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銀河帝国皇帝アスカ様 零ーZEROー ~スペアボディと呼ばれた彼女が皇帝陛下と呼ばれるまで~  作者: MITT


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第一話「四光年の旅の終わりに」⑦

 もっとも、再現体は……それが生きている限り、コピーを再現しようとしても、絶対に再現が成功しないと言う絶対原則がある。

 要は、同じ人物が同じ時間軸に二人同時に存在することが許されない。

 魂は決して分かたれる事も複写されることもないから……そんな風に言われている。


 では、実際にその再現体が存命中に、同じ人物の人格データを別の素体にコピーした場合どうなるか? 


 例えば、AIの場合は同一コピーを作成すると、ほとんど同一の人格とデータを持つ存在を作ることが可能なのだが。

 連中に言わせるとコピーした時点で、それはコピー元から分岐した同じようで同じじゃない……全く別の存在となるとのことで、私の場合も、本来休眠状態だったのが、外部刺激で覚醒してしまった結果、それと同様、覚醒した時点でその再現体の表層経歴データと人格データだけを受け継いだ派生コピーのようなものとなってしまったのだ。


 要するに、それが私……ロズウェル・クシュリナーダという存在の成り立ちだった。


 意図せず、存命する再現体の劣化コピーを覚醒させてしまった事で、半端な存在として目覚めさせてしまった事で、流石に悪いことをしてしまったと当時の帝国の人々も思ったようで、私に二つの選択肢を与えられた。


 再度、眠りにつきすべてを忘却し、なかったことにするか。

 或いは、全くの別の人物として新たな人生を歩むか。


 当時の帝国の人々は、何も強制しないし、全て私の意志に委ねると言う判断を下した。

 

 かくして、私は後者の選択を選ぶことにし、現実世界での身体として有機素体を与えられ、正式に帝国臣民の身分を与えられ……。

 再現体同様に現実世界の肉体に依存しない事実上の不死者であることを良いことに、歴代の皇帝の相談役として重用されることになり、今に至るという訳だ……。

 

 要するに、今の私はその再現体の分岐コピーの成れの果てと言える存在なのだ。

 

 もっとも、オリジナルとの分岐後から250年も生きて、まるで異なる経験を重ねると、完全に別物としてその自我も確立される。

 それが私であり、そして長々と生きたことで、もはや帝国の生き字引のような存在となっていたのだが。

 

 下手に権限や権威があるだけに、誰も迂闊な事も言えないし、妙な忖度をされることも度々あり、間違いなく老害……そんな風にも自覚していた。


「ロズ先生……すまないが、それは許可できない。むしろ……そう言う事なら、最後の大仕事をお願いしてもいいだろうか? 死を目前にした病人の最後の願いなのだ。それくらい我儘言ってもよいだろう?」


 ああ……やっぱり。


 パーシェロイ陛下に代表されるユーリィクローンと呼ばれる帝国の母とも呼ばれた人物の遺伝子クローン体は基本的に寿命が短い。


 ユーリィ卿の遺伝情報パテントは、公式にクスノキ家が所持している事になっているのだが。

 あの家は帝国有数の大きな家門であり、他に並ぶ家なしと言われるほどの権威があるのだが、その遺伝子情報の管理体制には明らかに問題があるようで、ユーリィクローンと呼ばれるクローン体は、公式非公式合わせてすでに300体以上は作られているという話であり、そのすべてを私はもちろん、恐らく誰も把握出来ていない。

 

 もっとも、これだけ大量に作られるとクローン素体もコピーのコピーのそのまたコピーと言った調子になってきて、ロールアウト時点でテロメア摩耗が進行していて、どんなに長くても50年程度で、脳細胞の経年劣化に伴い……精神摩耗限界、要するに事実上の死を迎えてしまうのだ。


 特に第三帝国では、ユーリィ信仰のようなものがあって、これまでにも幾人ものユーリィクローンの皇帝陛下が誕生しては、基本的にその誰もが優秀ではあったのだが……早いものだと10年足らずで消えていった……。


 パーシェロイ陛下の50年と言うのは、今の銀河人類の平均寿命の半分にも満たないのだが、ユーリィクローンとしては長く持った方ではあるのだ。


「そう言われたら、さすがに無下には出来ないな。パーシェロイ陛下……貴女の今の様態はよく解った。その様子だと、まもなく自我崩壊を迎える……その瀬戸際、そう言うことか。だが、そうなると恐らく直接看取ってやることは出来そうもないな……友として、そこは先に謝っておく」


「気持ちだけで十分だ。だがさすがに、先生の目は誤魔化せないな……。実を言うとこうしている今も思考が霞がかっていてな……もはや、公務にも耐えない有様だったのだが。先生の帰還の報を受けるなり、突然意識がクリアになってな……このまま安楽死させられる前に、私の最後の遺志として伝えたいことを伝えさせていただくとしよう」


