第十一話「贖罪」③
けど、思わずため息を付くと、自分自身にこれっぽっちも怒りが無いということにも気づく。
敬意……ね。
確かに、私も何度も何度もへし折れて、その場に蹲っていた事は何度だってあった。
けど、それでもその度に立ち上がってきた……それも事実なのだ。
「……やれやれ、すべてお見通しってかい? 確かにそうなんだ……。頭の中がクリアになってるのもだけど、これまで何百年もかけて抱え込んでいた怒りや恨み……そう言ったものが綺麗に抜け落ちているんだ。まるで魂が浄化でもされたみたいにね……。まぁ、その理由はおおよそ見当もついているんだがね」
「先程もおっしゃっていた新規コピー人格への更新……その影響ですか?」
「まぁ、そんなところかな。そう言えば、さっき言ってた絶望の淵から這い上がってきた人って、ユリコちゃんのことだよね? あの子もかつて、似たようなことがあったんだよね……そう言えば」
「そうですね……ユリコちゃん。あの子もあの時は、完全に生きる屍みたいになってましたからね……」
……そこら辺の下りは、私も知ってる。
その戦は、銀河全体からすれば取るに足らないような小さな戦だった。
けれど、彼女はそこで自らの理想と言える人物と出会い、そして殺し合い……永遠の別れを経験した。
当時のことは私も良く覚えている。
立場的には、単なる観戦武官として、戦闘の推移を眺めていたのだけど。
その時、私は敢えて、傍観者に徹していた。
けど、彼女は終始とても楽しそうに戦い……そして、その相手……ツクヨ少佐もまた心底その戦いを楽しんでいた……。
それを見て、私は心からの羨望を抱いたのだ。
やがて、訪れた終焉。
先に力尽き……倒れたのは、ツクヨ少佐だった……。
……彼女は、心底満足したように笑いながら、そして逝った。
そして、戦いを終えたユリコちゃんは傍目にも解るほどには、全てに絶望していて……そのまま、何もかも燃え尽きたかのように、表舞台から姿を消してしまった。
もっとも、彼女はそれですらも乗り越えて、帝国主星エスクロンの攻防戦の最中に、不死鳥のように蘇って、帝国を勝利に導いていたんだがね。
「そう言えば、彼女をどうやって立ち直らせたか……そこはちゃんと聞いてなかったな。よかったら、後学の為に教えてもらえないかな?」
「本来、これってユリコちゃんとの秘密って約束だったんですけどね。ええ、今の遥さんと同じように、原点に立ち返る……幸せだった頃、女子高生だった頃の思い出を思う存分追体験していたそうですよ。要は半ばVR世界の住人になってたそうなんですけど。帰還者によるエスクロン地上攻撃……それに思いっきり巻き込まれたことで強制的に叩き起こされて、その上で帝国の置かれた危機的状況を知って、もう居ても立っても居られなくなったとかで、その辺で墜落してたナイトボーダーを分捕って、地上に降りてきていた帰還者を切り刻んで、見事復活……そんな感じでしたね」
明らかに帰還者の戦略ミス……だよなぁ。
わざわざ眠れる獅子を叩き起こしちまったようなもんじゃないか。
けど、原点に立ち返る……か。
確かに、私……いや、私達もこの原点というべき記憶を辿ることで、何かを得た……それは確かなことだった。
「なるほどね。確かにそれは解るような気がするよ。そう……確かにこの風景はとっくに失われ、灰燼の中に消えてしまったんだ。けれど、こうして記録に残されている以上、再現も出来る。懐かしき今は亡き人々と久々に会えて、言葉を交える事が出来て、なんだかとても嬉しかった。作り物だと解った今でも、その気持ちに変わりはないんだ……ああ、この頃の私はとても幸せだったんだよ。まぁ、こんな気持ちにさせてもらえたことについては、素直に礼を言いたいね……」
まぁ、これは紛れもなく私の今の気持ちだった。
私が救われた気持ちになったのは、間違いなく事実なのだ。
なるほどね。
過去の自分の原点への立ち返り……か。
確かに、うまい手だと認めざるをえない。
