第二百四十二話『満月の姉妹』
なんかこう……もう少し、楽な結末を迎えたいと思うのは贅沢なんだろうか
博麗神社の縁側で、茶を啜る。
真上で何度も瞬く原色の光は無視する。
「……ん、霊夢、茶葉変えたか?」
「ああ、それね。紫からの貰い物よ。まあ、お茶っ葉に罪はないし。いいやつだし使ってるわ」
「その言い方だとスキマには罪があるみたいに聞こえるが」
「ないわけないじゃない」
ひどい。一応友人じゃないのか? まあ、僕もアレには散々痛い目に遭わされているので、否定する気はこれっぽっちもないのだが。
「そこのところはノーコメントで。とりあえずおかわりをくれ」
「残念、これで最後みたい」
と、急須から自分の湯呑みに全部の茶を注ぎきって、霊夢が肩をすくめる。……むう、また淹れてくるのか、面倒くさい。
ずん、という空気を震わせる振動。これも当然のように無視だ。
「茶菓子もなくなったし、丁度いいか」
「私は足りないわ。良也さん、淹れてきて頂戴」
「いや、そこは自分で淹れに行けよ。僕はもういいって言ってんのに」
「あればどうせ飲むでしょう?」
「そうだけどさ」
むう、しかしここで淹れに行くのは負けた感じがする。今まで何十何百と戦って全敗の僕が拘るのもアレだが、しかし今日こそは初勝利を!
ぐっ、と心の中で拳を握り締めると同時、流れ弾が来た。自分だけなら逃げまとうところだが、僕がその弾に気付くとほぼ同時に霊夢が相殺する。
「それに、私は神社が壊れないように守らないといけないし」
「……ちなみに、あれ、止める気は?」
「面倒臭いわねえ。まあ、もうちょっとこっちに近付いたらやるわ。面倒だけど」
左様か、と僕は項垂れて、上空を見る。
そこには、空を全部埋めるつもりか、という勢いで弾幕ごっこを繰り広げている魔理沙とフランドールの姿があった。
「曇ってるって言っても、まだ夕方なのに。元気ねえ、フランのやつ」
「今夜、満月だからな」
薄い雲越しに、まんまるのお月さまが見える。満月の日は、妖怪たちのテンションは基本的に高い。特に夜の種族である吸血鬼は言わずもがなだ。
「で、私に止めろって言ったけど、付き添いの良也さんはいいの? あれ放っておいて」
「あー」
……そう、僕は付き添いなのだ。
今日、紅魔館に行って、満月でウズウズしていたフランドールに会って。フランドールが珍しく自分からお出かけしたい、と言ったので、協力してレミリアを説き伏せたのだ。いざとなったら、僕が身体を張って止める約束をして。
んで、流石に里には連れて行けず、博麗神社まで連れてきて。たまたま遊びに来ていた魔理沙が『たまには外でどうだ?』とフランドールを弾幕ごっこに誘い……
当然のようにフランドールは嬉々として頷いて今に至る。
というわけで、今のフランドールの保護者というか責任者は僕であるからして、フランドールが暴走するなら止める義務があるのだが、
「んー」
……止める理由は、ない。
そりゃあ、弾幕ごっこじゃなくてもう少しおしとやかな方向で楽しんで欲しいけど、フランドールは笑ってるし。狂気的な意味でなく楽しんでいるなら、それでいい。
「あははは! 禁忌――」
「おっとぉ! 恋符!」
上空でフランドールと魔理沙がスペルカードを取り出す。これでもかと言わんばかりに霊力が高まり、頂点に達すると同時、二人はそれを放出した。
「『レーヴァテイン』!」
「『マスタァァァーーースパァァァーーーック』!」
紅剣と魔砲が二人の中間点でぶつかり合う。その出力は拮抗し、行き場を失ったエネルギーが膨れ上がり、不安定に揺れる。これは、どちらか少しでも気を抜いた方に全ての威力が殺到するだろう。
一言言わせて欲しい。どこのドラゴンボ○ルだ、お前ら。
「うーー!」
「んぎぎ……」
うわあ……本気でどっかのゲームで見たことある感じになってきたよ。スーフ○ミの超武○伝? 撃ち合いになった後、あのキー連打する奴。あれにそっくり。
……あ、魔理沙が二枚目取り出した。
「……『ファイナルスパーク』!!」
ただでさえ大威力の光線が更に上書きされる。フランドールの剣と交差しているところにファイナルスパークの威力が届くと、あっさりと均衡は打ち破られた。
「え? きゃあああ!?」
避ける暇もなく、フランドールが七色の光線に飲み込まれる。
「……だ、大丈夫だよな?」
「平気でしょ。それより、お茶。五人分だから土瓶でね」
湯呑みを空にした霊夢が、催促するように言った。
「負けちゃった……」
お出かけ用の服をボロボロにして、不貞腐れるようにフランドールが呟く。
「私的には勝ったって気はしないけどな。日は落ちてなかったし」
湯呑み片手に魔理沙はカラカラ笑う。
「……ん、ほれフランドール。もう大分ぬるくなってるぞ」
「ありがと」
熱いのが苦手なフランドールに冷ました茶を渡してやる。
……あ、こいつ、茶菓子に持ってきたカステラ、半分くらい食べてやがる。弾幕ごっこに負けてやけ食いか。
「にしても……」
「? 霊夢、どうした」
じろじろと、僕とフランドールを交互に見る霊夢。……なんだ?
