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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百九十一話『とある日の魔法使い達』

定期魔法使い飲み会として、アリスや聖さんも交えて呑むようになったとか。

「お邪魔します」


 らっしゃいっ! と大将の威勢のいい声が響く。


 人里にある贔屓にしている店に呑みに来た僕だが、


「……ん?」


 何気なく、空いている席はないかな~、と店内を見渡し……ちょっと有り得ないのを見付けて、僕は目を丸くした。


「ん、ンン?」


 二度、三度と目をこすり、それが幻でないことを確認し、我ながら胡乱げな顔で彼女に近付いていく。


「……隣、いいかパチュリー」


 そこにいたのは、紅魔館の引き篭もり。出不精な魔法使いであるパチュリーが、何故かカウンターの席で一杯やっていた。


「あら、良也。いいもなにも、空いてるんだからどうぞ」


 そんなレアなシチュでも、パチュリーはいつも通り。澄ました顔で席を勧められたので、僕は遠慮せずにどっかと座った。


「あー、大将。僕、熱燗と冷奴、精進揚げに、漬物頂戴」

「あいよっ」


 まずは注文を通す。ここの店は常に湯を張った鍋にお銚子を入れ、すぐに熱燗が出るようにしてある。そのため、頼んで十秒もしないうちに出てくる。


「後、漬けもんな。やっこもすぐ出るから」

「はいはい」


 とりあえず、手酌でお猪口ぎりぎりまで注ぎ、まずは一息に飲み干す。


 ふぅ、と息をついて、黙々と湯呑みを傾けているパチュリーに話しかけた。


「……んで、なんでパチュリーが里の店にいるんだ? お前、宴会以外じゃ外に出ること滅多にないくせに」

「あら、その評価は心外ね。これでもフィールドワークは大切にしている方よ」

「お前、僕を弟子にしてから薬草とか殆ど僕に取らせに行ってるだろ……」


 僕がいない時は小悪魔さんとか咲夜さんとかに頼んでいるらしい。


「魔法の森の植物は生態がすぐ変わって、前回までの蓄積が使えないからね。あそこの薬草や茸を集めてもらってるのはあくまで趣味よ。あんな日毎に薬効の変わるようなのは、感覚派の魔理沙の範疇。私にとって本当に重要なのは薬草園で作ってるわ」

「おい」


 毎回地味に重労働なんだけどっ! 趣味だったのかよ。


「大体、魔法の森含めて、幻想郷の主だった霊地には大体もう一度は足を運んでいるしね」

「いや、一回かよ」

「一通り見たら、もう図書館で完結するわ」


 フィールドワークを大切にしているという話はどこに行ったのか。


「それに……魔法の森はね。瘴気が喘息に悪いから」

「あー」


 そうか、そういえばパチュリーは喘息の持病持ちだった。妖怪のくせに、魔術で強化しないと肉体的には普通の人間より虚弱っていう非常に稀有な存在だ。

 ……まあ、たまのお使い位は仕方ないか。


「なにより、疲れるのは嫌だし」

「……あっそう」


 ちょっと優しい気持ちになったのに、どっか飛んでった。


「やっこ、お待ち!」

「どうも。……んで、その疲れるから外に出たくないパチュリーが、なんでまた里の飲み屋で一杯やってるんだよ」


 届いた冷奴を食べ、熱燗を一口。


 ……んまい。

 ここんちは天ぷらが美味しく、必然的に副産物として発生する天かすを乗せたこのたぬきやっこも何気に人気メニューである。


「里に来たのは、ちょっと本の仕入れにね。人里の本なんて殆どは大したものではないけど、たまに掘り出し物が見つかることもあるから」

「まだ本集める気か」


 僕じゃ千年かかっても読みきれなさそうな蔵書があるくせに。


「当然よ。まあ、幻想郷は書物の回転が遅いから、今回来たのも……ええと、三年か四年ぶりってところだけど。で、折角来たんだし、たまにはお店にでも入ろうかなって、それだけよ」


 そんなに来てなかったのか。この狭い幻想郷でそんだけ里に来ないって相当だぞ。


「もうちょっと顔出しても損はしないと思うぞ。知識人は基本歓迎されるし。ほら、困ってる人にちょっと知恵とか魔法の一つでもさ」


 パチュリーは本での知識先行でちょっとアヤシゲな所もあるが、そんじょそこらの賢者じゃ逆立ちしても敵わない知恵と、人間では(極一部の例外を除いて)到底敵わない魔法の力を持っている。

