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第1話:不甲斐ない肉塊たち

短編版での日間ランキング入り、本当にありがとうございます!

皆様の応援のおかげで、連載版として始動することになりました。

短編の切れ味はそのままに、世界がより事務的に、徹底的に詰んでいく様子を描いていきます。

 どこかから、荘厳なパイプオルガンの音色が聞こえてくる。

 だが、その音色に祈りの心など欠片もこもっていない。

 ただの、業務開始を告げるチャイムと同じだ。


「そなたに神の祝福を。アーメン」


…数分後。


「そなたに神の祝福を。アーメン」



……さらに3時間後。



「死んでしまうとは不甲斐ない。……神の祝福を。アーメン」




………そして、8時間が経過した。




「はい、アーメン。はい、次の方ー」



 私、アルヴィン・クロス(35歳)は、もはや自分の声を自分のものとして認識していなかった。

 条件反射のように口から飛び出る「祈り」。

 祭壇に横たわるのは、本日32体目の「勇者と呼ばれる不甲斐ない肉塊」だ。

 視界は極度の疲労で端が白く霞んでいる。

 かつては、この手で誰かを救えることに、震えるような喜びを感じていたはずだった。


『神父とは、人々の杖であれ』

 …その結果が、これだ。


 15歳の時。珍しく父が言い出した家族旅行の帰り道、モンスターの群れに襲われた。

 父は私を庇って死んだ。あの日、泣きながら誓ったのだ。

 父が愛したこの世界を、人々を救う勇者を、私が支えるのだと。

 だが、20年という歳月は、少年の純真な魂を、薄汚れた雑巾のように絞り尽くした。


 魔王軍による「神父狩り」で、同僚は一人、また一人と消えた。

 最初のうちは、残った者同士で酒を飲みながら励まし合っていた。

 昨日の夜まで一緒に愚痴を言い合っていた同僚が、翌朝には無残な死体となって運び込まれてくる。

 そんな地獄を何度繰り返しただろう。

 気づけば世界に40箇所ある教会のうち、現役で稼働している神父は私ただ一人。

 それなのに、国も神も、馬鹿の一つ覚えみたいに異世界から「勇者」と称する転移者を呼び寄せ続ける。

 その結果、街には「自分が世界の主役だ」と勘違いした特権意識の塊が溢れかえった。

 私の一日を書き記すとすれば、こうなる。

 午前3時、第1教会の鍵を開け、溜まった死体を蘇生することから始まる。

 1日20拠点を《空間転移》で王都から魔王の城近くの岩場の教会までハシゴし、休憩は転移中の暗転の数秒だけ。

 1箇所に滞在できるのはわずか数十分。

 その間に腐りかけた勇者を蘇生し、猛毒を抜き、呪いを解き、次のレベルまでの経験値を算定する。

 私にとっての「平穏」とは、蘇生待ちの行列が途切れた、わずか数十秒の沈黙だけだった。


「おい、神父! 聞いてんのかよ!」


 生き返ったばかりの勇者(笑)が、祭壇の前で跳ね起きるなり、私の胸ぐらを掴んできた。

 私は血管が浮き出そうなこめかみを指で押さえ、感情を一切排除した「接客用」の声で応対する。


「……勇者様。蘇生は無事に完了しております。何か不手際でも?」


「不手際だらけだよ! 見ろよ、この腕の傷! うっすら跡が残ってるじゃねーか! 俺はこれから伝説になる男だぞ? こんな傷物、映えねーだろ! 慰謝料請求するからな!」


 私は、勇者(笑)の黄金色に輝く聖剣(笑)を眺めた。

 その剣を研ぐ金があるなら、まず自分のマヌケな防御技術を研ぐべきだろう。

 そもそもこの勇者が死んだ理由は「川に映る自分に見惚れて崖から足を踏み外した」という、救いようのないものだった。

 崖から落ちて転落死した人間に、美容形成までサービスしろというのか。


「……勇者様。当教会の蘇生は生命維持を最優先としております。アフターケアをご希望であれば、別途『全回復』の料金を申し受けますが?」


「はあ!? 勇者様をなんだと思ってんだ! 俺たちは魔王を倒しに来てやってんだぞ! なんだよ、蘇生代『全財産の半分』って! 泥棒かよ!」


 自分で様をつけないで欲しいものだ。

 彼らが吐き出す言葉を、いちいち心で受け止めていたら身が持たない。

 魔王はたった1人だが、勇者(笑)はごまんといるのだから。


「次の方、お待たせしておりますので。……お引き取りを。では、いってらっしゃいませ。」


「おい、無視すんなよ! 呪ってやるからな、このクソ神父!」


 (……お前程度の呪い、私が瞬きする間に解呪できるがね)

