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こうへん。








店を出てひとりになって、アメリの足取りは徐々に重くなる。


クロノから言われたことをまた思い出し、ぎゅうと喉を締められるものに、ぎゅうと目を閉じて、それをやり過ごそうとした。


何度もやめようと思っても、どうしたって考えは拭い去れない。


ローハンと別れて、ひとりになれば冷静になれると思っていたけど、気持ちはすぐに裏と表を行ったり来たり、ぐるぐる空回りしているようだった。


自分は騎士でも何でもないのに、騎士と同じように、騎士の真似ごとをして。

みんなの仲間になったつもりになって。

みんなは優しいから、そんな振る舞いを許していて。

本当は違うのに。

騎士でもなんでもないのに。





詰所の手前、目と鼻の先まで来て、アメリは足を止めた。


ローハンに迷惑をかけるから、このまま真っ直ぐ屋敷に帰った方が良いのはわかっている。


わかっているけど。


部屋の中で、気持ちを落ち着けて、クロノの帰りを待つのはどうしても難しい。


それよりなにより。


もうあの場所は自分のための場所ではないのではないかと思えてくる。


そんなことは無いと否定しても、またそれを打ち消す声がする。


帰る場所が失くなったような不安が足元をぐらつかせた。





もうしばらくその辺りを歩いて、気分を変えて、それから帰ろうと、アメリはくるりと反対方向に歩き出す。


「……どこに行く気だ」


クロノの声に足を止めて、石畳の道に目を落とす。


「なんでこんなとこに居るの? 仕事は?」

「もう大方片付いた、今まで何をしていたんだ」

「途中で仕事を放り投げてきたの?」

「質問に答えなさい」

「クロノこそ」

「なぜひとりなんだ。ローハンはどうした」

「撒いてきたの……ローハンは悪くない」

「撒いた? そんな事できる訳……」

「……出来たからひとりなんだけど」

「……帰るぞ」

「……いや」

「何を」

「ちょっと……今は無理。ひとりにして」

「アメリ……?」


近付いて来て、前に回り込むクロノから逃れるように、アメリは反対の方に向く。

両肩を掴まれて向きを変えられても、腕を振ってそこから逃れる。


「どうしたんだ」

「なんで?」

「……アメリ?」

「今は無理なんだって!」


アメリは吐き出して構わず歩き出す。

これ以上、クロノに対して酷いことは思いたくないし、言いたくない。


だから、気持ちが落ち着いて、笑って話せるようになるまでは、クロノとは一緒にいられない。


「……待ちなさい」


手首を掴まれて、振り払おうとして、でも今度は力が強くてそれは出来なかった。


「……はなして」

「嫌だ」


唸りながらクロノの手を外そうと、指をこじ開けようとしても、ちょっとも動かず、ひとつも離れる感じがない。


「どうしたんだ、アメリ。何をそんなに」

「鎖で繋ぐの? 檻の中にでも入れとく?」

「……なに、を」

「もう面倒だから大人しく言うことを聞く奥さんに変えたら?」

「アメリ……」

「やだ! 離してって!」

「アメリ!」

「……邪魔だって言った!」


ふとクロノの手から力が抜けて、するりとアメリの手も抜ける。


自分の手首を押さえて、アメリは真っ直ぐにクロノを見上げた。


「……もう要らなくなったんでしょ」


そんな意味で言ったのではないと、分かっている。

でも、そう受け取ってしまったことは変えられない。

そう感じたから考えてしまった。


忘れてしまえる程には、クロノと生きるのは楽しかったのに。


「クロノが要らなくなったんだったら、もういい……私も私なんか要らない……だから……誓いを……」

「やめてくれ、それ以上は……」


腕の中にアメリを抱き込んで、暴れているのも構わずに腕に更に力を込める。


「済まなかった。そんなふうに……思わせてしまったなんて……」


腕を力一杯突っ張って離れようとするアメリの顔を覗き込む。


「要らないなんて、ひとつも、一瞬たりとも。思ったこともない。邪魔するなと言ったのも……本当に済まない。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」


