おまけ ククルージュ男子飲み会 スペシャル
ククルージュの青年・テオ視点です。
「ではでは! もう何回目になるか覚えてねーけど、ヴィルとソニアお嬢様の婚約を祝して乾杯!」
「うぅ、乾杯……!」
グラスがぶつかる音がして、今宵も男子飲み会が始まった。
「ありがとう」
全く、ヴィルは何度祝っても気恥ずかしそうにしている。しかし幸せオーラは全く隠せていない。
目ざとい俺はすぐに気づいた。ソニアお嬢様とお揃いの指輪をしているってな。
羨ましいな、この野郎!
「ああああ……! ソニア様が結婚……ついに結婚……送り出すのは二度目だけど……やっぱり辛い!」
ファントムは今夜も最初から絶好調だった。
「今度こそ、幸せになってもらわないと……ヴィルぅ、もし泣かせやがったら……折り畳むぅぅぅ……!」
「怖い怖い怖い」
ドン引きのヴィルの代わりに俺が間に入って宥める。
ファントムは泣き崩れた。一杯目でもう酔いが回ったのか……いや、通常運転だな。
「ううう、でも、祝福しなきゃ……おめでとう、ソニア様ぁぁぁ……!」
「にゃにゃーん……!」
ファントムの奇声に追随するように、コハクちゃんが物悲しい声で遠吠えをした。
この度、飲み会初参加の彼はふわふわで可愛らしい猫さんだ。そしてとても賢い猫だと思う。いつも人間の言葉が分かっているかのような、場の空気を察しているかのような、絶妙な反応をするのだ。
まぁまぁ飲みなよ、とミルクが入った小皿を置いてやると、ものすごい勢いで舐め始めた。
実は、今夜の飲み会の会場は、俺の勤め先の喫茶店ではない。ファントム宅にみんなで酒と料理を持ち寄っていた。
コーラル姐さんとフレーナちゃんは、ソニアお嬢様の屋敷に遊びに行っている。というか、今夜に限ってはククルージュ中の魔女が集まっているだろう。
あと二週間ほどで、ヴィルとソニアお嬢様の結婚式。
見習い魔女たちが衣装に悩んでいると聞き、お嬢様が「もし良かったら」と衣裳部屋を開放してくれたのだ。ソニアお嬢様が幼少期に着ていたドレスを、見習い魔女に譲ってくれるってこと。
ウチのマリンも大はしゃぎだったぜ。ぜひとも元領主様――現国王陛下に贈られたという高価なドレスを手に入れてきてもらいたい。家宝にしようぜ。
ちなみに魔女の師匠たちも裾直しに駆り出された。そのまま宴会になるのは目に見えている。
というわけで、ソニアお嬢様たちは楽しく女子会、もとい、魔女会をしている。なら男どもも集まろうと俺が提案した。
コハクちゃんはドレスの裾にじゃれついたので連れてこられた。本能には抗えないよな。こればかりは可愛くても許されなかった。仕方ない。
そうそう。ドレスと言えば、主役のソニアお嬢様のウェディングドレスは、コーラル姐さんが何か月もかけて制作したんだ。そこに里中の魔女で刺繍していた。
ヴィルを含め、男たちは完成品を見せてもらえていない。当日までのお楽しみとのことだ。
さぞ美しいだろうな……。俺の想像をはるかに超えてくるに違いない。
お嬢様のことは子どもの頃から知っている。恐れ多いけど、近所のお兄さん的な立場として、密かに見守ってきたのだ。
大丈夫かな。最近俺、涙脆いんだけど……まぁ、ファントムの側にいれば目立たないだろう。
「それにしても、ヴィルも結婚かぁ。独身最後の飲み会になるのかな? どうよ」
「どうと言われても……待ち遠しいような、勿体ないような、不思議な気持ちだ。特に独身の内にやっておきたいこともないからな」
ヴィルはやけにさっぱりした顔つきをしている。
ククルージュに来たばかりの頃とも、初めて男子飲み会をしたときとも違う。やるべきことを成し遂げ、男を上げたといったところか。
俺は二人の冒険については詳しく知らない。魔術にも国政にも縁のない凡人の俺が首を突っ込んでも、肝を冷やすだけだろう。絶対何度も危ない橋を渡ってるからな、お嬢様とヴィルは。
もちろん二人が無事に帰ってくるまでハラハラするのは辛い。でも、その度に二人の仲が深まっていくのだから、笑っちまうよな。心配を返せと言いたくなる。
でもヴィルが、ソニアお嬢様と歩む人生を選んでくれて本当に良かった。めちゃくちゃ嬉しい。
そう思いつつも、それだけでは面白くないので俺は話題を投げ込む。
「でもさ、結婚は人生の墓場なんて言葉も聞くじゃん。実際のところどうなんだ? 既婚者のファントムさん」
もう眠たそうな顔でファントムが深く頷いた。普段の顔色が悪いせいで、酒で血行が良くなって健康的に見える。
「家事も育児も、思った以上に大変……二人で協力しないとすぐに家の中がぐちゃぐちゃになる……動くのが面倒なときもあるけど、それはお互い様……頑張ったり、妥協したり、許し合う……たまに一人の時間をお互いに作る……言いたいことと洗濯物とゴミは、ため込まない……」
前後の脈絡がちぐはぐだが、言っていることは至極真っ当だった。ヴィルは心に刻むようにファントムの含蓄のある言葉を反芻している。真面目だな。
「でも、コーラルはすっごく優しいし、フレーナは世界一可愛い……オレには勿体ないくらいの家族……一生守る……幸せ」
俺とヴィルは感極まって、ファントムのグラスに再度乾杯した。
「とても為になった。俺もソニアのことを一生守る覚悟だ!」
「うぅ、偉いなぁ、ファントムは最高の夫だ! 今の言葉、嫁や子どもを平気で捨てるクズ野郎に聞かせてやりたいぜ!」
「にゃ……!?」
なぜかコハクちゃんが崩れるようにして倒れた。ヤバい。酒の匂いにあてられたかな。
ぐったりとした体を抱き、少し離れたクッションの上に寝かせてやる。あれ、泣いてる?
