58幕 厄者
風花学長は自身の生きている時代に訪れた厄災に頭を悩ましていた。妖艶な美女は、似合わないしかめっ面をして、唇を強く噛む。
「もしや、周期的な厄災が訪れた……ということでしょうか、学長?」
校内でも奥にある会議室。防音や盗聴、透視防止の付与された秘密裏に極秘の会議を開催するための部屋だ。強力な魔力が付与された会議室は、魔力認証された者しか入れない。
そこには風花学長を始めとして、教師の中でも古株の者や、剣や魔法に特に秀でた者たちが集められていた。
その中の1人が、風花学長の醸し出す危険な空気に息を呑み、緊張しつつも発言する。学長が宣言したイレギュラーが発生したとの内容は到底信じられるものではなく、いや信じたくないからだ。
その言葉に頷く他の面々。ドラゴンを前にして怖気づくことはなく戦える気概を持つ者たちが、今は顔を引きつらせて、青褪めている。
風花学長もその心は痛いほど分かる。自身も気の所為だと思いたいのだ。だが、現実逃避をしても意味がない。アカデミーの理念からもかけ離れている。
分厚い木でできた頑丈なテーブルを強く叩き、再度周りを見る。いや、見るというよりも睨みつけて、殺意すらも感じさせる眼光の鋭さを見せた。
「皆が信じたくないのも分かるわ。歴史を見ると、イレギュラーが最後に出現したのは30年前。再度イレギュラーが、いや、『厄者』が現れるのには時間が短すぎるということでしょう?」
「その通りです、学長。記録されている内容では、最低でも50年は『厄者』は発生しません。今回は幾らなんでも早すぎます。たまたまではないでしょうか?」
皆が口にする『厄者』。『厄者』とは災厄を巻き起こす他の次元から現れる者の総称である。
古くは『アトランティス帝国』の始祖皇帝から始まっていると言われている。
始祖皇帝は別次元からの転移者であり、豊富な魔術を伴う圧倒的な武力と、世界を変えたと言われる先進的な技術知識を持ち、当時無数の都市国家で構成されて、魔物からの襲撃を守るだけの民たちをまとめ上げて、統一国家としてこの『アトランティス帝国』を建国した。
間違いなく英雄であり、帝国がなければ進んだ魔法科学も、大都市も設立されなかったであろう。
その偉大なる始祖皇帝がよく口にしていたのは、『転生トラックって本当にあったんだな、俺ツエー無双ハーレムサイコー』であったという。
その時点では『厄者』とは呼ばれていなかった。いや、暫くは英雄と言われていたのだ。
英雄は定期的に現れた。暫くは反則的なスキルを持ち、俺なんかやっちゃった的なセリフを口にしつつ、人々を助けたり、優れた知識を広め、大活躍をする者たちが多かった。その者たちがハーレムを作るのは英雄の証とも言われた。
人々も神の使徒だと、英雄たちを褒め称えていた物だ。
その流れが変わってきたのは、次に大勢の若者たちが召喚されたところからと言われている。今なら分かるが恐らくは高校生と思われる者たちであった。
当時の皇帝は魔王と言われる強力な魔物たちを退治するために、今は完全に失われた別世界からの勇者召喚を行った。その者たちは高校生でそれぞれ強力なスキルを持っていたとされるが、外れスキルと言われている者を不遇な扱いにして、追放、もしくは殺害しようとしたらしい。
そして外れスキルと言われる者は実は強力なスキル持ちであり、追放した元クラスメイトたちに復讐し、ハーレムを作ったと言われている。問題はその過程でクラスメイトは暴れまくり、復讐をしようとする者も好き放題に貴族どころか皇帝すらも倒したと言われていることだ。
少なからず被害が発生したのである。それが周期的に行われることに、人々が違和感を覚えた頃に、今度は冒険者パーティから追放される者がやっぱり強いスキル持ちで、あとは大暴れする展開は同じだった。
時代が進む事に、恋人を寝取られた者が実は強力なスキル持ちで寝取った奴と元恋人に復讐、やっぱりハーレムを作り、周囲は酷い被害を受ける。または、役立たずの貴族の嫡男が急に強くなり、役立たずだと虐めてきた両親に復讐し、ハーレムを作る。または真実の愛に目覚めて婚約破棄をした相手が復讐をして、逆ハーレムを作るなどの出来事が発生。
問題はその過程で、高確率で人類は存亡にかかる厄災が発生するのである。大体邪神が召喚されたり、魔王に進化したり、形容つかない異形が産まれたりして、そのたびに増えた人口は大きく減らし文化は破壊されて、復旧する頃にまたイレギュラーな人間が発生するという繰り返しだった。
その全てはイレギュラーが中心になって巻き起こったことであった。
この世界は、同じようなことはたびたび発生するが、それは極めて小規模である。イレギュラーはその規模が大陸全体を巻き込むレベルなのだ。
そこで人々が名付けた名称が『厄者』。厄災を持ち込む呪われた者たちの総称である。
「学長、もしも『厄者』が発生しても、まだ望みはあるのでは? 昨今は恋愛だけに終わり、おとなしいと言われておりますぞ?」
「そうですとも。転んだ男子学生が女子生徒の股に頭を突っ込んだり、あまつさえ、なぜか胸に手を突っ込み、アクロバット的なハグをしているのを見ました。絶対に故意だろと疑われるラッキースケベというやつです」
