第二百四十八話『キョンシー』
キョンシーって、一昔前大流行りしてたよな
……なんでこうなったんだろう。
命蓮寺の裏手。墓地の中を歩きながら、僕は思い悩む。
事の発端は、なし崩し的に対策会議とやらに引っ張り出されたことだ。
……まあ、それはいい。僕の思い出すだけで悲しくなる異変の際の騒動の経験が、多少なりか役に立つのなら話をするくらい構わない。
……でも、なんで僕が大祀廟に向かっているんですか!?
「いや、わかってる、うん」
一人自分にツッコミを入れる。返してくれる人は誰もいない。欝だ。
そもそも、だ。昔ならばともかく、今は聖さんは復活するという聖人・聖徳太子と争うつもりはない。
恐らく、聖人と言うからには人間に味方するだろうが、聖さんにとっては妖怪と同じく人間も仲間だ。人を襲わない妖怪を退治したりしないとだけ約束出来れば敵対する理由はない。
しかし、哀しいかな。仏教関係者というだけで、聖徳太子――名前は神子さん――は態度を頑なにする。
どんなに隠しても、向こうには『わかってしまう』らしい。
ならば、仏教関係者じゃなければいいんだろう? なら、丁度いいのがここに。
……最初に言い出したのはナズーリンで、その提案の言葉をそのまま反射して強烈に同意したのが響子だ。
他の人達は難色を示してくれたが、『だったらどうする』がみんな抜けていて、聖さんの申し訳なさそうな目に耐え切れず僕は自分から志願する羽目になった。
男というのはまこと悲しい生き物である。あのような美人を悲しい顔にさせたままではいられない。
……そーゆーことにしとけ。そうじゃないと、僕がただのノーと言えない日本人気質を体現しただけに思えてくる。いや、実際ハズレでもないのだが。
「で、ここらへんに入り口があるとか言ってたけど」
墓地を抜けて、命蓮寺の敷地の外れに辿り着く。洞窟みたいなのがあるという話だったが、どこに……
「って、あれ?」
ダダダンと、大気を震わせる音。
その方向に目を向けてみると、なにやら空にカラフルな弾幕が広がっていた。
……弾幕ごっこ? こんなタイミングで、どこの誰が。
「う~~~らぁ~~めっしやぁ~~~~~!!」
……小傘だな。間違いない。
ていうか、あいつ、気合を入れる時も『うらめしや』なのか。逆に気が抜けないか?
んで相手は誰だ。
弾幕に巻き込まれないよう、地上からそっと様子を伺うと、片方は思ったとおり例の紫色の趣味の悪い傘の妖怪で、もう一人は……ええと、何者だあれ?
なんか見たことない、額にお札をつけた女の子が、散発的に反撃をしながら小傘の攻撃を全身で受け止めていた。
「くぅー、このぉ!」
「はははー! 諦めなさい。ここから先はお前が立ち入っていい場所ではないっ」
小傘も弱い方とは言え立派な妖怪。その弾幕の威力も、別に低いわけじゃないのだが、相手の少女は余裕の様子で警告を飛ばしている。
っていうか、なんか姿勢が変。腕を伸ばして、足もピンと伸ばしてて全然曲がらない。そして額に貼り付けた符。
はて、なにか昔のホラー映画で見たことあるような。
「うう~」
「おやおや、もうバテたの? ならば、私がその体を喰らって、お前もゾンビにしてやろうー」
「わわわ、傘は腐ったりしないのー」
あ、思い出した。キョンシーだ、あれ。
ぴゅーん、と僕に気付かず敗走する小傘を無視して、僕はその少女を見る。
……このタイミングで見たことない妖怪が目的地付近に出てくるなんて、偶然じゃないよなあ。
十中八九、例の神子さんの関係者で間違い無いだろう。聖さんが、聖徳太子は道教かぶれ、なんて言ってたし。
意を決して、僕は彼女に話しかけることにする。
「あー、そこのキョンシーさん? ちょっといいですか」
「ん!? なに、また侵入者!? それとも、お寺の間者か!」
「いやいや、間者なら話しかけたりしないだろ……」
「それじゃあ、お墓参りに来た人間? 霊廟の入り口までなら案内するよ」
あら、割ときさく。
「うーん、残念ながら、お墓参りでもない。っていうか、もうすぐお墓の人復活するって聞いたんだけど」
「! そういうことか、それで私が目覚めたのか」
うんうん、と一人納得する少女。
「そうすると、お前さんは太子様の復活を祝いに来たのか?」
「それも違う。ええと、一応僕はお寺の……」
言いかけただけで、キョンシーさんはむむむっ、と眉を吊り上げ、戦闘態勢に入る。
「! やっぱりそうか。寺の匂いがしなかったけど、私の役目は寺の連中から霊廟を守ること! さあ、深い眠りから覚めた弾幕を喰らうがいいよっ」
「違うからっ! お願いだから、話を聞いてー!」
聞く耳持たず。キョンシーのお嬢さんは、僕に向けて弾幕を放ってくるのだった。
約二十分後。
「はあ、はあ……そういうわけだから、僕はお寺の人から交渉を頼まれただけで……別に敵対とかする気は、ないん、だって……」
「そうなのか。それなら早く言ってくれないと」
弾幕を躱しながらの必死の説得が何とか通じ、僕は息も絶え絶えながらもなんとか交渉の緒をつかんだ。
「話も聞いてくれなかったくせに……」
「そうだっけ? 忘れたー」
……ゾンビだけに、頭の中まで腐っているのか? 腐女子的な意味ではなく。
「はあ~~。まあ、そういうわけだから。あ、僕は土樹良也。よろしく」
「はいよ。私は……ええと、なんだっけ?」
「おい!?」
自分の名前まで忘れてるの!?
