この素晴らしき世界
「悠久なる帝国 その栄光と調和に感謝を 歴史の奏でる誇り高き旋律 永遠に響く栄耀へと導かん」
甲高い侍従の声が典礼の広間に響き渡った。
宮殿の高い天井は空間の音を広げ、堅牢さが響く足元は一挙一動に重みを添えている。
勇者は厳粛さで身を包み、剣に決意と誓いの輝きを帯びる。
玉座の周りには歴代の皇帝たちの肖像が飾られ、皇室を支える貴族の家紋が入ったタペストリーが垂れ下がり、それらを束ねる帝国の紋章が誇らしげに舞う。
後方から指す陽光が冠に輝きを与え、辺りの威厳を一層引き立てている。
勇者が進み出て玉座の前で跪くよう求められると、静寂が広がった。
聖なる沈黙の中、勇者は崇敬をもって首を垂れ、皇帝の前に平伏す。
その姿勢は、歴史の中で数多くの英霊が重ねてきたものであり、帝国の伝統と誇りがその場を支配する。
そして典礼である司祭たちが詠唱を始める。
詠唱は原書の言葉で織り成され、霊気に満ちている。
勇者は顔を上げて、帝国の守護者としての使命を強く自覚していく。
勇者は剣を掲げ、王と宮殿に対して誓いを紡いだ。
「この剣は帝国と共に在り 私は陛下のもとで守護者となります この宮殿の壁となり その庇護の下 国を守り抜くことを誓いしょう」
皇帝は座ったまま、勇者を見据えて頷く。
横に立つ宰相が「勇者の誓いがこの先を照らす光となることを信じている これより帝国と民のために戦い 我らと共に栄光を積み重ね給え」と告げた。
宮殿の中に響き渡る拍手と誓いは互いに寄り添って溶け合い、英霊達から祝福されるかのようだった。
−皇紀651年 書陵部編纂−
さて、と
皇帝バートランド・マクフラリン は思った。
さて、さて、さて
なぜ、どうして、なんでと思った。
自分が転生したというを自覚してから、9年の月日が経とうとしている。
当たり前のように、皇位継承を巡る凄惨を極める争いがあり、勿論それは私の思惑の外にあった。
当事者でありながら部外者であり、被害者側でありながら加害者側だった。
皇位を持った兄たちは不審な死を遂げ、弟達の多くが敵に回ってやはり死んだ。
多くの者が幽閉され、そのほとんどが行方知らずになった。
政争を制したのは今の宰相であり、要職の全てを自分達の派閥で占める事に成功している。
藤原北家のような辣腕ぶりには拍手を送りたいところだが、そのやりくちをすぐ側で見ていた身としては忌避を通り越して恐怖しかでない。
そして玉座は単なる象徴であり、実権は何一つ持てていなかった。
服装も選べなければ、献立ひとつにも希望を出す事は許されなかった。
誰も口に出そうとしないが、そもそも先帝さえボロボロの皮膚になり痩せ細って死んでいった。
不用意に動けば新たな傀儡にすげ変わるだけだろうと思った。
状況はとてもシンプルだった。
心の機微を悟られまいと、表情は極力なくしていった。
在位は3年目となり、なぜ生まれ変わってこんな役割をしなければならないのだろうと考えた。
生まれたことに理由があるなら、なにを成すことがこの生の目的であるのか
井戸に声を投げかけて、反響するのを待っている。
いつか答えを返してくれるのではないかと期待して
まあいいや、思考を現実に戻そう。
魔王がいて、勇者がいる世界だ。ただし勇者は多数いる。
本当にこの国の建国の時のように、魔王を倒した勇者が新たな王になってくれれば、どんなにいいだろうと思う。
でも仮にそうなったとしても、そうはさせまい。
実際一人に権力が集中しないよう、勇者という名前の価値を分散させているのだ。
傀儡に出来ない存在など、体制の維持には邪魔なだけだ。
例えば魔王を倒しても、皇族と結婚できる特典は付いてはこない。
婚姻というのは体制維持のシステムとなのだ。
あるいは御し易いなら、宰相一派も考えるのだろうか?
あくまで必要なのは勇者という機構なのであって、果たして本当の英雄が現れた場合、おそらくそう長く生きられることはないだろう。
目の前で片膝をついている勇者を見ていると、とても痛ましく思う。
若く、将来を夢見て勇者という役目を果たそうとしている。
おそらく国を想い、生まれた土地を守ろうという気概に満ち溢れていることだろう。
もしもし、あなたの守ろうとしている国は腐り切っていますよ、と言えたらどんなに楽であるだろう。
吐き出せない思いだけが、固まり、膿んで、出口を求めて頭に蹴りを入れ続けている。
薄い壁の生活音に耐えられない隣人が、常に壁を叩くことで意思を示しているかのように
いやいや、そもそもそんな環境を選んだのは(もしくはそれしか選べないのは)お前、自身のせいだろうと言いたくもなる。
でも言えない。そんな度胸も覚悟も私にはない。
ドンどんドンどんどんドンどん
今日も彼らは私の頭で鳴り響く。




