第十一話「贖罪」④
「あ、あの……どうかされましたか? なんだか、一瞬フリーズしたみたいになってましたが。外部モニターでは脳波波形がブレたかと思ったら、完全にフラットになっていたようで……大丈夫ですか? 一旦お休みしますか?」
……なるほど、今のもう一人の自分とのやり取りは第三者からはそう見えていたのか。
この様子だと、思考モニタリングにも今のやり取りはかからなかったらしい。
けど、もはやもう一人の自分の声はもう聞こえなくなっていたし、その存在も感じ取れなくなっていた。
違うな……これは、完全に重なった……そう言うことなのだ。
私達は、今の瞬間……お互いを受け入れ、ひとつになったのだ。
「ああ、構わない。気遣い感謝するぞ!」
「……うん? なんだか、また雰囲気が変わったような……。一体何が?」
「君は実に鋭いな。実を言うとだな……。今この瞬間、私自身がそのロズウェル・クシュリナーダと統合されたみたいなんだ。ふふっ、何のことはない……ラースシンドロームで狂った私はもうひとりの私自身によって、吸収され統合され、別の存在として生まれ変わった……そう言うことのようだ。だが、悪い気分じゃないな……。こうやって、君達の手で帝国が存続し、人類世界に未来が繋がったことに、私は心からの喜びを感じているのだからな」
「ええっ! それってどう言うことなんですか!」
「つまり、私の記憶の旅はもう一人の私……ロズウェルもまた同時に体験し、本来の私自身に近づいていたんだよ。そして、私もまた……ロズウェルの生き方に共感し……お互いに歩み寄った……そう言うことさ。そして、その結果……私達はひとつに統合されたのだ……。つまり、今の私は問答無用の君達の味方……そう思っていいぞ」
……なんか、偉そうな口調になってるな。
多分、これはロズウェルのせいだな……アイツ、御大層な立場だったせいで、誰に対しても偉そうだったからな。
時の皇帝陛下にすらため口聞いて平然としていたし、皇帝達も先生なんだから仕方がないと言った調子で、やっぱりタメ口。
もちろん、公の場では大人しくしていたようだったが、サシになると偉そうにさっきのアレはなんだ! このバカ弟子が! とかやってたようだからな。
ほんと、何様だよ……ったく。
もっとも、完全に……ではなく、恐らく私とロズウェル卿がモザイク状に入り混じった第三の私と言える存在になりつつあるのだろうな。
「……た、確かに、このロズウェル卿のプロフィールだと、その話も頷けますね……。つまり、今のハルカさんはなかば帝国の重鎮のようなメンタリティとなっていると? もしかして、今のハルカさんは、ハルカさんと言うよりもロズウェル卿寄りに……と言うことですか?」
「そうだな……そうだと言えるし、違うとも言えるな。いずれにせよ、信用はしてもらって良いと思う……。何よりもアスカ陛下への助力も必要だろうからな……アイツも完璧なように見えて、結構穴だらけだからな……だが、それもまた愛おしい」
ロズウェルのアスカ陛下の思いを一言で言えば……。
愛弟子、もしくは愛娘……だよな。
当然ながら、本来の私に子どもなんていないから、親の気持ちなんてのは解らないけど。
ロズウェルも皇帝達の育成やら、孤児院の子供達を親代わりに育てたりしていたことで、一端の親根性みたいなのが身についていたんだよな。
そして、そんなロズウェルにとっての最後の教え子……それがアスカ陛下だったのだ。
「愛おしい? ……まさか、ハルカさんの口から、そんな言葉が出るなんて……。でも、ロズウェル卿はアスカ様の師とも言える存在だったそうなので……もしかして、その記憶も共有されているんですか?」
「ああ、そう言う事さ。確かに私達は最初は相反していたんだけど、1000年前の地球育ちの記憶や、第三次世界大戦を戦い抜いた記憶って根底は一緒だったからね。だからこそ、ロズウェルと私はこうしている今も急速に統合されつつあるんだ。……そうか、私にはこう言う道もあったんだね……。ロズウェル……お前は私なんかよりもよほどいい人生を送ってたんだな……。そして、やり残したことも。ああ、生きる理由が見つかった。そう言うべきかな……」
