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8話と9話、同時投稿
僕は妹の死を見てしまった。
酷かった。
どうして春が死ななければならなかったんだ!?
どうして春がこんな酷い死に方にあってるんだ!?
どうして僕はあの時春を探さなかったのか!?
どうして久遠の言われたとおり動いたのか!?
どうして――。どうして――――!?
そんな答えのない問いかけを、麻痺した脳でひたすら繰り返した。
そんな問いが何回も何十回も何万回も続いていた。
そんな時、大きな物音が僕の耳に届いた。
僕はその音の方へ視線を向けた。
そこには、顔が真っ赤に晴れ上がり、歯や鼻骨が折られていた少女がいた。
衣服や、髪の毛が焦げたようにボロボロになっていて判断しにくいが、おそらく夏華羅という人物がやったことがわかる。
頬骨や頭蓋骨までもが折れているのでは、と思うほど激しく殴られた後だった。
十回、二十回殴られただけではこんなことにはならない。
何百、何千と殴られたんだ。
そして、その少女の衣服はボロボロに破られていた。
性的な暴行を加えられた跡が見受けられた。
そしてその少女の、僅かに残っている衣服と金色の髪を見て、僕は一人心当たりがあった。
「く、お、ん?」
「ああ゛?」
「……ぇ?」
やはり久遠だった。
「なに、を、してる」
僕は夏華羅に質問した。
「なにって、制裁に決まってんだろ」
それの返答は、本当に先ほどの夏華羅と同一人物か疑わしくなるほど変貌したものだった。
いや、これが本性なのだろう。
だが、問題はそこではない。
「……」
「……に、げ、て」
久遠と目が合った。
逃げてと言われた。
その一言で、彼女がきっと僕を守ろうとしてくれたことに気づいた。
「どけ」
「あ?」
「今すぐそこからどけ!」
妹を死なせてしまったことによる自責は、まだ頭の中で続いている。
しかし、今はこの屑を潰す。
春の敵であり、なにより久遠を助けるために!
春の亡骸をそっと置いた
「おおおおおおおお!!」
僕は走った。拳に目一杯力を込めて、全力で。
「|収束《The Convergence》――。砲弾――。発射――」
夏華羅が何かを唱えたが、僕は駆けた。
目の前に二メートルはあろう大きな白い手の形をした何かが現れた。
「おおおおおお!」
邪魔だ!
「馬鹿め。所詮餓鬼か」
夏華羅が僕を嘲った。
「――――っ!」
僕は何かに叩き飛ばされた。
嗚咽がこぼれる。
いったい何があったんだ?
いや、分かっている。魔術だ。
僕の知らない原理によって引き起こされる超常現象。
「止めてくださいよ。龍泉寺秋様。私はあなたを傷つけたくないのです。極力ですけど」
夏華羅の口調は、最初に会った時に戻った。
しかし、その表情はなんとも快楽におぼれた笑みだった。
「……るな
「今、何とおっしゃいました?」
「ふざけるなって言ったんだよ!!」
「……」
「今すぐ、久遠から離れろ!」
夏華羅は未だに久遠の横にいる。
それはとても危険だ。
もう久遠は一目で動けないことが分かる程の傷を負っている。
「これだから糞餓鬼は」
夏華羅の口調は再度荒くなった。
「いいだろう。受け取れ」
「え」
夏華羅は久遠の頭を無造作に鷲掴みし
「ほらよ」
僕に向かって放り投げた。
僕は久遠をどうにか受け止める
久遠は小さく唸った。
酷い傷だ。どこもかしこも痣だらけだ。
「ひどい……」
「……あ、き…さ、に……げ、て」
久遠は声を絞り出した。
僕も早く逃げたい。そう思っている。
けど、目の前の男がそれを許してくれそうにない。
「待ってて」
僕はそう言い残して、彼女をそっと地面に寝かせた。
「や……め……」
久遠は僕の後ろで、何かを言ったが、僕は耳を傾けない。
「俺と一戦交える気か?」
僕と対峙する夏華羅はそう尋ねた。
「それしかなさそうだね」
「お前は馬鹿か。勝てる見込みのねえ戦い何てするもんじゃねえ」
「そうだろうね。けど、あなたは僕たちを見逃してくれないんですよね」
「そりゃあな。俺たちの目的がお前だからな」
「なら、僕は抗うよ」
「……おとなしく捕まれば悪いようにはしない、と言ってもか?」
「うん。抗うよ。それに、僕はあなたを……」
僕は体の奥底の力を呼び覚ます。
「許さない!」
久遠を傷つけた報い、受けてもらう!
