第二百三十六話『地底の人たち』
こんな目に遭うのになぜ僕が地底に行くのか? 地上よりマシだからに決まっている
さて、今日は地底に行く日である。
今日はお燐と遊ぶ予定なのだ。無論、デート的な意味でなく、猫モード相手だが。……まあ、僕としてもお燐相手には動物的意味でしか可愛いとは思わないので、全く問題はない。
そんなわけで、猫じゃらしにマタタビにボールもばっちり。今日は思う存分、猫っかわいがりしてくれるわ。
んで、地底に向けてゴーゴーと飛んでいるわけであるが、
「また来たわね、地上の人間」
ひく、と顔が引き攣った。
地底を行く僕の前に立ち塞がったのは緑の瞳。綺麗な目のくせにジト目がデフォのパルスィだ。
橋姫、という妖怪であり、地上と地下を繋ぐ道の番人? 的な人である。間欠泉地下センターのため諏訪子によってぶち抜かれた穴と、元々あった穴、両方に出没するので、遭遇する確率は半々なんだが……出会っちまったかあ。
「こんにちは、パルスィ。それじゃ、僕はこれで……」
「なに、そんなに急いで。そんなに楽しみなことでもあるの? 妬ましいわね」
「いやいや、そーゆーわけ……もちょっとあるけど」
それ以前に、単に相手をするのが面倒臭いだけだ。『嫉妬心を操る』程度の能力を持つだけあって、パルスィは嫉妬深い。別に能力を持ってても性格までそんな風になることないのに。こいつ、殆ど言い掛かりレベルで突っかかってくるのだ。
いつもはスルーするのだが、しかし今日は僕は足を止めて話してみることにする。いやー、いい加減、関係改善を図りたいしね?
「なあ。妬ましい妬ましいって、割と耳タコなんだが、こう他にやることないのか?」
「やることならあるわ。地上から地下を行き来する人間を、無事に辿り着けるよう見守ること。今まさにやっているじゃない」
……見守る? 通せんぼするんじゃなくて?
「確か、いつかの異変じゃあ、霊夢も僕も叩き帰されそうになったんだけど」
というか、僕は文字通り落とされて、死亡カウントが増加したような覚えが。
「あの頃は、地上との行き来が途絶えて久しかったもの。妖精たちが暴れていたし。そんな状況で怪しい人間を通すわけないじゃない」
「……僕、これでも幻想郷有数の怪しくない人間を自負しているんだけど」
「その厚顔無恥っぷりが妬ましい」
「なんでっ!?」
いやいや、僕みたいな普通の好青年を捕まえてなにを言うんだ。
実際、僕は空飛ぶ連中の中で一番不審じゃない人間だと思うんだけどなあ。他がアレなだけとも言うが。
「地底の封印が解放されても、こうも頻繁にこっちに来ているのは貴方だけよ。物好きで、変な人間だと自分で思わない?」
「あ、あんまり……かな?」
だって、地上よりマシなんだもんっ。
ていうか、そうじゃない。そうじゃないんだ。
「いやいや、だから僕が言いたいのはそーゆーことじゃなく。やることってのは、ほら、なんだ」
「なによ?」
「こう、そうやって変なことで妬むより、もっと楽しいことでもしたようがいいんじゃない? って話だ」
顔は可愛いし、それに仕事(?)も、上と下を往来する人間を見守るとか、なんか話だけ聞くと優しげな感じだ。実態は、往来する人間(要するに僕)に突っかかってくるだけの簡単なお仕事だが。
……いや、話が逸れた。
「余計なお世話よ。人の趣味にケチを付けないで欲しいわね」
「趣味なの!?」
言っちゃ悪いが、えらい暗い趣味だな、おい!?
「ええ、そうよ。嫉妬は嫉妬を煽るもの。私が妬むことで、人間の心に嫉妬心が生まれて……考えるだけで楽しいと思わない?」
「ど、どうかなー。僕はもうちょい明るい話がいいかなー」
「そう。残念ね。こんなに楽しいのに」
ふふふふふふふ……と笑い始めるパルスィは、なんかとっても怖かった。
ち、地下の連中は、封印されていただけあって、やっぱりどこかしら不健康なところがあるな。性格が。忌み嫌われている妖怪といえば筆頭に挙げられるさとりさんも、僕に対しては違うけど、心を読める相手ならある意味絶好調だし。
「貴方もほら、よおく周りに目を向けてみなさい。妬ましいでしょう、自分より富裕な奴が。自分より美形な奴が。才能のある者が」
「そ、それは否定出来ない――ッ!」
リア充は死んで良いと思うよっ! ねえ、そうだろう!?
