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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百八十四話『鬼との夜更け』

翌朝。僕は立ち上がれないほどの二日酔いとなっていた。

 博麗神社の屋根の上は、何気に僕のお気に入りスポットの一つである。

 雲の少ない夜なんかは、ここで星空を見上げながら酒をちびちびやることも多い。


「ふぃ~~」


 冷やした一升瓶から盃に一杯注ぎ、くいっと一口含む。

 つまみは、外から持ち込んだ裂きイカ。晩御飯は既に食べているので、軽めにしてある。


「んまい……」


 たまに霊夢も付き合って呑むのだが、今日は僕一人。霊夢は今日はとっとと床についた。

 まあ、一人で傾けるのも悪くないけど、誰か相手が欲しいところだ。


 そう僕が思ったのが通じたのか、それとも単に酒の匂いを嗅ぎつけたのか。

 博麗神社に霧が立ち込め始め、その霧は僕の隣で人の形をなして、


「よう、良也。いい夜だねぇ」

「そうだな。んじゃ、まあ一杯」


 最近身に付けた、能力の応用。空間を折り畳んで、小さな倉庫を作る力。

 中に置いといた盃を一つ取り出し、実体化した萃香に放る。


「ほれ」

「ん」


 一升瓶を向け、なみなみと注いでやる。

 萃香と一緒に呑むと、この一升瓶くらいは三十分もかからずなくなってしまうだろうが、まあいいか。伊吹瓢もあるし。


「乾杯」

「ほい、乾杯」


 軽く盃を打合せて、くぅ~、と一気飲み。


「烏賊かぁ。幻想郷じゃ海産物が取れないから、久し振りだね」

「あ、全部食うなよ。お前はともかく、僕は酒オンリーは辛いんだから」

「はいはい。わかってるわかってる。ほれ」


 裂きイカを三分の一くらいごそっと口に運んだ萃香は、悪びれもせずに酌をしてくる。

 ちぇ、と僕は嘆息して、その酌を素直に受けた。どうせ、言っても無駄だろう。


「しかし、つまみ少なくないかい?」

「僕もう晩ご飯食べたからなあ。……でも、追加が欲しいのは、確かに」


 こんな夜中にばかすか飲み食いすると、太ったりしそうだが……ま、大丈夫だろう。今までも大丈夫だったし。


「ま、もらうばっかりってのもなんだ」


 萃香が指を振ると、またしても霧が集まる。

 こいつの得意技の一つ。物体の密度を薄くして自分の周囲に散らしておくことで、手ぶらのまま色んな物を持ち運ぶことが出来るのだ。


 僕の『倉庫』も、これが便利そうだったから似たようなことが出来ないかと、試行錯誤して編み出した技だったりする。


「んーと、なにがあったっけなあ。あ、天界からちょっぱってきた桃があった。ほれ」


 虚空から取り出した瑞々しい桃を一つ、萃香が放り投げてきた。

 丁度盃を傾けていたところなので、ちょっとお手玉してしまうが、なんとかキャッチ。


「食べ物を投げるなよ」

「うるさいなあ。……っと、この前作った干し肉があったんだっけ。後はこれでいいか」

「干し肉なんて作れるのか」


 や、鬼の調理というと、生か丸焼きの二択だと思ってたんだが。保存食なんて軟弱な! って感じだと思ってた。


「ふん、あんまり馬鹿にするんじゃないよ。干し肉程度、こう、私の能力でちょいちょいと」

「……相変わらず、応用範囲広いな」


 疎密を操るこいつの能力は、なんか本当にいろんなことが出来る。


「なに、お前さんも中々じゃないか」

「効果が微妙でなぁ」


 用途は色々増えてきたけど、やはり『生活に便利な能力』から中々一歩を踏み出せない。弾幕ごっこに使える応用は、スゲー疲れるし。


「ぜいたくもんめ。昔、私を退治しようとした人間達は、大抵はその身一つと太刀だけでやってきたもんさ。それに比べりゃあ、随分と恵まれてるよ、あんたは」

「……あのさ、別に僕は、お前を退治しようなんて思ってないんだけど」

「鬼退治したとなりゃあ、箔がつくよ? 男としての本懐ってやつじゃないか」

「本懐じゃないし、んな箔はいらん」

「ちっ、これだからゆとりは……あーあ、鬼退治に来てくれる精気滾る益荒男はいないもんかね」


 ゆとりって……お前、どこでそんな言葉覚えた。……考えるまでもないか。スキマの奴め。


「あのな……無茶言うなよ。何人いたかは知らんけど、お前の言う鬼退治に来た人達って、最後の人以外全部負けたんだろ」

「まあね。そいつらの末路、聞かせてやろうか?」


 ニィ、と萃香は邪悪な笑顔を浮かべる。

 ……いや、うん。普段は気のいい萃香とて、鬼――人喰いの妖怪であることは確かで、

 きっと、過去には僕がドン引きするようなこともしているんだろう。


「……そんな酒が不味くなりそうな話はせんでいい」

「はいよ」


 でも、少なくとも今は、こいつは人喰いはしていないみたいだし。千年くらい前に萃香が凶暴極まりない鬼だったとして、当時の人には悪いが、ぶっちゃけ今を生きる僕には関係ない。

