おさかな天国
「うーん……やっぱ普通に塩焼きかな」
「……これ、どうすればいいの?」
ヴォイド号がサン・ユディーノを出航して十七日目。随分目減りして寂しくなってきた食材ではあるけれど、残り四、五日程度で次の港に到着すると聞いた。恐らく、しっかり考えて作れば十分に賄えるだろう。残る食材と自分の頭の中にあるレシピとを照合しながら、そう考える。
そして現在、竜也とエミリアの目の前にあるのは魚だった。
クルーの中に二人、趣味が釣りである者がいたのだ。偶然にも二人が共に非番であり、ならば釣りでもするか、と二人して甲板で釣竿を下ろしていたらしい。とはいえ、二人とも釣りをすること自体が楽しみであるという奇特な人物であり、釣れた魚には全く興味がないというため、魚を厨房に持ってきたのである。
「多分、群れに当たったんだろうなぁ」
竜也の目の前で積まれているのは、サバだった。
この世界でサバのことを何と言うのかは分からないけれど、竜也の見る限りサバ独特の黒の曲線模様、そして腹側にあるゴマのような黒い斑点から、ゴマサバの一種と思われる。ゴマサバはサバの中でもよく食べられているものであるため、食用には十分適するだろう。
しかし、サバという魚は傷みやすいことが問題だ。
少なくとも冷蔵庫のない状況では、今日一日持たないだろう。そう考えれば、早めに調理をする必要がある。
もしもサバではなく別の魚であったなら、刺身という手段もあったのだが、醤油も山葵もない現状では寂しいだけだろう。それに加えて、サバにはアニサキスという寄生虫が存在する可能性もあるため、基本的には加熱調理を行わなければならない。
竜也自身はサバといえば味噌煮だと思うのだけれど、残念ながらこの世界に味噌は存在しないため、却下せざるをえない。結果的に、塩焼きにする以外の選択肢はなかった。
「……よし、作るか」
しかし、気乗りしないのにはもっと大きな理由がある。
サバの数は、二十五匹。釣ってきた二人とジェイクや他の大食いクルーあたりに二匹ずつ提供するとして、少なくとも全部さばく必要があるのだ。
そして、そのさばく行為自体が気乗りしないものなのである。
「ねー、リューヤ。何すればいー?」
「……そうだな。サバの鱗を落としてくれ。鱗自体は薄いから、包丁で軽く撫でるような感じでいい」
「はーい」
エミリアが竜也の助手について、既に三日。最初こそ「うわー!」とか「きゃー!」とか厨房が大惨事になりかけたけれど、ひとまず今は簡単な仕事だけを割り振ることにより均衡を保っている。
少なくとも、サバの鱗を落とせる程度には成長したらしい。時折「うげぇ」とか「生臭ぁ」とか聞こえるのは気のせいと信じて。
「よし」
エミリアが鱗を落としたサバを受け取り、まずヒレから包丁を入れて頭を落とす。次に、腹部を一気に切り裂いて内臓をかき出した。
水石に魔力を通し、水を出す。その水でサバの腹を洗い流し、布巾で水気をふき取る。あとは魚の中央に包丁を入れて、骨と身を剥離させれば終わりだ。
魚を正面から見て、右の身、中央の骨、左の身、その三枚におろすからこそ、三枚おろしである。
「うわー、えぐいー!」
「……頼むから黙ってやってくれ」
竜也が気乗りしなかった最大の理由が、まさにエミリアの言うそれだ。
魚というのは必ずさばかなければならない。そしてさばくにあたり、頭を落として内臓を取り出して水で洗うという過程が必ず必要となる。その結果、どうなるか。
まな板が血まみれになるのである。
「……はぁ」
血まみれのまな板を水石で洗い流し、次のサバを乗せる。
まぁ、三枚におろすこと以外では、特に忌避することもない。新鮮なサバだし、塩焼きにすれば絶品だろう。少しだけ喉を鳴らしながら、サバのヒレへと包丁を入れて――。
直後――それは、起こった。
『総員に伝達。前方に船を発見。甲板に集合しろ。繰り返す。前方に船を発見。甲板に集合しろ』
それは、随分くぐもったように聞こえる、ジェイクの声。
勿論ここにジェイクは存在しない。ということは、恐らくマイクとスピーカーのような魔術道具が存在するのだろう。
そうだ、忘れていた。
いや、考えないようにしていた。
既に声の消えた宙を眺めながら、包丁を置く。
ここは。
海賊船なんだ。