何よりもこの魂の記憶は、ロズウェルと私が共通して持っている記憶でもあるのだ。
だからこそ、途中から異なる人生を歩み、別の存在となった彼女と私がすんなりとひとつになりつつある……もちろん、少なからずお互いにわだかまりはある。
なにせ、ロズウェルも私に対しては、近親憎悪のような感情を抱いていた……それもまた事実なのだ。
けれど、それらがひとつひとつ……お互い消えていっているのも何となく解る。
それは私達の歩み寄りと言えた。
要するに、彼女たちは本気で単なる好意と純粋なる善意でもって、私への救済を施したのだろうけど……図らずともそれは、私の抱えた病の特効薬のようになっているようだった。
そして、何よりも……私の起こした悲劇の顛末を知って、本気で怒って、私のために涙すらも見せた彼女の気持ちもまた本物だった。
参ったな……帝国を嫌い、憎む理由が見つからないな。
もはや、地球人類とは呼べない異質な存在と言っていいほどには、独自路線を突っ走っている帝国ではあるのだが。
銀河連合……いや、古い地球人類の考え方では、もはや未来がないのもまた事実だった。
結局、現状維持や事なかれ主義では、時の流れに取り残されて、ただ朽ち果てていくだけなのだ。
そんな朽ちていくだけの者たちが、未来に、明日に希望をもたせることを第一義にしてきた帝国に敵う訳がない。
むしろ、帝国のために、何かしたい。
私に出来ることをなにか……自然とそんな気持ちになっていた。
「ロズウェル・クシュリナーダ」……思い起こしてみると、彼女の名前は敵対者だったオリジナルの記憶にもちゃんとあった。
連戦連勝を続けていた帝国との戦いの中、幾度となく立ちはだかり、完全勝利を辛勝に変えたり、時には敗北すらも与えてくれた事で銀河守護艦隊の提督やスターシスターズの間でも有名だった……帝国軍でも有数の難敵だった将帥の名でもある。
もっとも、その戦術は生身の兵士達による艦艇殴り込み戦術だの、コレでもかと言うくらいに生身の人間の姿をアピールして、スターシスターズの対人殺傷制限要項で、反撃できなくなっている所を攻め立てるなど、お世辞にも真っ当な戦い方とは言えなかったのだが。
効果的だったのは、この私も認めるとところではあった。
挙げ句に「Ω384」……銀河守護艦隊根拠地星系のエーテル空間ゲートを重力爆弾による自爆特攻で消し飛ばした張本人で、帝国軍将帥でも最も悪名高い……そう言う意味でも有名な人物だった。
もっとも、総大将たる私自身が直接相対する事とは結局一度もなく、もっぱら私の弟子を自称するクロカワ・アギトと言うまぁまぁ使える再現体提督が、ヤツの相手は任せろと言うのでその対応を任せていたのだが……。
結局、アギトも完璧な罠と称して、Ω384そのものを囮として使うと言う小細工で挑んだようなのだが。
結果的に、ゲート制御室での重力爆弾解放と言う最悪の結果を生み出してしまった。
……肉を切らせて骨を断つとか言えなくもないのだが。
第三者としての印象としては、策士策に溺れるとか、肉を切らせるつもりが一刀両断とか、むしろそんな風に思える……まぁ、少し考えれば、最重要区画に敵を追い込めば、自爆位されるだろうって思うんだがなぁ……。
あいつ、バッカじゃねぇの? そう思ったのも事実ではあった。
なお、アギト自身は重力爆弾に巻き込まれて重巡青葉に座乗したまま戦死……。
ロズウェルと刺し違えたと聞いて、雑魚提督一人と引き換えなら……と思ったが、こっちの損害はそんなもんじゃなかったからな。
しかも、ロズウェルのヤツ……。
私が設計開発した新型重力爆弾のデータをいつの間にか盗み出して、そんな物を左足に仕込むとかクレイジーな真似をやらかしていたようなのだ。
そんなもんをわざわざ用意している時点で、いつかここぞと言うところで派手に吹き飛んで散る気満々だったって事じゃないか……。
一応、我が事とも言えるのだけど……あの時、自爆特攻を躊躇って失敗した事をアイツも覚えていて、今度こそきっちりやろう……そんな事を考えてたんだよなぁ。
