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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二十八話『永き夜の始まり』

昼に来たら夜だった。……それはそうと、僕の立場って、一体?

「……はて」


 僕は、思わず腕時計を見下ろした。


 ……午後三時。

 間違っても、深夜の三時ではない、はず?


 疑問符が付いたのは、幻想郷に入るなり、夜になってしまっていたからだ。


「ぉぃぉぃ」


 ここは、色々とトンデモないことが起こる所ではあるが、昼と夜が逆転するほどの珍事は流石に初めてだ。


 こういうときは、これを知っていそうな人間に聞くに限る、と視線だけで霊夢を捜し求め、


「あら、貴方来たの。こんな時に」

「あ、いえ。もう帰りますんで」


 そして、巫女と一緒にいる隙間妖怪を発見、逃亡を企て、


「連れないわね。ちょっと付き合いなさいな」


 失敗した。


 いつの間にかすぐ背後に出現した紫さんに肩をつかまれ、ずるずると引きずられる。


「聞きたいんですけど、なんでここ夜なんですか」

「私が昼と夜の境界を弄ったから」


 ……えー、そんな、簡単なことのように言われても反応に困るって言うか。

 え? 境界? 昼と夜? ふぅーん、スゲェスゲェ。んなこと出来るなんて、アンタ人間じゃないよ。あ、妖怪か。


「で、紫? なんでこんなことをしたのか、聞かせてくれるかしら?」


 珍しく真剣な顔をして、霊夢が尋ねる。


「なにって……気付いていないのかしら? この月の異変を」

「月?」


 紫さんの言葉に、頭上の月を見上げる。

 ……うーん、普通の満月だと思うんだけど。


「あの月はおかしいわ」

「そりゃ、あんたがずっと夜にしているからじゃない」

「違うわよ。あれは満月に見えるけど、ほんの少し欠けている。あれじゃあ満月の意味がない」


 満月の意味って、訳がわからないんですけど。


「人間にはあまり影響はないかもしれないわ。でも、妖怪――とりわけ、月に支配される者にとっては、あの異常な月は致命になりかねない」

「月はそうかもしれないど、ずっと夜が続いたら人間だって気が狂ってしまうわ」

「そ、そうかなぁ? ずっと夜だったら、僕ならずっと部屋でゲームでもしているだろうけど」


 二人の会話についていけないので、適当なことを言って場を和ませようと……


「引き篭もりは黙ってなさい」

「……はい」


 紫さんに一発で叩き潰された。

 ……うーん。ここまで真剣っぽい紫さんは初めてかもしれない。


「とりあえず、ちょっとお昼寝して、ご飯を食べたら異変を解決しにいくわよ」

「そうね。長い夜になりそうだしね」

「……いますぐじゃないんだ」

『眠いじゃない』


 僕が突っ込むと、二人ともハモった。

 ……えー? 異変なら一刻も早く解決しなきゃいけないんじゃないかー? 僕が変なだけかー?


「というわけで、良也さんも眠っておいたほうがいいわ。あ、早めに起きて、夜食の準備はしておいてね」

「は?」

「食材は……ま、そこらに転がってあるのを使ってくれていいから。それじゃあね」


 と、霊夢は母屋に引っ込んでいく。……あれ?


「じゃあ、私も家のほうで一眠りしてくるわ。あ、食事は私の分も用意しておくように」

「え?」


 と、紫さんは隙間に引っ込んでいく。……あれ?


「えーと」


 リュックにはお菓子もあるけど、この異変下では売り捌けないだろう。結局、僕も寝るしかないんだけど……


「……どーして、僕まで付いていくことになってんの? そして、晩飯作るの確定?」


 なんだろう、すごく理不尽っつーか。

 異変解決に、僕なんか何の役にも立たないだろ?










「……むぅ」


 実際、今日は昼過ぎまで寝ていたから、昼寝しようにも数時間で目が覚めてしまった。


 仕方なく、あの腹ペコ巫女と腹ペコ妖怪に餌を作ってやろうと、食材とにらめっこしていたのだが、


「これで、どうしろってんだ」


 米はかろうじてある。

 あと、あるのはオクラ……と、各種調味料。


 ご飯とオクラを切った奴? ……うーん、文句を言われることは必至だな。


「ごめんください」


 などと悩んでいると、誰かが台所にやってきた。


「ああ、はいはい。どちらさんですか」

「こんにちわ。私は紫様の式神である八雲藍という」


 ……シキガミ?

