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第二十四話 調査隊

 訓練が終わり、朝食を摂るために食堂に向かう。しかし、今日はまだエルシェ様の姿がない。


「アトル様、今日は私が給仕を担当いたしますね」

「ありがとうございます」

「申し遅れましたが、このお屋敷には二名メイドがおりまして……ユナさんは正式なメイドではありませんが、自分からお仕事をしてくれています。私はルドヴィカと申します……以後お見知りおきを」


 ルドヴィカさんは挨拶を終えると、いったん厨房の方に向かう。すでに隣室では兵の皆が食事を始めている――ルドヴィカさんはワゴンを引いてきて、俺の前に皿を置く。金属の蓋が外されると、皿に載っていたのは黄金色のオムレツだった。


「これは……」

「こちら、朝産み卵のオムレツになります。まずはそのまま食べていただいて、パンと合わせてお召し上がりになっても美味しいと思います」

「いや、その……俺が知っているオムレツとは違うというか……」

「スフレは初めてお召し上がりになりますか? では一層、食感などお楽しみいただけますよ」


 ナイフでオムレツを切り、一口食べてみる――口の中で一瞬で溶けてしまうが、驚くほどに美味しい。


「凄いな……俺はこのオムレツ、かなり好きです。どうやって作ってるのか気になりますね」


 率直に感想を伝えるが、ルドヴィカさんは何か別の方向をうかがっている――その視線の先を見ると。


 食堂の入口に、二人ほど隠れている人がいる。スカートの端が見えて、さらにこちらを伺ったときに顔まで見えた――エルシェ様とユナだ。


「あっ……エ、エルシェ様、アトル様がお気づきに……っ」

「う、うん……こうなっては仕方がない……」


 二人が姿を見せる――予想外なことに、二人が揃ってエプロンを着けている。それで俺は、何となく何が起きているのかを悟った。


「お疲れ様、アトル。私も訓練に参加したかったが、今日は朝食の準備を手伝うことにした」

「殿下がじきじきにされるのは恐れ多いことなのですが……どうしてもと仰られまして、恐縮の至りです」

「無理を言って済まなかったな。さて、私も食べるとするか」

「……もしかして、このオムレツを作ったのはエルシェ様ですか?」

「っ……!」


 少しぎこちない態度を見れば、何かあるのかと察することはできる――しかし、この料理を作ったのが誰かというのは、本当にただの勘だ。


「……アトル様、もう一度感想をお願いしてもいいですか?」

「ええと……凄く美味しかったし、とても好みの味です」

「い、言わせるな……恥ずかしい。アトルもアトルだ、なんだその……嬉しそうというか……」

「いや、俺のために作ってくれたのかと……ぶっ」


 エルシェ様は俺の口にパンを押し付けてくる――これもまた美味いが、なんというか彼女もなかなかの暴君だ。


「ああっ、そうだったら何が悪い。後で出てくるスープはユナが作ったものだからな、デザートは軽いものだが私とユナの合作だ。甘いものが嫌いでもなければ食べてくれればいい」


 エルシェ様はルドヴィカさんに脱いだエプロンを渡して、自分の席に着く。笑顔で見ていたユナだが、ルドヴィカさんは彼女のために椅子を引いた。


「い、いえっ、私は……」

「いいんだ、本当は全員同じテーブルで食事をしてもいいんだからな。私が料理をしたことを隠さなかった罰だ」


 なぜ隠さないといけないのか――それは考えるまでもないことか。エルシェ様の顔がさっきからずっと赤くなっている。


「……やはりこれだけでは足りないか、お礼には」

「エルシェ様、何かおっしゃいましたか?」

「っ……ああ、びっくりした。君は耳が良すぎるな……ここから囁いても聞こえるのか?」

「いえ、集中しなければそこまででもないですが」

「……ユナ、アトルのことをくすぐってやれ。私だけ慌てて、彼だけ落ち着いているのは気に入らない」

「えぇっ……そ、そんなこと、してしまっていいんでしょうか……」


 恥ずかしそうにしながらも、ユナはまんざらでもないという顔でこちらを見てくる――しかしシュタルトさんが遠慮がちに咳払いをしてくれて、落ち着いて朝食を摂ろうという空気になってくれた。


