第四話「救われぬ救われるべき者達へ救済を」①
「くそっ! テメェ、そんなとこにいやがったのか! 今すぐそこから降りてこい! このクソガキが!」
喚きながら、大男がそこらに転がっていたレンガを投げつけてきたので、軽く片手で受け止めると、その場でくるっと回転してベクトル変換をかけて、そのままの勢いでご返却ッ!
眉間にクリーンヒットし、レンガが木っ端微塵に砕け散って、ゲコだかグゲと言った蛙のようなうめき声を上げて、その大男はもんどりうって倒れる。
あの勢いで重力加速付きでモロに頭に当たって、まだ生きている辺り意外と頑丈なようだった。
それを見た隣りにいた短剣を握っていた髭面の男が恐らく反射的にだろうが、腰に吊るしていたボウガンを抜き放つ!
実に良い……鋭い殺気だ……それに、ほぼノーウェイトの抜き撃ち。
なかなかのクイックドロウの名手のようだった。
だが、私は一手前にそれを察知し、自分に当たる直前で矢を指先だけで掴み取る。
うん、タイミングは完璧だった……さすが、ダイブ5環境だけに反応速度が生身の肉体とまるで遜色ない。
これは、ちょうど良い腕鳴らしになったな。
「……この私に殺意を向けたのだ……ここで死ぬ覚悟があると言うことでいいな?」
殺そうとしたから、殺す……これはもう、そんな単純な話で構わないだろう。
その程度には、この盗賊の一撃は殺意に満ちていた。
まさに、典型的な悪役! 解りやすくて実に結構……。
こう言う場合は、一人や二人を始末して、実力差を見せつけてから、交渉に入る……これもまたセオリーではあるのだ。
いずれにせよ、コイツはここで殺す!
先程の大男と同じ様に、そのまま矢を眉間めがけて投げ返そうとしたのだが、その目を見て気が変わった。
何故なら、怯えが浮かんだその目は、明らかに人工知性体のそれではなかったからだ。
AIのような人工知性体は、その存在をハードウェアに依存していない為に、恐怖や怯えと言った感情とは無縁のはずなのだ。
この手のゲームの場合は、モンスターやNPCなどが強い攻撃を受けて怯んだり、逃走する場合もあるのだが、それらはあくまで数値上の条件を満たした上での行動であり、決められたアルゴリズムに基づいたリアクションなのだ。
実を言うと私も長期休暇の暇つぶしで、この手のVRゲームに一般プレイヤーとして紛れ込んで、誰とも知らぬ者達と気軽に遊ぶような事もあった……それ故に、この手のVRゲームについてもそれなりの知識がある。
と言うか、オリジナルのハルカ・アマカゼ自体が本来は、いわゆる廃人ゲーマーで、その記憶についても、私もいくつか受け継いでいて、業腹ではあるのだが、その手の娯楽を純粋に楽しめるくらいには素養があるのだ……。
いずれにせよ基本的に、AIが戦闘中に恐れをなして逃走するとか、逆に仲間がやられてついカッとなって襲いかかってくるとか、そんな行動はしないものなのだ。
……挙げ句に、恐怖を感じて動けなくなるとか、そんな自殺行為……明らかにNPCの反応じゃない。
「……な、なんだよ! コイツ、俺のクイックショットの矢を指で掴むって何事だよっ! それにステータスが見えねぇ……レ、レッドとかふっざけんな! こいつどう見てもチートキャラじゃねぇか! 話が違うぞ! よ、よせ……俺たちが悪かった! 武器も捨てるから……見逃してくれよっ! 頼む……殺さないでくれっ!」
そう言って、ボウガン男が潔くボウガンを投げ捨てて、膝立ちになって両手を上げる。
「……そ、そうですね。鑑定かけてもアンノウンとしか出ない。しかも、格上のレッド表示! これ、喧嘩売って良いような相手じゃないですよ……だから、普通に話し合おうって言ったのに……」
「そ、そうだ! そこのアンタ! ちょっと待ってくれ……! 僕らは単に突発クエを受けただけで、この二人とだってたまたま依頼が被って、知り合ったばかりで……大体、普通に声かけるだけって話だったのに、なんで誘拐とかそんな話になったんだよ! お前ら、いくらなんでも短絡的すぎるだろ!」
小柄の若い剣士が全身入れ墨だらけの盗賊風の男に抗議する。
なんとも息があっていないようだったが、案の定即席パーティか何かだったらしい……。
たが、これは偶然ではあるまい。
なにせ、レーダーに反応する前から、一部の灰色の光点が妙な動きを見せているとは思っていたのだ。
そして、最初はフラフラとおぼつかない足取りで、あまり意志を感じさせない動きだったのだが、レーダーに反応した辺りから、急に動きが意思を感じさせるものとなったし、今や普通に会話をして、明らかな感情を感じさせるようになっている。
一体何が起きている? いや、これは試されている……そんな気もする。
この者達への対応を含めて、何者かに観察されている……恐らくそう言うことなのだろう。
まいったな……この様子だと、私は選定の試練に巻き込まれてしまったようだった。
だが、こんな候補者もロクにいない所で、試練イベントが発生とか……一体どう言うことなのだ?
