辺見康彦の場合
『辺見康彦の場合』
周りの人間が余計なことを言ってくる・・・。
ボクに任せてくれればなんでもうまく行くのだ。万事うまくやる自信はある。
それなのに周りが余計なことを言うからうまくいかなくなる。
いつもそうだ。
会社にいたときもそうだった。
いちいち口を出してくる上司。
そして何かと言うことを聞かない後輩。
同僚はボクのことを『できない奴』というレッテルを張って見ていた。
でもそういうやつらがいなければボクの仕事は完璧だったのだ。
分かってないのは周りであってボクではない。この世の中がボクを理解していないんだ。ボクの方で奴らに合わせていくつもりなんかない。
ボクは仕事を辞めて、自宅で『仕事』をするようになった。
今はパソコンでなんでもできるから便利だ。ボクはデザイナーとして、ネットを利用した仕事をすることにした。まずは依頼を得るためにも自分の作品をいろんなところに投稿している。
今のところは依頼は0だ。
ただ・・・世間にボクの良さはなかなか分かってもらえないのはもう分かっている。
長い目で将来を見据える必要があるんだ。
親父が死んで、おふくろが腰痛で寝たきりになってから、ボクはこの『仕事』を選んでよかったと心から思っている。
ボクが『会社』という世間の檻にとらわれていたなら、両親の世話はできなかっただろう。
世の中の奴らはこの会社のために自分の両親をないがしろにしているがボクは違うのだ。
『仕事』も『家庭』も両立してこそ、一人前の男だろう。
『お部屋の中が少し汚れているのでヘルパーを派遣しましょう。』
ケアマネージャーの佐藤絵里子という女は言った。
この女・・・どうも苦手だ。
年の頃で30半ばぐらいか・・・。
確か同姓同名のモデルがいたはずだが・・・。
同じサトエリでもえらい違いだ。こっちのサトエリはいつもいつもジャージ姿だし、モデルとは程遠い体型だ。
左手には指輪がないからどうせ独身なんだろう。
『はあ・・・。部屋は・・・とくに汚れてないと思いますが・・・。』
『失礼ですがベッド周りには埃がたまってますし、台所の流しも洗い物がたまっておられるようですから・・・。』
『はあ・・・。』
余計なことを言うやつだ。
ボクのような芸術家はそういうことに無頓着であるべきなんだ。
そういうこだわりはこんな女には理解できないだろう。
『康彦さんがご自分でされるならいいんですけど・・・お身体の調子が思わしくないと伺いましたので。』
確かにボクは身体の調子がよくない。
医者に行っても原因不明だ。
身体がだるく、やる気がでないことが多い。
しかし、こいつに言われるまでもなく掃除ぐらいはできるのだ。
『はあ・・・。』
『不衛生にしてますと、ほかの病気にもなりかねませんからね。』
『はあ。不衛生ですか・・・。』
『はっきり申し上げますけど・・・この部屋・・・衛生的ですか?』
こういう無遠慮なずけずけものを言う女は大嫌いだ。
このボクでさえ謙遜にも自分を抑えて物を言っているんだ。もう少し口のきき方に気を付けてほしいものだ。
ただ、こいつの調子に合わせてやるのもばかばかしい。
ボクはこいつよりも高尚な人間だから自分のやり方は曲げないのだ。
『はあ・・・。』
『掃除は必要だと思いますよ。』
『はあ。ちなみにそれはいくらぐらいなんですか?』
金を払うのはこちらだ。
どうしてこんなに押し売り的に話をされなければいけないのかが不満である。
しかも『アセスメント』と称して人の生活に土足で踏み込むなんて・・・しかもそれを国も許しているなんて・・・この国はどうなっているんだ。
『あの~。』
『はい。』
『今日、いろいろお話しましたけど、介護と関係があるんですか?』
『すみません。説明が足りなかったですね。一見、介護とは関係のないようなことをお聞きしているようですが、それは今までのお母さんの生活スタイルを変えないように援助していくために必要なことなんですよ。』
『1か月の収入とか・・・介護となんの関係があるんですか?』
そうだ。
収入とか本人の生活歴なんか、介護とはまったく関係ないじゃないか。
それなのにこの女、いろいろ聞き出しやがって・・・バカじゃないのか?
『収入をお聞きしたのは介護サービスがどれぐらい入れることができるか、ということの指標になるからなんですよ。』
『はあ・・・。じゃあ母の生活歴は?』
『今までの生活歴を聞くことによってその方の生活習慣や価値観がある程度見えてきますから、その方にあわせた介護ができるんです。』
『生活習慣?価値観?』
『たとえば・・・康彦さんは朝食は何を食べてますか?』
『はあ・・・朝食ですか?ボクはパンとコーヒーですね。』
『朝食に、がっつり和食がでてきたらどうします?』
『はあ・・・。そりゃ・・・一日ぐらいならガマンしますけど・・・毎日だとちょっとね・・・。』
『あらかじめ料理を作る人が康彦さんが朝はパンを食べることを知っていればそういう失敗はしないじゃないですか。つまり生活歴をお聞かせいただいているのはそういうことなんですよ。』
詭弁だ。
この女・・・だから独身なんだ。
いちいち介護サービス受けるのになんでそんなこと知らなきゃならないのだ。そんなことは言わなくても察するのは当たり前じゃないか。
そういうことの分からない女は主婦向きではない。
したがって結婚もできないのだ。
愚か者め。
結局、ボクは仕方なくこの女に合わせて訪問介護サービスとやらと、通所介護サービスとやらを入れてやることにした。
両方とも我が家には必要のないものである。
母親の介護はこのボクが十分に行っているのだ。
部屋が汚い?
どこを見て言っている。
十分、キレイじゃないか。確かによく見れば床には埃があるところもあるだろう。
だが、他人であるお前に言われたくない。
母親を外出させる?
本人は嫌だと言っているじゃないか?
なぜ嫌だと言っているものを外に出す必要がある?
まったく理解に苦しむ。
我が家の家計をそんな無駄なものに使うのはどうか・・・とも思ったが、まあ・・・いつの日かボクの良さが世間に認められる日がくればそんな出費もたいしたことはなくなるだろう。
ボクは大人だ。
ここはボクが自分の意見を曲げようではないか。




