第十八話「ヤクーツク元帥」⑤
「ヤクーツク元帥……。君にも前から言っていたように、どうせアマテラスも地球軍も木星には手を出せないのだ。今更、地球なんてどうでもいいんだから、ここは一つ心機一転という事で、共に銀河を目指さないかね? 実のところ、こっちも人出不足でね。君達にやってもらいたい仕事だって、たくさんあるんだ。宇宙は広いぞ……一体どれだけ進めば、果てがあるだろうって皆、言ってるくらいさ。どうだい? まだ見ぬ新天地で君たちの心の故郷を再現するってのは、駄目なのかい?」
「ど、どうでもいいだと! 我らにとっては、モスクワは神聖にして、不可侵! 見てみるがいい! このモスクワの現状を……!」
そう言って、ヤクーツク元帥が見せたのは、今の地球のモスクワの衛星画像だった。
まぁ、ものの見事に植物とコケ、泥に覆われた廃墟の群れ……。
もっとも、こんなもの、地球上のあちこちにあって、特段珍しい光景でもない。
モスクワは緯度が低いから、乾燥化もそこまで進んでない……まぁ、割とマシな方だと思う。
砂に埋まって、もはや何処に都市があったのかすら、解らなくなってるようなところなんて、いくらでもあるからねぇ。
「ただの廃墟……だよねぇ。こんなのなんの価値もないじゃない……え? 何、アンタ……こんなゴミ捨て場みたいな所のために、地球侵略とか……本気で言ってる訳?」
黙ってとけと言われていたのに、思わず本音が出てしまった。
いや、ホント真面目な話、もっと高尚な目的とか、壮大な理想でもあるのかと思ってたのに……。
こんな廃墟を取り戻して、何がしたいの? マジで?
耳ざとく聞こえていたらしいヤクーツク元帥が、まるで呪殺しそうな目つきで私を睨み返していた。
「ゴ、ゴミ捨て場だと? 貴様、もう一度言ってみろ……そもそも、貴様は何者でなぜ、そこにいるのだ!」
カール・ミラー総帥が苦笑しつつ、ここは任せろと言った調子で、ジェスチャーするので、私も敢えて目線をそらすと、スイーと画面外へとフェイドアウト。
「ああ、すまないね。先も説明したけど、彼女は天風遥アマテラス条約機構宇宙軍少佐だ。アステロイドベルト宙域で遭難して死にかけていた所を私が拾い受けたんだがね。まぁ、いつものパターンで、彼女ともすっかり仲良くなって、今後は私たちの同志として、活動すると言ってくれたんでね。私の秘書官として活躍してくれる事になったんだ」
「ア、アマテラス条約機構宇宙軍だと? 馬鹿な……完全に我らの敵ではないか! 総帥……貴様が出会うもの全てを誰であろうと仲間に引き込もうとするのは知っているが、さすがにそれは看過できん! 何よりも、我が宇宙軍では捕虜については、身体一つで宇宙に出ていってもらう漂流刑に処す定めなのだぞ!」
……酷いなそれは。
宇宙空間で身体一つで追い出すとか、控えめに見ても万が一にも生還が見込めない……単なる処刑だろ。
思わず舌打ちをすると、ヤン少佐が無言で首を横に振る。
ここは抑えろってか? オーケーご尤もっ!
