2章 23話 「ワンマン経営は一長一短って話」
どうもこんにちは、キアーラ・カサッツァです。
ワンマン経営は意思決定が素早いと言う利点がありますが、部下の意見を黙殺してしまうことがあると言う欠点もあります。信頼関係と実績があるトップなら不満も上がりませんが、そうでない場合はその立場を追われる事にもなり兼ねません。
「なぁ。俺の仕事ってなんだっけ?」
ドアの向こうから野太い声が聞こえてくる。
一枚の板を挟んでいても良く聞こえる声だ。
「アイドル事務所の社長では?」
さらに先とは別の声が聞こえてくる。
抑揚のないその声音は、それを発する人間が冷静沈着であることの証左であるかのようだ。
「いやぁ、俺はそれ覚えがないんだよなぁ」
野太い声の主がとぼけた様子で先の答えを否定する。
きっとガシガシと頭でも掻いている事だろう。
「となりますと、御大は無職ということになります」
そしてもう一人の人物はおそらく冷めた表情をしている事だろう。
そして慇懃な態度で、椅子に座るもう一人の男、野太い声の持ち主である王虎を見下しているに違いない。
「なんでだよ! ボスを退いたとは言え、俺だって立派なバンビーニの構成員だろ!」
王虎が驚いたように声を上げる。王虎といえど無職という肩書きは嫌なのだろうか?
肩書きにこだわるタイプでもなかろうになぁ。
「おっしゃる通りです。御大はボスの座をわが養父トッポに相談することもなく退かれました」
王虎の主張を受けて慇懃な男が嫌味たっぷりに答える。
扉の向こうでタキシードをおそらくぴっちりと着こなしているであろう男の名はキース・タプリ。
王虎のコンシリエーリであるトッポ・タプリの養子だ。
「……相談はしなかったがトッポなら分かってくれてる」
一転して気まずそうな声を出す王虎。
「話は変わりますが、言葉に出さなくても分かってくれると慢心した結果、奥方から離婚を切り出されるケースが多いそうですね」
キースのセリフには多分に棘が含まれている。
まぁ、それもそのはず。王虎はコンシリエーリのトッポに何の相談もなく、俺にボスの座を譲り渡してしまったのだから。
「……つまり、トッポが最近顔を出さないのはそういう事か?」
焦ったように王虎が声を上げる。
「さて、何の話でしょうか? 養父が来ないのは仕事がないからですが?」
とぼけて見せるキースの声は引き続き冷たい。
「仕事なら腐る程あるだろう。ライブ会場の調整とか警備の配備とかアイドルへの差し入れの買い出しとか」
必死になってキースを宥めるよう言う王虎。
……なんだかクレア母さんに必死に言い訳するドルネオ父さんのようだ。
「それは私が十分に行なっております。それに養父は突然ボスが相談もなく引退した事で、コンシリエーリとしての仕事がなくなり無職になってしまったのです。コンシリエーリなのに相談されなかったので」
必死な王虎の思いは届く事なく、嫌味に磨きをかけるキース。
「悪かったよ! 今度からはちゃんと相談するって! だから仕事をしてくれ!」
もはや泣き落としだ。
「コンシリエーリの仕事はファミリーのボスの相談に乗る事、つまり突然ボスを退かれた御大の相談に乗るのは養父の仕事ではないないかと」
「もう相談相談言い過ぎだろ! おい! いい加減入ってこいよ! どうにかしてくれ!」
後のなくなった王虎の悲痛な叫びがドアの外にいる人物に助けを求める。
まぁ、俺だ。
「面倒そうだから嫌だなぁ」
心からの感想をドア越しに告げる。
「半分はお前のせいだろ!!」
王虎の絶叫するような叫びが聞こえるや否や、ドタバタと聞こえ目の前のドアが開く。
中から出てきてハァハァと息を荒げた王虎を見ながら俺は言ってやる。
「客観的に見たらお前が10割じゃないか?」
なんせ幼女にファミリーをあげちゃったわけで。
「当事者が言うな!」
子供のようにジタバタとする王虎。
その後ろからキースが現れる。やはりタキシードでバッチリ決めているな。
「おはようございます。キアーラ・カサッツァ様」
「おはようーさーん」
キースと挨拶を交わすと王虎を無視して部屋の中に入る。
そしてソファに座りキースの出した紅茶を飲みながら、差し出された書類を手に取る。
「こちらが今回のプロダクションとしての報告書、そしてこちらがファミリーとしての収支報告です。言いつけ通りライブ会場設置における、他のファミリーへのショバ代の支払いはプロダクションの方に計上しておきました」
いつの間にかかけた眼鏡をタキシードグローブを着けた手でクイっと上げながら報告してくるキース。
「ありがとう。ビンゴの方はどうだい?」
「そちらも言われた通り還元率が80%になるよう心掛けています。収支も緩やかですが右肩上がりとなっております」
「それは重畳」
ギャンブルの賞金を設定する上で、胴元が儲かるようにしつつ、かつお客に楽しんでもらえるようにしなければならない。それを守ってくれているようだ。