「許さない、と言われてもな。魔術師でもないお前には……あ?」
僕は唱える。
「龍炎よ舞え」
「なぜお前が魔術を!」
夏華羅は慌てた声を出した。
僕の体からは、少ないとは言えない体力が消えた。
これが魔力か。
僕の祝詞に応え、精霊たちが助けてくれる。
彼らは僕の魔力の上に、さらなる魔力を上乗せしてくれた。
さらに、ボロボロの魔術師気にも補正をかけてくれた。
そのおかげで、詠唱も短縮され、魔力の消費も抑えられた。
そして、この魔術が完成した。
「戟龍円舞」
放たれた魔術は、さながら龍の如く巨大で強大に夏華羅に襲い掛かった。
「|収束《The Convergence》――。ほうだ――――」
「遅いよ」
「ふざけるなぁぁぁ―――――」
夏華羅は詠唱が間に合わず、魔術を使うことなく、炎に飲み込まれていった。
「ああああああああああああああああああ――――――――」
そして夏華羅は、怒れる龍によってその身を劫火に包まれた。
「……謝りはしません」
炎が消えると、全身が黒焦げになった夏華羅が現れた。
どうにか生きている。
ひゅーひゅー、と息をしていた。
肺まで焼かれたのだろう。
僕は二度夏華羅を見ることもせず、すぐに久遠の元に駆けよった。
「久遠!」
僕が駆け寄ると、久遠はゆっくりと口を開いた。
「す、ご、……れが、せ……れ、い……の」
「喋らなくていいから!」
落ち着いて見ると、久遠の暴行を受けた後は、より鮮烈に映った。
「ごめん。ごめんなさい。僕が声を出したから。僕が立ち止まったから。僕が、ふがいないから」
「あ、やま、らない、で……」
…………そうだ。
謝るのも後だ。
早く久遠を病院に連れて行かないと!
出血自体少ないけど、打撲や骨折がいくつも見られる。
「今すぐ病院へ連れていく!」
僕は久遠に、破かれた服の代わりに僕の上着を着せ、ゆっくりと担いだ。
春の亡骸はシャツでそっと包んで、やさしく持った。
「びょう、いん、は、……い、い」
「何言ってるんだ!?」
僕は歩きながら叫んだ。
この状態で病院を拒否するって、何を考えてるんだ。
そして、閉ざされた道からようやく抜け出した。
そこは、森の中だった。
どこだ、ここは。
「まっ、すぐ、に、きろ、の、たい、じゅ、に、しるし、が、ある。それ、を、ひだ、り、に、ずっ、と」
真っ直ぐ二キロ進んだところにある大樹に印があるから、そこを左に曲がって進めってことか。
久遠は道がわかっているようだし、従おう。
しかし、はやく久遠に治療を受けさせたい。
走って振動を久遠には与えたくはないから、歩くつもりだが、遠いな。
「そこ、で、なかま、とごうりゅ」
そこで仲間と合流、か。
今度は文句なんか言わない。
「わかっ――」
外に出てすぐに、あるものが目に入った。
「はる……」
春の胴体だ。
吐き気が込み上げてきた。
「あ……、あ、き」
耳に入ったのは、久遠のかすれた声だった。
「…………大丈夫だよ」
もう過去のために、今を見捨てたりはしない。
今、僕がやるべきことは、僕を守ってくれた心優しき戦士を、一刻も早く彼女の仲間の元へ連れていくこと。
他のことは目に入れない。
たとえ妹の亡骸を見ても、足を止めない。
僕は妹の死を知った絶望の中で、幾つものたかが外れた。
その時に本当の記憶が、僅かだけど蘇った。
"戟龍円舞"もその一つだ。
そして、魔術を思い出した代償に、僕は甘さを捨てた。
失わないために、引かない。
止まることは、もう許さない。
これが血で血を洗う魔術の世界なんだ。
こんな悲劇はもう起こさせない。
彼女が僕を信頼することも信用することも永遠にない。
しかし、僕は彼女を信頼する。信頼する。
自身を賭して、僕を守ってくれた彼女をずっと、ずっと、今度はぼくが守る。
「いつまでも、僕は君を守ると約束するよ」
たとえ彼女がどんな鬼の道を歩いていようが、僕は彼女を守る。
僕はこの誓いを忘れない。