「そうそう、そういった『厄者』は判別が簡単です。なにせ普通の人間は少なくとも停学、もしくは退学か最悪逮捕されますからな」
「あれは羨ましいですな、替わって欲しい。なにせ女の子に殴られるだけで許されるのですから」
「今回は百合的な厄災かもしれませんぞ。もしくは負けヒロインを助けて女の敵になる厄災とか」
「手を出しまくって、女子生徒に刺されて頭だけになった厄者がいましたな。あれはおとなしい厄災でした」
皆は昨今はおとなしい厄災だったと噂する。最近は恋愛ブームで、世界が崩壊するような厄災はなかったのだ。だからこそ、前文明が崩壊してから暫くは平和な時代が訪れて、ここまで発展できたのである。
だからこそ、厄者が現れても一縷の希望に縋る。
風花学長もその意見に同調したいが理性がその判断は間違いであると教えてくれる。長年の経験からの判断を風花学長も無視はできない。
「現実を見てほしい。入学式前に襲撃、入学式に襲撃、揚げ句に放課後に学舎が爆発、システムにクラッキングされてポイントが無効化されるというたった一日で発生した事柄を無視するのかしら?」
「……近年稀に見るテロでしたからな。やはり無視はできませんか」
「同じ日に3件。たしかにあり得ぬ確率」
「『厄者』が蠢き始めたことは間違いないと……頭が痛いところです」
幹部たちも現実を受け入れるしかないと、頭を抱えてしまう。本当のところは誰も彼も理解していた。こんなテロが起こる可能性は厄災が始まったということだと。
「このままだと、歴史通りに動くはず。小さなテロから段々と大きく、いや、いきなり学舎を破壊したと言うことは、最初から大規模なテロを続けていき、息をつく暇もなく世界滅亡に走るかもしれないわ」
風花学長の言葉に、誰も否定はできなかった。昨今は平和であったが、厄災が始まる初期からテロの規模は段々と大きくなっている。昔よりもスタートの被害が大きいのだ。
「学舎を復旧するために、もう十年分のアカデミーの予算を使い切ったわ。もう一度学舎を吹き飛ばされたら、私たちの裏金すらも溶けるでしょう。それどころか世界滅亡に近づくと、株価はストップ安、物価は上がり、破産は確実。今まで貯めた資産は全て無意味になるの」
このまま放置すれば未来の世界は悲惨だ。自分たち上級国民は贅沢をして暮らしているので過酷な生活をすることになる。自分たちの住む世界は遺跡となり、人類は復興するまで、また長い時間をかけるだろう。
誰も反論がない事を確認して、風花学長はテーブルの端末を叩く。後ろの壁に備え付けられているモニターが光り、人物が数人映し出された。
「これを防ぐには『厄者』の中心人物、即ち『主人公』と呼ばれる者を殺さないといけない。そして、その候補者は何人かいるわ」
『主人公』とは世界が厄災に見舞われる時に、その中心にいる者のことである。常に混乱の中にいて、世界を救う英雄だ。
「知っての通り、もうこの世界に『主人公』は必要ないわ。魔王を倒すための勇者を殺せば魔王もいなくなるように、この厄災は『主人公』が死ねば終わりを告げるの」
「そして、今回の『主人公』がこの面子ということですか」
「ええ。この事件の中心人物。1人は『シグルド』。平民でありながら膨大な魔力と、優れた剣技を持つ男子生徒よ。本命の主人公ね」
そこに映っている一人はシグルドだ。学生証を作るための写真が使われている。彼は強敵のデスナイトにも、ハデデス教団の罠にも立ち向かい、第二王子と決闘をしていた大本命だ。
「一人は与一・アトランティス第二王子。王位継承争いをしているところから、単に偶然の可能性もあるし、この方が主人公だとまずいことになるわね」
与一第二王子はハデデス教団との戦闘、シグルドの決闘と目立つが、どうも噛ませ犬ではないか的な活躍だったので、2番目の候補である。
「3番目はカナタ・アマガミ。私には劣るけど優れた美貌と強力な神聖力の持ち主ね。でも、この子はヒロイン的な立場と思われるから、候補者から抜くか迷ってるわ。決闘にも、学舎破壊にもいませんでしたし」
銀髪碧眼と目立つ容姿の少女だが、過去を顧みると主人公のハーレムの一員のパターンが極めて多かったため、それほど注視はしていない。決闘にも学舎破壊にもいなかったという理由もある。
「そして、ローザ・泉ね。成長系女主人公の可能性があるわ。最初はそこそこの強さだけど、脳筋をやめて頭を使えば英雄候補よ。急に超強力な召喚獣を手に入れて、家族にザマァをしていったら主人公確定ね」
青髪の少女は学舎破壊にもいて、ウサデスを跳ね除けた人物。他のテロにも全て立ち会っていた極めて怪しい人物だ。シグルドと同等の怪しさを持っていた。
「最後はマーモットのマモ。おっさんがマーモットに変身している可能性は高いわね。シグルドに続いて本命」
学舎を叫びながら二本足でダッシュするマーモットの姿が映し出される。セキュリティスネークに追われて、懸命に逃げてるが、疲れて虚無の瞳、脂肪でタプタプのお腹を揺らして走る姿がおっさんにしか見えない。
「というわけで、まずは監視。そして確定したら暗殺をするわよ。世界を破滅させないためにも」
バンと強く机が叩かれる。
「対主人公特殊部隊、『黒衣』をアカデミーの学長権限で設立します!」
ここにおいて、シグルドたちは危機に陥ることとなったのである。