「悪いけど、そんな非人道的な決まりは、直ちに破棄してくれ……。今後、捕虜を取った場合、人道的に扱うよう厳命する。これは総帥命令だ。否応は言わせないよ」
さすがに、総帥もこの言葉は看過できなかったみたいで、眉間にシワを寄せると吐き捨てるように、はっきりと「総帥命令」と断言した。
いいね! ここで中途半端にお願いとか言うんじゃなくて、有無を言わさず命令と言い切る。
普段は温厚で、厳しい言葉とは無縁……そんな人物だけに、舐められてたのは否めないと思うんだが……。
この命令という言葉を敢えて出すことで、お互いの立場を嫌が応にも知らしめた。
総帥……小規模とは言え、伊達に国家指導者とかやってないね。
総帥命令と言われては、さすがに返す言葉も無いようで、ヤクーツク元帥も無言で歯ぎしりするような表情を見せて、俯くと何やらブツクサと言っている。
「いいかね? 地球軍との戦闘時に、敵方の負傷者を回収した場合や降伏者が出た場合、原則客人として取り扱い、人道にもとる対応を心がける。……そんな宇宙漂流を強制させるなんて、体の良い死刑のようなものではないか。さすがに、そんな野蛮で非人道的な対応は、この私が許さない。いいね?」
「ぐっ! ち、地球人は……地球環境の寄生虫のようなもので、今も我らが母なる地球を汚し続けているのだ……。そして、何よりも我らが故国をないがしろにして……その罪は深い……だからこそ!」
「だからこそ……。だからこそ、地球人は皆殺しにするとでも言うつもりかい?」
「そ、そうだっ! 悪しき地球人こそ……」
……ヤクーツク元帥がそう告げると、最後まで続けさせないとばかりに、総帥は右手を向けると頭を抱える……。
そして、とても……とても深い溜息を吐いた。
「もういい……それ以上はもういい……黙ってくれ。要するに、君達は我ら人類統合体の理念……銀河の果てを目指すのではなく、地球人を滅ぼして、君達の祖国を再建するのが目的……そう言うことなのかね?」
「……そ、そうだ! 何度もそう言っているだろう!」
……唐突に重苦しい沈黙が走る。
総帥は静かに……怒っていた。
歯噛みして、固く握りしめた拳がそのすべてを物語っていた。
「ヤクーツク! 私はそんなくだらない事のために……。君に艦隊を預けたわけではないぞっ!」
これはいい面の皮だな。
間違いなく人類統合体の宇宙艦隊の全将兵がこのやり取りを見て、聞いているはずだった。
総帥自らが地球人は敵ではないと断言し、ヤクーツク元帥は単なる郷愁の思いだけで無意味な戦いを起こそうとしている。
今のやり取りだけで、それを否が応でも知らしめるには十分なものだった。
こんなのに同意するようなバカが居るわけがないだろ。
「な、何を言い出すのか! 大体、我らがここに踏みとどまっているからこそ、貴様らの銀河進出計画が地球人に妨害されずに済んでいるのだぞ! それを忘れて、何を勝手なことを!」
いや、だから……ほっといても、アマテラスもだけど、地球連合宇宙艦隊の誰もが木星にたどり着いて、本国侵攻なんて夢もまた夢って解ってるんだよなぁ。
だって、逆立ちしたって無理なものは無理なんだもん。
そこら辺は、最先端技術開発に携わってただけに断言できる。
アステロイド・ベルト進出だって、無茶と無理と無謀の三連チャンでそれを承知でやってたんだからね!
それこそ、木星からの兵器鹵獲の上で技術的パラダイムシフトを起こさない限り、木星到達なんて10年、20年は先になるだろうし、実際そんなものだろう。
要するに……むしろ、戦わないほうが地球側が脅威になる日が遠のく。
なるほど、私の言葉でその確信を得たからこそ、総帥はいよいよもって、好戦的なヤクーツク元帥とその一派を切り捨てるつもりになった……そう言うことかな。
「もういいと私は告げたぞ……君がここまで現実が見えていないとは思わなかった……。済まないが私は君達に処分を与えることにした」
「しょ、処分だと! この私をなんだと!」
「君達には、直ちに火星から木星圏へ撤退を命じよう。こちらが手出しをしない限り、地球軍は火星より先には出てこれない……。要するに、君達がそこで頑張ってる意味なんて無い。実際、この天風少佐のいたアステロイド・ベルトの侵攻部隊が地球軍の最遠到達部隊で、それも事実上の片道キップだったって話だからね」
