36話『価値観と職業選択の話』
こんにちはキアーラ・カサッツァです。
将を射んと欲すればまず馬を射よと申します。
いきなり本命から攻めるのではなく、周りから切り崩していきましょうということです。
そっちの方が成功率が高いからですね。
火の玉豪速球のストレートで口説かれた場合は、他に本命がいるか、失敗してもいいと思っているんじゃないでしょうか?
みんなこぞって俺をスカウトしようとしてきます。
ちょっと頭おかしいんじゃないかな? 幼女だよ?
優秀な奴は絶対スカウトマンの曹操だってそんな大胆なことしないよ。
なんでこんなことになったんだろうなぁ?
王虎を釣ってチョイとだけ後ろ盾になってもらおうとか考えていたのが甘かったんだろうなぁ。こんな展開になるとは。
俺が一抹の後悔を覚えていると声が上がる。
「まちなよ。後から来てそいつは筋が通らないんじゃねぇか?」
それまで傍観していた王虎が静かにフレアさんに告げる。
静かなのに有無を言わさぬ迫力がある。さすがマフィアのボスといったところだ。
しかしフレアさんは気にした様子もなく涼しげに言う。
「こういったことは先着順ではありませんよ。キアーラさんにとってどちらが最善か?
そう言うお話です。そんなこともわからないとは……。あぁ、すみません。バンビーニには難しい話でしたね」
鼻で笑いながら嘲りの表情をあからさまに浮かべるフレアさん。
辛辣ぅ! いきなり毒舌をぶち込んできた!
どうしたの?! 今までのおしとやかな感じはどこへ?
唐突にすぎるでしょ?!
俺の手を取ったまま王虎の方を見もしないフレアさん。
王虎は歯をむき威嚇の表情を浮かべたが、すぐに引っ込めると薄ら笑いで対抗する。
「渡世の義理もわからないとはやっぱり尻軽猫は品がなくていけねぇ。
頭に回す栄養が胸にいっちまったんなら仕方ないか?
それだけデカければ随分と栄養を取られちまっただろうしな」
胸がでかいと頭が悪いって、昭和の巨乳アイドルに対する熱い風評被害かよ!
ただのセクハラじゃない……。
程度の低い切り返しに、これは王虎の部が悪いかと思いきや、フレアさんはこころなしかプルプル震え出した。俺の手を握る力が強くなってくる。
目も潤んで顔も赤い。煽り耐性ゼロかよ……。
この人ポーカーフェイスと見せかけて頑張って感情を隠してるタイプの人だ。
それでいて隠しきれていないと言うテンプレ属性の持ち主と見た。
「と、虎の坊やは大きなお胸に興味津々なのでしょうか?
それともママのおっぱいが未だに恋しいのでしょうか?」
こちらも胸好きイコールマザコンの偏見!
俺の手を離し腰に手を当てながら逆にその大きな胸をアピールするかのようにしながら王虎を睨みつけるフレアさん! 首を45度傾げつつも眉間に皺を寄せているところが年季を感じる!
これが少年マガジンならば「!」マークが頭上に浮かんでいること間違いなしのメンチ!
「お前のところの客と一緒にするなよ。乳がデカけりゃ男が誰でも媚びると思うなよ?」
対して王虎はポケットに両手を入れ、その高いところにある頭をわざわざ低くし、フレアさんを睨め上げるようにしながらのメンチ! 下顎がしゃくれるのがポイントが高い!
頭上に「?!」マークが俺には確かに見える!