   ◆◇◆


 村の長は俺たちの訪問を受けると、あまり気が進まないというのを態度に出してきた。


「以前にも言いましたが、あの森については私どもで冒険者を雇う予定で……」

「そう聞いてから、進展がないように思いますので。可能であれば、私たちが調査をしたいと考えています」


 シュタルトさんの言葉に、(おさ)は何か言い返そうとして――観念したように息をつく。


「……あれは十年以上も前のことです。この国にも魔王が出現し、村にも魔物が現れたことがありました。そのときに、私たちを救ってくれた人物がいるのです」

「それは一体、どういった方だったのですか? その口ぶりからすると、騎士団の一員というわけでもないようですが」

「はい。彼は、この王国の別の場所の出身だと言っていました。魔物がどこから現れているのかを突き止め、どういった方法か、これ以上出現しないように対処し……もしまた魔物の被害が出るようなら、もう一度ここに来ると言って姿を消しました。彼は、最後まで名乗ることすらありませんでした」


 なぜ(おさ)は調査を領主である殿下たちに一任しないのか、初めは別の理由を考えていた。何らかの理由で、干渉を拒んでいるのではないか――だが、拒んでいる理由は思っていたようなものとは違っていた。


「近隣の者たちも力を合わせて魔物を撃退しようとしましたが、多くの被害が出てしまいました。そのうえ、森に魔物のしわざによるものか、火災が起き……彼の仲間は天候を変えるような魔法を使い、火を消してくれた。あの時に雨が降った日の日付を、今でも我々は覚えているのです。恵みの雨は同時に周辺を潤し、その年の作物は久しぶりの豊作でした。そして彼らが魔物を退治してくれたあと、しばらくして、この国に現れた魔王は姿を消しました」


 聞いているうちに、ようやく悟った。今長が話してくれているのは、この村に実際に起こったこと――一つの英雄譚なのだと。


「……彼をもう少し待っていたかった。しかし、それは私の我が儘なのでしょう。本来ならば私どもが調査を行い、報告に上がるべきでした。それをここまで遅らせてしまったことは、謝罪で済むようなことでは……」

「……いや、そういった事情があったのならば謝ることはない」


 俺は話を聞いている間、エルシェ様の顔を見ていなかった――彼女は、とても穏やかだった。


 この村を救った英雄に、思いを馳せているのだろうか。それは俺も同じで――だが、もし魔王をその人物が倒したというのなら。俺ができなかったことを成した人がいたということになる。


「あなたたちの恩人は、いつかまたここを訪れるのかもしれない……その時には、私にも教えてほしい。私は領主としてまだ何もできていないが、それでもこの村を守ってくれた勇者に感謝している」

「……エルシェリアス殿下、ありがとうございます。森の調査が無事に終わりましたら、領内の運営について私どもからもお話できましたらと思っております。もちろん、殿下が方針を打ち出されるのであれば、こちらは全面的に従わせていただきます」

「ありがとう。こちらとしては無理を強いるつもりはないし、領地については無理のないように、可能な限り良い方向に向かうことができればと考えている」


 エルシェ様の話に長は頷きを返す。これで調査について同意は得られた――だが、エルシェ様は席を立って部屋を出る前に、振り返って長に言った。


「……もう一つだけ聞いてもいいだろうか。その人物は、魔王を倒すと言っていたのか?」

「……彼はこう言っていました。魔物の出現を根絶するには、魔王を倒さなければならない。自分たちはそのためにここに来たのだと」

「そうか……話してくれて感謝する」


 この村を訪れ、魔物から人々を救った人物がいた――そして、その人物が現れたあとに魔王は消えた。


 誰かが見ていなければ、魔王を倒したのが誰なのかは分からない。それとも俺がまだ知らないだけで、この国のどこかには、それを見ていた人がいるんだろうか。


 魔王が消えたことが、魔王が倒されたということを意味しているのかは分からない。ただ十年間姿を消しているだけで――そんな考えを自分で打ち消す。


 エルシェ様はその人物を『英雄』ではなく、魔王を倒そうとした者として『勇者』と呼んだ。彼は今、どこにいるのか――この村に戻るという約束を覚えているなら、俺も会ってみたいと思った。


