第二十五話 魔窟の戦い/内なる領域
「おそらく……シュタルトさんの言う通りです。この洞窟の奥には『魔核』がある。魔素の濃度が高いのはそのためです」
「……待ってくれ、アトル。それなら、かつて魔物を退治したという人物は、『魔核』の存在を知っていて人から遠ざけていたということか?」
「それは……断定はできませんが。この奥にあるものを確かめれば、何かが分かると思います」
「私もそう思います。魔素を防ぐことができていれば、進むこと自体に支障はない」
シュタルトさんの進言に、皆が頷く。俺たちは改めて進んでいく――広大な岩窟は、さらに巨大な空洞に繋がっていた。
「……これが『魔核』……?」
まだ距離は離れているが、巨大な水晶が地面に埋め込まれ、根を張っているのが見える――水晶は紫色の光を放ち、一定の間隔で明滅している。
リベールで農地を活性化させるために使われていたクリスタルも大地に根付いていたが、目の前にあるこれは似て非なるものだ。今も魔素を放ち続けている――そして。
「っ……アトル様、何かが……っ」
「なんだ……あれは……」
魔素が集まり、黒い影が形成される――それは鬼のような姿をしていた。
角が生え、背中には翼が生えている。その右手に、魔素によって形成された剣が握られる。
「オォォ……オォ……ッ!!」
「……魔人……なのか……?」
エルシェ様にも確信はないようだった。しかし俺は確信する――『魔人』と呼ばれる存在もまた、俺にとって倒さなければならない相手だったのだと。
「――ガァァァッ!!」
咆哮と共に、黒い鬼が斬りかかってくる。繰り出される斬撃は、回避してもなお地面を砕き割った。
「アトルッ……!」
「――四人とも、俺が引きつけているうちに、『魔核』に近づいて囲んでくれ!」
「っ……し、しかし……っ」
「シュタルト様、アトル様のおっしゃる通りに……っ!」
ファナさんの言葉に従って、四人が走っていく――黒い鬼が動こうとしたとき、俺は抜き放った剣で斬撃を浴びせる。
「グォォォッ……!!」
金属質の手応え――魔力で強化した剣による七連撃でも表面を削ることしかできていない。
「――ガァァッ!」
「くっ……!!」
黒い鬼が剣を振るう――一度振るうたびに三撃、そしてその一撃ずつが重く、同時に剣にまとわせた魔力を剥がしてくる。
魔物は魔力を喰らうために人を襲う。魔力と魔素は近いようで異なり、魔力を取り入れると魔物は何倍もの魔素を生成する。
「ガァァッ――アァァァッ!!」
「アトル殿っ……!」
叫びと共に繰り出される連撃――攻撃されるたびに俺の魔力は奪われ、黒い鬼の力は増大していく。
そして攻め続けていた黒い鬼が後ろに飛び、剣を後ろに引く――力の全てを剣に集約し、これまでで最速の突きを繰り出してくる。
『これ以上攻め続けても無駄だ! あいつには通じない!』
少年のような声――それを俺はいつ聞いたのか。
『大丈夫……あなたは決して負けない。だから私が道を開く……!』
もう一人の声。俺はそれを知らないはずなのに、ひどく懐かしさを覚える。
「――グォォァァッ!」
「っ……!」
繰り出された突きを、剣で受ける。今までは同時に魔力を吸われ、衝撃を受け流せなかった――しかし。
黒い鬼の持つ剣が、今は黒ではなく、違う色の魔力に包まれている。白い魔力――敵が吸った俺の魔力で敵の剣を覆い、吸収能力を遮断する。
何度も攻撃を受ける中で、俺はもうひとつの色の魔力を相手に流し込んでいた。赤色――魔力的な結合を破壊する性質変化。
「――おぉぉぉっ!」
黒い鬼が繰り出す力のみの技を『柔の剣』で受け流し、反撃の斬撃を叩き込む。
剣を納め、俺は歩き出す。背後で黒い鬼が殺気を放ち、動き出そうとする――しかし。
「ガッ……ァ……アァァ……!!」
赤の魔力によって結合を破壊され、硬質化を解かれた黒い鬼は、すでに上下に断ち割られていた。
「凄まじい……あれほどの敵でも、相手にならないとは……」
シュタルトさんはそう言うが、簡単な相手ではなかった。ただ俺は、あの黒い鬼を倒すことが不可能ではないと感じた。
なぜそう思うのか。記憶がないうちに似た相手と戦ったのか、身体に染み付いた勘で答えを導き出せたのか。
「アトル……見事な戦いだった。しかし、これが魔核だとして、どうすれば……」
「四人で魔核に近づいてもらうように頼んだのは……この状態を作るためです」
「っ……こ、これは……」
