2章 46話 「弱り目に祟り目な話」
申し訳ありません!
遅刻しました!
どうもこんにちは、キアーラ・カサッツァです。
世の中には泣きっ面に蜂とか、踏んだり蹴ったりとか、一難去ってまた一難とか悪いことの波状攻撃を表す諺が幾つもあります。
それに対して悪いことの後には良い事がありますよという諺は寡聞にして知りません。
幸と不幸は表裏一体という意味の諺はいくつかあるんですけどね。
つまり人生往々にして不幸の方が多いのではないでしょうか?
「そういう話っていうのは、どういう意味です?」
俺は、まるで決定事項かのように言うフレアさんに言葉の真意を問う。
フレアさんは一瞬目を伏せて言い淀んだが、言いにくそうにしながらも答えてくれる。
「今回の件を聞いたマダムが不快感を覚え、それを知ったパピヨンの特別なお客様が、あちら側の組織と懇意にされているお方とお話をしてくださったのです」
しかし返ってきたのは、何とも曖昧なものだった。
何の件で誰が誰と何の話をしたかも定かではない。
だが、この明言を避けて後に言及されてもどうとでも言い逃れができるような言い回しは前世の生家でよく用いられていたし、なんなら国営放送の中継でもよく用いられていた。だからその真意も読み取ることができる。
「つまり……もうすんでた話ってことですか?」
俺の問いかけにフレアさんが驚いた表情を見せたがコクリと頷く。
そっかぁ……そりゃぁ言いにくいわな。
公娼の支配人であるマダムが、客に頼んで警察の行動に介入してもらったなんてのは公私混同も甚だしい醜聞なのだから。
そして多分特別な客と言うからには相手は政治家だろう、娼婦の為に職権を乱用するのは国民の覚えが悪いはずだ。
何より、言いにくいのは今回の襲撃をあらかじめマダムは知っていたからだ。
既に政治家同士の話は済んでいて、そして手の打ちどころも決まっていたのだ。
そうでなきゃ、今まさに発生している襲撃の最中で俺だけを助けるという交渉を終わらせているはずがない。
そうでなきゃ、フレアさんがタイミング良く助けに来てくれるはずがない。
マダムはあらかじめ知っていてそれを知らせなかった。
つまりは___
「マダムはバンビーニを見捨てたんですか?」
俺の再度の問いかけにフレアさんは俯いてしまう。
まぁ、俺の身長の方がフレアさんよりはるかに低いので、表情は丸見えだが。
フレアさんは悲痛な表情を浮かべ、何かを言おうとして、結局何も言えずに口を閉じると言うことを繰り返している。
「そうですか」
俺がそう言うとフレアさんは、またも驚いた顔をして俺を見つめる。
その様子が面白くて俺はつい吹き出してしまう。
そうするとフレアさんはさらに目を丸くする。
「なんです? 俺が怒り狂って発狂するとでも思いました?」
「はい」
……フレアさんてば即答じゃんね? 解せぬ。
まぁ、フレアさんの即答も宜なるかな。俺も普通だったら裏切られたと思って怒り狂ってたと思う。実際さっきまで冷静じゃなかった。メンタルが恋する乙女よりも揺れ動いていた。
なんなら絶望に打ちひしがられていたと言っても過言ではない。
だが、マダムがこの状況を知っていたなら話は別だ。だってマダムは俺の前世での血縁上の父親に当たる人間と同じタイプの人間。
徹底された損得主義。そして徹底された論理主義。
彼女の行動原理はこの二つに基づいている。
論理的に計算し尽くされた行動をし、自分もしくはパピヨンの利益にならない事は絶対にしない。絶対にだ。
そして俺は彼女にとってまだ利用価値がある。俺の持つ未知なる知識は代替の利かない無二のものだ。そして俺が彼女を恐れているように、彼女も俺の事を恐れている。
だから彼女が裏切ることは絶対にない。
だから今回のことにも必ず意味がある。
そのことが俺を冷静でいさせる。
「というか、俺はいつでも冷静ですよ?」
「はい?」
……フレアさんてば真顔じゃんね? 解せぬ。
