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フィーロゾーフィア  作者: とり
第2話 バカじゃないことを証明せよ
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バカじゃないことを証明せよ-⑨

 




   ◇



「こら元凶(げんきょう)」

 エチカはカウンターテーブルに脚(あし)を投げ出して行儀(ぎょうぎ)わるくイスに座っているオーギュストの胸倉(むなぐら)をつかんだ。

 ぐいとイスから若干(じゃっかん)彼の身体が持(も)ちあがる。


「おやおやなんだい二人(ふたり)とも、まるでいやなことを一巡(ひとめぐ)り回想してきたみたいな顔をして」

 へらへら笑ってオーギュストは肩(かた)をすくめる。

 エチカは力一杯(ちからいっぱい)悪意をこめて、オーギュストをイスの背もたれに投(な)げつけた。


「いいかげんてめえの巣(す)に帰ってくれる? こちとらそろそろ仕事なのよ、あんたみたいなプロニートにいつまでも居座(いすわ)られちゃめいわくなわけ、わかる?」

「ひどいなあ君(きみ)、僕(ぼか)あこう見えても王様だぜ? そりゃ不敬(ふけい)罪(ざい)ってもんだ。なんだい巣に帰れってまるで虫(むし)あつかいじゃないか」

「虫のほうがいいわよ虫だったら実験台にも薬(くすり)の材料にもできるものよろこんでうちで飼って手塩(てしお)にかけて育ててやるわよ」

「そうか、僕は虫未満(みまん)だったのか……」


 オーギュストはちょっとだけ泣(な)いた。

 寛容(かんよう)なんだかどこか抜けてるんだか判別しづらいフィーロゾーフィア国王に、小夜子(さよこ)は胡乱(うろん)な表情(ひょうじょう)をする。


「まったくとんでもない店だなここは、やってきた客に茶(ちゃ)のひとつも出さないときたもんだ」

「うちは飲食店(いんしょくてん)でもなければ相談所でもないし、仮(かり)にそうだったとしても開店時刻がきてないものでね、なにかを出してやる義理(ぎり)なんてないわよ」

「これだよ、ひどい店主がいたもんだよな」

 ふう~と見せつけがましくため息をついて、オーギュストは小夜子(さよこ)に同意を求(もと)めた。


「一応(いちおう)、筋(すじ)は通ってるような……」

 と小夜子は首を傾(かし)げる。それ以外に返事のしようがなかった。


 がちゃりと店のドアが開(ひら)く。

 今日(きょう)は開店まえからいろんな人と会(あ)うものだ。


「おはよーございまーす、うちの国王陛下(へいか)きてませんか?」

「はっ、隊長(たいちょう)、あそこにそれらしき人がいるであります!」

「ほんとうだ、それらしき人だ――というか国王陛下本人(ほんにん)だ」

「なかなかいいかげんな判断力(りょく)で兵隊やってるんだね君(きみ)たち……」

「はっ! なんとなくで生きているであります!!」


 店の入口(いりぐち)でかちりと敬礼する兵士たちにオーギュストは苦笑いを浮(う)かべた。

 兵隊の一人(ひとり)がずかずかとなかに踏(ふ)みこんでくる。

 イスに座っているオーギュストに近づいて、持っていたショートスピアで彼の脛(すね)をぴしゃりと叩(たた)く。


「あ痛(いた)っ」

「だめでしょおー陛下、そんなお行儀のわるいことしちゃあ! 亡(な)き太后(たいこう)さまとやくそくしたことをおわすれになったのですか? 一日(いちにち)三食、おやつは一回(いっかい)、夜は九時に寝(ね)ることって」

「脚(あし)をテーブルにのせちゃいけないってのは入(はい)ってないぜ……いやわかった。わかった僕がわるかったから執拗(しつよう)に弁慶(べんけい)の泣きどころを何度もたたくのはやめてくれ、地味に痛(いた)い」


 会計用(かいけいよう)の長机(ながづくえ)から脚をおろし、ついでの動きでバネをきかせてイスから立ちあがって、オーギュストはエチカと小夜子(さよこ)に同情を求(もと)めた。


「見ろよ、城のみんなして僕をいじめるんだ」

「強(つよ)くなりなさい」

「君(きみ)に慈悲心(じひしん)はないのかな」

 きっぱりと突(つ)き放すエチカにオーギュストは本気で泣きそうになる。

「しょーがない、はやく城に帰っておとなしく政務(せいむ)にいそしむとするかな。いいかい君たち、僕は政務にいそしむんだぞ、仕事をするんだ、そこんとこちゃんと覚(おぼ)えといてくれよ」

「はいはいわかったわかった」

 しっしと追(お)い出すエチカ。


「さ、いきましょう国王(こくおう)陛下(へいか)。陛下がほんとはできる子なのはわれわれ兵士一同(いちどう)みんなわかっているであります」

「ありがとう、おまえたち……」

 やってきた兵士二(に)名につき添(そ)われて、どことなく署(しょ)に連行されていく犯罪者の図(ず)になりながら、フィーロゾーフィア国王は店を出(で)ていった。


 小夜子(さよこ)は表(おもて)に出てしまった彼を追いかける。

 外(そと)に出たところで呼び止(と)めた。

「あのー王様(おうさま)」

「ん? なんだいマイフィアンセ。王様なんて水臭(みずくさ)い呼びかたしないで、気楽にオーギュストって呼んでくれていいんだよ? 僕らの仲(なか)じゃないか」

「いえ王様でいいんです、あなたのことを名前で呼ぶくらいなら虫唾(むしず)が走る敬称(けいしょう)を使ってでも役職名(やくしょくめい)で呼んだほうがマシ、だってそこまで親密(しんみつ)な仲と思われたくないし、あなた自身にもかんちがいされたくないんだもの、あと勝手にわたしを婚約者(こんやくしゃ)にしないでくださいわたしに対して失礼(しつれい)です」

