第一話「四光年の旅の終わりに」⑥
実のところ、これまでこの外宇宙遠征で、まともな惑星を確保できた試しなど、まるでない。
帝国が悪辣な拡張主義国家ならば、惑星文明程度の文明水準しか持たない地球外起源種の原住民など皆殺しにする事で、居住可能惑星の1つや2つ、その手中に収めていたかもしれないのだが。
どうも、この辺境銀河帝国は昔から、妙にお人好しなところがあって、そう言う先住民付きの居住可能惑星を発見してしまった場合、潔く手を引いて、原住民にある程度の技術を与えた上で、同盟や相互不干渉条約を結ぶ程度に留めると言うのが伝統だった。
なにぶん、理想環境惑星が欲しいと言っても、先住民を皆殺しにして、惑星改造を施して惑星環境をも破壊し尽くす……そこまでの非道を許容してでも、欲しい訳でもないのだ。
確かに文明が興る程の理想環境惑星ともなれば、その価値は計り知れない。
それでも……屍の山を積み上げて収奪し、我が物とする。
その時点で、あまりに胸糞悪い話であり、それは間違いなく悪の所業と言える。
最初にその判断を迫られた第三帝国初代皇帝もずいぶんと葛藤していたようなのだが……。
私のその一言で、潔く手を引くと言う決断を下し、以降誰もがその判断に敬意を評し、その前例に従うこととした。
そして、何よりも惑星文明は星間文明にとっては、脅威にすらなり得ない。
それ故に、コミュニケーションが通じない割に、攻撃的な文明でもない限りは、交流を求めた上でお互いなぁなぁでやっていく。
異惑星文明であっても、話し合いが出来て、星系内に前進哨戒基地や幾ばくかの防衛戦力でも置かせてもらった上で、定期連絡船の立ち寄りでも許してもらえば、安全保障戦略としては十分だと言えるので、その方針でも何ら問題なかった。
もっとも、そうやって得た同盟星系の異星人達も、今や帝国を影から支える力となっているのだから、存外侮れない……それもまた事実だった。
実際、外宇宙遠征の成果の一つとして、大々的に公表はされていないのだが、植物起源異星人「ヴィルデフラウ」と呼ばれる驚異の異星人も発見されており、その代表がこっそり第三帝国に留学しているのも事実なのだからな……。
なお、その人物は明らかにぶっ飛んだ知能の持ち主であり、寿命も推定千年超えとかとんでもない奴なのだが……話してみれば、普通に話せるし、割りと気のいいヤツだった。
帝国が彼女達を発見したのはかれこれ半世紀も昔のことなのだが。
結果的に、そのヴィルデフラウ達は絶滅寸前の危機的状況から帝国に救われた形になり、帝国に心からの忠誠を誓い……自ずから傘下に加えてくれるように、頼み込んできたと言うどちらかと言うとレアケースだった。
そして、その代表者ヴィルゼット・ノルン卿は帝国に恩返しをしたいと言う建前……実のところ、人類の先進科学技術や文明に深い興味を持ち、人間に紛れて帝国に留学し、今では帝国科学院のトップクラス研究員として、時に銀河各地の惑星地上探査のようなフィールドワークをこなしながら、時に画期的な研究論文を発表し学会に波紋を呼びながら、日夜様々な研究に勤しんでいると聞いていた。
将来的にも、第三帝国の次期幹部として内定しているようで、本人も帝国に多大な恩があると言うことで、すっかりその気のようで、私にとっては、言わば後を託せるものが見つかったようなものでもあり、実に気楽な話ではあった。
その本人から個人的な依頼ということで「β1094-3」の表土サンプルの採取を要求されていたが、まぁ……コンテナにトン単位で持ち帰ってきていて、コンテナも無事なようだから、好きなようにしてもらうつもりだった。
ちなみに、その緑の惑星は、超長距離光学観測では巨大な樹木のような影も確認されており、それが緑化惑星だと判断する決定打にもなったのだが……現地調査の結果、それは超巨大な水晶柱のようなものであり、どう見ても有機物ですらなかった……。
