイト」
「ん?」
「ありがとう。信じてくれて」
「こちらこそ。君に出会えて、俺は救われた」
彼は本当に良い友人ですね
俺がつぶやく。
うん。私、恵まれてる
クレハ
何?
僕も、あなたの心を信じています
ありがとう、ZERO
三人の友情が、複雑な世界の中で一つの確かなものとして存在していた。
「明日も大変そうね」
クレハがため息をつく。
「でも、一人じゃない」
「そうだな。一人じゃない」
カイトが笑顔を見せる。
僕たちも一緒ですから
俺が加える。
遠くで企業タワーのネオンが瞬く。明日もまた複雑な戦いが待っているだろう。
でも今夜は、確かな友情という名の正義があることを実感していた。
それが、複雑な世界を生き抜く最大の武器なのかもしれない。
「そうだ、カイト」
「ん?」
「今度、基地に来ない?みんなに紹介したい」
「いいのか?」
「もちろん。君はもう、私たちの仲間よ」
新しい家族の一員ですね
俺も同感だった。
複雑な世界で生き抜くには、信頼できる仲間が必要だ。
そして、俺たちにはそれがある。




