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第5話 序列と階層

 最初に気づいたのは、食堂の席の配置だった。


 食堂には暗黙のルールがあった。上位の生徒が先に席を取り、下位は残りに座る。

それ自体は聞いていた。しかし二日目に改めて観察すると、その配置に一定の法則が

あることがわかった。


 上位のテーブルに座るのは、音、光、智慧の属性を持つ者たちが多かった。


 下位に押しやられるのは、地、水、火、風の属性を持つ者たちが多かった。


 偶然ではないとアークは感じた。


 確かめる機会は、その日の実技授業で来た。


 属性の判定演習で、地属性の生徒が力を展開した。数値は悪くなかった。しかし後方から、光属性の上級生が小声でつぶやいた。


「地属性か。物質系か」


 侮蔑ではなかった。それよりも質の悪い、当然のこととして語る声だった。


「物質系は」と別の一人が続けた。「力はあっても、精神的な深みがない。そういうものだ」


 物質系。


 アークはその言葉を聞いた。


――――――――――――――――――


 放課後、アークはエルヴィを訪ねた。


「物質系、という言葉を聞きました」


 エルヴィは一瞬、表情が動いた。しかしすぐに元に戻った。


「……聞いてしまいましたか」


「それは、何ですか」


 エルヴィはしばらく黙った。それから、静かに言った。


「大聖都では……七つの属性が平等だと、表向きは言われています。しかし実際には」


「実際には」


「音、光、智慧の属性を持つ者たちは、地、水、火、風の属性を……下級の属性と見なしています」エルヴィは続けた。「根拠は……精神的属性は物質的属性よりも高次だ、という考え方です」


「精神と物質で、属性を分けているのですか」


「そうです」エルヴィは言った。

「地は大地、水は水、火は炎、風は空気。これらは物質的な現象です。しかし音は振動、光は輝き、智慧は思考。これらは物質を超えた存在だ、と彼らは言う」


「それは……正しいのですか」


「正しくありません」エルヴィはきっぱりと言った。

「七つの属性は、本来平等です。しかし長い歴史の中で、その考え方が歪んでいきました。大聖都の上層部、つまり音の領域、光の領域、智慧の大聖堂がある場所に住む者たちが……下層の属性を持つ者を見下す文化が、少しずつ定着してきた」


「いつから、ですか」


 エルヴィは答えなかった。しかしアークには感じられた。エルヴィが答えを知って

いて、しかし今は言えないという沈黙だった。


「物質系、か」アークはつぶやいた。


「表には出しません」エルヴィは言った。

「しかし……あなたがこれから試練を受ける中で、必ずその感覚に触れることになります。知っておいてください」


「知りました」アークは言った。

「しかし……その分け方は、正しくないと思います」


「なぜですか」


「大地がなければ、音は響かない」アークは言った。

「水がなければ、光は反射しない。火がなければ、智慧は生まれない。風がなければ……声は届かない」


 エルヴィは、静かに目を細めた。


「……よく気づきました」


「イリス族の草原で育ちましたから」アークは言った。

「草原は全てが繋がっています。上と下で分かれていない」


 エルヴィは窓の外を見た。大聖都の六合目の方向に、光の領域が見えた。


「この大聖都も……いつかそうなれればいいと」エルヴィは静かに言った。

「私はずっと、思ってきました」

◆ ◆ ◆



 入学から三日目の昼、食堂でのことだった。


 アークが辛うじて確保した端の席で食事をしていると、どかりという音とともに向かいの席に誰かが座った。見上げると、土属性のローブを纏った大柄な生徒が腕を組み、じっとこちらを見ていた。


 ジーク・タイタンだと、アークはすぐに理解した。


 学園内で知らない者などいない。土属性の現頭首にして勇者六十二柱の第六位。光の求心力レベル8.3という数値は、現役生徒の中では突出していた。体躯は同年代の中では一回り大きく、纏う気配には確かな重みがあった。


「お前がエルヴィの拾い物か」


 ジークの声は低く、感情が読みにくかった。


「そう呼ぶ人もいます」とアークは答えた。


「測定不能だそうだな」


「そう記録されています」


「つまり底辺だ」


「測定官はそう判断したようです」


 ジークは少しの間、アークを観察するように見ていた。品定めというよりは、何かを確かめようとしているような目だった。


「なぜ学園に来た」


「試練を受けるために」


「何のために試練を受ける」


 アークは少し考えた。食堂の喧騒が遠くなるような気がした。


「壊れたものを、直すために」


 ジークの眉が微かに動いた。


「……戦うためでも、名を上げるためでもなく?」


「今のところは」


 沈黙があった。


 それからジークは鼻で笑った。しかしその笑いは、嘲笑ではなかった。どちらかといえば、困惑に近い響きがあった。


「変な奴だな」


 それだけ言って、彼は席を立った。


 アークは特に何も思わなかった。ただ、ジーク・タイタンという人間が思っていたよりも単純ではないことだけを、静かに記憶した。



◆ ◆ ◆



 その夜、アークは寮の窓から大聖都を見下ろした。


 夜の大聖都は美しかった。七属性の領域がそれぞれの色の灯りを灯し、都全体が巨大な宝石のように輝いている。しかしアークの目には、その輝きのどこかに、奇妙なずれがあるように感じられた。


 光が、真っ直ぐに繋がっていない。


 言葉にすれば単純なその感覚が、しかし何を意味するのかはまだわからなかった。

ただ、地の底で目を覚ましたあの何かが、この大聖都のさらに深い場所で今も息をしていることだけは、確かに感じていた。


 風が窓を叩いた。


 草原のそれとは違う、石と歴史の匂いがする風だった。


 アークは目を閉じ、その風の声を聴いた。


 風は何かを告げようとしていた。しかしその言葉はまだ断片的で、意味を結ばなかった。


 ――もうすぐだ。


 そんな予感だけが、胸の奥に静かに満ちていた。


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