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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百八十三話『夏の白玉楼』

なお、悪口を言われたスキマが、幽々子をそそのかしたらしいということが、後で判明した。

 こころが希望の面をなくして、里の人々の感情が喪われつつあったあの異変も終わり。

 演目『心綺楼』が博麗神社で催されている夏のある日。


 うだるような暑さを、周囲の温度を下げることで回避しつつ、僕は里での菓子売りを終えて、ぶらぶらと露店を冷やかしていた。


「風鈴かあ。いいかもなあ」

「お、土樹。一つ買っていくかい?」

「うーん、また今度でいいや」


 夏らしい品が並んでいるが、イマイチ食指が動かない。

 というか、この後の予定が決まっていないので、荷物になるものを買うのもアレだし。


 さて、しかしこれからどうするか。紅魔館で魔法の勉強するか、博麗神社でグダグダするか、二日酔いの薬が切れてたから永遠亭に……うーむ。


 我が事ながら、交友関係が無闇に広がったため、幻想郷に来た時、どこに顔を出そうか割と悩む。


 しかし、今日はなるべく危険度が低いところがいいなあ。と、すると……


 って、あ。


「ふう、暑いなあ、もう」


 丁度、里に買い出しに来たと思われる妖夢を発見した。体温の低い彼女は、暑さには弱いのか、額に浮き上がった汗をぐい、と拭いている。


「おーい、妖夢ー」


 手を振って呼びかけると、妖夢も僕に気付いて、トコトコとこっちにやって来た。


「奇遇ですね、良也さん。どうもこんにちは」

「おう。妖夢は買い出しか?」

「ええ、夕飯の材料を」


 と、妖夢が夏野菜の詰まった買い物かごを見せる。


「な、なすびも食うのか」

「……そう言えば、良也さん、茄子嫌いでしたっけ」


 生霊時代や宴会など、妖夢の料理を食べる機会は何度もあった。……で、僕は茄子が含まれていた時は、申し訳ないながらもそれを避けて食べていた。


「いや、うん。子供の頃からどうも駄目なんで……」

「美味しいのに」

「だって、紫色だぜ? 紫。妖夢もいい思い出ないだろ?」


 お、僕今ウマイこと言った。

 うんうん、紫なら仕方ない。アレが苦手でない人間など、絶対少数派だ。


「またそんな……。紫様、どこで聞き耳立てているかわかりませんよ? 地獄耳なんですから」

「妖夢も言うなあ」

「う……今のことは、紫様には内密に」


 いや、僕は別に黙っててもいいけど、多分無駄なんじゃないかなあ。僕はあいつの悪口を言う時は、常に覚悟を持って言っている。


「妖夢、これからは帰るだけか? なら、白玉楼の方にお邪魔させてもらってもいいか?」

「いらっしゃるのは勿論構いません。ただ、私、まだ一つ寄るところが」

「そっか。じゃあ僕も一緒にいくよ」

「ええ。すぐそこです」


 トコトコと歩いて行く妖夢。


「あれ? この先って……鈴奈庵?」


 小鈴ちゃんが切り盛りする、里の貸本屋。

 外来本の関係で僕も懇意にしている店だ。外来本と、基本的には貸出はしていないが、妖魔本の品揃えなら里でもトップである。


「はい。最近、良く本を借りているんですよ。お陰で夜更かししてしまって、寝不足気味です」

「へえ。妖夢はどんなの読むんだ?」

「剣豪小説を少々」


 うわー、全然意外性がない。

 そこは、年頃の乙女らしく恋愛小説でも借りておくべきだろう。んで、そんなことに興味を持っていることを知られて、こう顔を赤らめて恥ずかしがるとか。


「……良也さん、また妙なことを考えているでしょう」

「違うよ、ぜんぜん違うよ」


 変なことではない。至極当然のことを熟慮したまでだ。


「もう」

「しかし、鈴奈庵か……僕はちょっとパスで」

「? 良也さんも知っているお店だったのでは」

「そうなんだけどね……まだちょっと顔を合わせづらいかなーって」

「……またなにかやらかしたんですか」


 また、とはどういう了見なんだろう、妖夢は。そんなに僕は変なことしていないぞ、霊夢とか魔理沙に比べれば、僕のトラブルメイクっぷりなんぞ、屁のつっぱりにもならん。


 でもまあ、それはそれとして、小鈴ちゃんとの接触はまだ時期尚早だ。エロ本を幻想郷に持ち込んでいることが小鈴ちゃんに知れてしまったあの事件の傷跡は、まだ僕を蝕んでいるのだ。


