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フィーロゾーフィア  作者: とり
第3話 人生の大成者について
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人生の大成者について

 




 雲の上の(みやこ)小夜子(さよこ)は暮らしていた。


 つい先日ここフィーロゾーフィア王国にやって来た、黒髪黒目の十四才の少女である。

 着替えがそろっていないため、カチューシャにワンピースと毎日似たような服装だが、本人はあまり気にしていない。ファッションについては(きたな)くなければそれでいいといった意見である。


(今日は定休日~♡)

 ルンルンと昼日中にあるメインストリートを(くだ)っていく。


 天空の浮島(うきしま)に建造されたこの都市は、上層から下層までのエリアを大きな石畳(いしだたみ)の道路でぐるりと(めぐ)るようにしてつなげていた。

 小路(カッレ)と呼ばれるような隘路(あいろ)もあるにはあり、地理に詳しい住民ならばその入り組んだ細道(ほそみち)をくぐって近道(ショートカット)もできるのだが、新参者の小夜子(さよこ)に同じ芸当をこなすのはムリである。


 本日は日曜日ということもあって、大通(おおどお)りは学生や働きざかりの若者たちで(にぎ)わっていた。

 ギターと歌声だけを持参(じさん)して勝手に路上ライブを開いたり、自宅でせっせとあつらえた手製のアクセサリーや雑貨を販売している露天商(ろてんしょう)もある。

 あやしげなフリーマーケットを抜けてしまうと、ふいに静かになる一画(いっかく)に出た。住宅街だ。


「あっ」


 前から人が歩いてくる。


「エチカ!」


 小夜子(さよこ)は袋とカバンを持った若い女の名を呼んだ。

 黒いサングラスの奥からチラリと黄金色の目が少女を認める。

 光彩(こうさい)の薄いため、日中の日差しはエチカには厳しいのだ。いかんせん季節はもうすぐ夏である。


 金色の前髪をいくつかの(ほそ)いヘアピンでセットした若い女性。年は十八だが肩や太ももの素肌(すはだ)をさらした服装と、背中まで伸びたくせのある長髪のために年不相応(としふそうおう)に世間ずれした風に見える。


 フィーロゾーフィア国内において王からも一目(いちもく)置かれる〈錬金術師(れんきんじゅつし)〉だが、(つね)につけている作業用のグローブと、今も(たずさ)えている長杖(ロッド)がなければとてもそんな学のある職に()いているとは思えない。


 彼女――エチカに小夜子(さよこ)は駆け寄った。


「どこ行ってたんですか? ぜんぜん帰って来ないから、先にお昼()べちゃいましたよ」


 時刻は午後一時(いちじ)だった。


 さる理由からエチカの店に住み込みで働く身となった小夜子は、言い()えれば彼女の下働き(けん)居候(いそうろう)である。

 今日は休みの日であるため()階の自室でゴロゴロしていたのだが、午前十時(ごろ)にエチカが出掛けて行ったのは知っていた。


 昼食でも作って待っていればその(うち)帰ってくるだろうとタカを(くく)っていたのだが、十一(じゅういち)時になっても十二時を過ぎてもエチカは帰って来なかった。

 だから「もうあのアホはほっといて先に食べるか」と居候(いそうろう)の身でありながら家主(やぬし)より先に食事に手をつけることに()に刺されるほどの痛痒(つうよう)も感じずに自分で作ったハンバーグとプレーンオムレツの昼食を一人(ひとり)で頂いた。美味しかった。


「べつに良いわよ。帰ったら勝手に食べる気でいたから」

「ってゆーかそれは――」


 小夜子(さよこ)はエチカの(くち)から出ている(ほそ)い棒に目を留めた。


「それは、昔懐(むかしなつ)かし棒つきキャンディじゃないですか!」

「そう」


 エチカはヒョッコリ(くち)から丸い板状(いたじょう)のキャンディを引き抜いて、止まっていた足を先に進めた。

「昔の記憶が戻ってくれたようで何よりだわ。ひょっとしたら元の世界のことも思い出してくれたのかしら」

「んんんんんん――と思ったけどよく考えたら昔懐かしは気のせいだったかも知れませんんんん」

 すれ違いざまに指摘(してき)されて必死に小夜子は言いつくろう。


 日本からフィーロゾーフィア(こく)に来た小夜子(さよこ)だが、記憶の中に元の世界の位置情報があれば送り帰せるということを知ってから、一生懸命(いっしょうけんめい)に記憶のないフリをしている。

 当然、エチカがその気になれば、小夜子の意識を(のぞ)き見るくらいのことはできるだろう。

 が、そこまではプライバシーの侵害(しんがい)と考えているのか、それとも別の思惑(おもわく)があるのか、彼女は小夜子の頭の中をムリに見るという強硬(さく)は取っていない。

 今のところは。


 ともあれ小夜子(さよこ)にとって目下(もっか)一番(いちばん)大事なのはそこではない。いやさっきまでは一番(いちばん)警戒すべき事案だったけれど、喉元(のどもと)過ぎればなんとやらで、数秒の差異に(かかわ)らず彼女の会話の優先順位は別のものに変わっていたのだった。


「ずるーい!! アメちゃんあったなら言って下さいよお! わたしも食べたい!」

「無いわよ」

「ウソつき! じゃあ(なん)で食べてるんですか!?」

「ゲーム屋で買い物したらもらったのよ。新作のソフト一本(いっぽん)につき()回クジが引けてね、八等を当てたらくれたの。つまりはハズレ」

「ハズレでキャンディもらえたならアタリじゃないですか! ねーねーわたしのはあ!?」

「うっさいわねー」


 エチカはハンドバッグを開けてキャンディを取り出した。

 紙棒(かみぼう)とフィルムのついた赤色の(あめ)小夜子(さよこ)に差し出す。


「なーんだ、あるんじゃないですか♡」

「ところが(ふた)つとも私が食べてしまうので実質一人(ひとり)分なのであった」

「わーん、下さいよ! ちょーだい、むしろよこせ!!」

「んなことで強盗(ごうとう)みたいなマネするんじゃないわよ」


 サルみたいに(ふところ)に飛びついて拳を振り上げる小夜子(さよこ)にエチカはアメちゃんをあげた。

 小夜子はさっそくフィルムを()がしてペロペロ()める。


「えへへ、生きててよかった」

「……まあ、一回(いっかい)でもそう思える時があったってんなら、あんたの人生は大成功なのかもね」


 小夜子(さよこ)はもうお出掛けなどどうでもよくなった。

 エチカと帰ることにする。


「ところでエチカ、どこに行ってるかと思ったら、ゲーム買いに行ってたんですね」

「ええ、めっちゃ好きなRPGの新作が出てね。明日の開店時刻までプレイしてるから、ジャマしないでね」

「それって徹夜(てつや)ってことですか?」

「そう。ズル休みするよりかはマシでしょ」

「どっちもどっちの気がします……」


 小夜子(さよこ)はエチカと坂道を(のぼ)っていった。

 住んでいる雑貨屋に帰るのだ。


「つーか、あんたはどこに行こうとしてたのよ」

市場(いちば)で三時のおやつでも見て来ようかなって。でももういいんです」

「ふーん」


 小夜子はキャンディを頬張(ほおば)りながら歩いた。

 エチカのくじ(うん)がなくて良かったと思った。





 

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