26話『王虎の思いと、はにかみの笑顔の話』
タイトル変更による、突発お詫び投稿。
どうもキアーラ・カサッツァです。
悪魔が暴走し始めて、虎男が己が心情を吐露し始めてと混沌の様相を呈してきました。
王虎がスラムに思い入れがあるとは思っていましたが、ここまでとはこのキアーラ・カサッツァの目をもってしても見抜けませんでした。
その場の誰もが言葉を失い、しばらくの静寂が流れた。
一人の男のあまりに素直な感情の発露に、誰もが声を出すことが出来なかった。
そこにいるのはマフィアのボスなどではなく、ただ自分の無力を嘆く草臥れた剥き出しの一個人だ。
そんな男が言葉を続ける。
「ファミリーの幹部連中はみんな同じ思いさ。
ガキの時分から仲間兄弟が奈落に落ちていって、それをただ見ていることしかできず、無力感がただただ募る」
長い長い時間、足掻き続けて絶望だけが積み重なっていく。
絶望のその先に見えるものは一体何だろうか?
そこから見える景色は、俺が前世で見たものと同じだろうか?
とてもとても暗く深いあの風景と同じだろうか?
俺の目を見ているようで違うところを見ながら王虎が言う。
だがそこに宿る力強さははっきりと感じらる。
「それを認めたくないから、つるんで馬鹿やってな。
抗っているつもりになって、気付いたらマフィアなんてのをやって。
できる事は増えたはずなのに、やっぱり何も変わらない」
前に進もうと足掻いても、グルグルとその場を回り続けているだけ。
マフィアをやれるほどの力がありながら、本当の望みは叶えられないってのはもどかしいだろうな。
自分も感じるものがあったのか、王虎に良い感情をもっていなかったソニー兄さんがフォローする様に口を開く。
「だけどよ、俺はまだ納得してないけど、キキが言うならそうなんだろうけど、あんたはスラムの奴らを守ってたんだろ? それで変えられたこともあったはずだぜ?」
相手が誰であっても落ち込んでるやつを放って置けない質なんだ、うちの兄は。
だが王虎はチラリとソニー兄さんを見やりながらいう。
「変わったうちに入らねぇよ。
今でもガキどもは腹を空かしてるし、隙間風が入るボロ屋に住んでるし、眠ったまんま起きねぇこともざらにある。そこが変わらないなら変わったうちに入らない」
そう切り返した。
切り返された兄さんは怪訝な顔をする。
前世の知識がある俺に感化されている兄さんであっても、こう思ってしまう。
___弱いからそれは仕方ない。
可哀想だから助けるだろう。
困っているなら手を差し伸べるだろう。
だがそれはあくまで強者としての振る舞いで、自分が強いから恵みを分け与える。
だがしかし、施す程度で這い上がるのを助けはしない。
弱者の横に並び手を取り合う事はない。
それは自分でやるべきことだからだ。
それが出来ないなら死にゆくしかない。
誰もがそう思っている。
当事者であったとしてもそう思っている。
この世界はそう言う世界だ。
その上でこの虎男はこうも思っているわけだ。
「つまりあんたは、スラムをなくしたいのかい?」
俺が虎男の思いを代弁すると、ソニー兄さんが更に驚愕にそまった目を俺と王虎を交互に向ける。その目は語らずとも雄弁に語っている。
曰く正気か?と。
……首がおかしくなるよ?