まぁ、正直なところ戦うべき相手が見えてきたことと、その相手がどうやら前世の生家で散々見てきたタイプの人間で、戦い方を知っていることが心に多少の余裕を持たせている。
業腹ではあるが前世の生家で過ごした時間が役に立ちそうだ。
前世では人を人とも思わない生家の教育が文字通り死ぬほどに嫌だった。
実際に死ぬまでその知識技術を使う事はなかったが、今世ではむしろ積極的に使っていくことになろうとは何とも皮肉な話だ。
あの教育は家の繁栄のためだっただろうに、この世界でなら間違ってもあの家の利益になる事はないだろう。ざまぁカンカントッテンぱらりのぷぅだ。
「まずは状況の整理をしましょう」
俺は王虎の体がデカすぎて車に乗せられない警察隊員を見ながら頭を回す。
王虎が連行されるまでがタイムリミットだ。
「まず、マダムは今回のことを知っていたんですね?」
俺の再度の問いかけにフレアさんは観念したように頷く。
「その上で俺にその事を教えなかった」
答えはYES
「教えることでパピヨンないしはマダムに不利益がある?」
YES
どんな不利益を被るのかは後で直接マダムに聞くとしよう。
この場ではどうせ教えてはくれまい。それこそ不利益だ。
「その割には特別なお客さまを使って俺だけは助けるという横槍は入れた」
「使うと表現は、その……適当ではないといいますか」
フレアさんが外聞を気にした発言をするが、誰も俺たちの会話を聞いていないためスルーだ。……考えてみたらそれもおかしな話だな。普通は監視するよな。
「みなさんパピヨンの不興を買いたくないんですよ」
あぁ、なるほど。今は行けなくともいつかは行ってみたいと。
「いえ……、まぁそれもなくはないと思いますが、不興を買ったことが特別なお客さまの耳に入ればどうなるかわかりませんから」
マジか。なに? 平社員が認識しているレベルなの? 特別なお客さまの職権濫用の事は。
言いにくそうな割には断言するかの物言いに今度は俺が驚いた。
「滅多にありませんが、それでもたまに忖度してくださる事はあります」
部下からしたら超迷惑じゃんね?
「パピヨンの力の一つですから」
そう言ってはにかむ様に笑うフレアさんが少し胸を張るので、俺も遠慮なく彼女の持つ力こぶ二つをガン見する。確かに古来より権力者はこの二つの膨らみに翻弄されてきたのは歴史が証明しているわけで、証明されちゃったなら仕方ないわけであり、自然な事な訳だ。
うむ。思考回路の回転数が上がってきた気がする。
「えぇ、何だっけ? そう横槍入れられた。と言うことは相手は手も足も出ないほどに強力な相手ではないと言うことですね?」
横目で王虎が車の屋根に括り付けられたが、屋根を押しつぶしているのを見ながら思考を打開に向けたものに戻す。
そして俺の問いかけにフレアさんがプルンと頷く。
王虎を捕まえないのはNGで、俺を見逃すのはOK。フレアさんを助けに寄越すのはOK。逆に言えば王虎だけがNG。
つまり一つだけの強権。
「相手は絶対的な権力を持っているわけではない。なぜなら特別なお客様が話した程度で譲歩しているから」
もう一つプルン
じゃあ、強力な権力を持っていないなら何を持っているのか?
と、結論に辿り着きそうなところで門の方からトラックが乗り入れてきた。
おそらく隊員を乗せてきたものだろう。俺たちにバレないように別の場所に停めていたようだ。流石に劇場に幌付きのトラックが停まってたら怪しいもんな。
しかし、不味いな。流石に王虎がでかいといってもトラックなら十分に詰め込める。
この状態で王虎を連れていかれるのは非常にまずい。
政治家が絡んでいる以上脱走してもガチ中のガチで追跡されるだろう。
できれば逮捕されない方が楽なんだが!
「王虎!」
そんな俺の思いとは裏腹に王虎は諦観した表情でこちらを見て、あとは頼んだぞとばかりにニヤリとすると潔くトラックに乗り込む。
いや、信頼するのはいいけど、お前もなんか考えろよ!