「随分とまあ懐いたものね。私がフランと会った頃からは考えられないわよ」
「……話には聞くけどなあ」
僕が幻想郷に来る前の話だが、レミリアが異変を起こす前のフランドールは今よりずっと危険だったらしい。ふとした拍子に簡単に暴走して、周りを滅茶苦茶にしたとか。
そんなフランドールが、僕なぞに懐いているのは確かに不思議だ。
でも、僕が会った時点で、もうかなり落ち着いていたと思う。だから、この手柄は霊夢か魔理沙のものだと思うのだが。
「……良也、まだ熱い」
「あー、ほれ、ふーふーしろ、ふーふー」
言うとフランドールは言われたとおり、息を吹きかけて冷まそうとする。あー、いいな。素直で。ここの連中、捻くれた奴ばっかりだから……
「あ、美味しい」
「そうだろそうだろ」
僕が淹れた茶を褒められて、ちょっと嬉しい。
「フランは日本茶は飲み慣れていないのね。オマケして八十点ってところよ」
霊夢がしれっと言う。
「いや、割と高くないか? 点数」
「九十五点以下は不合格」
「なんだその滅茶苦茶な足切りラインは」
「折角のいい茶葉だから、合格点も高いの」
じゃあお前が淹れろと言いたい。
「うーん、美味しいけどなあ」
「霊夢、お前もフランドールを見習え」
お前、自分が基準だから理想が高すぎるんだよ。
と、やり取りしてると、魔理沙がぐいっとフランドールの隣に座った。
「よお、フラン。もうちょっと休憩したら、もう一回やろうぜ。お前とは、紅魔館でしかやったことないからさ、外でやると新鮮だ」
「いや、魔理沙。もう日が落ちるから。満月の吸血鬼に喧嘩売るなって」
流石に、満月の夜だと、フランドールが暴走しないとは言い切れない。
「んー、良也がこう言ってるから、いいや」
「チッ、保護者気取りか、良也」
「レミリアに任されてるからな。変なことさせると殺される」
まだフランドールは外に出た経験が少ない。『外は怖い』とかいう認識を間違っても持たれて欲しくないのだ。
満月だと、下手すると魔理沙に大怪我させちまう。……無用な心配だとは思うが。
「あれ? そういや、そのレミリアはどうした。あいつなら、フランが外に出るっつーなら付いてくると思うが」
「いや……それが、フランドールが……」
「お姉様は過保護だから。私も、一人で大丈夫なのに!」
……まあ、保護者が煩わしい年頃(精神的に)っていうか、最近、喧嘩することが多くなったらしい。それはそれでレミリアも嬉しそうだからいいのだが。
そんなこともあって、『親戚の優しいお兄ちゃん』的ポジションで、フランドールも嫌がらない僕が付き添いに任命されたってわけである。
「…………」
しかし……ふと気付いたのだが。冷静に考えて、あの姉がこの妹を僕に任せっきりにするか?
