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金色フェスティバル  作者: 遊森謡子
第三章 紅色ノスタルジー
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第三話 恋人へのプレゼントの色

 収穫祭が終わり、数日が過ぎた。


 レイフェールの地で収穫されたものは、自領で保管されたり加工されたりする分以外は、他の領地と取引される。ジェイドは取引先のお客を迎えたり、逆に出張したりと、忙しい日々を過ごしていた。

 でも彼は、レイフェールにいる時は数日おきに『ロザラインの店』に夕食を食べに来る。

 あれから、少し日本の話題を避けるような感じはあったけど、お互い他にも話すことはたくさんある。私たちは以前と同じようなつきあいをしていた。


「腹減った……チヅ、いつもの」

 よろよろとカウンター席に座るジェイドに、「はいはいっ」と私は厨房に注文を通す。ジェイドの「いつもの」とは、要するに私のおすすめ料理でいい、っていう意味だ。彼は好き嫌いがない。

「とりあえず、スープね」

 私はスープ皿をジェイドの前に置いた。カボチャに似たカンパレの、赤いスープだ。

 彼はちょっと目を見張る。

「カンパレ……だよね?」

「そう。でも、ちょっと舌触りが変わってるかも」

 どうぞ、と促すと、ジェイドはスプーンを口に運んだ。

「……へぇ、カンパレなのに、なめらかに飲める」

「でしょ」

 厨房から、店主のロザラインおばさんが顔を出す。

「うちの厨房に、新しい道具が仲間入りしてね。チヅの故郷にある道具なんだよね」

 恰幅のいいおばさんは、蛍光グリーンのパンチパーマという、夜なのに目も覚めるような髪をしている。

 私はおばさんにうなずいて、ジェイドに説明した。

「そう。えっと、手回し式のこし器、ってとこかな」


 カンパレで新メニューができないか、とロザラインおばさんが言ったとき、私の頭に浮かんだのはカボチャのポタージュだった。

 こっちにポタージュ状のスープがないわけじゃないんだけど、もっと柔らかいお芋を裏ごしして作る。カンパレをお店で出すほど大量に、しかもなめらかにするってのは難しいねぇ……というのがおばさんの談。

 カボチャのポタージュ美味しいのにな。ミキサーがあれば楽なのに……

 ……と思っていたら、思い出したのだ。ネットで面白い調理器具を見ていたとき、手回し式のこし器があったのを。


 簡単に言うと、お鍋に平らな網をはめ込んで、その上にちょっとねじれた形の金属板を取り付け、板をハンドルで回せるようにしてある器具だ。ハンドルは、お鍋の縁に渡した二本の棒の間に固定してある。

 ハンドルを回すと、ねじれた板が食材を網に押しつけるようにしながら回って、食材が網でこされて鍋の中に落ちる。たくさん作るのに便利そうだったんだよね。

 絵を描きながら鍛冶屋さんに説明すると面白がって、うまくいったら鍛冶屋さんで作って売り出すことを条件に、安く引き受けてくれた。

 そして最近、試作品第一号ができあがり、さっそく作られたのがカンパレのスープだったのだ。


「うん、美味しい。流行るよ、このスープ! ……ニホンの道具かぁ」

 ジェイドはつぶやいたけど、えっと、私は使ったことないんだけどね。

 レイフェールはガス灯やランプに照らされた街で、電気はその存在は知られているみたいだけど実用には至っていないらしい。いつか、ミキサーやブレンダーが発明されて、各家庭で使われるときが来るんだろうか。

「チヅにとっては、こっち、不便だろうね」

 ジェイドがうつむくので、私はあわててフォローする。

「いやいや、便利になるのも考えものじゃない? 短い時間で色々なことができるようになると、それならその分たくさんやらないと、って考えてあくせくしちゃうものじゃん」

「でも、便利を知った後で不便になると、嫌になるだろ」

「そんなことないって。だって日本なんてね……」

 勢いで言いかけた言葉を、私はふと止めて黙り込んだ。

「……どうしたの?」

 うつむいていたジェイドが顔を上げ、ちょっと心配そうに私に聞いた。


 私は一つため息をついてから、きっぱりと言う。

「ねえ、こういうのやめない? 比べてどうこうって。日本とレイフェール、私は両方好きなんだ。どっちかを褒めて、どっちかをけなすことはしたくない。もちろん、両方とも短所はあるけど、それでも好きなんだから」


 ジェイドは、ハッという表情になった。

「……ごめん……そうだね。俺がグチグチ言ってたら、チヅがここを嫌いになるよね」

 ──わかってくれた、かな。

 私は少しホッとして、ジェイドの肩に軽く自分の肩をぶつけた。

「その通りだよ、領主様。あなたが一番、私にここのいいところを教えてくれなくちゃ」

「…………」

 彼は黙っている。

 あー、どうしよう、落ち込んじゃったかな……

 フォローしなくちゃと思ったけれど、

「チヅ、あちらのお客さんが呼んでるよ」

とおばさんにうながされて、私はあわてて他のお客さんのところへ行かざるを得なかった。



 その翌日、街でジェイドを見かけた。南側のメインストリートの路地から出てきたので、声をかける。

「ジェイド」

「わっ」

 驚いて振り向くジェイド。んん?

