幸、マリッサの思い
王都の端にある教会の墓地に、ローザは眠っています。
馬車から降りたクレイン様とジアス様、そしてヘイネス公爵の後ろに花を抱えた私が続きます。
公爵家の護衛には、入り口付近で待っていてもらう事にしました。
無言で歩く中、先頭を歩いていたクレイン様が振り返ります。
「実は、マルシアス侯爵家の領地にお母様のお墓を移そうかと考えています。ここはアレが勝手に手配してしまった場所なので……」
独り言のような小声に、私たちは驚きます。
確かにあの時は汚物が勝手にあれこれと終わらせてしまったのでしたが、一応ここは王都にある歴とした貴族の墓地なので、あまり深くは考えませんでした。
汚物は汚物なりに、体裁を考えたのでしょう。
しかしクレイン様にとっては、アレが勝手に大切な母親を入れてしまった場所なのかもしれません。
「前マルシアス侯爵夫妻は、領地の墓所で眠っているのだったな」
公爵が確認しますと、クレイン様はコクリと頷かれます。
「はい。ですので、ここにはお母様お一人なのです」
クレイン様の言葉に公爵が思案顔になります。
――だんな様の死は公にはされていません。
余罪がハッキリするまで獄中で。その後、鉱山にての労役が概ね決定とされていますので、クレイン様はまだ生きていると思っていらっしゃいます。
しかし仮に死んでいる事が分かったとしても、その亡骸をクレイン様が引き取る義務も、ましてやローザと一緒のお墓で眠らせる必要もないでしょう。
彼の死は鉱山に送り込まれる先日に発表されます。死因はもちろん自殺です。
鉱山で一日中働く事に絶望して、というのが根性のないアレにはちょうどいい理由でしょう。
これは、私に剣を渡してくれたヘイネス公爵と王太子殿下で考えてくださった事実です。
そう、これが真実になるのです。
辛い思いをしてこられたクレイン様に、汚物の最後など知る必要はありません。この真実を受け入れてもらえれば良いと思います。
そこにクレイン様の手を繋いでいたジアス様が、眉を八の字にして尋ねます。
「あちらに移してしまったら、クレインが簡単には会えなくなってしまいますよ」
「それは……淋しいけれどお母様をお一人にするよりは、いいです。領地に行けば会えますし、何より私にはジアス様やヘイネス公爵がいらっしゃいます。それにマルシアス侯爵家の者たちも。ジアス様のお母様も領地で穏やかに眠っておられるのでしょう?」
クレイン様の言葉に、ジアス様は苦笑されます。
「そうですね。では今日はローザ様にその報告もさせてもらいましょう。すぐにでも手筈を整えたいのでしょう?」
「ありがとうございます。ジアス様なら分かってくださると思っていました」
ニッコリと微笑み合うお二人に、私は隣で見守っっているヘイネス公爵に尋ねます。
「よろしいのですか?」
「クレイン嬢が決めた事だ。それに俺も、奴にあてがわれた場所にローザを置いておくのは気分が悪いしな。マリッサは淋しいか?」
今度は公爵が私に尋ねてくれます。
親友として同じ思いを抱く者に……。
「いえ、私はローザとクレイン様が淋しくなければ、それで……」
そこで私は、ローザのお墓の前で佇む人影に気が付きました。
「ヘイネス公爵、あの方は……」
「何だ?」
振り向いたヘイネス公爵が、驚愕に目を開きます。
風になびく銀髪が、キラキラと美しく輝いています。
忘れられないあの色……何一つ変わらない風貌……そして凛としたあの佇まい。
クレイン様とジアス様も気が付かれました。
「まあ、私と同じ髪色だわ」
「……父上」
髪色に反応して素直に驚くクレイン様と、私たちと同じ事に気が付いたジアス様。
そして銀髪の彼もまた、こちらに気が付いて驚愕の瞳を向けてきます。
「……ローザ、なのか?」
銀髪の彼の呟きに、クレイン様がニコリと微笑みます。
「ローザは私のお母様ですわ。私は娘のクレインと申します。貴方はもしかして……昔、マルシアス侯爵家で働いていた執事見習の方かしら?」
「娘……」
呆然とする彼に、クレイン様はますます笑みを深めます。
「お母様を懐かしんで来てくださったの? ごめんなさいね。邪魔をするつもりはないの。でも私もお母様とは久しぶりに会うものだから、一緒にお話しさせてもらってもいいかしら?」
ニコニコと歩み寄ろうとするクレイン様に、私は思わず手を伸ばします。
「クレイン様、近付かないで!」
「!」
それは私の心からの叫びでした。
近付かないで。行かないで。彼は貴方を、ローザを置いて行った人なの。裏切った人なの。彼の所為でローザはあんなにも苦労して、死んでいってしまったの。彼には貴方に、ローザに微笑んでもらう資格などないのよ。