   ◆◇◆


 調査隊のメンバーはエルシェ様、ファナとユナの姉妹、シュタルトさん、そして俺の五人だ。シュタルトさんとファナさんは鎧を着ているが、他の四人は軽鎧程度の武装をしている。


「森に入ってから何か仕掛けがあるかもしれないので、俺が先行してもいいですか?」

「私の役目は先陣を切ることですので、ぜひお任せいただければ……」

「ファナ、勇敢なのは良いが、アトル殿がそうおっしゃるのであればここはお任せした方が良いだろう」

「は、はい。では、私は隊列の横を固めさせていただきます」


 俺が先行し、殿下とユナの左右前方にファナさんとシュタルトさんがつく。隊列が定まったので、俺たちは森に足を踏み入れる――獣道のようなものがおぼろげに見てとれるが、ここを通って魔物が出てきていたということなのか。


 森を囲うように作られた結界は破壊されていなかったので、魔物は結局外に出られずに森に戻ったのだろう。そして年月が過ぎて見分けがつきにくくなっているが、目印が残されている――木の幹に刻まれた文字に、魔力が残留している。


「危険な仕掛けはないですが、やはり人の手で残された痕跡があります」

「……あまり人里から離れていないのに、がらりと空気が変わってしまっている。森の奥に一体……何が……」


 殿下の言葉が途切れたのは、前方にあるものを見つけたからだった。地の底まで続くかのように、ぽっかりと洞穴が口を開けている。


「洞窟……それも、これほど大きなものが……」

「もし、魔物が巣を作っていたら……この森はやはり、付近の人が近づかないようにするしか……」


 シュタルトさん、ファナさんが口々に言う。この森を隔離するというのは方法の一つではあるが、根本的な解決にはならない――時間が経てば、魔物は森の外に出てきてしまう。


「……い、いけません、これ以上は……あ、足が……」


 ユナの顔が青ざめている――洞窟から流れてくる魔素に当てられている。どんな場所でも空気中には微量の魔素が含まれているが、それがこの場では異常に濃くなっている。


 なぜユナ以外の皆に変化がないのか。その理由は、他の三人を見てすぐに分かった。集中して三人を見ると、魔力の発光が見られる――俺の魔力をある程度持っている三人は、それで魔素に対抗できている。


「ユナ、少しいいか? 今は何より、動けるようにするのが優先だ」

「っ……だ、駄目です、私は……んっ……!」


 魔力球を生成し、青白い色に変化させて、ユナに送り込む――すると、魔素の影響で現れていた精神の揺らぎが落ち着いていく。


「……っ、はぁっ、はぁっ……あ、ありがとうございます。すみません、取り乱してしまって」

「ユナ……あまり無理はしない方がいい、私たちはやはり……」

「いえ、私は大丈夫です。ここまでご一緒したのに、ここで帰ってしまうのは……もう足は引っ張りませんので、どうか……」

「分かった、このまま進もう。これ以上魔素が濃くなるようなら、引き返すかもしれないが……」

「アトル殿によって回復をしてもらっているからか、洞窟からの邪気のようなものから護られていると感じます。そういった副次的な効果もあるとは……」


 これを見越していたというわけではないので、感心するシュタルトさんを見て申し訳なく感じる。


「……アトル、明かりが必要ならば、私が魔法を使おうか?」

「はい、お願いします。俺は前方を照らすので、エルシェ様は周囲を照らしてください」

「うん、分かった……早速点けるぞ。『光よ』」


 暗い洞窟の中を、俺が作り出した魔力球と、エルシェ様の明かりの魔法が照らし出す。緩やかに下る道を進んでいくと、洞窟は次第に広くなっていく。


「こんな洞窟が、領内の森の中にあったなんて……」

「……私が騎士団にいたころ、『魔窟』に派遣されたことがある。魔王は『魔核』というものを作り出し、それは地脈の力を吸って成長する。そうして作られるのが『魔窟』……その名の通りに魔物が住み着き、やがて人里に出てくるのだと言われていた」


 シュタルトさんの言葉を聞いても、不思議なほどに驚かなかった。


 ――俺はこの洞窟が()()()()を理解している。


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