「良くわかりませんが、なかなかに、前向きなようで何よりですね。では、ひとまずこの話はこれでおしまいにしましょうか。そろそろ、お疲れでしょう? しばし、休眠でも挟んで、この世界をもうちょっと満喫していってください」
アキちゃん……こいつ、絶対解ってないぞ。
まぁ、この娘はどこかAIじみた所があって、こう言う情緒的な感情については、理解に乏しかったみたいだからな。
当たり前のように、この親心なんてのも解らんのだろうさ。
「なんとも、あっさりしたもんだねぇ。でもまぁ、確かにこの空間が時間軸から外れているなら、慌てる必要はないか。けど、そう言うことなら、君らにもう少し付き合っても構わないぞ……どのみち、私は聞かれたら素直に答えるしかないのだからね。何よりも過去の地球……そして、君達の知らない帝国の歩みの生き証人の持つ記録……君達からしても興味深いだろうからね」
ぶっちゃけロズウェルもあれほどの立場だったのなら、空白の半世紀の記録の公開くらいしても良かったんだがねぇ。
アレはアレで、過去の記録を現代に蘇らせることに何の意義も感じていなかった上に、私自身の過去の記憶を片っ端から破棄してたようだからなぁ。
けど、過去があってこその今……そう言う考えだってあるし、過去を取り戻した結果、ロズウェルも歩み寄る気になった……そう言うことなのだものな。
「確かに、色々興味深かったですね。でも、2069年の日本と言うのはこんなだったんですね……。なんとものんびりとしてて、どこへ行ってものどかな風景で……。でも、町中のあちこちに廃墟があったのはちょっと意味不明だったんですけどね。ああいうのって普通要らなくなったら、さっさと取り壊すものじゃないんですか?」
「……人が大幅に居なくなった時代でもあるからね。廃墟のリサイクルとか取り壊しも余程のことがない限り、やる意味がなかったし……。何よりもあまりに数も多すぎるって事で、もう朽ちるに任されていたんだよ」
選択と集中……本来、一億二千万人もの人口を抱えていた日本もその人口が半分以下にもなれば、そうせざるを得なかったんだ。
アマテラスの君臨前の日本は、そこら辺はいまいちクールになりきれなくて、出来るだけ現状維持に努めようとして……ものの見事に失敗していたのだ。
「そうですねぇ……。確かに人口が右肩下がりに減っていく人口減少社会では、これくらいの割り切りが必要でしょうからね。帝国も他人事ではないですからね」
「そうだな……。帝国の人口増加率もある時期から低迷し始めて、黄色信号が灯っていたってのも事実だからな。おまけに、ラースシンドロームによる帝国の犠牲者数は軽く50億は超えている……幸い罹患者の殺処分の必要がなくなったから、この数字はこれ以上は増えないと思うんだがね……。ゼロ皇帝も前途多難だな」
「そうですね……。けど、そこはなんとでもなりそうですからね」
「ふむ? その様子だと、なにか秘策あり……そんなところか?」
「そこはご想像にお任せしますよ。それにしても、植物ってほっとくとこんなジャングルみたいに生い茂るんですね。ここまで自然が豊かだったなんて……地球という惑星の素晴らしさがよく解ります。けど、ハルカさんもおっしゃってましたが、何というか人間が極端に少なかったですよね……。これが普通だったのでしょうか? 数値的にはもっと大勢いるはずだと思うのですが……昼間はともかく、夜になるとびっくりするほど、街に人が居なかったじゃないですか」
……言いたいことはまだあるし、こちとらハルカ=ロズウェルとでも言うべき存在だ。
帝国の裏の裏まで知り尽くしているし、歴代皇帝達がこの人口減少の問題と如何に戦っていたかも良く解っている。
ロズウェル自体は、第三帝国の後見人だったんだが。