 もちろん、口には出さない。

 勇者は悪態をつきながら、礼拝堂の床に痰を吐いて去っていった。

 心からの感謝。

 そんな言葉、20年で一度も聞いていない。

 

 またある日。

 今回は随分とズタボロに切り裂かれた「不甲斐ない肉塊」だった。

 しかし、そんなことはどうでもいい。

 蘇生の呪文を唱える。


「……っ!……あっ、あいつはもういないか?!」

 随分と強いモンスターと戦ったようだった。


「勇者様。次の方がおりますので。お引き取りを。」


「違う!あいつは追ってきてないか?!」

 勇者(笑)はガタガタ震えていた。


「ここは教会でございます。モンスターはいません。ご安心を。」


「モンスターじゃねぇよ!あの勇者だよ。っち!飲み屋で可愛い姉ちゃん見つけてよ。仲間に引き抜いてたらいきなり切りかかってくるんだもんな。一応全財産宿屋に預けといてよかったよ。儲からなくて残念だったな」

 モンスターではなく、同じ勇者(笑)同士の痴情のもつれでめったぎりにされたらしい。

 全財産預けておくとは賢いと言うか、浅ましいと言うか。


「……。お引き取りを。では、いってらっしゃい」


 彼らにとって、神父は自分たちのリスタートを助ける「都合のいいシステム」に過ぎないのだ。


 私は、次の教会の座標をセットした。

 行かなければならない。あそこには、泥酔して川で溺死した勇者(笑)が3体待っている。


 転移の暗闇の中で、私の脳がふと冷静になった。

 私がどれだけ有能な(?)勇者(笑)を蘇生させて戦場へ送り出そうと、あいつらは一向に魔王を倒さない。

「魔王、強く設定されすぎじゃね?」

「クソゲーだわ」

 と適当な言い訳を並べては、夜の街で酒を飲み、ギャンブルに興じ、そしてまたマヌケな死に方をして戻ってくる。

 あいつらが倒さないから、魔王軍が調子に乗る。

 魔王軍が調子に乗るから、同僚の神父が殺される。

 神父が殺されたから、私の仕事が倍増した。


 ……ふざけるなよ。


 気づいたら、頬が濡れていた。

 いつ泣き始めたのか、自分でもわからなかった。

 涙が出るだけの水分が、まだ体に残っていたのかとさえ思った。


「……父上。もう、いいよね。俺、十分にやったよね」


 声が暗闇に消えた。

 誰も答えない。

 当然だ。

 父は20年前に死んでいる。


 その時、私は何かに導かれるように、自分自身のステータスを確認した。

 他人のために何十万回と使い続けてきた「次レベルまでの必要経験値」の閲覧スキルを、初めて自分に向けたのだ。


【アルヴィン・クロス:35歳】

【次レベルまでの必要経験値:】

 (……なんだ? 数字が出ない?)


 もう一度、やってみた。


【次レベルまでの必要経験値:】




【 0 】




「………………?」




 頭が真っ白になった。

 カンスト。

 レベル上限。

 もはやこれ以上、上が存在しない絶対的な領域。

 20年間、世界中の勇者を生き返らせ、呪いと毒を消し去り、誰よりも世界を飛び回り、莫大な魔力を「事務作業」として回し続けてきた結果――。

 私は、剣一本振ることなく、世界最強の存在に成り果てていた。

 涙は、もう止まっていた。

 “私”は、そこで終わった。


「……あ、これ、俺が魔王倒したほうが100倍早いわ」

 口から言葉が出ていた。

 感情ではなく、冷静な分析の結果として。

 理不尽な業務を終わらせる、最も合理的で、唯一の解決策。

 それは、業務を発生させている元凶を物理的に破壊することだった。


「蘇生は終了だ。……死んだら自己責任にしよう」

 気分はひどく晴れやかになっていた。


「転移先変更――世界の果て、魔王城。……お疲れ様でした、俺」


 俺は次の拠点へ行くはずだった術式を、その場で書き換えた。

 行き先は、勇者(笑)たちが数ヶ月の旅路の果てに辿り着くとされている、魔王の玉座。

 1日に20箇所、数メートルの狂いもなく20年ハシゴし続けた俺の空間転移は、もはや神の瞬きよりも速く、正確だった。

連載版を読んでくださった皆様、ありがとうございます!

18時更新の第2話からは、短編ではカットした『魔王軍の有能すぎる秘書ヴェラ』との出会い、そして『なぜ魔王が神父の手で瞬殺されたのか』**のロジックを深掘りして描きます。


面白い、続きが気になる、勇者(笑)たちが困る姿をもっと見たい!と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】や下の【☆☆☆☆☆】で評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります!

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