バカじゃないことを証明せよ-⑨
◇
「こら元凶」
エチカはカウンターテーブルに脚を投げ出して行儀わるくイスに座っているオーギュストの胸倉をつかんだ。
ぐいとイスから若干彼の身体が持ちあがる。
「おやおやなんだい二人とも、まるでいやなことを一巡り回想してきたみたいな顔をして」
へらへら笑ってオーギュストは肩をすくめる。
エチカは力一杯悪意をこめて、オーギュストをイスの背もたれに投げつけた。
「いいかげんてめえの巣に帰ってくれる? こちとらそろそろ仕事なのよ、あんたみたいなプロニートにいつまでも居座られちゃめいわくなわけ、わかる?」
「ひどいなあ君、僕あこう見えても王様だぜ? そりゃ不敬罪ってもんだ。なんだい巣に帰れってまるで虫あつかいじゃないか」
「虫のほうがいいわよ虫だったら実験台にも薬の材料にもできるものよろこんでうちで飼って手塩にかけて育ててやるわよ」
「そうか、僕は虫未満だったのか……」
オーギュストはちょっとだけ泣いた。
寛容なんだかどこか抜けてるんだか判別しづらいフィーロゾーフィア国王に、小夜子は胡乱な表情をする。
「まったくとんでもない店だなここは、やってきた客に茶のひとつも出さないときたもんだ」
「うちは飲食店でもなければ相談所でもないし、仮にそうだったとしても開店時刻がきてないものでね、なにかを出してやる義理なんてないわよ」
「これだよ、ひどい店主がいたもんだよな」
ふう~と見せつけがましくため息をついて、オーギュストは小夜子に同意を求めた。
「一応、筋は通ってるような……」
と小夜子は首を傾げる。それ以外に返事のしようがなかった。
がちゃりと店のドアが開く。
今日は開店まえからいろんな人と会うものだ。
「おはよーございまーす、うちの国王陛下きてませんか?」
「はっ、隊長、あそこにそれらしき人がいるであります!」
「ほんとうだ、それらしき人だ――というか国王陛下本人だ」
「なかなかいいかげんな判断力で兵隊やってるんだね君たち……」
「はっ! なんとなくで生きているであります!!」
店の入口でかちりと敬礼する兵士たちにオーギュストは苦笑いを浮かべた。
兵隊の一人がずかずかとなかに踏みこんでくる。
イスに座っているオーギュストに近づいて、持っていたショートスピアで彼の脛をぴしゃりと叩く。
「あ痛っ」
「だめでしょおー陛下、そんなお行儀のわるいことしちゃあ! 亡き太后さまとやくそくしたことをおわすれになったのですか? 一日三食、おやつは一回、夜は九時に寝ることって」
「脚をテーブルにのせちゃいけないってのは入ってないぜ……いやわかった。わかった僕がわるかったから執拗に弁慶の泣きどころを何度もたたくのはやめてくれ、地味に痛い」
会計用の長机から脚をおろし、ついでの動きでバネをきかせてイスから立ちあがって、オーギュストはエチカと小夜子に同情を求めた。
「見ろよ、城のみんなして僕をいじめるんだ」
「強くなりなさい」
「君に慈悲心はないのかな」
きっぱりと突き放すエチカにオーギュストは本気で泣きそうになる。
「しょーがない、はやく城に帰っておとなしく政務にいそしむとするかな。いいかい君たち、僕は政務にいそしむんだぞ、仕事をするんだ、そこんとこちゃんと覚えといてくれよ」
「はいはいわかったわかった」
しっしと追い出すエチカ。
「さ、いきましょう国王陛下。陛下がほんとはできる子なのはわれわれ兵士一同みんなわかっているであります」
「ありがとう、おまえたち……」
やってきた兵士二名につき添われて、どことなく署に連行されていく犯罪者の図になりながら、フィーロゾーフィア国王は店を出ていった。
小夜子は表に出てしまった彼を追いかける。
外に出たところで呼び止めた。
「あのー王様」
「ん? なんだいマイフィアンセ。王様なんて水臭い呼びかたしないで、気楽にオーギュストって呼んでくれていいんだよ? 僕らの仲じゃないか」