ないな。どう考えても、それはない。
「……えい」
ちょっと気になって、自分の能力の範囲を広げる。
僕のこれは、自分の世界を作るわけであるからして、その範囲内にあればなにがあるかなんとなくわかる。本当になんとなくだけど。
博麗神社の境内全域を覆うくらいに広げると、何故かここにいる奴以外に、人の気配が……
ちら、と視線だけを向けてみると、神社の影に隠れてメイド服のフリルが少しだけ覗いていた。
咲夜さん……いや、そんなところにいないで、出てくればいいのに。
と、声をかけようとすると、キラッと光るナイフを見せつけられた。
「そんなにバレたくないのか……」
「どうしたの、良也」
「なんでもない。……あー、フランドールは幸せ者だな」
「?」
いや、実に愛されている。気配は二つ。片方は咲夜さんとして、もう片方は間違いなくレミリアだ。余程妹のことが心配だったらしい。
フランドールからしたら相当ウザいだろうなあ、という気持ちを押し込めて、いいお姉ちゃんだなあと評価しておく。僕も一応、妹のいる身として、気持ちはわからんでもない。
「ええと、急にどうしたの?」
「いや……。あー、今更だけど、レミリアと一緒に来ればよかったのに。本気で嫌だったわけじゃないんだろ」
「そうだけど……」
あ、意外な事にあっさりと認めた。
「でも、お姉様に迷惑かけたくないし」
「……いや、レミリアがフランドールのことで迷惑に思うことなんてまずありえないと思うが」
「そうかな」
「そうだよ。あいつシスコン入ってるし」
断言する。
まあ、こんだけ可愛い妹なら当然と言えば当然だが。
……サク、と足元にナイフが突き刺さった。
「しすこん?」
「あー、いや、その……簡単に言うと、レミリアはフランドールのことが大好きという話で」
さり気なくフランドールの視界からナイフを隠しつつ、当たり障りの無い言葉を選ぶ。今度はセーフらしい。
もう一度、神社の影を見てみる。レミリアの手らしきものが覗いており、なんか爪が伸びてる。
次下手なことを言うと、私自らその頚掻っ切ってやる、という力強い意思を感じた。
「なあ、良也」
「言うな、魔理沙」
流石に、霊夢と魔理沙の二人は気付いたらしい。霊夢の方は我関せずとお茶のおかわりを注いでいるが。……つーか、お前飲み過ぎ。
「……うん、私もお姉様のことは大好きだから。だから、もう一人で大丈夫ってところ見せたいと思う」
「うがっ」
なんだこの破壊力。純真で健気だ。
がん、と神社の壁に頭かなんかがぶつかる音。レミリアのやつ、相当身悶えしているらしい。まあ、恥ずかしいよな。
「それに――」
ぎゅ、となんか僕の手が握られる。
……あ、あれ? これはもしかして、憧れのお兄ちゃんに淡い恋心を抱いているフラグ?
いつの間にフランドール攻略ルートに入ったんだろう。でも、あれだ。金髪ロリは確かにゲームなんかだと大好きなんだが、しかし現実のロリはちょっと……
とかなんとか僕が思っていると、フランドールは僕の手を自分の口元に持って行って、
「今日は私が独り占めするんだから」
がぶ、と遠慮呵責なく二の腕にかぶりつき、ずずー、と血を飲み始めた。
「うん、安心のオチだ。いやー、本当、安心した」
我ながら、実に空虚な声だった。
……妙な妄想をした自分、反省しろ。
「んく、んく、んく」
「あれ、フランドールさん? なんかいつもの三倍くらいの勢いで吸ってません?」
「そりゃそうだろ。今日は満月だし」
と、魔理沙からツッコミが入った。
……そういえば、そうだった。見ると、ちょうど太陽も落ちている。吸血鬼の力は増し、食欲も同じく倍増している。
特に、まともに月光を浴びる機会が少なかったと思われる引篭もりのフランドールは、なーんかちょっと我を忘れているような気がしないでもない……
じゅるじゅるじゅる、と身体から全部の生気が根こそぎ奪い取られるような……あれ? あからさまに血色が悪くなっていますよ? ぶっちゃけ致死量一歩手前。
「……霊夢、悪い。晩飯の支度よろしく」
「はあ、仕方ないわね。鉄分たっぷりの献立にしてあげる」
最後の力を振り絞り、それだけを伝えて僕は目をつぶった。
「あのー、お嬢様。妹様、満月の光に当てられているようですが」
「……まあ、たまにはお腹いっぱい食べるのもいいでしょう。お腹が満ちれば、暴れる気も失せるだろうし」
あ。なんかすげー無責任な声が、意識を失う直前に聞こえた気がする。