 僕としては、萃香とは仲良くしていたいのだ。


「それより、もっと聞きたいことがある。神便鬼毒酒ってどんな味だったんだ? いや、毒なのに、呑んじゃったんだろ?」


 しかし、過去の人達の無念も少しくらい晴らす手伝いをして罰は当たらないだろう。

 ふと思いついて、そんな話を向けてみると、案の定、当時の屈辱を思い出したのか、萃香は思い切り顰め面をした。


「あ、あのなあ! あれは頼光のヤロウが騙し討ちで……」

「でも、気付かずに呑んだんだから、少なくとも毒々しい味じゃなかったわけだろ。つーか、美味かったんじゃないか?」

「……まあ、否定はしないけど」


 チッ、と萃香は思い切り舌打ちして、そう答える。こういう時、嘘をつけないこいつの性格は助かる。


「ていうか、なんなんだい、良也。いきなりこんなこと聞いて。殺されたいのかい」

「まさか。本当に、純粋に気になっただけだ」


 無論、嘘である。しかし、嘘は人間の特権。目を瞑ってもらおう。

 しょっぱいにも程があるが、僕が萃香の機嫌を決定的に損ねないギリギリの範囲での嫌がらせだ。


「ちぇ、今夜の酒がお前の奢りじゃなかったら殺してたよ」


 馬鹿め、そうでなければ僕がこんなに簡単に挑発するようなことを言うわけがないだろう。

 口を滑らすことは、たまにあるけど。


「はいはい、じゃあ、僕の命を救ってくれた酒に乾杯と行くか」

「……ふん」


 無言で盃を突き出してくる萃香に酌をし、自分の分は手酌する。


 月と星が瞬く夜の下、僕と萃香は二度目の乾杯をした。

























「しかし、良也と二人で博麗神社の屋上で呑むって……なんか懐かしいね」

「……なんかあったっけ」


 僕の用意した一升瓶はとっくに空になり。

 萃香の伊吹瓢の酒にシフトしてしばらく、萃香がいきなりそんなことを言い始めた。


「忘れた? あんたが生霊だった頃、ここで呑んだじゃないか」

「……あれは、お前が僕を拉致監禁したんだろうが」


 鎖で僕の足を拘束して、さんざっぱら脅してきて。

 ……最後、霊夢と萃香の対決に巻き込まれた時は、真面目に死の予感がした。あん時はまだ不老不死じゃなかったし、一歩間違えれば本当にお陀仏だったな。


「ん? はっはっは。男が何を小さいことを気にしてるんだ」

「小さくない、拉致監禁は小さくないぞ」

「小さいさ。その証拠に、良也は今もここに、五体満足でいるじゃないか」


 ……当時の僕があの危機に対して五体満足で切り抜けることが出来たのは、ある種奇跡だったぞ。


「体は無傷でも、僕の心には癒えない傷が刻まれたんだが」

「あのさあ、良也。私は嘘つきが嫌いだって知ってるよね?」

「嘘じゃねえ」

「心に傷を負った人間が、その原因になった鬼と盃を酌み交わすもんかい」


 ……いや、まあ。


「それはもっともな話だが、それはそれとして嘘じゃない」

「はいはい」


 あ。あっさり流された。


 ちぇ、と僕は口をとがらせ、萃香の用意した干し肉を齧る。

 塩気が強く、獣臭が酷い。しかし、伊吹瓢から湧き出る度の強い酒には不思議と合う。


「良也、ほい」

「おう」


 萃香からの酌を受ける。なお、萃香の方は盃はまどろっこしいと、既に直に伊吹瓢に口をつけてごっきゅごっきゅと呑んでいた。

 毎度のことながら、この鬼の胃袋は一体どうなってるんだろう。


「あ~、いい気分だ。今日はいい夜だねぇ」

「そうだな」


 夏の暑さにも関わらず、涼やかな風が通っている。そして、遠くまで見渡せるほど月と星が明るい。


「よっしゃ、いっちょ余興に天蓋でも割るか」