「あ?」
「お?」
かたやマフィアのボスで尊敬の念を抱きつつあった漢と、クールビューティを地でいく所謂できる女然とした大人の女性とが、低いところでバランスの取れた応酬をしている。
「やんのか? お?」
「やってみろよ? あ?」
語彙力も著しく低下し王虎のカリスマもフレアさんの品性も跡形もなくなってしまった。
まるで子供が見栄を張り合っているかのようだ。
そんな中、もはや顔がくっつくんじゃないかぐらいの距離でガンを飛ばしあっている二人の距離に焦りを見せた人物がいた。
ソニー兄さんである。
「ふ、二人は知り合いなんですゼ? キスするのかだぜ?」
猫の被り物が剥がれつつも果敢に質問する兄さん。
挙動不審なのは剣呑な二人の雰囲気に当てられてか、はたまた想い人に近い人物が現れたからか? 多分後者だ。
「あぁ?! 知り合いなんかじゃねぇよ!」
「そうです! こんなデリカシーのない輩とキスなどおぞましい!」
顔を嫌悪に歪めていつつもソニー兄さんにそう叫ぶ二人。
そう言いつつも息のあったタイミングで飛び退き距離を離したし、反論も息ぴったりだ。
「でも仲が良さそうに見えるんだぜ……」
しょんぼりしながら、なおも言い募るソニー兄さん。
まぁ、はたから見たらじゃれあっているように見えるものな。
……可哀想にちょっと涙目になっている。帰ったら慰めてやろう。
俺がそう思ってソニー兄さんの肩を叩こうと椅子を降りたところで王虎から声が上がる。
「仲がいいわけがない。こいつらは身寄りのない子供を囲い込んで客を取らせてるんだぞ。豚どもと同じ子供を食い物にしている下衆どもだ」
そう吐き捨てる王虎は今までの遊びのようなものでなく、侮蔑と怒りを持ってフレアさんを睨みつける。
突然本気の怒りをぶつけられたフレアさんはたじろぎ驚いた顔をしたが、こちらもまた今までのような取り繕ったものではない本物の氷のような無表情を浮かべると王虎に言った。
「訂正してください。我々パピヨンは子供を食い物になどしていない。
私たちは生きるすべがない子供たちにそれを与えているのです。
そのままでは道端でゴミのように死んでいくしかなかった私たちに生きる力をパピヨンはくれたのです」
なるほど。王虎が警戒し嫌う理由はそれか。
王虎は子供が不幸に見舞われるのを嫌悪している。
身体を売らなければならないのは不幸なことで、それが許せないと。
「何が生きるすべだ。他にもやりようはあるだろうが。
男どもに身体を弄ばれるよりはよっぽどましな生きるすべがよ」
王虎が嫌悪感を隠そうともせずに言う。
だがどうだろう? その言葉は残念ながら薄っぺらで空虚な響きがある。
なぜなら……
「他に何があると言うのです。獣人にも人間にもなれない私たち。
捨てられ住む家もなくツテもなければ大人ですら仕事に着くことができないこの街で、いったいどうやって生きると言うのです。
ましな生きるすべ? そんな物は弱い私たちにはありません。
だからあなただってスラムの子供を、奈落の子供を救えなかったんでしょう?
出来る事があるのならば手段を選ばずなすべきです」
フレアさんが訥々と何も感じさせない声音でいう。
真実をただ告げていると言ったふうだ。
対して王虎は悔しそうな表情を見せた。
実際その通りだ。この街ではそんな都合のいいものはない。
だから王虎は悩み苦しんでいたのだから。
だから俺は森を切り開くことを提案したのだから。
どんなに綺麗事を言おうとも泥水だって啜らなければ生きていけない。
そんな世界なのだから娼婦だって立派な職業となる。
前世でも最古の職業とされている娼婦。身体ひとつでできる商売だが、割と最近まで日本にも花魁などの身体を売る職業の人はいた。
しかも食うに困った家族のために遊女になる娘も多くおり家族のために身を粉にして働いている彼女らは一定の尊敬を集めていたし名誉あることですらあった。
プライドを持って仕事としていた人だっていた。
しかしだからといって確かに幸せなわけではない。
性病で死ぬものも多かったし、遊郭にあっても客を取れないものは飯を食うことができない。栄養失調で亡くなるものもあれば、白粉に含まれた発がん性物質でガンになるものもいた。そうして死んでいったものはだいたいは無縁仏として無縁寺に亡骸を投げ込まれて誰に知られることもなく終わっていく。
遊郭にあるものはましな方で飯場で春を売るものたちはもっとひどかったと言う。
所謂夜鷹と呼ばれる女性たちはござ一枚で商売をしていた。
衛生環境は最悪だし安い金しかもらえないし、それすらも踏み倒されることすらあった。
他に選択肢がなく望まぬのにそうせざるを得ないと諦めるには、過酷で辛い仕事だろう。