クレイン様の腕を掴みながら、グルグルと頭の中でそんな言葉が回ります、
尋常ではない私の姿に、クレイン様が目を丸くされます。
戸惑い始めたクレイン様の肩を抱いて、ジアス様が彼女の腕を掴む私の手にそっと触れます。
「マリッサさん、クレインが驚いています。彼女は大丈夫ですから、落ち着いてください」
穏やかなジアス様の声に、私は「そうですね」と平静を取り戻しました。
「マリッサ、久しぶりだな」
彼が私に声をかけてきましたが、返事をする事ができません。
「……レイ、何故ここに来た?」
ヘイネス公爵が代わりに相手をしてくれます。
「やっと、落ち着いたんだ。兄の子が育ち王太子として立つ事が決まった。私は王位継承権を放棄して公爵になった。これでローザを迎え入れられる」
そうしてレイはローザのお墓を見つめました。
「あ、そうでしたわ。ケッセル国の王弟殿下でした。侯爵家にいらした話を伺っていたので、つい失念いたしておりました。無作法な真似をいたしまして申し訳ございません」
クレイン様がハッとしたように、レイに頭を下げます。
「いや、そんな。こちらこそ申し訳ない。君はローザの……娘さんなんだね。とってもよく似ている」
「ありがとうございます」
「君の髪色は、父親似なのかな?」
「いえ、この髪色は先祖返りでして。お父様とは似ても似つきません」
「……カシック、私はローザに子供がいる事など聞いていない」
「言う必要があるか? お前と再会したのは四年前だ」
グッとレイが言葉を飲みました。
レイは気付いたのでしょう。クレイン様がローザと誰の子供かを。
そしてヘイネス公爵とは四年前に再会していたようですね。それを私に仰られなかったのは、こんな風に錯乱させないためだったのでしょう。
そしてレイにクレイン様の存在を知らせなかったのは、ヘイネス公爵なりに思うところがあったのでしょう。
私にはレイが他国の王弟殿下だろうが高位貴族だろうが、どうでもいいのです。
ただローザを悲しませた。それだけなのです。
「あの、先程お母様を迎えにと仰られていましたが、もしかしたらお母様と大切なお約束をされていたのでしょうか?」
クレイン様がジアス様の腕に掴まりながら、レイに尋ねます。その瞳は何かを期待しているかのようで……。
「はい、そうです。いつか必ず迎えに来ると。愛していましたので。いえ、今もまだ愛しています」
レイの言葉を聞いたクレイン様は、パアッと顔を輝かせました。
「そうなのですね。ジアス様、良かったです。お母様にも想いを寄せあうお相手がいらっしゃったのです。ちゃんと幸せな時間があったのですね」
「そうですね。クレインのお母上ですからね。幸せはちゃんと自分で掴んでいらっしゃったのでしょう」
キャッキャと喜び合う若い二人を、私たち三人は呆然と見てしまいます。
ローザが幸せ? クレイン様は何を仰ってるの? あんな最期を迎えて幸せなはずが……。
佇む私たちに気付いたクレイン様が、クルッと振り返りました。
「マリッサ、お母様はちゃんと幸せだった時間があったからこそお強かったのね。マリッサと出会い、ヘイネス公爵夫妻と出会い、王弟殿下とも出会われた。お母様がお幸せで良かったわ」
憎しみや悲しみに振り回されていた私に、クレイン様の言葉は胸を突かれました。
あれほどの苦労をしたローザが幸せだったと言うのです。
レイと出会ったから。カシック様とカリン様に出会ったから。そして私と出会ったから……。
「私もマリッサや侯爵家の皆に支えられてきたわ。そしてジアス様やヘイネス公爵と出会って……フフフ。幸せを味わったら人は強くなれるのね。ありがとうございます、王弟殿下。お母様のお話をお聞かせくださいまして。私はもっと強くなれそうです」
クレイン様の笑顔がローザの笑顔と重なります。
ああ、そうですね。クレイン様の仰る通りです。
ローザは貴方という娘を産めて、幸せでした。
私はジアス様の反対側でクレイン様の横に立ち並びます。
「クレイン様、お花を。ローザが好きだったエーデルワイスという花です。とっても貴重な物なのですよ」
「まあ、可愛らしい。お母様、喜んでくださるかしら?」
「もちろんですわ。ローザは意外と珍しい物が大好きでしたからね。どうぞ、こちらに」
「まあ、そうなのね。フフ、また一つお母様の事が知れて嬉しいわ」
私たちはローザに祈りました。
ふと、後ろを見ると公爵とレイも一緒になって祈りを捧げています。
ローザ、ありがとう。貴方が残してくれた宝物。彼女がいる限り、私は幸せになれるわ。これからも私たちは貴方の娘と一緒に歩いて行きます。
最後まで呼んでくださって、ありがとうございました。
心からの感謝を。