そんなことはアメリにも分かっている。

心配をさせたし、だからこそ怒ったのも。

毎度毎度、アメリの無茶を許してきたクロノも、いつまでも許しておけなくなったんだろうことも。


「……わかってる。でも……」

「そうだ、そう思わせてしまったのは、本当に、本当に私が悪かった」

「私はこうだよ……多分ずっと変わらない」

「……いいんだ、それで」

「ちゃんと言うこと聞かないんだってば」

「そういうところも、それが全部揃ってないとアメリじゃないだろう?」

「心配ばっかりさせる」

「……心配はさせてくれ」

「それで怒らせる」

「そこは……許してもらえるとありがたい」

「甘やかし過ぎ!」

「時々は違うから」

「クロノちょろい!」

「アメリにだけだ」


両手を伸ばして、クロノの頬をぐいと擦る。


「……泣かないで」


同じようにアメリの頬も手のひらで撫でる。


「アメリも……」


眉間のしわはいつものままで、クロノは確かめるように、アメリにゆっくりと顔を近付ける。


頬に口付けて、額を合わせた。


「ごめんなさい」

「もー! こうされたら!」

「……許すしかない?」

「ずるい!」

「アメリ……ごめんなさい」

「……うぅ……いいよ……」


ほうと息を吐き出して、今度はゆるりとアメリを抱きしめる。


「本当にごめんなさい」

「私も……ごめんなさい……でもまた同じようなことするよ」

「良いさ、私もまた怒るからな」

「……しょうがないね」

「仕様がないな」





王城まではゆっくりと、話をしながら手を繋いで歩いて帰る。


背中の方には、愛馬のグレンとキース。

それから真ん丸な月が後ろをついてくる。




「……残念だったな、劇場に行けなくて」

「でも追いかけっこが楽しかったから」

「……頼むから、もうこんなことは」

「ふふ……さてそれはどうでしょうか」

「……アメリ……」

「歌劇はまた今度ね?」

「……ああ……そうしよう」

「別に歌劇とかじゃなくても良いけど」

「うん? どんなものが観たいんだ?」

「……何かが観たいとかじゃなくて」

「なんだ」

「仕事してないクロノと一緒に居られたら良いかな」

「……………………参りました」

「……クロノほんとちょろい」

「……アメリにだけだ」


ふふと笑うと、アメリはクロノと繋いだ手をぶんぶんと振った。


「あ。でも、そうだ」

「なんだ?」

「明日、また城都に行かないと」

「何かあるのか?」

「う……ん。あ……やっぱりローハンと行くから、クロノは仕事して……今日のことで、明日も忙しいでしょ?」

「遠慮なんかしないでくれないか」

「いや、遠慮とかではなく」

「なんだ? なら一緒に」

「いや、ほんと大丈夫なので」

「アメリ?」

「だってクロノ怒るから」

「……怒られるようなことをするのか?」

「するっていうか、もう、したっていうか……」

「……何をしたんだ」

「怒らない?」

「内容による」

「じゃあ、内緒にしとく」

「……言いなさい」

「怒らない?」

「……分かった、怒らないから」

「ホントに怒らない? あの……あのね。盗賊を追いかけてた時に、壊したものがあったのを思い出して……そのままにして帰っちゃった。探してから謝らないと」

「うん? なんだ、そのくらいのこと……何を壊してしまったんだ?」

「走ってて、屋根を……」

「走ってて? 屋根を?」

「うん、走ってて、屋根を壊した」

「ちょっと待て。なんで走って屋根が壊れる」

「え? だから屋根の上をはし……」

「アメリ?!」

「怒らないって言った!」

「怒ってない! これは!……呆れたんだ……」

「クロノ甘やかし過ぎ!」

「なんだ怒られたいのか?!」

「ちがうもん! やだもん!」


我慢の限界がきて、堪らなくなってクロノがアメリを抱きしめると、アメリもぎゅうと抱きしめ返した。



どうしようもないほど好きで、自分よりも大切で、そのぶん大事にしたくて、だから余計に心配で。


これももう変わらないから、仕様がない。



“鎖に繋ぐか、檻に入れるか”


