知られた事実
紬は堕胎した。
堕胎した当日は入浴不可で、2~3日の自宅安静と医師から告げられた。
堕胎後の痛みは「罪のない子を罪がある母が殺した」から当たり前のことだと紬は思った。
初めての子を堕胎した。
その心の痛みは紬を苦しめていた。
10日ほど出血も続いた。
それも全て自分の犯した罪――そう紬は思った。
夫は会社を休んだ紬に「俺が休んで傍に居る。」と言ったが、紬は断った。
「食事の支度位は出来る。」
「大丈夫よ。少し熱があるだけだから……。」
「風邪か……おばあちゃんが『風邪は万病のもと』って言ってたから……
やっぱ、休むよ。」
「いいわよ。仕事、忙しいんでしょ。
立て直したって言っても、まだまだなんだろうし……。
大丈夫だから、ね。」
「うん、分かった。
何かあったらメッセージして!
買ってくる物も、いいな。必ずだぞ。」
「うん、ありがとう。」
「じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
会社に向かう夫の背を見て、紬は思わず「あなた。」と声を掛けた。
「どうした?」
「ううん、何でもない。気をつけて行ってらっしゃい。」
「うん、行ってくる。大人しく寝てるんだぞ。」
「分かった。」
夫の優しさに触れて、紬は犯した罪の重さを背負って生きていく決意をした。
その2日後、夫は帰宅して直ぐに紬に聞いた。
「紬、産婦人科に行ったのか?」
「え……………。」⦅なんで? なんで、知られたの?⦆
「紬を見た人が居る。」
「え……………。」⦅誰? 誰に見られたの?⦆
「行ったんだよな。」
「…………………。」⦅なんて言い訳したら………。⦆
「紬、見たのは俺の上司の奥さんで、結婚式の時の媒酌人をして下さった方だ。
見間違いじゃないって仰ってたらしい。
紬が妊娠しているのではないかと………。」
「他の病気………。」
「その時間は妊婦さんの時間らしい。
不妊治療やその他の病気の人は別の時間らしいんだ。
紬……本当のことを言ってくれ。
妊娠しているのか?
誰の子なんだ? 俺の子……じゃないことだけは……確かだ。」
⦅なんで? なんで……どうしよう……もう、無理なの?⦆
「…………あなた……私………妊娠なんて、してないわ。」
「紬、本当なんだな?」
「ええ、本当よ。」
「……………あぁ………最後まで俺を騙すのか………。」
「えっ?」
「紬の妊娠は確かだろう?」
「………なんで? そんなこと言うの?」
「診察……紬の次の妊婦が上司のお嬢さんだ。
奥さんが付き添っておられた。」
「…………………………。」
「妊娠してたのは事実なんだな?
俺は今日、出張から帰って来た上司に『おめでとう。』って……。
何が目出度いのか分からなかった。
お腹の子は誰の子なんだ?」
「……………………………。」
「俺は……俺は確かに不甲斐ない夫だったと思う。
けど、紬を大事に思って来た。」
「………………………。」
「弁解も何もしないんだな。
事実だから、弁解も出来ないのか………。」
「あ……あなた………。」
「俺が紬に寂しい思いをさせたからか?」
「あなた!」
「いいよ………。」
「えっ?」
「もう、いい。」
夫はそう言って家を出て行った。
そして、帰って来なかった。
夫は紬にメッセージを送って来た。
「今は話し合えない。
落ち着いたら、話を聞きたい。
それまで、帰らない。
実家には電話しないでくれ。
親に心配掛けたくない。
俺はカプセルホテルに居るから。」
⦅あなた………ごめんなさい……ごめん……なさい。⦆
紬はスマホを額に当てて泣いた。