 自我崩壊……要するにボケ老人のような有様になることを意味している。


 当然ながら、それには厳格な基準があるのだが。

 それが長い年月の果に精神摩耗を起こした人間の末路……要するにこの時代の人間の寿命と言えた。

 

 そして、帝国の皇帝に求められるのは、最終判断装置としての役目と、すべての責任を負う覚悟なのだ。

 自我崩壊を起こし抜け殻状態となってしまっては、その二つはいずれも果たせない。


 だからこそ、自我崩壊を迎えたと認定された時点で、その権限は凍結され、やがて安楽死処分される……それが多くの皇帝達の末路だった。

 過酷な話だが、なまじ権限があるだけに、判断能力がなくなってしまえば、誰にとっても害悪と言える存在になりかねない。


 そして、心なき者達が、皇帝の名を借りて私利私欲に動く。

 致命的な判断ミスを犯しながらも、誰も止められないまま、最悪の事態を迎える。


 そうなってからでは遅いのだ。

 ……となれば、そう言う判断にならざるを得ない。


 それもまた皇帝の果たすべき責務なのだから、致し方がない。


「……すまない。不毛の惑星の探査などさっさと切り上げて、もっと早く帰ってくるべきだったな。だが、何故そんな急に自我崩壊が進んでしまったのだ? まだしばらくは大丈夫だと思っていたのだがな」


 私の予想では、遠征中はもちろん帰還後も10年ほどは持つと見ていたのだ。

 それくらいには、パーシェロイ陛下はユーリィクローン達の中でも安定しており、優秀な個体だったのだ。

 

 なお、この経年劣化に伴う精神摩耗による自我崩壊は、本来不可逆ではあるのだが、AIなどであれば記憶領域の部分的初期化などで延命できる事もあるし、後継機との統合による統合初期化と言う手段もあり、理屈の上では人間も同じような方法で精神摩耗を回復させることは可能だと言われている。

 

 もっとも人間の場合、その方法を使うと大抵が記憶の抹消に伴い自我崩壊を引き起こすという本末転倒な結果となってしまう為、この方法が用いられることはまずない。

 

 人間の自意識と言うものは、AIと違って記憶と人格が複雑に絡み合っていて、記憶消去処置自体が極めてリスクが大きいのだ。

 ましてや、百年を超えるような記憶を持っていると、単純に古い記憶を抹消すれば済むという話ではなく、ほんの一年程度の記憶を抹消しただけで、自我崩壊を起こす可能性もあるのだ。


 このあたりは私自身がその瀬戸際にいる事でよく解るし、私自身が記憶抹消措置でオリジナルとかけ離れた存在になっているのは、オリジナルの記憶との共存が精神摩耗を早めるだけと判断した為であり、実際敢えて記憶抹消措置を施した結果……私は250年近くの歳月をなんとか過ごしてこれたのだ。

 

「いや、本来ならばもっと早く自我崩壊を迎えていたはずだったのだ……これでも頑張った方なのだよ。実を言うと一ヶ月ぶりの覚醒なのだ……医療AI達の話だと、安楽死処分ラインギリギリだったそうだ」


「そうか……そこまで進んでしまっているのか……。だが、そうなると後継者はどうなってるんだ? 今、陛下が倒れて、その後はどうなる? まだ決まっていないのならば、間違いなく厄介なことになるぞ」


「言いにくいのだが……実のところ、我が後継者が未だに決まっていないのだ。もちろん、後継者候補は相応にいるのだが……あちこちから、推薦の声が上がっていて、人数が多くなりすぎて収拾がつきそうもなくてな。そうだな……古代地球のことわざで言うと船頭多くして船山に登ると言ったところだ」


 銀河辺境七帝国のひとつ、第三帝国の頂点たる皇帝。

 

 ……それは帝国民にとっての神の一人といえる。


 すべてを取り決め、すべての事象の責任を負う。

 それは同時に、多大なる権限を手中に収めることとなるし、個人的に皇帝に近しい者達やその後ろ盾と言った者達もその恩恵に預かることとなる。

 

 当然、今回のような急な現役皇帝の崩御ともなると、後継者の選定で揉めることとなる。


 こちとら200年以上にも渡って皇帝達に仕えてきたのだ。

 その手の揉め事も何度も経験済みだった。


「やはり、そんな事になっているのか。そうなると、厳正なる選定の儀の上で……とするしかあるまい」


 毎度毎度、後継者選定の際は、揉めまくって、収拾がつかなくなると言うのは何処の帝国でも常だった。

 