絶対助けるけどさ!
とにかく時間稼ぎをしようと俺が車を追いかけようとすると、それを遮るかのように目の前に車が止まり、後部座席の窓から署長が顔を出す。
いつの間に車に乗ったんだ?
「ご協力感謝します。おかげで凶悪な犯罪者を逮捕する事ができました。お嬢さんも大変でしたね? 関係ないのに巻き込まれて? いや、本当に」
俺は関係ない。そいう事になったのを知ったようだ。
嫌味ったらしく言ってくる。
多分、署長の横に座っている事務員っぽい奴が事の顛末を知らせに来たのだろう。
それでもちょっかいをかけに来たのは、上の交渉の結果俺を見逃すのだと言うことを強調することで、自分の瑕疵を無かったことにしたいのだろう。負けたわけではないと言いたいのだ。
「いえいえ、優秀な警察署長様のお力になれたなら幸いです。でも、大変なのは署長さんでしょう? 次に会う時も署長さんでいらっしゃったらいいのですが」
だがフレアさんはそれをわかった上で煽っていく。
遠回しにどうせ降格だろうけどと言いながら。
それがわかった署長の顔が見る見る真っ赤になっていく。
いや、真っ赤を取り越して赤黒くなっていく。
「……調子に乗ってんじゃねぇぞ、売女のくせしてよぉ。股を開くしか能がねぇくせに」
煽られた怒りからか、それとも多数の人員を投入し、しかも被害を出しながらも、俺を確保できなかったからか、はたまた多分失態の責任を取らされる事に対しての八つ当たりか。
まぁ、恐らく自分より下だと思っていた人間にしてやられた屈辱で、怒ってるんだろうけど。
目を吊り上げ歯を剥き出して署長は唸る。
「では、うちを出入り禁止になった貴方は、腰をヘコヘコ振ることもできない能のない人物という事ですかね?」
だが、フレアさんは署長の憤怒というべき感情を向けられても煽りを止めない。
ゴミを見る様な目で追撃する。
……フレアさんも相当怒っていらっしゃる?
「……あぁ?! ぶち殺すぞこのクソビッチがっ!」
なお、署長の堪忍袋の尾は木っ端微塵に千切れ飛んだ模様。
「署長っ! パピヨンはまずいですよ! 上に刺されます!」
たちまち激昂してフレアさんに掴みかかろうとした署長だが、後ろに控えていた事務員ぽい奴に引き留められる。
だが、そこは署長クオリティ、それにすらキレ出し事務員を殴りつけだした。
「わかってんだよそんな事はよぉ! 舐めてんのか?!」
何度か事務員を殴りつけ溜飲を下げたのか、こちらを一瞥すると署長は前を向いて、運転手に車を出す様に指示を出す。
「ふん。せいぜい気をつけることです」
最後まで負け惜しみを吐くが、このまま行かせるわけにはいかない。
「まてよ!」
王虎を解放させるべく、俺は署長に手を伸ばす。
「いけません。貴方まで捕まってしまいます」
だがその手はフレアさんに掴まれ阻止されてしまう。
そりゃ俺だってわかっちゃいる!
だが実際に王虎が連れていかれるとなると冷静さを保つのも困難だ、それにこのままってわけにもいかんでしょうに!
そうフレアさんに告げると、彼女は俺の目線までしゃがんで諭す様に言ってくる。
「私達も貴方をかばうので限界です。それも本当にギリギリなんです」
ギリギリ……? どう言うことだ? お客様に交渉をお願いしただけじゃないのか?
「……こらえてください。この上、貴方も失うわけにはいかないんです」
……貴方も?
もってなんだよ?
這い上がってくる強い嫌な予感に、俺は曖昧な問いかけをフレアさんに投げかける。
「なにか……あったんですか?」
「……バンビーニとスラムの方にも警察の手がまわり、合わせれば少なくない数の人が連行されました」
「え?」
バンビーニはともかくスラムにも? それも連行? なんで……?
俺は脳裏に浮かぶ家族のことを思い焦燥でまたも頭が真っ白になったのだった。
すいません! 送れました!