「ですがよろしいのですか? もっと還元率を下げても文句はでないと思いますが」
取れるときに取れるだけとったほうがいいのではと言うキース。
気持ちはわかるが、それは愚策なのだ。
「文句は出ないかもしれないが、還元を渋ると客が離れる。一応長く商売をするつもりだから、それは避けたいところだ。それに期待値は大した金額にならないし、勝率はちゃんと50%を下回ってる」
「還元率、期待値そして勝率ですか。まるで学者様のようですね」
「まさか。俺はどこにでもいる幼女だよ」
「どこにでもはいないだろ」
感心したように言うキース。自嘲気味言う俺。
そして無視されてドアの前でショボくれていた王虎が自己を主張する。
「なんだいたのか」
「そりゃいるよ! どっかの誰かが全然来ないから、俺がいなきゃ回らないんだよ!」
憤慨したように言う王虎だが、その言に少し思うところがあったので、キースに端的に聞く。
「本当か?」
「いえ、御大がいなくても経営に問題はございません。もとより御大は経営を我が養父に任せきりでしたから。今も養父が音頭をとって回しております」
やっぱりな。そう思った。
だってそうなるように俺がトッポさんに頼んだんだから。
「なんだと?! 聞いてないぞ! それなら何で俺はこんなに忙しいんだ!」
唯一話を聞いていなかった王虎が叫ぶ。
だがそれを冷めた目で見ながら、キースが答える。
「御大に割り振っている仕事はそれほど難しいわけでも、量が多いわけでもございません」
「…………俺の要領が悪いと言いたいのか?」
「いえいえ。私の口からそのような残酷な事実を告げるなど……とてもとても」
「言ってるのと同じだろうが!」
限りなく馬鹿にしていることが伝わるような言い方とでも言えばいいのか。
キースの物言いは聞く者の神経を限りなく逆撫でする事に特化していると言えるだえろう。
その証拠に王虎がキースに飛びかかろうとする。
「おっと! これから婚約者のラミィのプレゼントを買わなければならなかったのでした。私はこれで失礼いたします」
飛びつく王虎を華麗に交わしたキースは、何故か窓から身を翻して逃走した。
それを暫く見ていた王虎はため息を一つつくと、俺の向かいのソファにどかりと座る。
「まったく、あの人を食ったような態度は父親譲りといったところか」
「優秀なところも父親譲りと見受けたけどな?」
俺は紅茶に口をつけながら答える。
「優秀なのは間違いないな。実際に若く優秀なアイツが居なければ、ビンゴの方はともかく、アイドル事業の方は上手くいかなかっただろうな」
王虎もいつのまにか用意されていた紅茶を軽く掲げると口をつける。
「お前のコンシリエーリが居たとしてもか?」
酸いも甘いも噛み分けた、ネズミの獣人を思い浮かべながら俺はたずねる。
「俺はトッポでも大丈夫だと思うがな。義息子の方が相応しいといったのは、他でもないそのコンシリエーリさ」
トッポへの信頼を隠そうともせず肩をすくめる王虎。
「トッポは良くも悪くも熟練だからな。お前の非常識なアイデアを実現するには、膨大な経験と体験が逆に足を引っ張るだろうってさ」
さらに、そのコンシリエーリの判断も信頼しているようだ。
「年寄りの頭が硬いとは言わないが、若い方が柔軟性はあるか」
「柔軟すぎて飽きれることもあるけどな」
窓の方を見て、そこから出て行った若い部下を思い苦笑いする元マフィアのボス。
「そうか? 俺は面白いけどな」
俺も窓の方を見て率直な感想を言ったのだが、王虎がニヤリと笑うと茶化すように言ってくる。
「それはお前が変人だからだ」
「心外だな。それならお前は幼女と真面目にお話ししている変態か?」
心外だから俺もニヤリと笑いながら言ってやる。
「それこそお前だろう? 知ってるぞお前がパピヨンに入り浸ってるのをな」
その言にはパピヨンに行く暇はあるのに、バンビーニには顔を出さないくせにと言う皮肉が透けて見える。
「馬鹿野郎。仕事だよ仕事」
男の嫉妬なんてノーサンキューだぜ。
「へぇ。仕事ねぇ?」
「いったろ? 美容部門を立ち上げて女性を取り込むってな。これに関してはうちだけでは無理だからパピヨンが主体でこっちは下請けになると思うけどな」
既に王虎にも伝えていたことではあるが、今回の美容関係はパピヨンとバンビーニの共同出資によって行う事になった。共同先と密な打ち合わせを行うのは業務上必要な事だ。
「それはいいが、美容部門を立ち上げるのにパピヨンのお嬢様方にサービスを受ける必要はあったのかね?」
何でそんなこと知ってんだこの野郎、馬鹿野郎。
「経過を見るために対象をつぶさに観察する必要があるだろうが」
俺は勤めて冷静に紅茶を口に含みながら答える。
「馬鹿はお前だ。全く、どんな育て方したらお前みたいになるんだ? 親の顔が見て見たいぜ」
「大馬鹿野郎! お前みたいなゴツいのが現れたら母さんがビックリするだろうが!」
クソでかいトラ男なんて母さんに合わせられるか!