「どうしたのよ」

「いや、何でも! チヅは買い物?」

 妙にはきはきと言うジェイド。……何か隠してるな。

「そうだけど。ジェイドは仕事?」

「う、うん、まあ」

「忙しそうだね。その手も」

 私が示したジェイドの手は、あちこちが赤くなっている。

「書類のインクが移っちゃったの?」

「あー、うん、まあね。すぐ落ちるよ。じゃ! いい買い物を!」

 ジェイドはそそくさと行ってしまった。

 全くもう、何なんだ。ま、何か理由があるなら追求するのも悪いし、そのうち教えてくれるでしょ……


 そんなある日。

 ジェイドに、「仕事が一段落したから」と、ピクニックに誘われた。


 召喚されたばかりの時、レイフェールの高い建物の上から、コバルトブルーの海が見えた。行き先はその海で、行くのは初めて。しかも、ジェイドが御する馬車に乗って!

 二人乗りの馬車は、屋根とか横の壁のないオープンなもの。景色がよく見えるし、風を感じることができる。

 整備された道の両側は林で、その向こうに丘がうねって。丘を越えたら、ぐーっとカーブした海岸線、海に突き出した岬。高い空と深い海の青は、心が洗われるほど綺麗だ。


 海岸の少し手前で馬車を降り、馬には木陰で休んでいてもらって、私たちは木々の間を抜けて真っ白な砂浜に降りた。

「あー、気持ちいいねぇ!」

 海風を受けながら伸びをすると、ジェイドが隣に立って胸を反らす。

「いい景色だろ。……まだまだ、こっちには素晴らしい場所がたくさんあるよ」

 私は腕をおろしながら、ジェイドを見る。


 この間はちょっと落ち込んでたけど、もしかして……

 私がこっちをもっと好きになるように、このピクニックに連れ出してくれたのかな? だったら、嬉しい。


「ねえ、ジェイド」

 裸足になって波打ち際を歩きながら、私は話しかける。

「ん?」

「レナエルさんから話を聞いた後、色々考えたんだけどね。こっちとあっちって、ほんとに近しい世界なんだなって……言葉まで同じなんだもん」

「うん」

 ジェイドはうなずく。

「チヅの世界の、別の言語と同じなんだろ?」

「そう。もしかしたら、二つの世界は根っこの部分が同じで、途中から分かれたのかもしれないし、うんと大昔に英語を話す人がこっちに召喚されて、それが広まったのかもしれないし……まあ、正解は謎だけど」

 私は水平線に目を移す。


「ここからも、想像ね。……レナエルさん、日本で辛いことがたくさんあったって言ってた。娘である私のお母さんは、それを見てるはず。それと、レナエルさんが英語を話すこと、お母さんは知ってたはずだよね。でね、私はお母さんに言われて、小さい頃から英語を習ってたの。嫌がってもやめさせてもらえなかったなぁ。グローバルな子に育って欲しいからだと思ってたけど」

 あ、と、ジェイドが口を開ける。

「まさか、こっちの世界に来ても困らないように……?」

「じゃないかなぁ、と思ったんだよね」


 もし私が、お母さんのように、母親が異世界の人間だと知っていたとして。自分の娘もそっちの世界に行っちゃう可能性があったら、悲しいと思う。行かないように閉じこめておきたい、と思うかも。でも、そんなことは無理。

 それなら、もしも行っちゃった時に、せめて母親と同じような辛い思いをさせたくない……って考えるだろう。せめて言葉が通じるようにと、願うだろう。


「私、お母さんと仲良しってほどじゃなくて、就職してからもほとんど実家に帰ってないけど……さすがはお母さんだと思った。おかげで私、ここを辛いと感じたことがないまま馴染めた」