それは不幸なことだと言える。
だからそうなってほしくないと言う王虎の気持ちも十分わかる。
俺ももしポーが娼婦にならなければならないとしたら、なんとしてでも阻止しようとするだろう。彼女の病弱な体で耐えられるとは思えないし、心情的にも拒否感が先立つ。
でも多分それはきっと男のエゴで、確固たる意志を持って娼婦になるものもいるはずだから。第三者が不幸だと断言して良いものだろうか? わからない。
一握りの遊女は身受けと言って地位のあるものに嫁いでいくこともあったし、人気もので客を多く取れれば借金を返すことができ、後任を育てる指南役に着くことだってできた。
一握りは生き残ることができる可能性があるのだ。
その可能性を提示することは悪だろうか? 俺はそう断じることはできないと思う。
なんとしてでも生き延びてやると考える者たちだっているはずなのだから。
「私たちはあなたが自分の価値観を押し付けて見捨てている子供たちに手を差し伸べているのです。口先だけで何もできていないあなたとは違います」
少なくともフレアさんは確固たる意志を持って臨んでいることがうかがえる。
確かにそこにある人の意志を無視して、職業の一点を持ってして悪く言った王虎に非がある。
だがしかしフレアさんの言葉もまた王虎の思いを無視したものだった。
「見捨てたことなんかねぇ。俺は一度だって見捨てたことはねぇんだ。
自分の子供を見捨てたマダムとは違う」
平行線で答えの出ない問題。お互いにわかっていても譲れない思い。
もどかしさと怒りの感情が王虎の失言を誘発した。
「マダムを侮辱したな?」
そう言いながらフレアさんは前傾姿勢になりながら手に獣の爪を生やす。
獲物を狙う猫のように瞳孔が細く引きしぼられる。
毛を逆立たせながら炎のような気迫をたぎらせながら間合いをはかっている。
「やっぱり子供に身売りをさせるお前らは気にいらねぇ。当然それを指示しているマダムもだ」
臨戦態勢に入ったフレアさんを警戒しながら王虎がいう。
そしてそれにまたフレアさんが言葉を重ねる。
「気に入らないのは幼馴染が自分たちのために陰で身体を売っていたから?
それが元で性病にかかって死んだから? 勝手に重ねないでよ気持ち悪い」
その瞬間王虎の存在が消えたかと思うほど希薄になった。
実際に目の前にいるのに見失ってしまうかと思ったほどだ。
フレアさんもまた感情が抑えられず王虎の傷に触れる。
側から見たら凪いで見える王虎。だが内には圧縮された怒りが見える。
フレアさんが動なら王虎は静。
もとより静かに獲物を狩るのが虎だ。
王虎の本気の臨戦態勢がそうであっても不思議ではない。
王虎はゆっくりとしかし深く息を吐きながら目を細めている。
そして王虎もまたフレアさんと同じように手に獣の爪を生やす。
やばい。これはガチの中のガチだ。
今から殺し合いが始まってしまう。
マジでなんなんだよまったく!
どっちもどっちで見てられねぇ!
とにかく二人を止めなきゃならん。
一触即発の二人が動きを見せない間に俺はゴロッリオに耳打ちする。
ずっと隣にいたからね。
俺の頼みをうんうんと頷いて了承してくれたので俺はタイミングをはかる。
そして緊張が臨界点を迎えようとしたところで……
「いま!」
「ウッホ!」
俺の声に反応したのか元々限界だったのか、弾かれるように王虎とフレアさんが動き出した瞬間。
ゴロッリオが二人の間めがけてテーブルを蹴り飛ばす。
虎でも猫でもゴリラのパワーには敵わない!
二人が衝突するよりも早く飛んできた机を双方ギリギリでかわす。
しかし二人は突然のことを歯牙にもかけず再び間合いを詰めその鋭い爪を交差させる。
だが最初の勢いがなくなったその攻撃は互いにカスリもせず躱される。
一撃必殺がなくなればこっちのものだ!
何合かの交差があったところで俺が叫びながら間に入る。
「双方動くな!」
二人の攻撃に晒されたら即死してしまう子供の俺が間に入ったことで両人ともに動きを止める。
そして俺の手にはあらかじめ持っていたナイフとフォーク!
その凶器を二人の急所にあてがう。
「うわ、エグっ」
チラリとソニー兄さんの声が聞こえたが仕方がない。
だって俺の身長的に首まで届かないんだもの。
そりゃぁ狙う場所は股間になっちゃうよね。
王虎の王虎にフォークをフレアさんのフレアさんにナイフを突きつけながら、さてここからどうやって納めようかと思案する俺なのであった。
これ俺が面倒みなきゃダメなんだろうなぁ。
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