海賊としての在り方
エミリアが「ひゃっほーぃ! 暴れるよぉーっ!」と嬉しそうに厨房を飛び出し、そのまま甲板に向かう。竜也はそれを見送って、それから嘆息した。
以前、ジェイクはこう言っていた。
――基本的には航海の中で、儲けがあればそれは半分をヴォイド号の資産として、もう半分を全員で山分けする、という形をとっている。
基本的に行われるのは、山分け。船が一体何者なのかは分からないけれど、少なくとも儲けが一切ないということはないだろう。
問題は、その後だ。
――だが、中には山分けの対象にならない場合もある。例えば敵の海賊に襲われたとして、全く戦いもせずに逃げ出して奥で震えていた場合なんかは、その海賊からお宝をせしめても山分けはしねぇ。その代わり、勇敢に戦いさえすれば首を全くとれなくても褒賞は出してやるよ。
つまり、今回の集合命令に対して、厨房に篭っていた場合、竜也は逃げ出したことになってしまう。
別段、山分けの金が欲しいわけではない。問題は、『戦いに参加する』ことがヴォイド号における自身の信頼を得る方法である、ということだ。
竜也に、戦闘の心得はない。
何せ、物心ついた頃から料理のことしか考えていない子供だった。小中高と学校に通ってきたけれど、全く部活動には参加せずに店の手伝いばかりしていた。そのため、体育の授業でサッカーがある時など、専らディフェンダーばかりだったのだ。運動神経など皆無に等しい。
だからこそ不良の級友のように、ケンカなどもしたことはない。精々、店で暴れる酔っ払いを抑える程度しか経験はない。
そんな竜也が、戦えるのか――。
「……やるしか、ないんだよな」
これで逃げ惑い、ジェイクたちの信頼を失ったとき。
竜也は、ヴォイド号という居場所を失う可能性もある。
ヴォイド号において現在、料理を作ることのできる人間は竜也だけだ。だけれど、竜也はそれほど自分という人間を過大評価していない。
竜也程度の腕の料理人は、探せば腐るほどいるだろう。料理番組に出演しているような著名な料理人になど、竜也は足元にも及ばない。竜也の認識として、自身はその程度の人間だった。
だからこそ――信頼を失うわけにはいかない。
勝手も知らない異世界で、居場所を失くすわけにはいかない。
「……仕方ないか」
甲板に集合、と言っていた。つまり、まだ戦闘は始まっていない。
ジェイクに、武器を融通してもらおう。少なくとも、無手で戦わせるような非道な船長ではないだろうし。
意を決して、竜也は厨房から出る。
浅倉屋洋食店のロゴがついた前掛けを外し、料理人としてではなく、海賊船のクルーの一人として、甲板へ向かう。
扉を開いて、外へ。
晴天に眩しい太陽と、そこに揃うヴォイド号のクルーたち。
しかし、特に誰も緊張している様子は見られない。まるで戦闘の前とは思えず、談笑している奴もいる。
そして、恐らく縄梯子が掛けられているのだろう、ヴォイド号と変わらない大きさの別の船が見えた。
「あん? リューヤ、来たのか?」
そんな中で、竜也にそう声が掛けられた。
それは、クルー全体の中でも最も敵船近く――中央に位置している、ジェイク。
「あ……ああ。ジェイク……その」
「まぁいいや、話は後でだ。心配すんな、今日のところは危険はねぇよ」
危険はない?