きっと美人の母さんに色目を使うに違いないんだ!
「本当に失礼なやつだな……。一応お前をファミリーに迎えた以上、ご両親にも挨拶もしておこうと思ったんだが」
筋を通そうと見せながらも恐ろしいことを言う王虎に俺は大声で抗議する。
「超絶大馬鹿野郎! そんなことしたら俺が裏稼業に携わってることが母さんにバレるだろうが!」
「……えぇ? 言ってないのか?」
素でびっくりする王虎に冷や水を浴びせられたような気分になる。
「…………言ってない」
そうなのだ。両親には今までの俺の所業を伝えていないのだ。
だって普通に考えて自分の娘、しかも幼女がスリをしたり、マフィアを相手にしたり、黙ってそのファミリーの首領になってたら、ものすごいショックを受けてしまうと思うのだ。
「そんなことってあり得るのか? 普通バレるだろ」
言っていない俺と、気づいていない両親と両方に呆れた王虎が言う。
「それはほら。歩けるようになったと同時に何度も失踪を続けたから、両親は割と俺の行方に放任的なんだ」
「それは親としてどうなんだ?」
しどろもどろに弁解する俺に、王虎が益々呆れたような顔になる。
「いや、流石に一度失踪してからは、長い時間出かける場合は兄さんたちと一緒じゃないとダメというルールができた」
「ん? パピヨンにはお前の兄さんがたとは一緒に行ってなかっただろ?」
いやいや、何言ってんだこいつ。
「兄さんたちにはまだ色遊びは早い」
「お前がいうのか……」
純粋な青少年が道を踏み外したらどうするんだ。
……フレド兄さん? あの人は道なんかに縛られたりしないから(震え声)
「それにパピヨンに行くときはフレアさんと一緒だから大丈夫だ。母さんには仲良くなったお姉さんの家に遊びに行くって言ってある」
アリバイは万全なのだ。
それを聞いていた王虎が不意に真剣な顔をすると、聞いてきた。
「裏稼業に携わることを恥じているのか?」
それは俺がボスになると言う選択を後悔しているのかと、自分がその選択をさせてしまったのではないかと心配しているのだ。
「馬鹿にするなよ恥じたりはしない。案じてるんだよ」
何を今更と鼻で笑ってやる。
それを見て王虎もニヤリと表情を崩す。
「怒られるのをか?」
おいおい、お前は軽口のつもりだろうが、母さんは怒らせたら超怖いんだぞ?
お前なんか縮み上がって猫みたいになっちまうよと言ってやる。
「はははは! そういうところは子供なのか!」
「そんなことよりだ!」
「ふははははは!」
なんだか恥ずかしくなってきたので話をぶった切ってやったのに笑い止まない。
仕方ないのでそのまま続ける。
「今日はお前に話があってきたんだよ」
「まぁ、用事もないのにうちに来ないよな? ママに怒られるの怖いもんな?」
そう言ってまた笑い出した。
ウゼェ……。
もう気にせず本題に入っちゃおうと思う。
「俺がバンビーニのボスってことは今後隠して行こうかと思う」
そう俺が言った後の王虎のポカンとした表情が印象的だった。
読みいただき誠にありがとうございます!
前回200pt行きましたと言ったのですが、ブックマーク剥がれて戻っちゃいました(*´ー`*)
大遅刻したからや……。
気をつけないといけませんね。マジで。