他の皇帝たちからも、ご意見番と言うことで相談も結構受けていたからな。
けど、いずれにせよ……ロズウェルももう半世紀くらい前から、半ば引退生活を送っていたような有り様であったようだし、ゼロ皇帝が出て来たのなら、もうお任せで構わない気もする。
だからこそ、遠い過去のことなんぞ、語り部として語る……それで良いような気がする。
私はもうお役目御免……それでいい。
まぁ、そう言うことなら、もう少しこの雑談会に付き合ってもいいだろう。
「ここらは人口減少地域……過疎地だったからねぇ……。当時の諏訪エリアの人口だって、固定住民なんて1万とか2万とかそんくらいだったと思ったよ。そもそも、諏訪シティって産業や居住エリアじゃなくて、観光地エリアだから、人間の住民は極端に少なかったんだよ……」
「なるほど……でも、ハルカさんのご自宅も庭付き天然木で作った日本家屋とか、超贅沢な家だったじゃないですか……。あんな家に今の時代住もうと思ったら、とんでもないお金かかりますよ? しかも、あんな市街地から離れてる山の中なんて……専用インフラ必須じゃないですか」
「まぁ、今の時代ならそうなるだろうな。なにせ、総天然木の日本家屋を個人で所有して生活するなんて、贅沢も贅沢って話だろうからね……。ああ、せっかくだから、場所を移そうか」
諏訪湖畔から、山の中のぽつんと一軒家! 我が家の庭先に到着ーっ!
実際は軽く5kmくらいの距離があったんだが……この世界のからくりが解った以上、ソレくらい訳ない。
柿渋仕立ての総木造の昭和風日本家屋。
まぁ、田舎のおばあちゃん家のテンプレって感じだな。
「ほんとに、無造作にやってくれますね。うん、いい感じにワビサビ効いてて、実にグッドな感じですね。これが本物の古代日本家屋……すっごい地味ですねっ! こんなんじゃ、夜は真っ暗じゃないですか……まるでオバケヤシキみたいですね。いっそ、キラキラ光るイルミネーション付けて、デコったりしても、いいんじゃないですかね」
総木造の日本家屋にイルミネーションだぁ?
そういや、こいつらって千本鳥居を今風にアレンジとか言って、夜中でもビカビカ七色に光る鳥居を並べて、観光名所にしてたような奴らなんだよなぁ……。
一応、過去の記録映像を参考にして、見様見真似で再現しようとしたみたいなんだけど……なんでそうなったかなぁ。
他にも、古代日本の城を再現したとか言って、お城を再現して、そのままにしとけばいいのに、わざわざクリスマスツリーみたいな電飾だらけにして、ド派手なスポットライトでビカビカ照らすだの……。
何故、エスクロン人は何でもかんでも光らせるんだ……って、ユリコちゃんにエスクロンの観光案内してもらいながら思ったさ。
ちなみにロズウェルの記憶を辿っても、やっぱり帝国の一般市民ってのは、皆そんな調子でロズウェルはむしろ、お祭り気分に水を差す、うるさ方の一人としても有名だったらしい。
「地味で結構っ! まぁ、データ化も出来てるんだから、気に入ったのなら、そっちでVRエンタメ用途とかに使ってもらっても構わないよ。でもさぁ……君らはむしろ、何も足さない……満ち足りるを知る……こう言う侘び寂びってセンスを学ぶべきだと思うんだ」
ちなみに、ロズウェルもこう言う侘び寂びは割と好きだったようで、惑星アールヴェルにもこんなみすぼらしい日本家屋やら、寂れた庭園とかを作らせてたみたいだったんだけど。
もっとも、管理を人任せにすると、すぐ庭木に派手な電飾付けられたり、AIデザインで全体的にパステルカラー染色されたりだので、台無しにされまくってた。
「確かにこれはリアルで再現ってのは大変そうですけど、仰るとおりVR向けで需要ありそうですね。けど、これに何も足さないのは淋しいと思うんですが。それこそがワビサビって事なんですかね」
「おお、解ってきたじゃないか。そう……淋しいとか、物悲しい……それこそが古代日本文化の美徳……侘び寂びの境地って奴なんだよ」
