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エピローグ

光の国「ヤ・ヒーン」。七つの属性の力によって秩序が守られてきたこの世界で、闇の勢力が増し、かつての輝きが失われていた。


 宇宙観測官イーノックが送り出した一つの魂。三つの根源力を宿して転生したその魂は、イリス族の族長の息子「アーク」として育てられ、「虹の聖者」の称号を得る。


 十五歳になったアークは聖七光学園へと入学し、七つの属性の試練に挑む。

しかし

その旅は、単なる成長の物語ではなかった。八千年にわたる歴史の歪み、光と影の本来の姿、そして封印された創世記の真実が、試練の果てに待ち受けていた。


 これは、失われた世界の秩序を取り戻すために生まれた超越者の英雄譚である。


宇宙とは、沈黙である。


 無数の星々が散らばるその虚空において、光とは例外であり、闇こそが常態であった。イーノックはその事実を、誰よりも深く知っていた。宇宙観測官として幾億年もの時を生き、無数の次元層を渡り歩いてきた彼にとって、光の誕生とはつねに奇跡の名に値するものであったからだ。


 しかし近頃、その奇跡の頻度が落ちている。


 イーノックは思索に沈んでいた。どこまでも広がる星間空間の、さらにその外側

――次元の境界線とも呼ぶべき場所に静かに浮かびながら、彼は宇宙の呼吸を聴いていた。かつては満ちていた光の律動が、今は弱く、乱れ、ところどころで途切れている。宇宙内に澱んだネガティブな想念が歪んだ空間を生み出し、光の発現を妨げているのだ。


 問題はそれだけではなかった。


 自分の後任となるべき観測官が、数億年も見つからない。これほど長い空白は、彼が観測官に就いて以来、初めてのことであった。様々な可能性を探り、無数の次元へ働きかけてきた。しかしどの宇宙次元からも、ビッグバンを引き起こすほどの光の発現は生まれなかった。


 ――このまま停滞が続けば、縮小もあり得る。


 その思いが胸の奥で重く渦を巻いたとき。


「師匠! ここにいましたか! やっと見つけました!」


 声が空間を割った。


 イーノックが気配を向けると、準宇宙観測官のダヴィンチが息せき切った様子で次元の裂け目から飛び出してくるところだった。

若い、とイーノックはいつも思う。

数億年を生きてなお、この男の動作には焦燥の色が消えない。それが時として、羨ましくもあった。


「む。ダヴィンチか。どうした」


「第8119次元層の宇宙内です! 強い光の発現が――今まさに起きようとしています! 急いでください、師匠!」


 イーノックの眼光が鋭くなった。


「よし。見に行こう」


 次の瞬間、二人の姿はそこにはなかった。



◆ ◆ ◆



 第8119次元層の宇宙は、若かった。


 恒星の数はまだ少なく、銀河の腕は細く、宇宙全体がどこか産声を上げたばかりの生き物のような印象を持っていた。

その中にあって、ダヴィンチが指し示した惑星は、

他の天体とは明らかに異なる輝きを放っていた。


「あそこです。ご覧ください、師匠」


 イーノックは目を細めた。


 惑星の表面から、何かが昇ろうとしていた。魂だ、とイーノックはすぐに悟った。

転生の螺旋を超えるほどの勢いで、一つの光の塊が星の引力を振り切り、宇宙の海へと解き放たれようとしている。


「おお……久しぶりに見る、強い魂だ」


「師匠、早く確保を――あっ、もう抜けてきた!」


「そう急ぐことはあるまい。戦争か何かで一度に出た魂の群れであろう?」


「それが違うのですよ!」ダヴィンチの声に珍しく切迫した色があった。「あの光は、たった一人の人間の魂です。あの規模は――師匠、前代未聞ですよ。過去のどんな解脱した魂と比べても、その差は想像を絶する。釈迦も、キリストも、あれほどの光ではありませんでした」


 イーノックの表情が初めて変わった。


「何。あの光が、たった一人の人間のものだと」


「しかも」とダヴィンチは続けた。「悟りの進化の速度が尋常ではありません。あの魂は今、次の段階へ進もうとして――」


 言葉が途切れた。


 ダヴィンチが息を呑む気配がした。


「師匠……あれは……涅槃越えの、ゆらぎ――」


 語り終える前に、それは始まった。



――――ビッグバン。



 魂は、爆ぜた。


 ひときわ大きな光を放ったかと思うと、次の瞬間には四方八方へと拡散を開始した。

眩い白光が次元の壁を貫き、宇宙の輪郭そのものを揺さぶった。イーノックは長い生涯で幾度かこれに近い現象を目にしたことがあった。

しかしここまでの規模は、初めてだった。


「いかん! 抑え込むのだ!」


「根源力が四つに分かれました! 私は遠くへ飛んだものを追います!」


 ダヴィンチはすでに動いていた。「残りはお願いします、師匠!」という声だけを残し、幾つもの次元層を飛び越えて消えていく。


 イーノックは印を組んだ。時空退行の術――宇宙の流れを一瞬だけ逆行させ、拡散しゆく根源力を引き戻す高度な技だ。全身に力を漲らせ、飛び散る光の奔流へと腕を伸ばす。


 むんっ。


 三つ、捕まえた。


 イーノックは捕えた根源力をその掌の中で静かに確かめた。それぞれが異なる性質を持ちながら、どれも恐ろしいほど純粋だった。これほど清廉な力を、彼は記憶の中を掘り返しても思い当たれなかった。


「……重力。電磁力。強い力か」


 つぶやきながら、三つを統合化させ、一つの魂として定着させていく。気の遠くなるような繊細な作業だったが、イーノックの手は迷わなかった。


「それにしても。たった一人の人間の魂が元であったとは」


 彼は星空を見上げた。


「まだ宇宙は、捨てたものではないな」


 ダヴィンチはまだ戻らない。もうしばらくかかるだろう。であれば、先に安定化させておかなければならない。この魂を預けるに足る星が、どこかにあったはずだ。


 イーノックは空間へ向けて腕を振った。次元の膜が薄れ、遠く離れた宇宙の一角が手に取るように見えてくる。


「……ああ、ここだな」


 青い星があった。生命に満ち、七つの光の律動を宿した、若い惑星。


 イーノックは掌の上の魂に向かって、静かに語りかけた。


「すまんな。しばらくの間、この星でもう一度、人生をやってもらいたい。その間に、残りの魂との統合を果たすことを――私が約束しよう」


 魂が、微かに応えるように揺れた。


 イーノックはその光をそっと解き放った。魂は吸い込まれるように青い星へと向かい、やがて大気の彼方へと消えていった。


 宇宙は再び、沈黙に戻った。


 しかしイーノックには聞こえていた。


 その沈黙の奥底で、何かが――長い眠りから、目を覚ましつつあることが。



* * *


この物語は、その魂が転生した星で繰り広げる英雄譚である。



本作「Overtaker:超越者」は、光と影の調和をテーマにしたファンタジー作品です。


 七つの属性が織りなす世界「ヤ・ヒーン」を舞台に、三つの根源力を宿した少年アークが七つの試練を経て超越者へと成長する物語を、全編にわたって描いていきます。


 友情、裏切り、歴史の歪み、そして失われた真実の回復――重厚な世界観と共に、最後まで書き続けていきます。応援よろしくお願いいたします。


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