そうこうしている間に、ファントムも酔い潰れてしまった。ソファに寝かせ、毛布を掛けておく。なんだか前にもこういうことがあったような気がする。
俺はヴィルのグラスの酒を注ぎ、改めて尋ねた。
「ヴィルはさ、結婚に対してどんな夢を見てる? ソニアお嬢様にしてほしいこととか、理想の結婚生活とか何かある?」
「なんだ、急に。そんな恥ずかしいこと……」
「良いじゃねぇか。十年後くらいまで覚えておいて、答え合わせしようぜ」
恥ずかしそうに酒を呷るヴィル。
俺は少々申し訳なく思いながらも、どんどんヴィルのグラスを酒で満たしていく。
実は今日、俺は密命を与えられていた。
依頼主は何を隠そうソニアお嬢様である。
ヴィルは多くを望まない。今ある幸せを大切にできる、慎ましい男だ。
しかしたまには本音が聞きたい。願いがあるなら叶えてやりたい。
ソニアお嬢様はそう考えた。
きっと嫁には面と向かって言えないだろう。だから酒の力を使い、手近な同性のダチに聞き出してほしい、とのことで俺が指名された。
俺は二つ返事で引き受けたね。お嬢様に頼られるのは嬉しいし、こいつとはもっと腹を割って話してみたかったんだ。
ちなみにヴィルはウワバミだったのだが、最近少し体質の変化があったのか、酒に酔うようになったとのこと。
ソニアお嬢様が用意した、度数が高いわりに飲みやすい酒。この日の為に取り寄せたらしい。気合が入っている。
罠にかけるような引け目を感じつつも、ぐいぐい攻める。
俺は自分の恥ずかしいエピソードを披露しつつ、ヴィルの心を開いていった。喫茶店の従業員のコミュニケーション能力を侮るな。ちょっと笑える失敗談もバリエーションが増えたんだ。
身を切る作戦が功を奏したのか、ヴィルはようやく喋る気になってくれたようだ。
「そうだな……ソニアがたくさん笑ってくれると、嬉しいな。毎日一緒に飯を食いたい……」
だいぶヴィルの呂律が怪しくなってきた。頬がすっかり緩んでいる。こんな無防備な姿は初めて見る。
しかしピュアかよ。ちょっと夜関係の要望が聞けるかも、とかそわそわしていた俺の心が汚れてるみたいじゃねぇか。
ヴィルの頭の中にはソニアお嬢様の幸せしかないのか!? くそ、ご祝儀を弾まねぇと!
「もっとないのか? ほら、自分がしてほしいことは?」
「そうだな……強いて言うなら」
ヴィルはぼんやりした目で、自分の手を見つめた。左手薬指の綺麗な指輪をそっと撫でて笑う。
「待っていて欲しい」
「は?」
「本当は、たくさんあるんだ。ソニアと叶えたいことが……でも、今は本当に幸せいっぱいで、これ以上のことは、まだ……落ち着いたら、ちゃんと話すよ、だから――」
かくん、とヴィルが舟をこぎ出した。
「もう少し待っていて欲しい。そう、伝えてくれ……」
その言葉を最後に、ヴィルは机に突っ伏して眠ってしまった。とても幸せそうで、満ち足りた表情をしている。
「…………」
一人になった俺は、やってられない思いで酒を一気に飲み干した。
本当に成長したな、ヴィル。ソニアお嬢様の企みをお見通しとは、恐れ入った。それとも俺の演技がわざとらしすぎたのか?
「ま、いっか」
密命は達成できなかったけど、きっと今の言葉でもソニアお嬢様は喜ぶだろう。ついでにファントムの言葉もコーラル姐さんに伝えてやろう。
もう何も心配要らないな。俺もマジで自分のこと頑張らねぇと。
置いて行かれるような寂しさを感じながらも、俺は一人で祝杯を挙げた。
おめでとう。どうか、末永くお幸せに!
お読みいただき、ありがとうございました。
久しぶりの短編になります。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
(ソニア不在でごめんなさい)
現在『覚えてなくて、ごめんなさい~囚われ聖女の第二の人生~』というお話を連載中です。
(露骨な宣伝、申し訳ありません……)
こちらもよろしくお願いいたします。
では、またいつの日か!