「なかなか辛辣(しんらつ)だなきみも……」


 きっぱり拒絶(きょぜつ)されてオーギュストは口元(くちもと)をひくひくさせた。

「ま、でもそれくらい我(が)が強くなきゃあエチカとはやっていけないよな。その調子でこれからもたのむよ――ところで僕になんの用(よう)なんだい?」

 オーギュストに問われた小夜子(さよこ)だったが、呼び止めておきながら首を横に振(ふ)った。

「いえ、王様がもう喋(しゃべ)っちゃったので、たずねるまえに質問(しつもん)の答えを頂(いただ)くことができてしまいました」

「そうかい、そりゃよかった」


 フィーロゾーフィア国王はひらひらと手を振って歩いていった。

 二人(ふたり)の兵士たちが護衛のために彼の左右(さゆう)に配置(はいち)する。

 三人はらせん状(じょう)に通(かよ)う石畳(いしだたみ)の道を、王城のある上層に向(む)かって進んでいった。

 朝(あさ)の散歩に出ていた市民(しみん)の何人かが「あ、王さまだ」「ほんとだ王さまだ」「あほの王さまだ」と言って指差(ゆびさ)している。


(平和(へいわ)だなあ)

 と小夜子(さよこ)は思った。

 三人のすがたが建物の影に消えていく。


 店(みせ)の外(そと)にエチカが出てきた。

 ハンドバッグを持っている。

 彼女は店のドアを閉(し)めて、札(ふだ)を『閉店(へいてん)』にしたままカギをかけた。


「あれ? なにしてるんですか? もうすぐ開店ですよね、さっき時計見(み)たら八時半になってましたし」

 戸締(とじま)りをして一本道(いっぽんみち)の道路に出てくるエチカに小夜子は声をかけた。

「今日(きょう)はもう店仕舞(みせじま)いよ」

「あけてもないのに?」

「なんかだるくなっちゃってさー。あのあほの国王のせいで朝ごはんも食べ損(そこ)なっちゃったし、やってらんないわよ」

 小(こ)ぶりなバッグを振りまわして、雑(ざつ)に肩に引っかけてエチカは歩いていく。


 開店のために店の外を掃除(そうじ)していた小夜子(さよこ)にはたまったものじゃない。

 エチカを追(お)い駆ける。下(くだ)り坂による加速に足を取られそうになりながら。


「待(ま)ってください、じゃあお仕事は? 今日はお休(やす)み? 臨時(りんじ)休業? でもそんなの知らないでお客(きゃく)さんが来たらどうするの? それに王様にだってついさっき『そろそろ仕事だから』って言って追(お)い出(だ)したんじゃないですか」

「いいのよべつに」

 隣(となり)に追いついた少女にエチカは言った。

 小夜子はあんぐり口(くち)を開けて、言葉(ことば)もない。


「近所に馴染(なじ)みの喫茶店(きっさてん)があってね、そこで朝ごはんにしましょ。来たくないってんなら私だけで行(い)くけど」

「行きたいですけど、わたしお金(かね)持ってないし」

「なんでここにきて割(わ)り勘(かん)なんてけちくさい発想(はっそう)できるのよ。出すわよ私が、あたりまえでしょ」


 心底(しんそこ)あきれて鼻で笑うエチカに、小夜子(さよこ)は小走(こばし)りになってついていった。

 おなじ人間でありながら、どうして歩幅(ほはば)がこんなにもちがうのか。

 脚(あし)の長さのせいではなく身長のせいにしながら追いすがり、小夜子はハッとした。

 訊(き)いておかなければならないことがあるのだ。エチカに。


「ココアは? そのお店、ミルクココアはあるんですか? ホットの」

「あるわよ。つーかこんな暑(あつ)いのにホットたのむって、あんたいい趣味(しゅみ)してるわね……」


 朝から汗(あせ)ばむ初夏(しょか)の熱気(ねっき)。

 どこかでみんみん鳴きはじめた蝉(せみ)の声は、ほどなくさざ波(なみ)のような合唱になってあたりを賑(にぎ)やかにした

 小夜子(さよこ)は言う。


「エチカ」

「なに?」

「わたし、あの王様(おうさま)にがてです」

「安心(あんしん)なさい、あれをにがてじゃない奴なんていないわよ」


 王都(おうと)の町をエチカと小夜子は道路に沿(そ)っておりていく。

 金色(きんいろ)の眼(め)が、ふと天体を巡(めぐ)る石の群れを捉(とら)えた。


 ぐるぐると輪(わ)状になって、より高くへと上昇する緑の光の帯(おび)のなかに、気まずいものを見つけたようなにがい表情(ひょうじょう)にエチカはなって、


「今日(きょう)も見守ってるってわけね」

 隣(とな)りを歩く少女に、空(そら)を見上げたまま言(い)った。





                【第2話:END】




 

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