 今は研究、弾幕ごっこ、レミリアの遊びに付き合うってくらいにしか使っていないが、少しでも開陳してくれたら色々と助かることも多いのではないだろうか。


「嫌よ。人付き合いは煩わしいもの。それに人間は、一つ与えたら三つ四つは平気で要求してくるからね」

「そこまで図々しい人間はそうそういないと思うが……」

「あのね、私の思い描く近年の人間像って、あの白黒よ? 貴方や紅白もいるけど、インパクトで言えば一番はアレ」


 ………………


「すまん」

「わかってもらえてなにより」


 しれっと言って、パチュリーは湯呑みの残りを飲み干す。


「いいかしら? 芋の水割りをおかわり。濃いめでね」

「はいよ!」


 芋焼酎呑んでたのか。で、つまみは菜っ葉の胡麻和えのみ、と。


「パチュリー。ここ、天ぷらが美味いぞ。山菜のかき揚げが一番人気なんだけど」

「嫌。油ものを沢山食べたら胃がもたれるもの」

「焼酎オンリーってのも、それはそれで胃に悪いだろ」

「それはそうだけど……」


 と、言っている間にパチュリーの焼酎と、同時に僕の精進揚げも届く。


「それじゃ、一口いただくわ」

「って、おい」


 届くと同時、僕の皿から蓮根の天ぷらを一つ取ってパチュリーは口に運ぶ。


「ん、いい揚げ具合。いい腕ね、大将さん」


 口元を綻ばせたパチュリーが褒めると、いやぁ、と大将が格好を崩す。

 ……おっさんおっさん、いい歳こいて見た目は十代な女の子の言葉にデレデレすんなよ。


「揚げ物なのに、意外に軽いわね。こっちの茸ももらうわよ」

「……もういいよ、好きにしてくれ。大将、適当に魚揚げて」


 まあ一応師匠だし……と、僕は諦めて追加注文をするのだった。


















 僕は熱燗を四本目。パチュリーも二回目の焼酎のおかわりを頼み、いい感じに酔いも回ってきた。


「……っていうかパチュリー、そろそろ自分で頼めよ」

「私には一人前はちょっと多すぎるのよ。こうやってちょっと摘むくらいで丁度いいの」


 んで、パチュリーは僕の注文が届くたびに味見程度にちょいちょいつまみ食いしている。


「大体、好きにしろって言ったのは貴方じゃない」

「いや、たしかにそうだけどさ。こう、ちょっと遠慮というものはないのか」

「遠慮ねえ。私に言わせてもらうと、これは言質を与えてしまった良也のミスだと思うんだけどね。仮にも魔法使いが、交わした契約を反故にするのは良くないわよ」

「契約て」


 口約束ですらないような気がするが。


「そういうわけで、そっちのごぼうチップスもいただくわ」

「あっ、こら。これ僕好きなのに」


 ひょい、とやはり一口分程を攫っていくパチュリー。

 抗議の視線を送ってみると、パチュリーは溜息をつき、


「ったく、わかったわよ。大将さん、こっちの良也にもう一本つけてあげて」


 大将が了解、と返事をして、素早くお銚子を用意する。


「ほら、これでチャラね、チャラ。色んなの味見してみたいだけで、別にケチで貴方の皿の料理を取ってるわけじゃないんだから」

「っとと、こりゃ悪いな、パチュリー。ほら、ごぼうチップはまだあるぞ」


 まあ、こいつが金に困っているとは思えないし、自分で頼むと量が多すぎるから僕のをたかってるんだろう。

 僕は一本奢ってもらったのでころりと態度を翻し、パチュリーにまだ半分残ってるごぼうチップスを差し出す。


「だから食べ過ぎると胃もたれするんだってば。こっちに寄越さなくても、適当に貰うからいいわよ」

「そうか? 遠慮するなよ」

「……貴方、ついさっきと言ってることが違うわよ」


 馬鹿め、前提条件が変われば当然言うことも変わるに決まっているだろう。

 ――なんて下らないことを話しながら、パチュリーの奢りのお銚子も空けていく。


 パチュリーとサシで呑むのは何気に初めてだが、煩すぎず、かといって盛り下がるわけでもない感じが、なんとなく落ち着く。

 うん、今日はいい酒になりそう――


「お邪魔するぜ! おっちゃん、まずは麦酒と唐揚げをくれ!」


 ……なんだ、この聞き覚えがあり、かつしっとりと呑む空気をパワーで粉砕しそうな声は。


 いや~な予感から入り口を見る気がせず、なんとはなしにパチュリーと視線を合わせる。……あ、これはもう半分以上諦めている目だ。