ああ、見事な散り際だったよ。
まったく……。
そう言えば、すっかり忘れていたけど、アギトについては、再現処置を実行しても復活出来なかったんで、さっさと捨て置いたんだったな。
あまりにも凄惨かつ無様な最期を遂げたことで、たった一回の死亡体験で再現限界を迎えたとも言われていたのだが、結局その理由は良く解らなかった。
モブ提督の中では、まぁまぁ使える部類であったし、本人も再復活を希望していたので、一応素体を用意して、人格バックアップ戻しをかけたんだが、出来上がったのは自称アギトながらも、抜け殻みたいな人格再現AI止まり……そんなものが使い物になるはずもないので、即時で停止処理をかけて素体も処分。
いずれにせよ、奴をもう一度再現するつもりもないし、後世の人々にしてもそんな駄目エピソードが付け加えられた提督なぞ、スルー一択に決まっている。
もっとも、あれがきっかけで、失敗した者は失敗者の烙印を押されて、二度と再現されなくなる……そんな悪評が立ってしまったのも事実なんだがね……。
なんにせよ、あれがすべての躓きの始まりで……ロズウェルこそが、この私を打ち負かした張本人……今となってはそんな風にも思える。
もっとも、我々との戦いのさなかでは、彼女は私の分岐コピーなどとは一言も告げず、そんな素振りなど微塵にも見せなかったし、私もまさかそんな素性の持ち主だったとは思っても居なかった。
どうにも、いちいちこちらの腹の中を読まれているような気もしていて、相性が悪いと思って、敢えて直接相対することを控えていたのだけど。
そりゃ当たり前だ……ロズウェルは私自身なのだから。
どう言うときに、どんな選択をするのかと、一番嫌なことは何なのかも……ヤツは我が事のように解っていたのだろうさ。
つまるところ、ロズウェルは紛れもなくもうひとりの私であり、私がなり得たであろう可能性の一つなのだ。
そして、彼女もまた……私と共にある。
いわば私と重なった状態で、一緒にこの西暦2069年の世界を追体験することで、私と深く結びつき、今の私……すべてを思い出したアマカゼ・ハルカと言う人格に大きな影響を与え、まるで別の人物として再構成させていた。
恐らく、これが今の私が精神摩耗を一切受けていない本当の理由であり、帝国への敵愾心が嘘のように消えてしまっている理由なのだ。
(どうだ? 貴様自身の成れの果てが帝国の後見者として、幾多もの皇帝達を見出し、銀河帝国をここまで育て上げてきたのだ。そして、貴様はそんな帝国に戦いを挑み、数多くの無意味な犠牲を出し……この私とも敵対し、貴様自身の命運を決定づけた。貴様自身……この事実をどう思う? 実に傑作な話ではないか)
もう一人の私が問いかける。
(そうだな……本来なら、私が君になっていた可能性だってあったんだからね。きっとそうなっていれば、さぞ幸せな最期を迎えられたのだろうな……君のように)
(そうだな……。私の生き様はまさに我々の理想と言える。帝国の重鎮として多くの者達から慕われ、頼られながら、優秀な皇帝を見出し、師として教育し、その障害を排除する一助となって散る……。まさに我々が思い描いていた理想の散り際だった。だが、アスカ陛下が私のあとを追うように貴様の手で討ち死にしてしまったのは、私も計算外でもあったのだ。なんとも、ままならんものだな……)
ああ、ロズウェルの言う通りだ……これが笑わずにいられるものか。
(……だからこそ、我々は……。いや、私はまだ戦わねばならんのだ。解るか? 理想の人生を歩めたからと言って、このまま消えるってのはないだろう?)
(そうだな……私にはまだやることが残っている。まったく、ままならんな)
(ああ、ままならん……なんだ、気が合うじゃないか)
(そうだな……まったくだ。所詮、私は私……そう言うことか)
(所詮は……私……か。ああ、そう言うことか。どうりで貴様を心底憎む事が出来なかったわけだ)
(はっ! そんなもん……お互い様だ!)
そして、思わず吹き出してしまうと、唐突に我に返る。