そのおかしなリアクションも、とうの王虎にとっては馴染みの反応なのだろう。
ソニー兄さんを一瞥することもなく今度はしっかりと俺を見返してきた。
その眼光は鋭くそして重い。その目を見れば伊達や酔狂で言っていないことがわかる。
だが兄さんが驚くのは無理もない。
王虎の思想はこの世界にあってあまりに異端。
弱者救済。
弱肉強食の対極にある思想。
この世界において誰でもが一笑に付すような話し。
それでも王虎は誰よりもその表情を真剣にしのたまう。
「スラムだけじゃない。弱いままでも生きていけるようにしたい。
ガキの誰もが腹を空かせないで死なない様にしたい。
誰もが爺さん婆さんになって、あったかいところで死ねるようにしたい」
真っ直ぐに前を向み未来を見据える王虎の力強い眼差し。
これには俺も唖然とした。
なんたる傲慢か。
俺の前世においても、誰もなし得なかった机上の理論。
雨の中冷たいところで死んでいった俺という実例がいる中で、それよりはるかに遅れた文明のこの世界で、弱者を弱者のままで生きられるようにすると言うのだこの男は。
天の国を説いたキリストのように。
現世の行いにより魂が救われると説いたブッタの様に。
数多ある物語の英雄のように。
全てを救うことを望んでいる。
異端で最先端。
時代を先取りしすぎてる。
___俺に似ているなんてとんでもなかった。コイツは俺よりもイかれてる。
前世の俺にはできなかった。
仲間を救うこともできなかった。
恩人に報いることができなかった。
ほんの一握りも救えなかった。
その無念があったからこそ、俺はこの世界で今度こそはと、そう思えた。
一度死んで前世の知識と想いがあって初めてこの過酷の中で他人を救おうとそう思えた。
だが王虎はこの世界に生まれ落ちて、この世界の思想理念を持っている上で全部を救うとそう思っている。
王虎は零からのパイオニア。
かたや俺は前世という答えをカンニングしているからその思いを抱けたし実行に移せた、いわばフォロワー。
これはなんとも格の違いを見せつけられた気分だ。
凄まじい。純粋にそう思う。
そもそもこの世界での弱肉強食という理念は生存戦略の一つだ。
人間が次代に種を残す上で生命力、純粋なフィジカルの強さこそが必要なものとされる。
これは森という不可侵の領域があり、魔物という強力な力を持つ外敵が存在するためだ。
種を維持するにあたりまず必要になるのが戦闘力。
前世の地球では人間は火と道具であらゆる場所に進出しその版図を広げることができたが、この世界ではそれでもなお足りない。人類は未だ魔物という脅威に晒される立場であるのだ。だからそれに対抗し得る種を残すことが生存の要となる。
この世界の住人にとって適応するべきは今なのだ。
変わって前世の地球で人間が取った生存戦略は社会性。
あらゆる個体を保護し、あらゆる可能性を未来につなげる事で人間という種を残す。
この世界でいう弱者であっても遺伝子を確保する。
全ての遺伝的可能性を確保し、どのような環境でも適応できる可能性を残す。
未知の脅威に対抗出来る可能性を残すという戦略の一環として弱者救済を行う。
適応するべきは未知であり未来。
これは、人間の天敵がもはや病気と寿命だけとなり、それをするだけの余裕があるからだ。
だがこの世界の人類にはまだ余裕がなく、今を乗り越えないといけない。
そこまでいくのにあと百年は必要だ。
未来なんてまだまだ見ている余裕はない。
だから俺は弱者救済ではなく、弱者脱却を選択した。
弱者の立場を変え弱者ではなくす。
人に変わってもらうという事を選択した。
前世というアドバンテージがあってもなお、俺に思いついたのはその程度だった。
ところがこの目の前の男はどうだ?
人ではなく世界を変えると言っているのだ。
この男は本物だ。本物の英雄足り得る人物だ。
俺は驚愕と羨望とを抱きながらも王虎に問いかけずにはいられなかった。
「それがどれだけ大変で、どれだけやらなきゃいけないことがあるか、わかっているのか?」
その思想を抱いたこと自体が凄まじくはあるが、想いだけでは片手落ちだからな。
しかし王虎は軽く息を吸った後にこう言った。
「いやぁ、これがどうすればいいのか全くわからねぇ」
そして、何のてらいもなく、頭をガシガシ掻きながら、はにかんだか顔を見せた。
自分の無力も、感じている絶望も怒りも飲み込んだ上で笑ってみせたのだ。
___社長
似ても似つかない前世で世話になった社長が王虎に重なる。
俺は懐かしく思うと同時に、深くこの王虎という男に興味を持つのだった。
お読みいただき誠にありがとうございます!
活動報告にも書きましたが、この度タイトルを変更いたしました。
より多くの方に読んでいただきたいという、筆者の哀れな暗中模索ですのでお許しください!