 ああ、あれか。陰陽師とかが使うやつだな。


「え、っと?」

「紫様から、食材がないようなので持っていくように、と言付かってきたんだ」

「あ、そりゃ助かる。丁度今、それで悩んでいたトコなんだ」


 渡されたのは、油揚げを筆頭に色々な野菜。

 うむ。油揚げと小松菜で、甘辛炒めなんて作ればいいか。あと、卵があるんだから、コイツを落としてやれば、そこそこ美味くなるだろうし。


「よければ手伝おうか?」

「え?」


 ……は? なんて言った? TE・TSU・DA・U?


「マジで!?」

「は、はぁ? 別に、私のご主人が食べるものでもあるし……」

「それは助かる! じゃあ、竈に火熾して。僕じゃちょっと時間かかるから」


 僕の反応に、少々戸惑い気味の藍さんだったが、素直に火を熾しに向かう。


 うーん、素直だ。こんなに常識人っぽい人(ではないけど)が、あの傍若無人を絵に描いたような紫さんの式神とは。

 ……きっと、苦労しているんだろうなぁ。


「火、熾きたよ」

「じゃあ、オクラと小松菜と油揚げ切っといて」


 中華なべを取り出し、火にかけながら、藍さんに指示する。


 普段から手馴れているのか、彼女の包丁捌きは見事なものだった。


「はいできた」

「よし来た。オクラは適当に小鉢に盛っておいて。味付けは任せる」


 油揚げと小松菜を、ごま油を敷いた鍋に投入。がちゃがちゃと振り回して、適当に火が通ったところで、適当に味付け。

 ついでに、卵とじにしてやった。


 炒め物は、割とこうやって手軽に出来るから楽だ。

 今考えた適当レシピだが、味自体もそんなに悪くない。


「よし。僕は霊夢を起こしてくるから、藍さんは、紫さんを叩き起こしてきてくれ」


 すでに、米は火にかけてある。連中が起きてくるころには、丁度炊き上がっているだろう。


「……はい。あの、良也、だっけ」

「うん?」

「紫様はああいう人だから、いろいろと迷惑をかけているかもしれないけど、よろしく」

「……まあ、一応了解」


 あくまで一応だ。いろいろと、で括れないほど、あの人は僕に悪戯しまくっている。

 でも、ま。式神ということで、頭は上がらないんだろうな、藍さん。


「まあ、そんなに嫌われてはいないと思うから、悪いようにはされないと思うよ」

「……嫌われてないかもしれないけど、舐められてはいると思う」

「それは仕方ない」


 と、藍さんは笑って、虚空に消えた。


 さて、僕もあの巫女を起こしに行かないと。

 でも、一応、霊夢とは言え女の子の寝室に入るのは、いつも緊張するなぁ。


 んむぅ。起こしに行くのも、二度や三度じゃないのに。これはもしや、僕が霊夢を意識しているということか……?


「……ないな」


 確かに見た目は可愛いが、性格が……。良いとこ、手のかかる妹というところだ。僕、実妹いるけど。

 大体、僕はロリコンじゃないしね?


「誰に聞いてんだ、僕……」


 頭をぽりぽり。

 馬鹿なことを考えていないで、とっとと起こしに行くことにしよう……








「……霊夢ッ! 起きろ! メシが出来たぞ」

「う~~ん、あとちょい」

「それはさっきも聞いた! 起きろってば。ご飯が冷めるって!」


 寝ている霊夢の肩を揺する。

 ……む、寝巻きが少し乱れてるな。


 しっかり布団をかけてやって、と。目の毒だからな。


「あまり起きないようだったら、お前の分の飯は僕が食っちまうぞ!」

「んなことしたら、消し飛ばす……」


 多分、寝ぼけているのだろうが、その台詞は背筋が冷たくなるよ、霊夢サン。


「んじゃあ、アレだ。早く起きないと、お前の分を紫さんが食っちまうぞ!?」

「紫が私より早く起きるはずない……」


 そんなこと、絶対とは言い切れないじゃないか。


 ……ちなみに、その後二十分の格闘の末、ようやく起きた霊夢と一緒に居間に向かったら、紫さんが来たのはさらにその三十分後。

 憔悴した藍さんの顔が、印象的だった。


 さらにちなみに、おかずが冷めていると怒られた。……そろそろ僕も、怒って良い頃かもしれない。

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