ファナさん、ユナ、エルシェ様、そしてシュタルトさん。四人は、俺が分け与えた魔力を持っている。
その魔力が繋がって、魔核の四方を囲んでいる――そうすることで、魔核が再度魔物を召喚することを防ぐことができている。
「アトル殿は、これを封じ込める方法を知っておられた……それは……」
「俺は忘れているだけで、『魔核』に関わったことがあるのかもしれないですね……」
「……かもしれない、ではない。本当に、君には驚かされるばかりだ……しかし、ここからどうすればいい?」
「っ……エルシェ様、水晶の色が変わって……」
ユナが言う通りに、紫色の光を放っていた水晶の色が変化する――明滅が止まり、透き通っていく。
「魔核の活動は一旦弱まったようです。エルシェ様、先程『魔人』とおっしゃられましたが……」
「私は魔王について書かれている本を、いくつも読んだ。その中に書かれている姿によく似ていたんだ。角と翼を持ち、人語を解し、魔法を使い……人間を喰らって魔力を求めた……」
「しかし……今の魔人は、獣のような声を発するだけでした。およそ人語を解するようには……」
「あれは、魔核が再現したものなんだと思います。元になる魔人がいて、それを模倣しただけの存在……だから、ただこちらを攻撃してくることしかしなかった」
黒い鬼は戦術を使わず、ただ本能的にこちらを仕留めようとしていた。能力を上手く使われていたら、より苦戦していた可能性はある。
「そ、そんな……こちらから見ても、何をしているのか分からないくらいの……速すぎて見えなくて、最後も気がつけば、黒い魔物が倒されていて……」
ファナさんはそう言うが、それほどの速度だからこそ、黒い鬼が仲間を標的にしないようにする必要があった。攻撃は避けるのではなく、全て受け止めなければならなかった――そうすることで、四人と役割を分けられた。
「ひとまず……『魔核』を浄化してみます。おそらく、俺たちの力でそれができると思うので」
「私たちも協力できるのか? アトルの足を引っ張りはしないだろうか」
「いえ……四人で『魔核』を囲むのが簡易的な封印なら、五人の場合は……ものは試しです、やってみましょう」
俺たちは『魔核』を囲むように立ち、手を繋ぐ。透明な結晶の中に、まだわだかまるように紫の光が見える――しかし。
「……魔力の量を少し増やします。上限には個人差がありますが、ファナさんとユナに合わせます」
「んっ……こ、この感じは……回復していただいたときの……」
これまで、俺は自分の魔力を性質変化させることで別の効果を生み出していた。
相手に魔力を送り込み、魔力を回復させる。それは魔力を消耗したときに行うだけではなく、本来の用途が存在する。
「魔核は、魔物が生まれる領域を作るものです。魔核は自身を破壊されないために動く……自分の意志を持っている。しかしその領域は、他者の作る領域によって上書きすることができる」
「領……域……アトル、一体何を……」
「俺の魔力を持っている人たちでこうして囲んだ内側は、領域になる。そういう気がする……というか、これからそうします」
「それはもはや……個人が使える魔法という次元ではなく……っ」
シュタルトさんの言う通りだ。一人ではできない――だが、こうして五人いるからこそ可能になる。
それぞれが俺の魔力を持っていて、それが親和していること。そして俺の魔力を持っている人は、こうして手を繋ぐなどして接触することで、俺と協力して『複合術式』を発動することができる――。
「少し情報が頭の中に入ってくると思いますが、それは術式を発動すれば消えます」
「……理解が追いついていないが、その必要もないということか……アトル、君に全て任せよう」
「ふぁぁ……あ、頭が……」
「大丈夫ですファナさん、それの意味は理解しようとしなくてもいい。ただ、意図は分かるはずです」
「……アトル様がしたいこと……そのために何かできるなら、私は……っ」
少し思考が揺らいでいたファナさんも、ユナの声を聞いて落ち着く――そして、俺たちが囲う中に、五人で一部ずつを担当することで完成した術式が展開される。
「――内なる青の領域よ。顕現せよ!」
その発動句を口にすると同時に、魔核の周囲の地面に陣が浮かび上がる――魔核から地面に伸びていた根が消失し、結晶の色は青く変化していく。
「……綺麗……これが、アトル様の内なる領域……なのですか?」
「いや、その……俺にも詠唱の意味は分からないんですが。これで領域を展開できる、というくらいで」