「お? 良也とパチュリーじゃないか。奇遇だな」


 無遠慮に僕の隣に座るのは、案の定、天下御免の白黒魔法使い、魔理沙である。


「っていうか、パチュリーを人里で見たのは初めてだな。図書館から出て大丈夫なのか?」

「……ええ。小悪魔が留守を守ってるし、一番懸念される人間は目の前にいるしね」


 へっ、照れるぜ、と鼻をかく魔理沙。……いや、そこで照れるのはおかしい。


「ほい、麦酒な」

「おう、サンキュ!」


 すぐ出て来た麦酒のジョッキを魔理沙が受け取る。

 ……しかし、あまり気にしていなかったが、麦酒まで醸造しているって里の酒造はどうなってんだろ。麦酒自体は明治時代にも日本にあったと思うけど、当時から一般的だったのかなあ?


「お、そうだ。良也とパチュリーがいるんだ。ちょいとこの麦酒、冷やしてくれよ」


 ……当然のことながら、人里に冷蔵庫なんていう便利なものはないので、ここの麦酒はキンキンに冷えているというわけではない。

 でも、幻想郷の麦酒は別に冷やさなくても美味しいんだけどなあ。氷点下かよ、と思うほど冷たい外の麦酒はたまらんものがあるが、こっちのぬるくても味わい深い麦酒もそれはそれで良いものなのだ。


「はあ、魔理沙。貴方ね。そのくらい自分でやりなさいよ」

「私がやると店ごと凍りつく。氷結系は苦手でね」

「威張って言うんじゃないの」


 弾幕イズパワー。弾幕イコール魔法。つまり、魔法とは即ちパワーである、が魔理沙の信条だ。

 八卦炉という道具を使えば料理や暖房に火を活用する位はできるが、逆に言うと道具に頼らないと火の魔法で家を消し炭にしてしまいかねない。出力の調整は苦手なのだ。


「得意なのを集中的に鍛えるのは普通のことだけど、それ以外も困らない程度には覚えておきなさいよ。一人暮らしでしょうに」

「そーゆーのは、年食ってからでいいと思っている」

「まったく……ほら」


 ちょい、とパチュリーが指を動かすと、キィィ、と小さな甲高い音がして、魔理沙のジョッキに霜が降りる。

 その鮮やかさかつ繊細な氷結魔法の手際は、到底僕の及ぶところではない。


「おお、いいね、ありがとさん」

「はあ」


 パチュリーが呆れたように溜息をつき、焼酎を口に運ぼうとする。


「おおーっと、折角一緒に呑むんだ。いっちょ乾杯でもしようぜ」

「……もう。はい」


 とやかく反論するのも面倒になったのか、パチュリーが酒杯を適当に掲げ、魔理沙が元気よくジョッキを合わせる。


「良也も」

「おう」


 僕も日本酒の徳利を摘んで、軽く魔理沙のジョッキと打ち鳴らした。


 それが終わると、魔理沙はグビグビグビと、見ている方が爽快になるような呑みっぷりを発揮する。


「ぷっはぁ! 美味い! おっちゃーん、もう一杯、もう一杯!」

「……魔理沙。いやその、今更お前に言うのも何だが、こう、もうちょっと慎み的なものは」

「ん? なにそれ、食えるのか?」


 おかわりを受け取りながら、本気で首を傾げる魔理沙。

 ……うん、いや。実に男らしく、気風が良く、僕が女だったら惚れてたかもしれんが、しかしそれって色々間違ってるよね。


「良也、冷やせ」

「……はいよ」


 魔理沙が突きつけたジョッキを僕は両手で包むように触れ、氷魔法の応用で冷やす。

 僕の場合、直接触れないと任意の対象の温度だけを下げる、なんて器用なことは出来ないのだ。


「よし、代わりに注いでやる」

「……そらどーも」


 魔理沙のやや乱暴な酌を受け、僕は一口呑む。


「……ね? 私の人間像、間違っていないでしょう?」

「いやその……はい」


 パチュリーは何故か勝ち誇った顔で言い、焼酎を傾けるのだった。


 ……やれやれ。













 なお、この後。


『里に来ると病気にでもなるんだと思ってたぜ。里に出れるんだったら、たまには呑みに行こうな!』


 などと主張する魔理沙に引っ張りだされ、奴と一緒に呑みながら管を巻くパチュリーの姿が里で時折見かけられるようになったが、

 ……引き篭もりが外にでるようになったのはいいこと、なんだよな?

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