嘆きのエミリア
「おい、フィリーネ」
「……あげない」
「誰もそれくれって言ってねぇだろ」
竜也が去った後の、船長室。
本来、今日ここに竜也を呼び出した目的は、竜也の欲しいものを聞くためだ。そして、少しでもヴォイド号の心象を良くしておき、不満を軽減させることが目的だった。
だというのに結果的に、ジェイクがからかったためにフィリーネが怒り、不機嫌になったフィリーネに竜也がデザートを提供し、それでフィリーネの機嫌が治ったからさっさと料理を作りに戻ってしまう、という本末転倒な内容である。
「リューヤ戻っちまったし、どうするかねぇ」
んー、とジェイクが悩む。
竜也は無欲なことに、欲しいものが何もない、と言った。強いて言うなら石窯が欲しいが、それはフィリーネと一緒に作る、と。
つまり、料理のこと以外に何も考えていないということだ。
「もう、こりゃあれだな」
「……?」
「リューヤの休み、なくてもいいんじゃねぇか?」
「……なんで?」
ジェイクの言葉に、フィリーネはそう首を傾げる。
先程まで、竜也にいかに休みを与えるか、という話をしていたのだ。これで休みはやっぱりあげません、と言えば、本末転倒である。
しかしジェイクは、首を振った。
「だってよ……何か欲しいものはないか、って聞いて、あんだけ休みなく働いてたら、休みが欲しい、って言い出すんじゃないか? 普通さ」
「……ん」
「それを言い出さなかったってことは、休みいらないんだろ。というか、リューヤが本気で料理作るのが好きなんだろうよ」
はー、と大きく嘆息するジェイク。
そんなジェイクの意見に、フィリーネも何も言わない。確かにその通りなのだから。
「つーわけで、俺の勝手な考えだが、やってやろーじゃねぇか」
「……何を?」
「リューヤに俺が出来ること、だよ」
そこでようやくジェイクは、竜也が出て行ってもまだそこに座っていた――。
エミリアに、目を向ける。
「ほえ?」
「エミリア、お前、今日からリューヤの助手な」
「へ!? な、何で!?」
「どうしてリューヤ以外に、お前も呼び出したか用件は分かってるか?」
「……ううん。サッパリ」
こてん、と首を傾げるエミリア。
それと共に、プリンを食べ終わったフィリーネは、幸福の余韻に浸りながらも、懐から数枚の紙を取り出してエミリアへと見せ付ける。
それは、報告書。
「……これ、何か、分かる?」
「えっと、陳情書かな?」
「……何を書いているか、分かる?」
「そっちは甲板掃除で、こっちはトイレ掃除で……アレ?」
さーっ、とエミリアの顔色が青くなる。
その全て、エミリア絡みのものだったからだ。
「エミリア、手前……シフト制の甲板掃除も、トイレ掃除も、食堂の掃除も、全部サボってるな?」
「え、えーと……よ、よく、覚えてないなぁーっ!」
「手前が参加していない掃除は、代わりのクルーが全部やってんだよ。これは全部、手前のサボりを訴えた陳情書だ」
「うっ……」
だらだらと、エミリアの顔を滝のように流れる汗。
あまりにも心当たりがありすぎて。
「船長命令だ。今日からリューヤの助手をしろ。手前に料理は作れなくても、野菜の皮を剥くとか、食事を運ぶとか、皿洗いとか、その程度なら出来んだろ。リューヤと条件は同じだ。一日三食、必ず提供しろ。休みはねぇぞ」
「横暴だぁーっ!」
こうして。
竜也の知らないところで、竜也の助手は決定した。
「あ、でもリューヤと一緒に働くってことは、リューヤの料理を一番に食べれる? ってか、もっとたくさん食べれる? もしかすると、試作品とかアタシにだけくれるかも? 今日、せんちょーが食べてたヤツとかも、別のバージョンの奴とかアタシだけ食べれる特権持ち? あ、そう考えたら悪くないかも」
彼女が太るのも、そう遠くはなさそうである。




