第二百八十五話『霊夢と里』
なお、霊夢の信用度は元々マイナスだったので大したプラスにはなっていない模様。
みたらし団子を頬張り、お抹茶を喫する。
一緒に頼んだ大学芋とわらび餅もちょいちょいと摘み、またお抹茶。
「……美味い」
「良也さん、相変わらず甘党ね。酒飲みの癖に」
「いいだろ、別に」
「勿論、構わないわよ。さてはて、次は何を頼もうかしら」
人里の茶店。小さなお座敷の席で差し向かいに座っている霊夢が、品書きを見ながら鼻歌を歌う。
なお、この女、既にぜんざいとあんみつと串だんご、酒饅頭に大学芋を食ってる。茶も三杯目だ。
……たまに、人が奢ってやろうと気前よく誘ってみれば、まるで遠慮しないでやんの。
「みたらし団子、美味しそうね。私もいただこうかしら」
「……もう好きにしろ」
言質を取った、とばかりに霊夢は手を叩き、店員さんを呼び止める。
「すみません、みたらし団子と葛切りとあんみつをもう一つください。あとお茶を……次は蕎麦茶もらえる?」
「はい、かしこまりました」
好きにしろ、と言ったのが悪かったのか、霊夢はみたらし団子以外にも色々頼みやがった。
会計の値段が、二人で茶店に入っただけとは思えない金額となっている。
「お前、少しは遠慮というものをだな」
「いいじゃない。良也さん、無駄にお金持ってるんでしょ?」
いや、まあ確かに、ここの支払くらいで破産はしないけどな。でも、それは奢られる側が言う台詞ではないと思うぞ。
……まあ、霊夢にそんな気遣いを期待するほど、僕は愚かではないが。
はあ、と溜息をついていると、次の注文が来るまで暇になったのか、霊夢がニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
「そういえば良也さん。急に人を逢引に誘って、どういう心境の変化かしら」
おいおい、なにを言い出すかと思えば。
ちょっと貯金が溜まったから、なんだかんだで寝床の世話になっている手前、たまには奢ってやるかと誘っただけだというのに。心外な。
本人も、そんなことはわかっているらしく、からかうような口調だったが……冗談でも、やめて欲しい。
「僕が霊夢を逢引に誘ったとか……人聞きの悪い事を言うなよ」
「ちょっと、コラ。なんで人聞きが悪いのよ」
いや、それはほら……いかん、うまい言い訳が思いつかん。でも、万が一そんな噂が流れたら、僕の評価は下がること請け合いだと思うし……
しかし、それを正直に言ったら、どこからともなく退魔針を取り出して刺されそうだ。
「ま、まあそれはいいじゃないか」
「後で問い質すからね」
「……霊夢、わらび餅でもどうぞ」
食べかけだが、自分のわらび餅を差し出して懐柔を図る。
「食べたかったら自分で頼むからいいわ」
「……いや、どっちにしろ、金を出すのは僕……」
そんな蚊の鳴くような声での反論は、当然のことながら黙殺された。
「お待たせしました。蕎麦茶です。他のご注文はもう少々お待ちを」
「お、来た来た。いただきます」
急須が届き、一旦追及の手は止んだ。
後はもうしばらく粘って、霊夢が忘れるのを待つか。こいつ、割と怒りっぽいが、根に持つことは滅多にないし。
「うん、美味し。九十七点」
「やけに高いな……」
霊夢のお茶の点数付け。僕は九十点以上を取ったことは数えるほどしかないのに。なお、霊夢にお茶を淹れてやった回数は数え切れない。
「そりゃ、これを商売にしてるプロだしね。流石だわ」
「後でコツでも聞いてみるかなあ」
ここんちの店主さんはうちの菓子店の常連さんである。こんなお店をやっているだけあって、甘いものに目がない人なのだ。板チョコの一枚でも袖の下で渡せば、ホイホイ教えてくれるだろう。商売敵ってわけでもないし。
「それはいいわね。後で私が腕前を見てあげましょうか?」
そんな名目にかこつけて僕に茶を淹れさせようという腹だろうが、別にどうとも思わない。いつものことだし。
……ううむ、しかし蕎麦茶美味しそうだな。僕も頼むか。
「すみませーん」
なお、この後、更に饅頭などを追加で注文した結果、居酒屋でガッツリ呑んだ時と同じくらいになった。
「食べ過ぎたな……」
「そうね。でも、追加の饅頭は正解だったじゃない」
「ああ。ありゃ美味かった。秋の新作だって言ってたけど、定番化しないかな」
茶店を後にして、霊夢とそんな話をする。
日は傾きかけているが、まだまだ日暮れまでには時間がある。
「どうする? もう帰るか」
「うーん、どうしよっかな。あ、久し振りにお店で呑むのもいいわねえ」
幻想郷では珍しくもない、昼間っからやってる居酒屋の暖簾を見て、霊夢が目を光らせる。
「お前、この上まだ飲み食いする気か」
「甘い物は別腹って言うでしょ」
いや言うけど……それって先に甘いもの食った時も適用されるのか?
「お前、マジ太るぞ……。今は若いからいいかもしれないけど、年取ってから後悔しても遅いんだからな」
社会人になって、年配の方とも話するようになったが、やっぱり誰もが『若い時は良かったけど』なんて言っていたりするのだ。
「年を取らない蓬莱人は、その辺楽ねえ」
「否定はしないけど、これはこれで大変なんだぞ……そのうち永琳さんの年齢誤魔化す薬の世話にならないといけないし」
あれ、老けこんだ気持ちになるから嫌なんだよなあ。一度使い始めたら、外の世界では常用しないといけないし、なんとかお手軽に誤魔化す術はないものか。極端な若作りってことで、後何年いけるかなあ。
「ま、私だって体型が崩れてきたら考えるわよ。多分ね」
この物言い。自分が太るなんてことを全然考えていないな?