そう言って、こちらをチラ見されるので、無言で頷く。
まぁ、地球とアステロイドベルトの距離的には、およそ1.5天文単位ってとこで、火星からなら1天文単位くらいの距離じゃあるんだけど……。
一天文単位=地球、太陽間の距離なので、間違ってもちょっとそこまでとか、そんな距離じゃない。
光の速度でも、軽く十分近くかかるのだから、半端な距離じゃない。
だからこそ、そこまでたどり着くのだって、相当な苦労があったし、片道切符上等ってのはマジな話。
一応帰還計画としては、艦も戦闘機も全部現地で爆破投棄して、空荷の補給艦に便乗して、人員はコールドスリープ状態で、一年くらいの時間をかけて、火星へ帰還すると言う事にはなってたんだけど……。
空荷になった補給艦が火星まで帰りつけた試しなんて、それまで一度もなくて、事実上の片道キップ……そんな状況ではあったのだ。
いかんせん、地球と火星間ですら、これでもかって位に補給物資の集積デポとして宇宙ステーションを設置して、それでどうにか航路の確保が出来ているとか、そんな段階なんだからなぁ……。
火星とアステロイドベルト間ともなると、マトモな拠点なんてないから、逝って来いってなるのも当然の話で、そもそも人類統合体の艦隊が居座っている以上、安定した航路なんて、望むべくもない。
ちなみに、木星までは更にその倍以上の2.5天文単位……現時点では、無人偵察機ですらたどり着けておらず、話にもなっていなかった。
「要するに、現時点で地球軍は我々の脅威となりえない……。そして、私は地球に興味はない。それは再三伝えたではないか。それでもまだ無意味な戦いを続けるつもりなのかね?」
さすがに、ヤクーツク元帥は完全に返す言葉を失って、項垂れている。
もう、これは勝負アリって奴だった。
「だ、だが……地球の野蛮人共は、我らを打倒したら、次は木星を攻めると言っているのだ……そもそも、そんな小娘の言う事など、誰が信用するというのだ!」
「この私が信用すると言うのでは、不足とでも言うのかね? そもそも、私は単に事実を述べているだけだ。確かに、地球の軍人達は木星をいつでも陥落させる事が出来ると言っているようだが、木星まで進出する能力もないのにどうやって実行するのだ。まさか、君は地球人の軍人達の言う事を真に受けているとか、そんなはずは無いと思いたいのだがね」
厳しくもはっきりと告げられたその言葉に、ヤクーツクも絶句する。
確かに、地球の軍人達は売り言葉に買い言葉で何の根拠もないのに、そんな感じのことを吠えてるんだけど……。
木星まで侵攻する手段なんて、今のところ逆立ちしたって出てこない……これが現実なんだよなぁ。
それでも、アメリカ系の技術者達は木星製の宇宙戦艦を鹵獲できれば、一気に劣勢を挽回できるとか言ってるんだけど……。
その為には、人類統合体の宇宙艦隊と一戦交えて、せめて辛勝くらいに持ち込まないとならない……まぁ、この時点で無理筋じゃあるんだよなぁ。
「いいかね? 彼女はアマテラスの代弁者の一人であり、彼女自身からもアマテラスには我々と戦争を継続する意思はないと言質を得ているのだ……。むしろ、君達の身勝手な振る舞いや、敵対的な言動こそが地球との確執を深めている……私はそう理解しているのだが、何か間違っているかな」
「そ、そもそも、その女の母艦はどうしたのだ! アステロイドベルトまで進出していたのであれば、それはもう明確な脅威だ! 何よりも、ソイツがアマテラスの代弁者と言うのならば、要はスパイ……そう言うことではないか! 総帥……その女の言うことはデタラメだ! 惑わされてはいかん!」
ちなみに、フィラデルフィア7については……。
一応、総帥に頼んで捜索してもらったんだけど……それらしき宇宙空母の残骸が見つかっただけだった。
どうも燃料枯渇で動けなくなったところで、小惑星と衝突したのか、船体も大破しており、生存者も一人もいなかった。
確かに、あの時点で届くはずの補給が届かず、燃料も水も枯渇寸前と言う状況で、これが最後の出撃になるかもとメカマンの親父さんにも言われていた……。
要するに、あの時点で無事に母艦まで帰りつけても、時間の問題で運命を共にしていた……。
今、生きてここにいるのも総統の思し召し……そんなところだな。