詳しくは分からないけれど、ジェイクがそう言うのなら正しいのだろう。ひとまず、端で成り行きを見守ることとする。
すると――向こうの船から、一人の男性が姿を見せた。
恐らく商船の主であろう、それなりに豪奢な見た目の壮年の男性だ。いつぞやの奴隷商人のように、でっぷりと太っているのが印象的だ。
とはいえ、成金のような下品なものではなく、どこか好々爺とした雰囲気を持っている。
そんな彼がゆっくりとヴォイド号に近付いて。
そして。
「やっぱり手前だったのか、ホプキンス」
「これはこれはジェイク様、いつもお世話になっております」
と――まるで、海賊と襲われている商船の主とは思えぬ会話をした。
「それで、本日もいつも通りで宜しいですか?」
「ああ、いいぜ。いつも通り、積荷の一割でいい。こっちから人をやるから、誤魔化すような真似はするんじゃねぇぞ」
「勿論ですよ、ジェイク様。ジェイク様のおかげで私どもがありますので、そのような恩人を騙すような真似はいたしません」
「そう言いながら何人の顧客を騙してきたんだ?」
「……はて、最近どうしたことか、耳が遠くなりましてね」
ほっほっほ、と笑う商人――ホプキンス。
どうやらジェイクの知り合いらしく、そして全く抵抗も何もなく、積荷の一割を差し出す、と言う。
一体どういうことなのか、全く竜也には理解できない世界だった。
「あーあ、今日はホプキンスのじーさんとこかー。ちぇー」
「……ん」
「……なぁ、フィー、どういうことなんだ?」
丁度近くでボヤいていたエミリアと、それに答えていたフィリーネ。少しだけ考えて、良識的な答えを出してくれそうなフィリーネに、竜也はそう質問する。
さすがに、この世界の常識がない竜也でも、これが非常識なのは分かる。海賊は商船を襲うものであり、商船は海賊に襲われないように用心棒や護衛を雇うのが常だろう。
だというのに、こんなにも平和的な強奪などあり得ない。
「……何?」
「あのホプキンスさんって、なんで積荷を当たり前のようにこっちに渡すんだ?」
「……みかじめ料」
……。
…………。
一瞬、竜也はフィリーネが何を言っているのか分からなかった。
みかじめ料。
それは竜也の知る限り、元の世界における暴力団の言葉だったはずだ。
暴力団の縄張りで商売をする場合、少なからず暴力団に対してその対価を払わなければならない。それが挨拶料、守料、火消し料、ショバ代――色々と名前はあるけれど、総じてみかじめ料と呼ばれる。
これは現在、暴力団に対する法律により日本では全面的に禁止されているものだ。だが、竜也も暴力団について詳しく知るわけではないが、みかじめ料を払うということは即ち、その暴力団の後ろ盾を持つ、ということに等しい。
例えば何らかの暴力団にみかじめ料を毎月支払っている。そこに別の暴力団がみかじめ料を請求してきた場合、その暴力団の後ろ盾を持っている、と言って断るのだ。そして、仁侠映画などではみかじめ料を払っている限り、自身の子分のように扱う。その店が別の暴力団に何らかの嫌がらせをされた場合、後ろ盾の暴力団が報復をしたりするのだ。
つまり、ホプキンスという商人はヴォイド号に対してみかじめ料を払うことで、この海域におけるヴォイド号という後ろ盾を得ている――そう考えて良いのだろうか。
「……どういうことなんだよ」
しかし、それはあくまでも現代日本における暴力団の話だ。
たとえホプキンスの船が別の海賊に襲われて沈んだとしても、その結果はジェイクには届かない。つまり、ホプキンスがどれだけジェイクを後ろ盾にしようとも不可能なはずだ。
一体どういうことなのか。
しかしフィリーネは、少しだけ首を傾げて竜也を見た。
「……何が?」
「ホプキンスさんは、何でみかじめ料を払ってるんだ?」
「……フィーたちは、他の海賊を退治してる、から」
「他の……海賊を?」
そこでようやく、合点がいった。
つまりヴォイド号が基本的に襲う相手というのは、他の海賊ということだ。この海域を定期的に巡回して、海賊が現れた場合はそれを叩き伏せる。そして商船には一定のみかじめ料を払わせることで、海域の安全を確保する――そういうシステムだろう。
つまり海賊というよりは、用心棒のようなものか。
「つまり、商船は襲わないのか?」
「……ん」
「そだよー。だって、商船って悪いことしてないでしょ? せんちょーは悪いことする奴が嫌いだからねー。その分、悪いことする他の海賊は倒すの。だからわりかしこの辺の島だと、ヴォイド号に会ったら積荷の一割を渡せー、みたいな常識ができてるらしーよ?」
「……マジかよ」
心から安堵して、竜也はそう呟く。
竜也は、少しだけ覚悟していた。自分が悪であるということ。無法者であるこということ。少なくとも、その一味の一人であることを。
罪もない一般人を殺して、その積荷を奪う――それが、竜也の考える海賊だ。
だから、本当に安心した。
ヴォイド号は確かに海賊船かもしれない。
それでも、正義の海賊船のような存在なのだと知って。