「……アトルは魔法を使うときに詠唱をしないと思っていたが。それは、限られた魔法を使うときにしか詠唱をする必要がないから……ということだったのか」
「俺一人ではできないことをする場合に、声に発することでも意識の共有をするというか……おそらく、そういうことだと思います」
「っ……皆さん見てください、魔核の中に何か……っ」
青く変化した魔核――その中に現れたのは一人の女性だった。人間とは違う、尖った耳という特徴がある――今は眠っているように見える。
「……もう、驚きの連続で言葉も出ないが……魔核が浄化されたあとに出てきたということは、害のない存在ということか?」
「眠っているようなので、何とも言えませんが……一度作った領域は永続しますし、様子を見ても大丈夫とは思います」
「この女性がさっきの黒い鬼を作っていた……というわけではないんでしょうか?」
「もしそうでも、この状態では何もできないでしょう。意志の疎通ができるようなら、話を聞く必要がありますが……」
「現状、できることはないということか。分かった……ひとまず、調査隊の目的は達したということになるか?」
「……エルシェ様、あの……向こうの奥のほうに、何か見えませんか? 赤く光っているような」
「……確かに……さっきから少し、暑くなってきてもいるな」
「空気が湿っているようです。奥に水場があるということでしょうか……」
ユナたちの話を聞いていた俺は、まず一人で先に進んでみる――すると、かすかに水音が聞こえてくる。
「……村長が火災が起きたと言っていたのは、これが理由か……というか……」
ユナが言う赤い光は、火蜥蜴――ファイアドレイクの鱗が放つものだった。それほど大きな個体ではないが、これは魔物ではなく、元から住み着いていたのだろう。
ファイアドレイクが好んで住む場所とは、どんな場所か。熱源のあるところ――空気が湿っていて暑いという理由は、ファイアドレイクのいる向こう側を見れば分かった。
「――シャァァッ!」
「っ……来るか……せいっ!」
「ヒギィ!」
威嚇とともに攻撃されるが、回避して峰打ちをする。ファイアドレイクはなんとも言えない声を発し、戦意を失ったのか大人しくなる。
「アトル、あのトカゲがなんだか知っているのか? あれは火蜥蜴という生き物で、村長の話に出てきた森の火災というのは、おそらくあのトカゲによるものだと思うが……」
「そうですね……森の中に獣道があったのも、火蜥蜴が歩き回ったからだとは思いますが。火災が起きていないということは、手当たり次第に火を吐いたりはしていないんだと思います」
「では退治する必要はないか……アトルに分からせられて大人しくなっているしな」
「そ、そうなんですね……遠くで見る分には可愛いかもしれません」
「ええっ……わ、私はちょっと怖いんだけど、ユナとは少し趣味が違うから……」
「火蜥蜴のことは置いておくとして……どうやら、大変なものを見つけてしまったようですね」
洞窟の最深部にあったものは、温泉――この森を調査することで何か有益なものがあればと思っていたが、まさか温泉が見つかるとは思わなかった。
「これが温泉というものか……山の中にあるものだと思っていたが、まさか領内にあるとはな」
「温泉に入るために長旅をする方もいらっしゃいますよね。この温泉は温度も丁度いいみたいですし……いえ、少し熱めですね」
「まず入ってもいいものかという下調べはありますが……」
「シュタルトさん、温泉があるということは金属の鎧にはあまり良くないと思うので、ひとまず外に出ましょう」
「っ……かしこまりました。もう一度調査に来るとしても、その時は革の装備の方が良いようですね」
俺たちは洞窟を後にする。調査の結果を長に報告しなければならない――魔核を外に運び出すことはできないので、これも近いうちに状態の変化を確かめる必要はあるだろう。
『――――』
「……ん?」
魔核の横を通るときに、何かが聞こえたような気がして立ち止まる。
「アトル、どうした?」
「……エルシェ様、今何か聞こえませんでしたか?」
「私は何も……アトル、君がいくら強いとはいえ、気もそぞろでは危ないぞ。しばらく私がついていることにしよう」
「っ……」
エルシェ様は本気で俺を心配してくれているのだろうが、寄り添われて歩くのは照れるものがある――他の三人は何か微笑ましいという顔をしていて、落ち着かないことこの上なかった。