なんで、そんな形の水晶柱が生成されたのかは、現地調査レベルでは解らずじまいだったが。
ご丁寧に葉っぱの形をした水晶の断片なども見つかっており、それらも回収してきたのだが、その組成は鉄とカリウムのフィロケイ酸塩鉱物……要するに、岩石惑星の土や砂と何ら変わりなかった。
とは言え、調査結果速報に対する返信では、えらく興味を示していたようなので、この後優先便で送付する予定だったし、私の後継者として目を付けている人物でもあるので、そのうち時間を作ってゆっくりと語り合うつもりではあった。
まぁ、ヴィルゼット卿も本物の異星人だけに、その興味や慣習は地球人類のそれと大幅にズレており、なかなか珍妙なメンタリティの人物ではあるのだが……義理や人情というものにも理解があって、なかなかに見どころがある人物ではあるのだ。
そんな地球外起源異星人を国の幹部に据えると言うのも、なかなかにぶっ飛んだ発想ではあるのだが。
帝国とは、そう言う変化を恐れない国体であり、私は帝国のそう言うところが気に入っているのだ。
今や、銀河帝国はかつてのような辺境の変わり者集団ではなく、名実ともに銀河宇宙の最大最強の人類国家となっている。
まぁ、これは本来銀河人類の主体だった銀河連合が、この300年ほどで恐ろしい勢いで衰退した結果、相対的に帝国が強くなっただけなのだが。
もっと前から、銀河は帝国に牛耳られていたようなものであり、それが解りやすい形になったと言う話でもある。
『帝国が甘くなければ、どうして銀河が平和であるものか! 甘くて結構!』
これはかの有名なユーリィ卿が銀河守護艦隊の首魁、ハルカ・アマカゼと一騎打ちの末、助命された際に悔し紛れに口にした『そんな甘い姿勢……それは傲慢というのだ!』という売り言葉に対する買い言葉として言い放った言葉として、有名なセリフだった。
このやり取りは、なかなかドラマティックで、再現ドラマやらでもお決まりの台詞となっているのだが、同時にこれはもう帝国の理念ともなっている……。
そして、解凍プロセスの退屈しのぎに、私は私の上司にメールを送る。
【発:ロズウェル・クシュリナーダ准将 宛:銀河辺境第三帝国皇帝 クスノキ・パーシェロイ陛下】
【報告:外宇宙遠征任務完遂せり】
『君と私の仲ゆえ、要らぬ挨拶は省かせていただく。本題だが、事前に速報で知らせた通り今回の遠征の収穫はなかった。残念ながら、緑の惑星は無かった。唯一の収穫は我々調査隊に誰一人犠牲もなく無事に生還した事だけだ。近々、帰還の挨拶として謁見に赴くつもりだが、対応優先順位は低くとも一向に構わない。詳細はまたいずれ』
内容としては、随分前に送った速報連絡とほとんど一緒で違いとしては、こちらは帰還報告だという事くらいだ。
忙しい方だから、返信もしばらく先だと思っていたのだが、返信代わりに即座にVRコネクト要請が戻ってきた。
「……なるほど、これが狙いだったのか」
確かに、星間航行船の帰還に合わせて、わざわざ超空間通信機能搭載の高速哨戒艦を送ってきてエスコートさせると言うのも、考えてみればなかなかの異例の対応だったが、どうやらこの異例の対応は、皇帝陛下直々の命令で動いているようだった。
皇帝陛下のご命令とあれば、デブリの巣窟に亜光速で突っ込むような真似だって、平然とやってのけるだろう。
だが、随分と性急な様子と情報の少なさに正直、少し嫌な予感がした。
「アドミィ……現作業を続けながら、このままVRコネクト要請に基づき、緊急外部VR接続を頼む……なお、通信優先度及び機密レベルはSSSを指定。理由は察しろ……」
説明不要とばかりに、そのまま接続応答指示をアドミィに命ずる。
『了解。イペリアル・シグネチャー添付の要請ともなれば、議論の余地なしですね。直ちに接続開始……回線状態、VR転送許容規定値をクリア。SSS級機密プロトコルにて接続認証……なるほど、高速哨戒艇はこの為にわざわざ送ってきたと言うことのようですね。先方も準備万端のようで……では、帰還シーケンスにつきましては、こちらで進めておきますので、ひとまず陛下へのご報告をお願いします。あの……あまり根拠は無いのですが、あまり良くない知らせなのでは……?』
