14 対話という名の前哨戦
「……今日は、なんだ……いい天気だったな」
「…………そうだな」
(くそっ……話題提供下手くそか!)
母の威圧に答えるため、しどろもどろに父が先に口を開いた。
しかしなんとも答えづらい話題。実質、肯定か否定の二択だろう。たった一瞬のやり取りで話の幕が降りてしまった。
「えっ……それだけ?」
母の氷よりも冷たい視線の隣で、ソニアから流石にそれはないだろうとジト目を向けられる。
ソルは慌てて話題の深堀できる何かを探した。
「あ…………今日は天気いいけど、明日はちょっと湿度高いかもだ。洗濯物は……ちょっと乾きづらい……かも……」
危機に瀕した末に弾き出されたのはなんとも曖昧な言葉。機械工学が発達した迷イ人が聞けば「家電か?」とツッコミが入るだろう内容だ。家電がなにかは詳しく分からないが。
「湿度? 何を持ってそう言える?」
ソル本人も話題の広げ方を間違えたかと危惧したが、案外と父には刺さったようだ。思わぬ所で話が続いた。
「何って……匂い? 森にいるとわかるんだよ……土が湿ってるとか、逆に乾きやすいとか、風の温度とか……」
「そうか……まぁ、健康に過ごしているのなら安心だ」
「はっ、何を今更」
僅かに弾んだ話題は、ツーステップ程跳ねて地に落ちた。結局それ以降の会話は一切なかったが、母も及第点を出した故に穏やかな食事が進んでいった。
久しぶりの母親の手料理は、いつもよりも凝っていて暖かかった。
☆
自室に戻って丸めた布団に倒れ込む。完全に寝転がるほどでは無い適度な角度がリラックスにちょうどいい。
(母さんの料理、味変わってなかったな……甘めの味付けも変わらない)
夕餉の味を忘れないよう、鮮明なうちに記憶に浸る。
目の前でリスのように頬張るソニアの顔も、随分久しぶりに見たが何も変わっていなかった。好きなものを最後に残す癖も昔のままだ。
(オレも昔はそうだったっけな……今じゃ動物に取られるから最初に食うけど…………)
微睡みに流されるように瞼を閉じる。緩やかで穏やかな空気も、きっとまたしばらく味わえない。
明日、家を空けてまで積み重ねてきた計画を行動に移すのだ。この村の全てをひっくり返す反逆を。
(…………とりあえず計画はセシラ達に伝えた通り。ぶっつけ本番だけど、これを逃したら二度と機会はないだろうし)
異世界人は供物に過ぎないとタカをくくっている老人達の油断を利用する。その最後のピースが漸く揃ったのだ。
なんとしてでも、成功させる。
これからの迷イ人の為に、今まで無念に消えていった迷イ人の為に。
(そのためには……今、ここを切り抜けないと始まらねぇ)
瞼の向こうに影が落ちる。ランタンの灯りが遮られ、空気が僅かに波打った。
「何の用だよ――親父」
「お前が先程わざと逸らした話についてだ」
覚悟を決めて目を開けると、予想通りの最悪な状況。
仮にも村のNo.2。見え見えの話題移しに気が付かない男ではなかった。
「…………」
沈黙が続く。
そのまま押しつぶされるのではないかと言うほどの威圧感。自分と部屋という安息の地が、一気に処刑場へと姿を変える。
つい先程まで僅かにあった温かみも今はない。父親の息子を見る目は万年雪よりも冷たく、一縷の光も見えない。罪人を見るものと同じ、冷酷極まりない機械のようなものだった。
「それで……今一度聞くが先日来た迷イ人について、お前、隠していることがあるな?」
「…………はぁ…………あるよ? それで?」
深い溜息の後、布団にふんぞり返ったままソルは肯定を示す。
ここまで疑われているのであれば、もはや隠すのは逆効果。ある程度まで肯定し、重要なことを話さなければいいのだ。
「どうせまたあの二人だろう……それ以上聞いたところで、お前が真実を言う保証もない」
「フンッ……信用がなくて結構だ」
セシラとラシュが絡んでいることもバレている。なんなら誤魔化すつもりだったことも。
一切の抑揚なく進む会話に、ソルが波紋を立てた。
「でも一つ言っておく。『明日、迷イ人をここに連れてくる。儀式をするなら早い方がいいぜ』」
「何に誓う」
「母さんとソニアに誓う」
その際、一切目をそらさない。ソルは睨みつけるように父親の目に視線を合わせる。自身と同じ黄金の瞳孔が吸い込むようにこちらを覗く。
やがて、父親はフッと息を吐き、目を閉じた。
「そこまで言うのならばいいだろう。何を考えているのかは分からないが、こちらも仕事だ。儀式の準備はしておこう…………ただし、一つ言っておく」
一呼吸開けて、男は言った。何を持ってしても揺るがない、金属のような冷たさで。
「お前たち子供が何をしようと、この村は一切動じない。それを努努忘れないことだ」
――と。
重力が倍増したと錯覚するほどの重い低音。逆らうことを許さない圧倒的強者による最後の慈悲。
その言葉を最後に、父親はソルの部屋を後にした。
「――――――――はぁ」
無意識のうちに止まっていた呼吸が再開される。鼓動が耳元で聴こえるほど暴れ、僅かに手が震えていた。
短い呼吸を繰り返しながら、ソルは自身の手をグッと握って窓を見る。
「明日……いや、大丈夫。あのクソ野郎には必ず吠え面書かせてやるさ」
怯えた小動物のような自身の反応を押し潰すように、喝を入れる。
何も心配することはない。勝算はある。こんな所で怖気付くのは、何より自分が許さない。
ソルは布団を敷き、横になる。今やるべきは、恐れ戦くことでも不安を抱くことでもない。
万全な計画への最後の準備。休養を取ること。
ランタンを消し、真っ暗になった部屋の中でゆったりと布団に沈み込む。
明日、再び父親と会うだろう。
父と子ではなく、規律の守護者と反逆者として。
その時に話すことなど何もない。自分が言いたい本音は全て思い切り皮肉を込めてぶつけたのだから。
だから、この手の愚痴も今日はこれで最後にしよう――と、ソルは静かに布団を被った。
「…………『おやすみ』くらい言えっての、クソ親父」