 もっとも、この帝国にはこう言う風に後継者問題で揉めた場合に、てっとり早く皇帝を選定するシステムが用意されている……それが「選定の儀」と呼ばれる儀式だった。


「ああ、すでにその方向で話はまとまりつつあり、先月時点で「モラトリウム・サード」を起動したところなのだ。悪いが、ロズ先生には選定の儀に、選定者の一人として参加していただきたいと思ってな。ロズ先生なら、安心して後の事を任せられる」


 ……やれやれ、さすがに買いかぶり過ぎだと位言ってやりたくもなる。

 だが、そう言う事なら話が早い。


 皇帝を選ぶ側、選定者の選定についても本来は揉めまくるものだが。

 私は、この250年間幾度ともなく、選定者として新たなる皇帝候補を見出し、輩出させて来た実績がある。

 そして、その全てがハズレ無し……それが私への動かざる評価だった。


 もっとも、選定後は潔く閑職へ身を引き、決して表に出て来ず、裏方に徹する。

 それが私が自らに課した帝国での役柄であるのだが、その姿勢も買われている理由の一つであり、それは生涯貫き通す所存だった。


 第三帝国……パーシェロイ陛下の意志を継ぎ、未来を託せるに足る人物を見出し、皇帝として育て上げる。

 確かに、そう言う事なら、最後のご奉公としては悪くなかった。


「……そう言われては、こう答えるしか無いだろう。ああ、後のことは任せておけ……私がなんとかしてやろう。どうだ、少しは気が楽になったか?」


「ありがとう……。一気に肩の荷が降りた気分だ。だが、すまないな……自分から引退を口にするほど、精神摩耗が進んでいることが解っているのに、無理を言って……」


「なぁに、精神摩耗が進んでいると言っても、まだあと10年くらいならなんとか持つと思うからな。それに選定者を任せられる事についても……これで何回目だと思ってるんだい? 君らもこんな外様の食客たる私を、何度選定の儀に関わらせたら気が済むんだか……まったく、どう言う因果なんだかね」


「重ね重ね、すまないな……ロズ先生。なるほど、先代も同じ気分だったのだろうな……。後を託せる者として、先生以上の適任は私も思いつかなかったのだ」


「……君の先代は、君と言う良き後継者に恵まれたからね。先代は、酷く安らかな様子で旅立っていった……君も知ってのとおりにね」


「そうだったな……。だが、こうなってしまったのだから致し方ない。先生に直接後を託せたのは、私も幸運だった。今回の継承には色々問題が起きるという事は解っていたし、こうも早く自我崩壊が進むというのは、私も予想外だった。推測だが、私自身気付かぬうちに外部より何らかの仕込みをされた可能性もあると見ている……どうやら、私は第三帝国の病巣を取り残してしまったようだ……口惜しい話だ……」


 ……仮にも自分のことなのだが。

 死に逝く自分のことよりも、その後の国の行く末を憂慮する……か。


 だが、これこそが、銀河帝国の皇帝なのだ。

 だからこそ、私も毅然とした態度を貫かねばならなかった。


「……そりゃまた、穏やかではないな。だが、確かに予想された寿命よりも随分と早い……。またぞろ地球教団辺りが何か仕掛けてきたのかな? となると他の帝国も怪しくないかい?」


「ああ、我が七帝国も一枚岩ではないからな。皇帝達はともかく、その配下となると話は違うからな。特に太陽系に続く航路を管轄する第四帝国辺りは、地球教団やブルーアースの浸透を受けているようであるし、旧クリーヴァ系の第六や第七帝国あたりも動きがおかしい。実のところ、我らが銀河帝国もかなりキナ臭い情勢になりつつあるようなのだ」


「さすがに私も、他の帝国にまでは手が回らない……。だが、知ったからには無策ではいないつもりだ。悪い……この程度しか言質も与えられない。死に行く君の不安を少しでも取り除けたらと思ったのだが、思った以上に難題だらけのようだな」


「すまない。それらすべて押し付けてしまうこととなって申し訳ない限りだ。もっとも、私としては先生には最低限後継者の選定に注力してもらえれば十分だと思っている……。先生の人を見る目は確かだし、先生の言葉なら、有力貴族達も黙るしか無いからな。私自身が誰かを指名すればもう少し話が早かったのだが……もはや、VR空間で意識を保つのが精一杯な有様でな。そして、それももうすぐ叶わなくなるだろう……。今も思考が霞に埋まりつつある……情けない……限り……だ……な」