「古代文化の美徳……! なるほど、そう言うものなんですね。ところで、この建物って、一体何年前から建ってるんです? 見た感じ、10年20年どころじゃないですよね?」
「……さぁ? 私が住んでた時点でも、少なくとも100年だか、200年くらいは経ってるって聞いたなぁ。おかげであっちこっちから隙間風吹き込んで、冬とか家の中なのに上着着てたりしたよ」
「こんな木造建築物がそんな百年単位で保ってたんですか! 一般向けの住居ブロックだって、10年くらいで老朽化で建て替えとかやってるのに……。100年以上も同じ建物に住まわされるなんて……それって、どんな罰ゲームなんです?」
「だーから、今のみたいに建物がボコボコ壊れても、次の日には建て替え完了とかそんなん無理な時代だったんだって……。ちなみに、この家の庭もだけとこの山自体が我が家の所有物だったんだよなぁ」
「リ、リアルで個人が土地を所有してたんですか! 土地なんて、国家の共有財産……そうじゃなかったんですか……」
「まぁ、都市部だとこの時代でもそんな感じだったけど、こう言う過疎地域では昔からの名残で、個人所有の土地って結構あったんだよ。もっとも、所有者が居なくなってたところも多かったから、こう言うケースは割とレアではあったんだけどね」
なお、衛星落着後は東日本エリアはもう完全に放棄エリア状態になって、土地の所有権についてもワケが解らなくなってしまったので、個人所有の土地ってのは全て接収の上で住民の再配置……みたいな感じになったんだがね……。
もっとも、銀河連合諸国なんかでは、むしろ領主たちの金儲けのために惑星上の土地を売り買いするとかやってたみたいなんだけど……。
おかげで、都市計画とかがグッチャグチャになって、道路が変な形になってるとかそんな光景も良く見かけたし、所有者が居なくなってほったらかしになった廃墟だの空き地だのがあちこちに出来たりと、困ったことになってたもんだ。
「個人に土地を所有させるとかやっても、都市計画に問題が起きたり、相続で問題が起きたり、最悪外国に土地買われて、合法侵略みたいになったりするだけだと思うんですけねぇ……。でも、こんな山全部が自宅の敷地とか……それそれですっごい贅沢だと思うんですけどね。そう言えば、ロズウェルさんはこの家を再現するとかってやらなかったんですか?」
「あったりまえのようにやってたさ。実際、クリシュナ陛下にこんな感じの別荘作って、一緒にのんびりしよぜとか提案したらしいんだけど……。このまま再現すると、帝国の住居安全基準もまるで満たせない上に、イチから天然木造家屋を作るとなると、家を作るために木を育てるところから始めないといけないとか、そんな調子で却下されてしまったらしいね」
「確かに、天然って付くだけでなんでもバカ高くなりますからねぇ……。実際、銀河連合からの輸入品の総天然木のテーブルとか超高かったですからねぇ……。それが家一軒分とか……おおっ! 軽く宇宙戦艦買えちゃいますね!」
なんだか、速攻で見積もり作ったらしく、見積書が空間投影される。
そのお値段は合計2兆8000万クレジットとか書かれている。
……おいおい、そんなかよ。
もっとも、3兆クレジットで宇宙戦艦買えるって……むしろ、帝国がおかしいって気付いてないのかな?
「まぁ……そうなるよな。実際、ロズウェルも我が家のデータをクリシュナ陛下に見せて、見積の段階で却下されてたからなぁ」
「ああ、この記録ですね……。というか、これ……クリシュナ陛下も乗り気だったみたいだけど、結局皇帝命令で全キャンセルしてますね……。どうも、ロズウェルさんも全て自分の手で作って、インフラも完全自給自足とか言って、こだわり過ぎたみたいで……」
……なるほど、水は井戸水、電気は自家発電。
おまけに、材料の木を用意して組み上げるまで全部クリシュナ陛下一人にやらせようとしてたらしい……そりゃ、あの温厚なクリシュナ陛下だってキレるだろ。