アドミィもこの盛大な出迎えの時点で、不穏な空気を悟っていたようで、そんな事を聞いてきた。
「君もなかなか良い勘を実装したようだね。私もあまり認めたくないんだが、同感なんだ……。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
しばしの暗転……VR転送開始。
そして、次に目を開けると、白い円卓と椅子が2つならんだだけの、手狭な空間へと転送されていた。
「……やぁ、陛下。戻った早々に何事だい? こっちはまだ解凍蘇生プロセスの最中だったのに……慌ただしい事この上ないね」
椅子に座り、うつむき加減の向かいの人物へ向かって、まずは文句を言わせてもらう。
なにせ、本国帰還にはまだ軽く一週間はかかる。
身体も本調子に戻るには一ヶ月位はかかる……その間は間違いなく病院暮らしを強要される。
超空間通信自体は、すでに高速連絡挺経由でリンクコネクト出来ているから、問題なく接続できているが、解凍プロセスも終わらないうちに、VR召喚とはいささか気が早すぎると言えるだろう。
「すまないな。ロズ先生……こちらにも事情があってな。取り急ぎ、先生と二人きりで話をしておきたい……そう思ってな」
……そう言って顔を上げた向かいに椅子に座った小柄で銀髪の人物は……クスノキ・パーシェロイ陛下。
辺境銀河七帝国、七皇帝の一人第三帝国皇帝その人であり、私の教え子の一人だった。
とっさに、その場に跪こうとも思ったのだが……。
向こうがロズ先生と呼ぶのであれば、今の私達は皇帝とその臣下ではなく、先生とその教え子……そう言うことなのだ。
だからこそ、軽く一礼だけすると、無造作に椅子に腰掛けると横柄にふんぞり返る。
そんな様子を見て、陛下も気怠そうな様子だったのが、嬉しそうに笑うとビシッと背筋を伸ばして姿勢を正す。
ああ、これこそが私とパーシェロイの関係なのだ。
「陛下に先生呼ばわりされると、なんとも居心地が悪いんだがね。まずは久しぶり……息災のようで何よりだ。だが、エラく急な呼び出して、正直戸惑ってもいる。こうも急ぎとなると……なにか問題でも発生したのか……?」
最優先機密接続コードSSS……そんな付帯要請タグを付けた上でのVR召喚。
この時点で、緊急事態なのは伺いしれた……そして、それの意味する事についても……私は大凡予想できていた。
「……すまないな。実を言うと……そろそろなのだ……」
たった一言。
けれども、それはとても、とても重い一言だった。
その言葉を聞いて、私も瞑目し深い溜め息を吐いた。
「……そうか。もう、そろそろ……そう言う事なのか」
彼女の設計寿命は凡そ50年……まだもう少し時間があると思っていたのだが……。
どうやら、その時が間近に迫っている……そう言うことだった。
「ああ、実はそう言うことでな……。全く、先生と話すといつも言葉足らずになってしまうな……」
「私と君の間柄だ……あれこれと言葉をかざっても仕方あるまい。今の陛下の様態は……どうなんだ?」
「……我が身体はすでに病床にあって、もはや起き上がることも叶わん有様だ。先生の帰還が間に合ってくれて、本当に良かった。頭ごなしで申し訳なかったが、少し前からアドミィにも可能な限り早急に帰還するように命じていて、連絡艦も複数出して、強引に超空間通信接続ラインを構築させた。おかげで、なんとか間に合ったようだ」
なるほど……。
艦体の破損度が想定以上だったのと、帰還予定が一月ほど早まっていたのも、陛下直々の命令があったからか。
リスクと天秤にかけた上で、最大限急いで戻ってきた……アドミィも伊達にネームドやってない。
なにせ外宇宙航行艦と言う物は、基本的に急加速も急減速も厳禁なのだ。