「やれやれ。仕方ないですね、じゃあちょっと待っててください。なるべく急ぎますから」

「いや、ゆっくり本選んでくれ。僕はもうちょいそこらへんぶらついてる」


 妖夢と一旦別れて、露店が立ち並ぶ通りに戻る。

 ……さて、白玉楼に行くことになったんだから、なにかお土産でも買っていこう。幽々子相手だから、食べ物系が鉄板だが……


「お」


 もうこんなのも採れるのか。

 二つばかり買っていくか。




















「西瓜ね。また大きいこと」

「おう。目についたから買ってきた」


 夏らしい果物。まるまると成長した大きな西瓜を、二つ購入してきた。

 白玉楼にやってきて、幽々子の奴にお披露目すると、ころころと笑った。


「これは食後のデザートにでもいただきましょう。井戸で冷やしてまいります」

「あら、妖夢。私は今食べたいわ」

「え……でも、冷やしたほうが美味しいですよ?」


 幽々子の奴め、相変わらず食いしん坊である。少し位待てばいいのに。井戸で冷やすってのも、また風情があっていいし。


「冷やすなら、そこらの幽霊でもくっつけとけばすぐでしょ」

「……いや、流石に幽霊が冷やした西瓜は食いたくない」


 食ったら憑かれそうじゃね?


「わ、私も、それは少し……」

「もう、二人共細かいことを気にするわねえ」


 多分、これを細かいと思う感性を持つ奴は、人生幸せなやつだろう。


「なら、良也?」

「……へいへい」


 幽々子が視線で合図してきたので、僕は仕方なく西瓜の片方に手を触れる。……井戸で冷やしたの食ってみたかったのに。


「ああ、良也さんの魔法がありましたね」

「こういう便利なの使えるのは人間よねえ」


 思うんだが、最近、僕の魔法って、元々の『自衛できるようになる』という目的からはいささか離れた使い方しかしていないのではないだろうか?

 こうしてモノを冷やしたり、畑耕したり、料理したり。


 ……気にしないでおこう。幽々子の言う通り、便利は便利だし。


「ほれ、冷えたぞ」


 西瓜一つ冷やすのに、スペルカードまでは使う必要はない。勢い、シャーベット状になりそうなくらい下げてしまったが……まあ冥界で少し気温が低いとはいえ、夏の陽気ならばすぐにいい塩梅になるだろう。


「あ。どうも、良也さん。それでは切ってまいりま――」

「ここは西瓜割りね」


 ……幽々子が、なんか妙なことを言い始めた。


「いや、幽々子。急に何を」

「知らないの? こう、目隠しをしてグルグル回って、周りの声を頼りに西瓜を一刀両断に処するという」

「いや、知ってるよ。なんでいきなりそんな発想が出てきたのかを聞いてるんだ」


 大体、そういうのは海水浴場とかの定番なんじゃあ?


