22 一緒にいいですか
雨。
木曜日、大学へ出勤するために降り立つ駅。
阪急電車御影の駅前では、タクシーは出払っていた。
大学まで急坂を二十分ばかり登らねばならない。
気候のいいこの季節でも、大学に着けば、Tシャツが搾れるほどの汗をかく。
汗だくの状態で授業に出るわけにもいかず、おのずとタクシーを利用することになる。
雨ならなおさらだ。
少しでも早く行けば授業で使うプリントを大学で用意することもできるが、印刷機の前には長い列。
結局、自宅兼事務所でコピーして大学に持参することになる。
というわけで、登校する学生たちと同じような時間帯に正門をくぐるのが常だ。
ようやくやってきたタクシーに乗り込もうとすると、
「先生、おはようございます」
と、いつもの声。
フウカだ。
今日も、華やかなワンピース姿。
「一緒にいいですか」
返事も聞かず、フワフワの裾を気にしながら、乗り込んでくる。
「学生バス、雨でしょ」
学生達は専用の送迎バスを利用して、汗をかくのを回避している。
が、あいにくの雨。バス停まで傘をさす必要がある。
資金に余裕のある学生にはタクシーを利用する者も多い。
フウカはその口だが、まれにこういうこともある。
「今日の部活なんですけど」
フウカは、今日の部活はできるだけ参加して欲しいというメッセージを部員に送信していた。
「例の調査、進め方を話し合いたいと思って」
先日の日曜日、ルリイアの部屋で始めたケイキちゃん殺人事件調査。
残念ながら、自然なことだが、進展はなかった。
スタートはまずまず。
メンバーの意気込みも感じられたものの、いざ具体的に情報交換しようにも、互いに遠慮があるのか、発言はまばら。
じゃ作戦は? という話にも、積極的に意見を出す者はいなかった。
フウカは粘り強く、会を実りあるものにしようと努力していたが、半時間も経たぬうちに散会を決めたのだった。
「先生にご指導をお願いしたいんです」
ミリッサはあの日、ほとんど発言しなかった。
自分が発言すればおのずとリーダーシップをとることになり、この繊細な課題に、自分の思いで学生たちを動かすことになりかねない。
あくまで学生たちの自主性のみで取り組んでほしい、と思っていた。
フウカにそう言った。
「はい。それはよくわかっています」
「君はリーダーだ。サークルもこの会議も」
「ええ。でも」
「応援するよ」
「はい……」
助け舟は出すつもりでいた。
例えば、進め方についてなど。
「殺人事件、という線で進めるというのはいい発想だったね」
殺人だと決めつけているわけでは毛頭ない。
ただ、そうしておけば、あらゆる可能性を否定せずに最大の活動を余儀なくされる。
しかも本気度が試されることにも繋がる。抜けたい人が抜けやすいということにもなる。
「今日は何を話し合うつもり?」
部活。
と言うのもおこがましいが、何しろ競馬を楽しむサークル。世間の視線は必ずしも芳しくない。
ギャンブル部と揶揄されることもしばしば。
純粋に予想を楽しみ、競馬場の雰囲気を楽しみ、競馬の物語を研究することによって、学生の人としての成長の一助と成すのだと説明しても、その経験のない人には通じない。
ましてや血統が、馬場コンディションが、ジョッキーとの相性が、生産牧場が、などと言おうものなら、競馬に嵌ったやつ、と白い目で見られるのがオチだ。
ミリッサは、掛け金のことをはじめ、普段の行いにまで、部員たちに規律ある行動を求めていた。
木曜日の昼休みに部室に集合し、週末の予定を確認しあい、部長フウカから注意事項などが話される。
部室といっても、学生食堂の隅の、あえて人目に付くテーブルである。
学生課に申請すれば、各サークル専用の部屋が用意されるが、競馬サークルR&Hは申請していない。
できるだけオープンに見せておくこと。
これがサークル存続のために大切なこと、と考えているからである。