 パーシェロイ陛下を象るVR体にノイズが混じりだしているのに私も気付いていた。


 ……これは、もう時間の問題だった。

 最後の意思を伝える……その一心で彼女は、ギリギリで意識を保っているのだろう。


 この場で私が出来ることは……何もない。

 せめて……静かに見送るだけだった。


「やれやれ、見送る側の身にもなって欲しいものだよ。そう言う事なら致し方ない。後のことは万事この私が引き受けた……だから、安心して事象の水平線の彼方へ行けば良い。なぁに……いずれ、そう遠くないうちに私もそこに行くつもりだ。先に行って待っていろ! だから……せめて……最期は笑って逝け」


 本当は、泣きたいのだが。

 敢えて、笑顔を作ると笑いかけて見せる。


 そう、せめて……笑って送り出してやる。

 先生として……忠実なる配下として……。


 それが、私が出来る最後の奉公だった。

 

 私の言葉にパージェロイ陛下は、最期の気力を振り絞るように、無理矢理に笑顔を作ると、精一杯朗らかな笑みを浮かべる。


「そう……だな。先……生、ありがとう……。どうだ? 私は笑えているか?」


「ああ、実にいい笑顔だ……皇帝の最期とは、そうあるべきだ」


「そうだな……確かに悪くない気分だ。では、後を頼ん……だ……ぞ……」


 それだけ言い残して、VR空間上のパーシェロイ陛下のアバターが唐突に消える。


 ……そして、この空間に私一人が取り残される。

 

 本当に限界だったのだろう……VR空間ですら意識を保てなくなったのであれば、恐らく身体の方は限りなく脳死状態に近い状態なのだろう……さすがに、今の最新医療技術でもそこまで行くと助けようがない。


 そして、それが意味することは唯一つだった。

 

 偉大なる七皇帝の一人が身罷られた。


 ……そう言うことだった。


 余りに突然であるし、あまりにも急過ぎた。

 陛下も暗殺の可能性も示唆していたが、精神崩壊を目前にした妄想と言い切るには、この状況はあまりにも出来すぎていた。

 

 だが、現時点で後継者が決まっていない以上、我が第三帝国は皇帝不在となる。

 もっとも、皇帝の権限は、後継者により帝位継承が宣告されて、始めて消失するものとされている。


 だからこそ、当面は皇帝権限の所持者は不在……宙ぶらりんとなる。

 

 とは言え、第三帝国は比較的その内情は安定しているし、皇帝補佐機構についてもしっかりしているので、皇帝決済案件についても今の情勢ではすべて保留にして問題ないだろう。


 やれやれ、外宇宙から帰るなり、皇帝崩御に立ち会う羽目になるとはな……。


 彼女は……私の教え子であり、長年の友でもあった。

 思えば、まだ幼かった彼女を皇帝候補者として見出したあの日から……。


 彼女を導く選定者として……。

 即位後はその相談役として……その傍らで過ごした日々。


 皇帝にも休暇が必要だ等と言って、お忍びで泊まりの観光旅行に連れ出した……そんな事もあったな。


 もっとも、普通にチケットを買って乗り込んだエーテル空間船から唐突に乗客が消えて、代わりにSP達がダース単位で乗り込んできて、予約していた観光ホテルも街区ごと貸し切り状態になっていて、お忍び観光ではなく、単なる皇帝行幸となってしまったのだがね。

 

 お忍びで下町の食堂で食事をしたら、やっぱりいつの間にか周りが私服の警護兵や治安機関の者達だらけになっていたり……そんな事もあった。


 まぁ、立場上仕方がなかったとは言え、あれは後々二人の笑い話になったな。

 

 ……共に過ごした時間の細やかな日常の断片。


 どうして、もう少し早く帰ってやれなかったのか。

 今だって、何か他に言葉の掛けようがあったのではないか?


 幾多もの思いが脳裏を過り、自然と視界が曇りだし、嗚咽が零れそうになって慌てて、口を噤む。

 

 自分より若い年下の者が先に逝く。


 ……これは何度経験しても慣れないものだ。


 年老いたAIが半ば自然に、自ら機能停止の道を選ぶのも解る気がする。

 この……置いていかれる感覚に、慣れることなど到底出来そうもなかった。


 月日と言うものは残酷だ……人も物も、町並みさえもほんの数十年で様変わりしてしまう。

 時の流れはそれらを嫌が応に押し流していく。

 

 そして、私は常にそれらを見送る側だった。

  

 まったく、とっくに涙など枯れ果てたと思っていたのだが……。

 手向けの涙を流せる程度には、私にもまだ人間らしさが残っていたようだった。


 だが、後を託された以上は、私も本気でやるしか無い。

 その程度には、帝国にはお世話になっているし、思い入れもある。


 私の精神摩耗もかなり進んでいると自覚しているが、これを我が人生最後のご奉公とする。

 その間くらいは持ってくれるであろうし、それもまた悪くなかった……。


「では、始めようか……。新たなる皇帝を探しに……!」

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