王都へ行こう! その5
「あー、疲れた」
今すぐにでもベッドの上で寝転がりたいけど、ここはお城。
そんな事は出来ないので、代わりに客室のソファーの上で横になる。
「姉さん、はしたないよ?」
「わ、わたしも疲れました……」
クラブはこういうのに慣れているから余裕そうだけど、そもそもお城に来るのが初めてのアリアは私と同じようにヘトヘトになっている。
「王様があんなに自由な人なんて知らなかったわ」
「王子二人が大きくなられてからは、国内の公務を任せて近隣諸国を巡っていたからね。僕は何度かお会いしたけど、その時はキチンとされていたんだよね」
クラブが言うんだから間違いないわね。
それにしてもいきなり魔法で勝負を挑まれるなんて思いもしなかった。
王様だから争い事とか苦手そうと思っていたけど、あのエースとジャックの親が弱いわけないわよね。
「あれ?お姉様、マーリン先生は何処へ?」
「お師匠様ならお城の人に呼ばれて王様の所へ行ったわ。なんでも相談したい事があるとか」
そのせいで式典が終わったらすぐに王都の街へ出てデートするつもりだったのにぃ……恨めしや。
「面倒な事に巻き込まれなきゃいいけどね」
「姉さん絡みで巻き込まれそうだけどね」
「既にかなり巻き込まれてますもんね」
こっちを見る二人。
べ、別に私だって好きで問題を起こしているんじゃないんだからね!ただイベントを潰して破滅フラグを回避しようとしたら厄介事が起きただけよ。
「おい、入るぞ」
三人で談話していると、扉がノックされてジャックが入って来た。
「くつろいで……くつろぎ過ぎだろう」
「どうぞお構いなく」
「構うわ!ここはオレの家だぞ!?」
何よケチね。
ごゆっくりと言われたからソファーで横になって置いてあったジュース飲んでるだけじゃない。
「あ、空になったからおかわりよろしく」
「オレにグラスを差し出すな!えぇい、アップルジュースでいいな!」
「よろしく〜」
グラスを持って部屋から出て行くジャック。
「姉さん。王子相手に何してるのさ……」
「いや、まさか本当に取りに行ってくれるとは思わなかったわよ」
やっぱりからかい甲斐は一番よね。
「やぁ。さっき空のグラスを持って悪態を吐きながら歩くジャックを見たんだけどシルヴィアのせいかな?」
「お久しぶりですわね。皆さん」
交代で入室してきたのはエースとエリスさんだった。
「エリスさん!久しぶりね」
「お元気そうでなによりですわ。聞きましたわよ?陛下と魔法で争われたって」
「違うんです。アレは向こうが先にですね、」
「知っていますよ。前に私も同じ目に遭いましたもの」
まさかのエリスさんも元被害者だった。
どうなってるの君のパパ?とエースを見ると、気まずそうに咳払いをした。
「こほん。それについてはね……父上は武闘派なんだよ。戦えば相手が善人か悪人か分かるって言ってね」
いや、それただの脳筋じゃん。
そんなんで国のトップが務まるの?