「やめれ」


 そんな気楽な思いつきで天変地異を起こすな。


「静かに呑むのもいいけど、ここらでなんか楽しげなことが見たいじゃないか」

「それは別に構わないけど、もうちょっと規模の小さいのにしてくれ」

「ふむ……んじゃ、花火でもするか」

「花火ぃ?」

「そ。あれって結局は、火薬を集めたものを、一気に散らしてんでしょ? 盛大に打ち上げてやろう」


 なんか、また規模がデカイな……まあ、天蓋を割るよりかマシか。


「んじゃ、僕もいくつか……」

「お、やるかい?」

「僕もいい気分だし、たまには思い切りブッパしたい」


 まあ、萃香と比べれば打ち上げ花火と線香花火くらいの違いはあるが、多少は彩りを加えられるだろう。

 既に数十の炎の塊を用意している萃香に対し、僕は火符を取り出す。


 ええと、色変えるのは……温度や酸素の量を変えりゃいいんだっけ。いや、魔法の火だから、その辺はファジーにできるかな?

 ちょっと試して……お、うまく行った。


「よーし、いくよー」

「おう! 火符!」


 サラマンデルフレアのスペルカードを、六枚ほど同時に解き放つ。勿論、単純に威力が六倍になるわけではないが、それでもそれなりの火力が夜空に打ち上げられ、


「たーまやー、とくらぁ」


 モノホンの打上花火と遜色ないくらいの見事な萃香のそれに比べ、いささかならずショボいものの、赤、橙、黄、緑、青、藍、の六色がその脇役を担った。


「それ、もう一丁!」

「よし!」


 まだスペカの時間は残ってる。

 それから数分、僕と萃香は弾幕花火を打ち上げ続け――


「いやー、即席でやったにしては、我ながら中々だったねえ」

「ぼ、僕は疲れたけど……」


 こんなにたくさんスペルカードを同時に発動させたのは何気に初めてだ。力の半分以上は無駄にしちゃったけど、暴発しなくてよかった。


「ふふ、ほれ、良也。なかなか楽しかったよ。続きと行こう」

「あいよー」


 と、僕が盃を受けると、


「ちょっと……」


 すげぇ、機嫌の悪い声が、下から聞こえてきた。

 ギクリ、と体を強張らせる。


 その声の主は、すう、と飛び上がってきて、


 寝間着のまま現れたのは、勿論、博麗霊夢さんであった。


「よ、よう、霊夢。おはよう」

「おはようじゃないわよ。ったく、なにを騒がしくしてると思ったら……」


 そ、そういえば、霊夢は熟睡なさっていたんだよな。

 やっべ、寝起きで不機嫌マックスだ。ブチ殺されそう……


「霊夢も呑むかい?」

「……呑むに決まってるでしょう」


 萃香が伊吹瓢を向けると、はあ、と大きくため息をついて、霊夢は伊吹瓢を掻っ攫い、ラッパ飲みする。


「ほら、良也さん。台所から、適当につまみ持って来て。もう、目が冴えちゃったし、今晩は飲み明かすわよ」

「お、おう……」

「ったく、あんな花火上げちゃって。遠からず、みんな来るわよ」


 いやー、もう深夜だぞ? いくら幻想郷の人外が暇人どもの集まりとは言え、そうそう集まるもんでもないだろう。


 そう心のなかでツッコみつつ、僕は台所に向かうのだった。






 なお、三十分後。

 霊夢の予言通り、いつもの幻想郷人外ズが博麗神社に集まり、深夜の宴会と相成った。

 そして、集まった面々も、霊夢と同じく、大半は寝間着のままだったりして。

 どっかの誰かが、パジャマパーティーねとか言ってた。


 ……こんなに酒臭いパジャマパーティーは存在しねえよ。

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