「いえ王様でいいんです、あなたのことを名前で呼ぶくらいなら虫唾が走る敬称を使ってでも役職名で呼んだほうがマシ、だってそこまで親密な仲と思われたくないし、あなた自身にもかんちがいされたくないんだもの、あと勝手にわたしを婚約者にしないでくださいわたしに対して失礼です」
「なかなか辛辣だなきみも……」
きっぱり拒絶されてオーギュストは口元をひくひくさせた。
「ま、でもそれくらい我が強くなきゃあエチカとはやっていけないよな。その調子でこれからもたのむよ――ところで僕になんの用なんだい?」
オーギュストに問われた小夜子だったが、呼び止めておきながら首を横に振った。
「いえ、王様がもう喋っちゃったので、たずねるまえに質問の答えを頂くことができてしまいました」
「そうかい、そりゃよかった」
フィーロゾーフィア国王はひらひらと手を振って歩いていった。
二人の兵士たちが護衛のために彼の左右に配置する。
三人はらせん状に通う石畳の道を、王城のある上層に向かって進んでいった。
朝の散歩に出ていた市民の何人かが「あ、王さまだ」「ほんとだ王さまだ」「あほの王さまだ」と言って指差している。
(平和だなあ)
と小夜子は思った。
三人のすがたが建物の影に消えていく。
店の外にエチカが出てきた。
ハンドバッグを持っている。
彼女は店のドアを閉めて、札を『閉店』にしたままカギをかけた。
「あれ? なにしてるんですか? もうすぐ開店ですよね、さっき時計見たら八時半になってましたし」
戸締りをして一本道の道路に出てくるエチカに小夜子は声をかけた。
「今日はもう店仕舞いよ」
「あけてもないのに?」
「なんかだるくなっちゃってさー。あのあほの国王のせいで朝ごはんも食べ損なっちゃったし、やってらんないわよ」
小ぶりなバッグを振りまわして、雑に肩に引っかけてエチカは歩いていく。
開店のために店の外を掃除していた小夜子にはたまったものじゃない。
エチカを追い駆ける。下り坂による加速に足を取られそうになりながら。
「待ってください、じゃあお仕事は? 今日はお休み? 臨時休業? でもそんなの知らないでお客さんが来たらどうするの? それに王様にだってついさっき『そろそろ仕事だから』って言って追い出したんじゃないですか」
「いいのよべつに」
隣に追いついた少女にエチカは言った。
小夜子はあんぐり口を開けて、言葉もない。
「近所に馴染みの喫茶店があってね、そこで朝ごはんにしましょ。来たくないってんなら私だけで行くけど」
「行きたいですけど、わたしお金持ってないし」
「なんでここにきて割り勘なんてけちくさい発想できるのよ。出すわよ私が、あたりまえでしょ」
心底あきれて鼻で笑うエチカに、小夜子は小走りになってついていった。
おなじ人間でありながら、どうして歩幅がこんなにもちがうのか。
脚の長さのせいではなく身長のせいにしながら追いすがり、小夜子はハッとした。
訊いておかなければならないことがあるのだ。エチカに。
「ココアは? そのお店、ミルクココアはあるんですか? ホットの」
「あるわよ。つーかこんな暑いのにホットたのむって、あんたいい趣味してるわね……」
朝から汗ばむ初夏の熱気。
どこかでみんみん鳴きはじめた蝉の声は、ほどなくさざ波のような合唱になってあたりを賑やかにした
小夜子は言う。
「エチカ」
「なに?」
「わたし、あの王様にがてです」
「安心なさい、あれをにがてじゃない奴なんていないわよ」
王都の町をエチカと小夜子は道路に沿っておりていく。
金色の眼が、ふと天体を巡る石の群れを捉えた。
ぐるぐると輪状になって、より高くへと上昇する緑の光の帯のなかに、気まずいものを見つけたようなにがい表情にエチカはなって、
「今日も見守ってるってわけね」
隣りを歩く少女に、空を見上げたまま言った。