……まあ、この人間かどうかもだいぶ怪しい巫女が肥満になるところなど、まるで想像できないのは確かなのだが。
「さ、条件はクリアしたところで、どこに呑みに行く?」
「あれ? いつの間に呑むことが決まったんだ?」
「ついさっきよ。まったく」
なんか呆れられた。
……おかしくね? まあいいけどさ。
と、そこで、目の前のお店から勢い良く小さな影が飛び出してきた。
「あ、こら! 食い逃げだーーー!!」
そんな店員さんのものと思われる怒声とともに、その影は僕の脇を走り抜ける。
人間では出せない速度で逃げているから、これは多分妖怪だ。
里の中では人喰いはないものの、こういう低級妖怪の軽犯罪はそこそこの頻度で発生する。なお、一番多いのが妖精の悪戯だ。
光の三妖精の例を挙げるまでもなく、妖怪の力はこういう犯罪をする上でも非常に役に立つものが多い。
僕も目で追うのがやっとの速さ。きっと、何事もなければ、この妖怪は見事逃げおおせていただろう。まあ、その後慧音さんに歴史を辿られて捕まえられるまでが様式美なわけだが……
まあ、霊夢の目の前でんなことをしたのが運の尽きだ。
「ほい、っと」
軽い掛け声とともに、霊夢が袖から霊符を一枚取り出す。
そして、決して早くは見えないのに、どういう理屈か誰も逃げられないと噂の謎の投擲によって、その符を食い逃げ妖怪に投げ、
「ぎゃっ!?」
符は見事妖怪の後頭部に張り付き、その動きを封じることに成功した。
「やれやれ、里も最近物騒ねえ。やっぱ妖怪が幅効かせてるのが悪いのかな。妖怪退治、里も巡回した方がいいのかもね」
「……だからって、遵法精神旺盛な妖怪にまで手ぇ出すなよ?」
ぱんぱん、と軽く手を叩く霊夢に、念のため釘を刺しておく。
こういうみみっちいことをするのは決まって低位の妖怪であるため、そういう連中なら霊夢が懲らしめても別にいいと思う。
けど、里には買い出しに来ている妖怪には、強いのも沢山いるのだ。霊夢が強い弱い関係なしにそういう連中まで退治しようと喧嘩を吹っ掛けたら……
「……本当、やめてくれよな」
「な、なによ、良也さん。そんな必死な形相で」
なんか、巻き込まれる未来しか見えなかった。
ぶる、と一震えした僕は、霊夢に懇願する。
その必死さに感じ入るものがあったのか、霊夢も『わかった。わかったから』と納得してくれた。
ふう、助かったぜ。
……しかし、さっきからどうも静かだな。霊夢が食い逃げ犯を止めてから、通りの人達が立ち止まり、しーんとしている。
はて、なんでこんなに静かなんだろ。
と、そんな僕の疑問は、すぐになくなった。
『お、おおおおおお!?』
通りを歩いていた人達は、全員が示し合わせたようにどよめき始めたのだ。
……いや、確かに見事な捕物だったけど、そんな騒ぐほどのモンかあ?
「おい、あれ博麗神社の巫女だよな」
「すげー、本当に妖怪退治出来るんだ」
「一応人間側だったんだな」
「妖怪連中と弾幕ごっこして遊んでるのは見たことあるけど、ちゃんと退治もするんだ」
……成る程成る程。
日頃、妖怪に占拠され、巫女はその尖兵と化しているとまことしやかに噂される博麗神社のこと。こうやって、悪事を働いた妖怪を真っ当に懲らしめるのを見て、皆さんはすごく驚いたと、こういうわけか。
うん、まあ僕は理解できる。霊夢のやつ、口では妖怪退治とか異変解決とか言いながら、そのくせ人間も妖怪も平等に見ている――いや、これはちょっと言葉を飾りすぎか。
ざっくばらんに言おう。妖怪も人間も、みんなまとめて『屁』とも思っていないフシがある。
だからまあ、里の人達が驚くのも無理はないと思うんだ。
「……だから霊夢。そんなに顔を引き攣らせるな」
「ねえ、良也さん。私、巫女よね」
「なんでそう巫女を強調するのかは知らんが、そうだ」
今更巫女じゃなくてナースですとか言われても困る。
「なんでこんなに、里のみんなからの信頼が薄いのかしら……」
……それを疑問に思うのは、相当遅いと思うぞ。僕は幻想郷歴一年未満でその疑問に辿り着いたのだが。んで、即座に答えは得られたのだが、これは言わぬが花か。
珍しく落ち込んでいる霊夢に、どう声をかけたものかと、僕は考えあぐね、
「お、おおお!? 土樹と博麗の巫女さんがとっちめてくれたんか!」
ここんちの店の店主であるおやっさんが出て来て、身動きの取れない妖怪を発見し、関心したように声を上げる。
「よっしゃ、礼代わりに一本奢ってやるから、呑んでけ呑んでけ!」
キラーン、と霊夢の目が光る。
……ついさっきまで自分の存在意義について悩んでいたことは、もうどうでもよくなったらしい。
なお、おやっさんの『一本奢る』発言は、日本酒の一升瓶一本のことだったらしい。
流石幻想郷、酒に関してはどこか単位がおかしい。
「良也さん、ほらほら。もっと呑みなさいな」
「はいはい、わかったわかった」
実は、既に一本目は空けて、これは二本目だったりする。
んで、いつの間にかお店中を巻き込んだ大宴会となったのだが……まあ、これはいつものことである。