「ただそれで他国のトップと仲良くなって友好条約を
結ぶくらいには実績があるんだよ…」
「……苦労しているのねエースも」
いつも余裕そうな顔をしている王子の弱点は自分の父親でしたってオチ。
「父親としては尊敬出来る人なんだけどね。ただ、あの仕事のやり方だけは真似出来ないね」
「しなくて正解よ。あやうく倒しそうになったもの」
ジャックが呼び止め無かったら確実に意識を刈り取っていた。
そうなればお城で王様を襲った大罪人として拘束されてもおかしくなかったわね。
「陛下に勝てそうだったんですの?シルヴィアさん、また腕を上げられたのですね」
「いやいや。エリスさんからも教わった闇魔法のおかげよ。恐ろしいけど、便利よね」
呪いにも洗脳にも使える魔法。
中にはエゲツないのもあるから、人々が恐れてしまうわけよ。エリスさんが学園では使えないフリをしていたのも納得だわ。
「気をつけてねシルヴィア。俺は聞いただけだが、闇魔法使いは負の面に飲まれやすくなると言われている」
「闇魔法を使う方が犯罪者として名を残す事例は多いんですの」
負の面ね……私ったら繊細だから気をつけないとね。か弱い乙女だし。
「姉さんなら大丈夫そうですけどね」
「ご心配なく。お姉様に何かあればこのアリアが救って差し上げます!例え火の中水の中、スカートの中!!」
「『動くなアリア』」
「お見事ですわね」
光の巫女相手に呪いは効かないけど、少しだけ足止めは出来るわね。
まぁ、トムリドルを倒した時みたいにアリアが全力で光魔法を使えば抵抗されるでしょうけど。
「おい、人数分の飲み物を持って来たぞ」
「サンキュージャック!」
エースとエリスさんの分までしっかり用意してきたジャック。
こういう気遣いは私的にポイント高いわよ。
「それでこんなにぞろぞろ集まって何するの?ボードゲームでもして遊ぶ?」
「それは後からにしようか。実は皆んなに話しておきたい事があってね」
真面目な話なようで、私は服を正してソファーにキチンと座る。
丁度、六人全員が座ったところでエースが話を切り出した。
「来年度。あと一か月後には俺達は二年生。エリスは三年生になるわけなんだが、困った事が一つあってね」
「何なのそれは?」
「……実は海の向こう、海上貿易国のシンドリアン皇国から皇子が一人学園に留学するんだ」
シンドリアン皇国。
旅の途中で寄った港町で、その名前を聞いた事がある。
「へー、そうなのね」
「他人事のように言っているけどねシルヴィア。かの皇子は俺と同い年なんだよ」
「エース様。それはもしや……」
「心配通りだぞクラブ。皇子はオレ様達と同じ学年。同じクラスに転入だそうだ」
苦々しく呟くジャックと、悩ましいという表情のエース。
「そんなに心配するような事なの?」
「シルヴィアさん。シンドリアンを含めた海の向こう側にも魔法使いを育成する学園はあるの。でも、皇子はわざわざ遠く離れた学園都市を指名して来たんですわ」
「何か裏があるのでは……そう勘ぐってしまうんだよ」
「それに、気になる点は何故この時期なのか……って話だ。一年の時ではなく二年生。中途半端過ぎるだろう」
「怪しい点は他にもあってね。ピーター・クィレルの件を覚えているかい?」
「勿論よ」
トムリドルの部下として散々私達を掻き乱してくれた悪い魔法使い。
最後にはソフィアを誘拐して怖い目に合わせたロクデナシね。口封じの為にトムリドルから殺されたけど、忘れるわけない。
「カリスハート家の調査の結果、ピーター・クィレル達が逃走用に用意していた船の行き先がシンドリアン皇国だったのです」
「うわー、露骨に怪しいわね」
偶然かもしれないけど、ピーター・クィレルやトムリドル・J・ドラゴンが死んだ後に留学するなんて疑わない方がおかしいわね。
「まぁ、杞憂であって欲しいんだけど、一応忠告しておくよ」
「留学の拒否は出来なかったんですか?エース王子」
「残念ながら、それを判断するのは俺達じゃなくて学園側なんだ」
学園都市は王国の中にこそあれど、完全な従属ではない。
学園があるからこそ国は優れた魔法使いの教育が出来るだけであって、もし学園が反旗を翻して他国の味方をしようものなら王国はたちまち追い詰められてしまう。
事実、トムリドルは学園を支配して国として独立して王国を滅ぼそうと計画していたようだし。
「王国も一枚岩じゃなくてね。危険だから学園を完全に国の支配下に置いて貴族じゃない理事や教師を排除すべきだと言う者もいる」
「それだと学園側は反発するわよね」
「反発した結果、シンドリアンと手を組まれたら最悪。だからといって無理に従わせようとしても反発は必ず起きる」
「現状の体制が一番無難だから俺達はそれを維持していきたいと思っているんだ」
お師匠様が王様に呼ばれたのもこの件についてなのかもしれない。
ここは私が頼れる妻として一肌脱いであげないといけないわね。
「だからシルヴィアは大人しくしていてくれ」
「くれぐれも問題は起こすなよ」
「ーーちょっと、二人共あんまりじゃない!?」
まるで私が一番危険みたいな言い方じゃない!
クラブやアリアといい、エース達まで私を問題児扱いするの!?
「酷いと思いませんかエリスさん?」
「…………」
ニコリと笑ったまま喋らないエリスさん。
変ね。笑顔で笑っているはずなのに奇妙な圧力がかかる気がする。
「善処します…」
室内の空気に負けた私はがくりと項垂れてそう言うしかなかったのだった。