「一回やってみたかったのよ」


 ……一言で返しやがった。


「うーん、西瓜割りねえ」


 あれなあ。昔やったことあるんだけど、棒で割るとぐしゃぐしゃになるし、飛び散ったら土が付いて汚いし、断面が凸凹で食べにくいし……

 食べ物を粗末にしている気がして、あんまり好きじゃないんだよな。


「西瓜割り、ですか」

「妖夢は知ってる?」

「名前だけは」

「よし、やりなさい」


 ゴーゴー、と幽々子が囃し立て、妖夢は溜息を一つつく。

 しかし、逆らっても無駄だと、妖夢より付き合いの短い僕でもわかるのだ。妖夢は、項垂れるように頷いた。


「やりますよ、やればいいんでしょう。まったく」

「流石は妖夢ね」

「しかし、目隠しのための手拭いはありますが、手近な棒がありません。少々お待ちを……」

「あら、妖夢にはそれがあるじゃない」


 と、幽々子が指差すのは、その名も高き楼観剣。


「鞘……ですか?」

「何言ってるの。勿論真剣でやるのよ。西瓜割りはやってみたいけど、それはそれとして綺麗に切らないと食べにくいわよね」

「は、はあ。あの、幽々子様? 私の剣は西瓜を斬るためにあるわけでは……」

「そうよ。当然じゃない。妖夢の剣は、私のためにあるんだから。だから、私のために西瓜を斬りなさい」

「そ、その通りですが……それとこれとは」


 妖夢が、滅茶苦茶困った顔になってる。しどろもどろになっているその姿は、まあうん、アレだ。おもろくて可愛い。


「妖夢……」

「あ、良也さん! 良也さんからも言ってあげてください!」


 僕は救いの手を見つけた顔になる妖夢に、うむ、と鷹揚に頷いた。


「妖夢。普段は、斬れないものなんかあんまりない、とか言っているくせに、西瓜の一つも斬れないのか?」

「ぬぐっ……!?」


 ブルータス、お前もか、とでも言いたそうな顔になる妖夢。

 しかし、僕の言葉に微妙にプライドが刺激されたのか、しばしの葛藤の後、すらりと楼観剣を鞘から引き抜く。


「いいでしょう。たかが果物の一つや二つ、するりと両断して見せましょう」

「やんややんやー」

「いえー、いえー妖夢ー」


 ぱちぱちと幽々子が拍手し、僕も口笛を吹き鳴らして応援する。

 その時、僕と幽々子の心は一つだった。……この時までは。


「さあ、それじゃあ目隠しして、ぐるぐる回しましょう」

「はい」


 手拭いで目隠しをして、十回ほど回す。

 流石に鍛えてあり、フラついたりはしないが、西瓜の方向はわからなくなったようだ。


「……幽々子様、良也さん。して、西瓜はどちらの方向に」


 うむ、見事西瓜とは真逆の方向を見ているな。

 まずは回れ右してから――


「妖夢ー、ちょっとだけ左の方向いて」

「はい!」


 あれ? 幽々子のやつ、見当違いの方向を向けさせて――いきなりブラフか?

 ……二人しかいないし、両方共が間違いを教えたらゲームにならんだろう。僕は正しい方向を言うとするか。


「妖夢! 逆逆ー!」

「妖夢。そのまま真っすぐよ」

「え、ええ!? ど、どっちですか?」


 むう、幽々子のやつめ。どうやら、一から十まで見当違いの方向を教えるつもりだな?

 しかし、折角冷やした西瓜だ。ぬるくなる前に食ってしまいたい。


「妖夢! 僕のことを信じるんだ!」


 今、僕いいこと言った!


「………………」


 妖夢は少し悩んでから、


「幽々子様、次はどちらへ?」

「ええ!?」


 な、なんで信じてくれないんだ!? 僕は本当のことしか言っていないのに!


「……良也さんには、色々とからかわれたことがありましたから」

「幽々子もだろ!?」

「それはそうですが……食べ物のことで、幽々子様が益もないのに、わざわざ嘘を言うとは思えないのです」


 それはそれで嫌な信頼だなオイ。


「いい子ね。妖夢。あ、少しだけ右に修正して、後五歩よ」

「はい」


 くっそ~、まさか妖夢の僕への信用度が幽々子より低いとは。幽々子のほうが、ほら、色々と嘘を言う……というか、本当のことを言わないやん?

 ちぇっ、ちぇっ、僕拗ねるぞ……


「ん?」


 ……あれ? いつの間にか、妖夢が、僕に後数歩とというところまで近付いてる?


「さあ、妖夢。真っ赤な果肉をさらけ出しなさい。後一歩前に進めば、貴女の剣の間合いよ」


 ……うげぇ!? 幽々子のやつ!?


「よ、妖夢! そっちは僕がいる! ほら、声が近いからわかるだろ!?」

「はあ……わざわざ近付いてきて、そんな小芝居まで」


 本当に僕の信用度低い!?

 くそ、逃げよう。言葉で言っても止まらない――


「まったく。こんな余興はさっさと終わらせますよ」

「あ」


 妖夢としては、本当にさっさと終わらせたかっただけなんだろう。僕が退避するその一瞬前に、なにも西瓜にそこまで、という勢いで踏み込み、


「ぎゃーー!?」


 白玉楼の庭に、僕の悲鳴が木霊した。












 ……なお、幽々子は、妖夢が斬りかかってもギリギリ届かない位置に誘導していたらしく。

 楼観剣は、危うく僕の前髪を数本斬り飛ばしただけで、命は無事だった。


 コロコロと笑ってた幽々子には、いつか復讐をすると誓った。

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