二話「グリーンメスカル」5(1/2)
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あれから三日が過ぎた。
俺たちは翌日にでもバルのおばさんから連絡が来るものと思っていたが、いざ翌日になってみても何の音沙汰もない。
とはいえまだ一日経っただけだ。バッグの男も探すあてが色々あるのかもしれない。
二日ほどたって、いよいよバッグをどこで失ったか分からないとなれば、もう一度、バルに戻ってくるだろうと、自分に言い聞かせていた。
しかし、そのまま一日、二日、三日と経つうちに、じっとしていることができなくなっていた。
部屋の中にはまだあの黒いバッグがあり、そこには二ダースものグリーンメスカルが詰め込まれている。
部屋にいて、バッグがチラチラと視界に入るだけで気がめいった。
俺は胃の調子が悪くなるくらい、バルのおばさんの連絡を待っていた。マイラも恐らくは同じ気持ちだっただろう。
今日、港での荷下ろしを終えた俺たちは、例のバルを訪れた。
おばさんと話をすると、いまだにバッグの男は見ないという。
バッグの男が荷物をそう簡単に諦めるとは思えなかった。
とすれば、今でも見当違いな場所を探し回っているのだろう。
「新聞に広告を出そう」
俺はバルを出ると、商業地区にある「レドヘリング新聞社」を訪れていた。
「広告?」
「そうだ。『バルでバッグを失くした人探す』とかなんとか新聞に出せば、バッグの男が気が付くかもしれない」
「それじゃあ、わたしたちがバッグを持ってることがバレちゃうよ?」
「この際、そんなことはどうでもいい。カミングス一家の商売道具を一刻も早く手放すべきだ。マイラも聞いただろう。港で荷下ろしをしてるとき、カミングス一家の荷物をくすねた男の話」
「うん……わたしたちもああなるのかな?」
マイラが不安そうに瞳を揺らした。
「そうならないように考えるんだ」
「でも、新聞の広告費っていくらだろう?」
「広告費なんて払わんよ。バッグの中に爆弾が入っていたとでも言っておくんだ。そしたら、向こうは大事件だと思って記事にするさ。バッグの男の方でも、黒いバッグを必死で探してるんだ。バルで黒のバックの中に爆弾と聞けばピンと来るさ」
俺たちはそんな話をしながら新聞社の前に差し掛かった。
そこは商業地区の中でも比較的静かな通りで、新聞社に銀行と堅い職業が軒を構え、道を歩く人々もフォーマルな恰好をしていた。
しわだらけのシャツにジーンズなんて恰好は俺たちだけだった。
「なんだか場違いな場所に来ちゃったね」
「誰のせいでそうなったと思ってるんだ」
俺がそう毒づいて、新聞社のドアに手をかけたときだった。
ダダダダダダダダダダダダッ――
前の通りを、物凄いスピードで馬車が横切ったかと思うと、馬車の中から人が投げ出された。
それは少々不自然な飛び出し方で、カーブで振り落とされたわけでもなく、自分から飛び降りたようにも見えなかった。
まるで、横になった状態で滑り出されたみたいだった。
男は奇妙な体勢のまま、地面に転がった。
馬車は人が落ちたことを気にも留めず、そのまま通りを走り去った。
馬車から投げ出された人は、ちょうど俺たちの目の前に着地したまま全く動こうとしない。
驚いたことに、男は色あせたジーンズを履いているだけで、上半身には何の服も着ていなかった。
酔っ払って派手に騒いだんだろうか?
「大丈夫ですか?」
マイラがしゃがみ込んで男の身体を揺すった。
「大丈夫ですか?」
マイラはニ三度、男の身体を揺すったのち、ビクンと弾かれたように体を震わせた。
「ねえ、レイ、この人ぉ、息してないよ!!」
「なんだと」
俺はマイラに駆け寄った。男の状態をよく確認しようと、うつぶせの男を仰向けにしたときだった。
「うっ――」
思わず口を覆った。
男は完全にこと切れていた。
顔は血の気を失って真っ白になり、目は真っ白に混濁し、もはや視線を感じることはできなかった。
「ひどいなこれ……」
男の胸には何か鋭いもので引っ搔いたような傷が無数にあった。そららは胸の上に深い溝を作り、赤黒い血の塊がこびりついている。
一目見てそれが文字だと分かった。
誰かは知らないが、男の身体に血の文字を書きやがったのだ。
「このイタズラはタカクツイタナ……」
マイラがその言葉を読んだ。
「なんだよ、これ……」
「ねえ、レイ……」
マイラがきゅっと俺のシャツを掴んだ。
「わたし、この人知ってる……」




