第四十九話『狂薬師』
第四十九話『狂薬師』
「うう~~、気持ち悪い……」
なんかかんとか、吐かずに済んだ僕は、見かねた永琳さんに永遠亭の保健室(?)に連れてきてもらった。
……宴会場に残っている輝夜と妹紅が心配だが、僕の『吐く』宣言で気勢が削がれたみたいだったから、しばらくは大丈夫だろ。
「さて、酔い覚ましの薬はどこだったかしら?」
「いや、薬より、そこのベッドで少し横にならせてられるれば」
見るからに保健室、もしくは診察室といった感じの部屋だ。ベッドも、当然のように備え付けてあった。
ああ、もう。今にも倒れそ。このまま寝ちまうか。なんか、口調が怪しいし。
「ウドンゲと同衾するの? まあ、私は構わないけど?」
「うどんげ?」
ん? あ、本当だ。
布団の隙間から、兎の耳が覗いている。
「息苦しくないんか?」
顔まで覆っている布団をどけてやる。
っと。酔いのせいで、力加減をミスった。
「ふなっ!?」
「あらら。役得ね」
「僕は何の役だっけ……」
しっかりと、布団を首までかけてやる。
いやまあ。
鈴仙は、いつものブレザーみたいな服を着ていて、布団を剥がした拍子にスカートが豪快に捲りあがり、
これ以上は僕の口からはちょっと。
「ああー、びっくらこいたっ」
「はい。お薬と水よ」
永琳さんから薬を受け取り、口に含む。
身体が水分を求めていたので、水は全部飲んだ。
「……ん?」
カーーッ、と腹から上る熱。
その熱は、どんどんと強くなり、頭まで到達し、
「んん?」
汗がたくさん出る。それと共に、段々と薄靄が晴れるように思考がクリアになっていく。
「もう一杯くらいいっときなさい」
「うス」
永琳さんが差し出してくれた水を一息に飲み干し、
「あれ?」
そうすると、そこで酔いはほとんど覚めた。
完全回復、とは言いがたいが、せいぜいほろ酔い加減にまで戻っている。
「……なんかヤバイ成分とか入っていません?」
大体、飲み薬の癖に、ここまで効きが早いのがまず怪しい。
「失礼ね。ちょっとした霊薬よ」
霊薬と来たか。流石はファンタジー。
確かに、この薬の効き目は、ファンタジーでも持ち出してこないと説明がつかない。……しっかし、いい薬だなぁ。外に持ってけば、すごく売れそうだ。
いや、待て。
効き目がすごいのはいいが、肝心なのは、
「その、副作用とかは?」
「飲んだ人間の霊力が、相当消耗するわね。一般人なら、若い人で疲労困憊で動けなくなるかしら。老人だと……そのまま旅立たれるわね」
「怖っ!? ぼ、僕は大丈夫なんですか!?」
そういえば、飲んだ直後から良い感じの疲労感が……
「貴方、一般人でしたっけ」
「なに。そのさも違うでしょうと言わんばかりの聞き方は」
心外極まりない。
あんたらに比べれば、僕なんてミジンコ並みに普通だぞ。某アニメからの台詞の流用だが。
「違うの? まあどちらでもいいけれど」
「はあ。……時に、少し休ませてもらってもいいでしょうか」
霊力が大量に持っていかれたせいか、酔いは覚めたものの、体がダルイ。
あんまり霊力を使い過ぎるということはしたことないけど、こうなるのかー。
「もちろん、結構よ。私としても、貴方とは少し話してみたかったし」
「……なにか僕は、永琳さんの気に障るようなことでもしたんでしょうか?」
「違うわよ。そんなに身構えないで」
永琳さんは苦笑する。
いや、だってね? この人は、きっとスキマと同じ人種なわけで。僕みたいなのを気にかけるなんてことは、そうそうないと思うわけなのですよ。よほど、気に障るようなことをしたのでもない限り。
「とは言っても、何を話そうかしらね。殿方とお話ができる話題なんて、あまり持ち合わせてはいないし」
「僕も、女性と盛り上がれるようなネタは持っていません」
霊夢だったら天気とかお茶、魔理沙となら最近覚えた魔法、幽々子あたりだと食べ物。このあたりの話題で鉄板で盛り上がれるが、かといって永琳さんにこの手の話をするのもなんか違う。
「ああ、そうそう。さっきは輝夜と妹紅の喧嘩を止めてくれてどうもありがとう。あの二人が争って、どっちも死ななかったのは久しぶりよ。せっかくの宴会が血で汚れるところだったしね」
「いや、それは別にいいんですけど……。そういえば、なんで永琳さんが止めなかったんです?」
「私が介入するのもね。子供の喧嘩に、親が出るようなものだし」
……いやいやいや。だから、あれは喧嘩というレベルではないと、何度も言っているというのに。