発進の際など、一ヶ月近くもの時間をかけてジワジワと加速していくし、減速の際も目的地に到着する数ヶ月前から徐々にゆっくり速度を落としていく。
それ故に、その航行スケジュールは、念入りに航路観測情報を集めた上で計算に計算を重ねて少しの無駄もないようにするし、スケジュールを一ヶ月も巻くとなると軌道計算も大幅に修正を加えねばならぬし、それこそ針穴を通すような繊細な速度調整やコース調整を要求される。
それを平然とやってのけたのだから、アドミィは大したヤツなのだ。
私を起こして判断を仰がなかったのも解る……半解凍状態といえど安全規定というものがあるので、ある程度減速を余儀なくされる……そうなると、要求スケジュールに間に合わなくなる……それ故に、独断専行した。
どのみち、途中で起こされたとしても私の返答は決まっていただろうから、そこは別に問題にしない。
「……パーシェロイ陛下が戴冠してもう50年……か。経ってしまえばあっという間だったな。でも、私は君に教えることなんてもう何もないし、帝国のために出来ることもそう多くないだろう。幸い何事も用意周到な君のことだ。後のことも何ら問題ないと思うんだが、どうだ?」
そんなワタシの問いにパーシェロイ陛下は、むしろ申し訳無さそうに俯く。
「これは、前々から言っていたことなんだが。私もそろそろお役御免と行きたいんだが、ここらでどうだい? いつまでもこんな人間もどきが、第三帝国の権力の中枢に居座っているってのはあまりよろしくはなかろう……正直なところ、自分が老害になっている自覚はあるよ」
……私は、実のところ人間とは言い難い存在だった。
なにせ、私はとある人物の再現体の……なり損ないと言ったところなのだから。
カテゴリー的には、人工知性体……いわゆるAI達のご同類とされている。
有機義体……人体の模倣品を自らの肉体とすることで、人間のふりをしてはいるが、本質的には人間とは言えない存在だった。
もう300年近くも前に、とある再現体の予備バックアップデータとして大量生産され……。
銀河宇宙のあちこちのデータベースやストレージ領域にストックされ、再現体の死に伴いその再現体として復活する。
あれは、自らを不死の存在とするためにそんな仕組みを構築していたのだが。
当時はまだ試行錯誤の段階だった為、ほんの小さな手違いで、私は再現体になりそびれて、その人物の劣化コピーとして覚醒する事となったのだ。
覚醒した場所はよりによって、帝国関連企業が運営するエンターテインメントVRサーバーのデータアーカイブ領域内。
そんなところで目覚めた私は、そのVRMMOの世界を彷徨い歩き……誰かれ構わず襲いかかる、ワンダリングモンスターのような存在となっていた。
あれも、恐らく冗長性を確保するためだったのだろうが、帝国にも無断で民間のVRサーバーに自らの再現データを忍ばせる等という非常識な真似をやっており、発見された当初は新種の電子生命体と思われて当局に通報され、あっさり確保されてしまっていたのだが。
その後、様々な偶然が重なった末に生まれた再現体のなり損ないだと判明し、その存在を秘匿した上で、帝国の助力とする……そんな当時の皇帝の判断で、私は生き長らえることとなった。
再現体というものは、人間を模した有機素体をベースに、AIに過去の故人と同じ名を与え、ある程度のプロフィール情報を与えた上で、本人だとだと思い込ませる事で、その魂を継承し、その人物を再現する……そんなある種のオーバーテクノロジーだ。
なにせ、何故そうなるのかと言う理屈を当事者も含めて、未だによく解っていないのだ……。
これは、かつて再現体をこの世に生み出した超AIが既に失われていることや、その技術を持っていた銀河連合が衰退し、その過程で様々な技術が失われてしまった事が大きな理由なのだが。
解析できないような技術など、オーバーテクノロジーと言わざるを得ない。