離れて知る……ってやつ、だなぁ。私はちょっと目頭を抑えてから、笑う。

「きっとお母さんは、レナエルさんと私の居場所をわかってる。少し、ホッとするよね。……ねぇ、ジェイド」

 静かに聞いているジェイドを振り向いて、言った。

「私、有名になりたいな」

 急に話が変わったからか、ジェイドが目をぱちくりさせる。

「え……有名にってどういう意味?」

「こっちの世界の人に、私の名前を知ってもらうの。異世界から来た人間が、こっちですごく幸せにやってる、ってことも。そしたら、いつかこちらの誰かが日本に行っちゃったときに、お母さんに『羽多野ちづ』の様子を伝えてくれるかもしれないじゃない。レナエルさんみたいに」

 いつか誰かが、こちらとあちらを行き来する可能性が残っているのなら。その人に、私のことを知って欲しいんだ。


 行き来するのが私じゃないとは言い切れないけど、私は今、ここにいるんだから。

 ここで、幸せをつかまなくちゃ!


「なるほど」

 ジェイドはうなずいて、私に一歩近づいた。

「じゃあ、俺はチヅを思いっきり幸せにしないといけないわけだけど」

「ん?」

「領主の妻になるのも、有名になる一つの手だと思わない?」


 どきっ。


「あー、そういう手もあるね……でもそれだけのために……いや、それだけじゃなきゃいいのか……あああ、考えとく!」

 叫んだ私は、急いで話を変えた。

「あー、お腹空いて来たな! ねえ、ジェイドが持ってきたあの荷物、あれ全部ランチなの?」

 お弁当は任せてと言われていたんだけど、彼が馬車から降ろして砂浜に置いているバスケットは、妙に大きい。領主館の料理長が作ってくれたんだろうけど、全部食べられるかなぁ。


「いや、ランチだけじゃなくて……ちょっと」

 手招きされ、連れだってバスケットの側まで行く。ジェイドはバスケットの中から大きめの紙包みを取り出し、私にまっすぐ向き合ってから差し出した。

「これ、チヅにプレゼント」

「え? あ、ありがとう」

 私はびっくりしながら、それを受け取る。包みは柔らかい。何だろう……

「開けてみてもいい?」

「もちろん」

 促されて、私はリボンをほどいて紙包みを開いた。

 深い、鮮やかな赤……紅色の布地。服?

 ハッとして、私はジェイドの手を見る。あちこち、何かで赤く染まった手。

「もしかして、ジェイドが何かで染めたの?」

「カンパレの皮で、こういう風に布を染められるんだ。染め物屋でやり方を教えてもらってさ。縫い方はディーンに教わった。広げてみて」

 照れくさそうなジェイド。私はわくわくと、それを広げた。


 ……ええと。


 赤い、ちゃんちゃんこ。アンド、ベレー帽。


「レイフェールではこれ、好きな人に送る最初のプレゼントなんだ」

 ジェイドは頬を染めている。


 つまり、マフラー編んで恋人にプレゼントするような感じで──だがしかし、ちゃんちゃんこ。


「寒くないように、秋にこういう色の服を作って恋人にプレゼントして、冬に着てもらうんだ。チヅ、俺が作った服、着てくれる?」

「…………」

 いかん。笑っちゃダメ。絶対ダメ。

 でも、私が笑いを堪えて顔をゆがめてるのは、ジェイドにはバレバレだったみたい。

「え、ちょ、チヅ、まさか俺また変なことやった? ニホンではこういうの、何かまずかった?」

「ままままずくない、まずくないよっ」

 私はブンブンと首を横に振った。全く、カンチョーの祈りのポーズといい、何でこう……!


 あの時のように心配させるよりはと、私は我慢するのをやめて、思い切りケラケラと笑いだした。

「あはは! 日本ではね、六十歳のお祝いに、こういう服を着るんだ!」

「ろ、六十歳!?」

 ジェイドが目を見開き、そしてあわてる。

「ご、ごめん、何が欲しいかチヅに聞いてからにすれば良かったっ」


「いいの、嬉しいよ、本当に! すごく上手に縫えててびっくりした! ……ねぇ、ジェイド」

 私はちゃんちゃんこを手に持ったまま、ぎゅっ、とジェイドに抱きついた。

「お互い、長生きしようね。そんで、還暦──六十歳になったときにも、こういうのをお揃いで着ようか!」


 ジェイドの表情が明るくなり、私を抱きしめ返す。

「うん。一緒に着よう」


 彼の肩に頬を寄せながら、私は未来を思い描く。年をとった二人が、一緒にいるところ。

 私はここで、幸せになるように努力するから、どうか神様……


 ふとジェイドが、照れくさそうに付け加えた。

「あ、そう、他にもね、赤い下着を贈る人もいるんだ」


 イエ、そこまでは結構です。



【第三章 紅色ノスタルジー 完】

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