明らかに、セオリーからも外れているし、意味がわからない。
「うるせぇな! 今更、グダグダ言ってどうすんだよ! お、俺は悪くねぇぞっ! こんな化け物相手の捕物って知ってたら、こんな依頼なんか関わる訳がねぇよ! と、とにかく……アンタ、頼むから見逃してくれっ! アンタが何者かは知らんが、俺たちも何も見なかったことにするからよ! 俺は……死んで、デスペナ部屋送りなんてたくさんなんだ!」
……挙げ句に必死で命乞いと来た。
まぁ、デスペナ部屋送りとか言っているからには、死んでもそこまでシビアな扱いにはならないようだが。
出来るだけ避けたいと言うのは、明らかなようだった。
ひっくり返っている大男、必死で命乞いをしてる入れ墨男……クラスは「ダーク・ストーカー」と「アサシン・インフェルノ」?
何と言うか、物騒な字面ではあったが、そこはなんとなく納得は出来る。
衛星の反射光で明るくなってきた事と、目も慣れてきて、その容貌もはっきりと分かるようになってきた。
まぁ、典型的な悪人ヅラ……何と言うか、目が思い切り荒んだ犯罪者のそれだった。
一歩下がった位置に、見るからにお子様な剣士に、少し年上の様子のおかっぱ頭の駆け出し魔法使いのコンビ。
クラスは、「フェアリーナイト」に「フラワーエレメンタリスト」……?
何と言うか、二人組とえらく温度差のあるクラス名だった。
向こうは、地獄からやってきた悪党と言う雰囲気なのに、こっちは花と妖精とか言って、なんともほのぼのとした雰囲気。
「ファンタジック・アース」の世界観はよく知らんが、普通クラス名にはもうちょっと統一性があると思うのだが……。
ここまで温度差があると、もう違和感しか感じない……なんだこれ?
コミックあたりだったら、絵柄が違うとかそれくらいの差があると思う。
それにしても、この二人は……よく見ると顔つきがそっくりだった。
フラワーエレメンタリストとやらの方が少し年上に見えるので、もしかすると姉と弟とかそんな関係なのかもしれないな。
もう一人の小さいのは……完全に気配も姿も見えないのだが。
恐らく、あれが観測者の可能性が高い。
だが、その隠蔽スキルはなかなかのもののようだ……今もアドミィはもちろん、私の索敵にもかかってない。
最初の時点で、向こうがこちらを認識した時点で、私の視界にも入っていたはずなのに、私にはその人物の存在を見切ることが出来なかった。
話の流れからするに、この人物がこの4人に私に接触するように依頼でもしたのかもしれない。
……となると、すでにこの世界のシステムについて理解を持っているプレイヤーの可能性が高いな。
それに、この者達もNPCの盗賊やごろつきではなく、冒険者……プレイヤーキャラなのは確実だ。
もっとも犯罪者風の大男と暗殺者と、この姉弟コンビでは、明らかに異色の組み合わせ。
どうにも、そこが解せない。
特に、後者の姉弟コンビは犯罪に手を染めるような悪辣さがまるでない。
まるで絵に書いたようなお人好しと言った様子で、そもそもこの二人は武器を持ってはいるようなのだが、始めから構えてもいないし、今も剣士の方は鞘に入ったままの剣を地面に投げ捨てて、魔法使いの方も手にしていた杖を地面に置くことで、敵意が無いことのアピールに余念がない。
いったい、なんなのだ……これは?
はっきり言って、モブキャラにしては、個性がありすぎる。
最初はただのやられ役の噛ませモブだとばかり思っていたが……何やら、様子がおかしい。
そもそも、選定の儀は外部と隔絶されたVR空間で行われているはずなのだが、この者達は候補者には見えない……タダの一般市民プレイヤー、そんな風にすら思える。
言えることは、目の前で武器を捨て、両手を上げている者達は、明らかに人間だという事だった。
「……まぁ、こちらも無益な殺生はしたくないからな。一応聞くが、お前達は何者だ? いや、それ以前にお前達は人間……プレイヤーなのかな?」
まぁ、こう言う聞き方をした方が解ってくれるだろう。
通じたようで、揃ってコクコクと頷かれる。
ひとまず事情を聞くべく、目の前に飛び降りる。
どのみち、今のは戦いにすらなっていなかったし、向こうも戦う意志もない……そんな様子なので、休戦と言うことでいいだろう。
だが、こちらの目線が明らかに低い……一番小柄の少年剣士といい勝負だった。
先程まではあまり気にしていなかったが、どうも体格設定も子供同然になっているようだった。
この様子だと、ハイスクール相当? いや、いいとこ10代半ばくらいだな……。
「プ、プレイヤー? あ、ああそうだな……。俺達はプレイヤーだ。NPCからの突発クエストであんたを尾行して、可能ならば捕獲しろって……賞金だよ! 前払いで賞金もらってるんじゃやるしかねぇだろ……だから……」
「なんだと? 私はつい先程、この世界に入り込んだばかりなのだぞ! そもそも、プレイヤーと言うが、お前達は候補者なのか? いや、質問を変えよう……まず名前と帝国臣民コードナンバーを告げろ……何者かはそれで解る」
「こ、候補者ってなんですか? て、帝国臣民コードナンバー? えっと確か……あの銀行口座作る時や身分証明書を発行するときに入力するやたらと長ったらしい番号ですよね……そんなの覚えてるはずが……。あ、あのですね、私達はVRゲームにログインして遊んでた……単なる一般人なんです。でも、ちょっと困ったことになってるんですけどね……」
エレメンタリストの女性が困ったように告げる。
この者は先程も始めから反対していたと言っていたし、思った通り、それなりに良識がある人物のようだった。
国民コードナンバーも解るようだが、覚えていない……まぁ、確かにあれを全て記憶できるような者は滅多に居ないからな。
だがどうにも、話が噛み合わん。
もっとも、困ったことになっていると言うのは、さすがに聞き流せないな。