「ああ、そうだ。宮古芳香、だ。芳香でいいよ、良……良、ええと?」
「良也!」
お空を思い出すな、このやりとり!
「はいはい、じゃあ、霊廟まで案内しよう、良也。ご主人に話をすれば良い」
「ご主人……?」
「私の操り主、青娥様。さあ行くよ」
頭の方は少々アレだけど、これだけのキョンシーを操る術者かあ。
……やっべ、大丈夫かな? キョンシー作りって基本的に邪法だし。邪悪な人でないとは限らない。
「ん、なに?」
「いや……」
大丈夫か。このゾンビのくせに陽性の性格をしているキョンシーを作った人が、芯から邪悪だとは思えない。
に、しても。
「そういえば、この神霊が目に見えて多くなってるなあ。これも、霊廟の主のせいなのか?」
ぺし、と道を塞ぐ神霊を弾いて、僕は何気なく世間話を振ってみた。……世間、話? えらく限定的な世間だな。我ながら。
「神霊? なにそれ」
「いや、ほら。そこら中にいる幽霊みたいなの」
これは、脳みそが腐っているから忘れているのか、元々知らないのか、どっちなんだろう。
「へえ、栄養ある?」
……絶対に後者だ!
「いやいやいや。生霊だからな? 栄養云々以前に食べられないから」
「残念。……あれ? はて、私たちはどこに向かっていたんだっけ」
「忘れるなっ! 霊廟だろ、霊廟!」
「霊廟……霊廟……ああ! 確かそうだった」
な、なんか疲れる、この子。真面目に相手はしないほうがいいのかもしれない。
「そう、我々はこの崇高な大祀廟を護るために蘇ったのだ! と、言うわけでお前のような輩に足を踏み入れさせるわけにはいかないっ」
「さっきお前納得したろうがっ!」
話が進まねえええぇぇぇぇーーっっ!
なにこの一歩進んで二歩下がる感じ!
「そうだっけ」
「大体、お前のような、ってどんなのなら入ってもいいんだ……」
「え? えーと……どういうのって。私たちの仲間なら」
仲間以外は立ち入り禁止ですか。
「私がちょーっと齧れば、お前も私たちの仲間になれるよ。いっちょ逝っとく?」
「それ、キョンシーになるだけだろ」
「そう、素晴らしきかなキョンシー! なにせ不滅だよ。スキンケアを怠ると、ちょっと臭うけど」
「生憎、自分不老不死なんで、必要ない」
ていうか、スキンケアって。お前さん、今まで眠っていたとか絶対嘘だろ。
「不老不死?」
と、そんな言葉が上から聞こえた。
「はて、ということは、貴方は仙人ですか? ……いや、そうは見えませんね。見る限り、俗人過ぎます」
「ええと……どちらさん?」
見上げると、また別の女の子がいた。羽衣を持ち、どこか超越した空気を放っている。キョンシーを作っている、ということは道士なのだろうが……仙人に至ってるかな?
「ありゃ、ご主人」
と、その少女を見て、芳香が呟く。
「ってことは、あなたが芳香の操り主という青娥さん……でいいんですか?」
「ええ、そうです。たしかに私は邪仙・霍青娥。さて、それを尋ねる自称不老不死な貴方は何者でしょうか」
じゃ、邪仙……うわー、大丈夫かな、僕。まあ、自分から言うんだから、それほど性悪というわけでもないんじゃないかな、多分。
「ええと、そう。土樹良也っていうらしいよ、ご主人」
あ、ちゃんと名前言えた。
「ほう」
「ええと、僕は命蓮寺からのお使いで。ちょっともうすぐ復活するっていう神子さんと、不戦協定とか結べたらなあ―と」
言うと、青娥さんは僕を値踏みするように見て、
「嘘、ではないようですね。俄には信じがたいことですが、仏教の連中も、道教の素晴らしさを理解したということでしょうか」
「いやー、そういうわけじゃなくて、単に下手に争いたくないだけだと思いますが」
あの仏様至上主義の命蓮寺の人たちが、別の宗教に迎合するとは思えない。
「ふむ……まあ、いいでしょう。私は別に、あの方とは違って、国とか宗教とかは割とどうでもいいので」
「そりゃ同感」
まあ、国や宗教がなくなると、それはそれで困るけれど、なるべく意識しなくてもいい生活が健全だと思うんだ。
「相わかりました。霊廟の奥へお通ししましょう。豊聡耳様の復活に、人の欲の霊だけしか立ち会わないというのは寂しいですからね」
おお、意外に話がわかる。
しかし、欲霊ね……加速度的な勢いで増えているな。
上を見ると、空を覆わんばかりに神霊が発生し、この洞窟へと向かっている。
……もしかしなくても、この騒動、あの巫女が発進するんじゃなかろうな。
そんな、一抹の不安を覚えた。