そう言われて体の中身を全部吐き出しそうになった。自分の狂気に吐き気がした。

いつもどこか心のすみにあって、ずっと無くならない考えを、見透かされた。

それともアメリはそれを承知の上で側にいてくれていたのか。


楽しそうに過ごしていても、嬉しそうな顔をしても、たったひとことで自分を必要がないと思ってしまうのか。


今も、まだ。

アメリの足元は今もまだ、こんなにも、脆くて狭い場所なのか。



思い切り息を吸い込んで、ぎゅうぎゅうとアメリを抱きしめる。


「……場所はどの辺りなんだ?」

「う……ん……行って見てみたら思い出すかな」

「覚えてないのか?」

「すごく走ったから……」

「そうか……楽しかったか?」

「うん。ふふ……あ、ため息やめてね」


吐き出しそうなのを飲み込んで、またぎゅうぎゅうとアメリを抱きしめる。

しばらくあちこちに口付けを繰り返しても、アメリは怒らなかった。





明けて翌日。


いつもより変に気を使うクロノと、いつもより微妙に機嫌の良いローハンと城都を訪れた。


昨夜、最初に走り出した場所から足取りを確認する。


「……で、ここですね。この店の角から」

「あー。そうそう……あ、ここパン屋さんだったんだね」

「良い匂いしてますね」

「ねー。ほんとだねー」

「パンは後だ」

「わかった!……で、ここを登ってって……」

「ちょっと待て、また登る気か」

「え? だって上から見ないと分からない……クロノも来る?」

「……踏み抜く屋根が増えるぞ」

「じゃあ、行ってくる」


昨夜と同じように足を掛けて上に登って、にっと笑ってふたりを見下ろした。


「ローハンがお猿さんって笑った」

「……すみません、総長」

「……私も今そう思った」

「それで、私は奥方様を追いかけて走りました……こっちです」


それなりに足を早めていたし、かなり勢いもついていた。

歩くような早さだと飛び越えられないような屋根と屋根の間は、戻って助走を付けてから飛び越える。


アメリは夜とはまったく違って見える昼間の景色に昨日の記憶をなんとか擦り合わせていった。


他より少し高い屋根から、次の屋根に下りようとして、先の足場を覗く。


「あ! ここだ、あった!! クロノ!!」


飛び降りた衝撃で屋根材を割ったらしく、ちょうど足を置きそうな場所が、アメリの足の大きさほどに壊れていた。


「……あれ? ここ、空き家っぽいてすね」

「……そうだな……アメリ」

「なあに?」

「下りてきなさい」


窓から中をうかがうと、いろんな物が床に散らばって荒れた様子だった。

煤けたように薄汚れて、ずいぶん前から空き家である雰囲気に見える。が、降り積もった埃の上には真新しい足跡がいくつもあった。


「……総長」


がらりと空気を変えて、ローハンは小声で目配せをする。

すぐさま読み取ってクロノは上から覗いていたアメリに、静かにしてそこに居ろと身振りで示した。


こくりと頷いて動きを止めたアメリを確認して、ローハンに目を向ける。


ローハンは空き家の扉をどんどんと叩いた。


「すいませーん、誰か居ますかー?」


間延びしたのんきな声を上げてから、そのまま扉を開けて、中に入っていく。


クロノは気配を殺して裏口に回った。


「おじゃましますよー」


家の無い者が夜露をしのぐことも有り得るが、昨日の今日で、この場に潜む残党が居てもおかしくない。


アメリは屋根の上でじっとしゃがみ込んで、どんなことになっているのか、音と気配を頼りに、様子を知ろうとした。


何かが倒れるような、ぶつかるような大きな音が立て続けにしばらくあって、急に何も無かったように静かになる。


すぐにローハンが空き家からひとり出てきた。

ふんと息をついて、両手を腰に置く。


「……やぁー……参っちゃいますよ、奥方様には」

「どうしたの、ローハン」

「引きが強いんだもんなぁ」

「引き? なに?」

「……ちょっとその辺にいるハイランダーズを呼んできてもらえませんか?」

「うん?」

「昨日の残りがいっぱい取れましたよ」

「はは! わかった、待ってて」


収穫した野菜みたいにローハンが言うので、アメリは笑いながら頷いた。


巡回中のハイランダーズを見付けて、同じように説明すると、その騎士も同じように笑う。




捕まえた盗賊を引き渡して、諸々の指示を与えると、埃くさいクロノはむぎゅむぎゅにアメリを抱きしめた。

もごもごしながらアメリは笑っている。


「さっきのパン屋さんに寄って帰ろう?」

「……そうするか」

「ローハンは城都に置いていく」

「何ですか」

「にやにやして気持ち悪い」

「……そんなことありません」

「あれ? 今、ありがとうって言った?」

「言ってません」

「言わないの?」

「…………ありがとうございます……」

「何の話だ」

「おっしえなーい。行こう、クロノ」






押しも引きも極端に強い妻の手を握り、クロノは歩き出す。




一生この笑顔には負けっぱなしなんだろうと、ただひとりにだけ甘いクロノは、苦笑いを返した。


















これにてこのお話は終わりでございます。




半分以上が会話でしたすみません連休パワーだけで書くとこの程度ですよすみません。




ケンカらしいケンカをしたかったんですけどね。


どっちも素直で自分を飾る気ゼロなのですぐ折れる笑!! 深刻さは即撹拌で拡散!!




楽しんでいただけましたでしょうか。



そうであったなら、幸いです。


ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。






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