「っていうか、親って。輝夜は貴方たちの主人なんじゃなかったんですか。呼び捨ててるし」
「対外的には確かに輝夜を立てているけどね。私はあの子の教育係だったから」
教育係、ねえ。
まあ、確かに、教師とか似合いそうな感じだけど。でも、育てた輝夜が『ああ』なっている以上、この人に教師としての手腕は期待できない。
「しかし、互いに死ぬようなのは喧嘩とは言わないでしょ。それに、本人たちは百歩譲っていいとしても、周りの被害が洒落になりませんよ」
「大丈夫よ。あの子達の周りにいるのは、おおよそは普通じゃない連中ばかりだから」
「あの、はい、はい」
手を上げて自分の存在をアピール。
僕、あの二人の流れ弾が当たりでもしたら余裕で死ねる自信があるんですけどー。
「ああ、そうね」
「気づいてくれましたか」
「葬式代がもったいないし、貴方に関しては対策を考えたほうがいいかもね。死んだりしたら目覚めが悪いし」
そういう理由ですかっ!? あんたが払うわけでもないでしょうに。
「ふむ……だとすると。ああ、そういえば、あれがまだ残っていたかしら?」
「あの、滅茶苦茶嫌な予感がするんですけど」
「勘は悪くないのね。あとは、それをちゃんと活かせるようになりなさい」
「否定してくださいよっ!?」
あかん。なんかウキウキし始めている。
これは、あれだ。新しい玩具を手に入れた子供。もしくは新しい研究材料を手に入れたマッドサイエンティスト。
どちらかといえば後者だ。別にマッドサイエンティストに知り合いがいるわけでもないが、きっと狂科学者なんてものがいたら、きっとこういう笑いをする連中に違いない。
「れ、鈴仙。お前の師匠、止めてくれ」
「すー」
直接言っても無駄だと思い、鈴仙に助けを求めるが、彼奴は眠ったまま僕の言葉に答えられない。
ええい、ウサミミ引っ張るぞ、こら。
「むう!?」
柔らかい。
猫の肉球と感触は違うが、抗いがたい誘惑は一緒だ。
「ぬぬぬ」
傍から見ると僕、すごい変態っぽいなぁ、なんて思いつつ、鈴仙の耳を弄る。
「なにをやっているの?」
「いや、プチプチを潰すのとかと一緒で、どうにもこうにもやり始めると止まらないっつーか」
「仮にも女の子の耳を……貴方、本人が起きてたら殺されるわよ」
物騒だな。鈴仙がそんなことをするはずがない。怒られることは確実だろうが。
「で、永琳さん? あんた一体、僕に何をする気ですか」
「……その体勢で聞かれても、答える気になれないのだけど」
「僕のことですよ? 聞かせてもらいますからね」
ふむ、と永琳さんは悩み、一言で答えた。
「ちょっとだけ『丈夫』にしてあげようかと」
「……胡散臭いんですが」
「ひどいわねえ。純粋な好意なのに」
純粋な好意を向ける人は、そんな胡散臭い笑みを浮かべたりしない。あと、人を実験動物を見るような目で見たりもしない。
「まったく……止めてくださいよね。いい迷惑ですよ、こっちは」
「……そ、れは。私の、台詞です」
がしっ、と鈴仙の耳を弄っていた右腕が掴まれる。
たらり、と背中に汗が流れた。
「人が……眠っていると、思って。好き勝手してくれた、わね」
「あ、あれー? 鈴仙、おはよう。まだ体調悪そうだな。寝ていたほうがいいぞ」
「生憎と、寝込みを襲うような卑劣漢がそばにいて寝られるほど、私は暢気じゃ、ない」
ひ、卑劣漢とはひどい言い草だ。いや、この体勢は言い訳できないけど、でもあくまで動物を可愛がる的な気持ちだったんだよ。いやホント。
「うどんげ」
「し、師匠? しかし、今回のこれはいくらお客とはいえ……」
あ、永琳さんが声をかけたことで、鈴仙はビビった。
きっと、前見たく僕に手を出したことを見咎められると思ったんだろう。
ふっ、好都合。助かったぜ、永琳さん。
「別に私は止めるつもりはないわよ?」
「え?」
「貴方の座薬弾を彼に存分にお見舞いしてやりなさい」
一瞬、あっけに取られていた鈴仙はすぐさまその意図を理解し、こちらに笑みを向けてきた。
「師匠。座薬とは言わないでほしいですけど、了解しました」
「あ、僕用事思い出した」
もはや逃げの一手しかないっ!
僕は、この『保健室』からダッシュで逃げ、
「遅いっ!!」
「っぎゃああああああ!?」
背中から、鈴仙の座薬弾をもろに受けた。
……不幸なことに、背中を向けているのである。そして、鈴仙の弾は、どこからどう見ても座薬。
……あとは、言わなくてもわかるよな?
シクシク。