「――っは!?」
いかん、今一瞬、暗黒面に落ちかけてしまった。
いや、流石に気の迷いですよ? 人の不幸を願うほど、僕は落ちちゃいないっつーの。しかし恐ろしい。これがパルスィの『嫉妬心を操る』程度の能力か……いや、単なる口車だった気がするけどね。
ならば、こちらも口で言い返さないといけないな。
えーと。うん、そうだ。
「パルスィ。ほら、あれだよ。上を見て妬むより、自分も上に上がれるよう努力をしようZE!」
爽やかに言ってやった。ふふふ……どうだ、この名言。思わず成程と頷かずにはいられまい。
「そう思える前向きさが妬ましいわ」
「……いや、折角僕が今いいこと言ったんだからさ」
「いいこと? さっきの、いかにも人間らしい、耳触りだけが良い綺麗事が?」
うーわ、ボコボコだ……。なんか僕少し泣きそう。
本気で凹んだ僕を見かねたのか、パルスィは呆れたように、
「はあ、これくらいでそんなに落ち込むなんて。挫折を知らないようで妬ましいわ」
「……もはやなんでもありだな」
ここまで来ると、いっそ感心してしまう。
感心ついでに、地底への土産として持ってきた菓子なんぞをパルスィに提供し『こんな美味しい物を食べているなんて以下略』なんて文句だか賞賛だかわからないことを言われつつも、僕は彼女に手を振って別れた。
……慣れると、これはこれで変わった友人として面白い奴なんだよ、うん。
さて、途中で不幸にも遭遇した釣瓶落としの奇襲を奇跡的に躱すことに成功し(反撃しようとしたらすぐ逃げられた)、えんやこらと旧都を飛んでいたら、途中で見知った顔があった。
街道の隅で、誰か知らない妖怪と話しているのは、ありゃヤマメだ。話は終わったようで、二人はすぐに別れたが……ふむ。
「おーい」
「ん? おお、あんたかい。久し振りだねぇ」
久し振り……かな? まあ、地底の連中は地上の宴会には参加しないからな。ヤマメみたいに定住していない妖怪とは、しばらく会わないこともある。
「ああ。久し振り」
「しかし、あんたも物好きだねぇ。地底なんて、普通の人間には空気悪いだろう?」
「いや、まあ」
否定はしないが。ここの淀んだ空気は、多分普通の人間には毒だろう。旧地獄跡だけあって、瘴気とかそーゆーのが含まれている。詳しい内訳は知らないが。
「魔法の森も平気だし……意外と平気だぞ」
「そうかい。ま、なにか病気になったら言いな。治してやるから」
「……へ?」
「あれ? 言ってなかったかい。私の能力は病気を操ること。当然、病気にさせるだけじゃなく、治すことだって出来るさ。専門は感染症。インフルエンザでも赤痢でも梅毒でもなんでもこいだ。今の奴だって、風邪気味だったのを治してやったんだ」
マジで!? インフルエンザ治せるとか、ノーベル賞ものだぞ。科学的に妖怪の能力を再現できたらだけど。
「すごいな、ヤマメ」
「まあ、それが私の能力だからね。私ゃ、あんまり人を病気にさせたりとか好きじゃないし」
うわ、すげえいい妖怪だ。うんうん、人の迷惑になることをしちゃいけないからね。
「それに、病気で弱った相手を叩くよりかは、普通に喧嘩したいのさ。その方が楽しい」
「……うん、わかってた。わかってたんだ」
どうせそんなオチが付くだろうと。
「あんたもやるかい? 相手をしてやるよ」
「……嫌だよ、面倒臭い」
どうして、妖怪ってのはこうバトルジャンキーが多いんだろう。僕なんぞを誘っても楽しくはなかろうに。
「えー? 蜘蛛だからって差別? そりゃ、人間には嫌われる昆虫だけど」
「違うって。戦うの嫌なんだよ」
「そりゃ珍しい。ここじゃあ、三度の飯より弾幕ごっこが好きな連中ばかりだというのに」
……いくら娯楽が少ないからって、そりゃないと思う。住人の殆どが妖怪だと考えれば、それも当然かも知れないが。
「少なくとも、人間で好きな奴はあまりいないと思う」
「そうかねえ?」
ヤマメが納得行かないという風に首をかしげている。
彼女は、地底に封印されて久しい。そして、ここ最近ここを訪れたという人間というと、僕と霊夢と、あと観光に来たことがあるという魔理沙と、間欠泉地下センターの件で来た東風谷くらい……?
――四分の三じゃねぇか! そりゃ人間も弾幕ごっこ好きだって勘違いされるよっ。
「い、いやヤマメ。今どんな連中を思い浮かべたか大体想像付くけど、違うから。あれは人間の中でもだいぶ特殊な連中だから」
「そうなのかい」
「そうです」
あれが人間のスタンダードだと誤解されたら困る。とても困る。
「ちぇー。んじゃ、いいよ。別の喧嘩相手探しに行くから」
「んじゃあ、私とでもやるかい?」
と、いきなり割って入る声。
この声は……と振り向くと、案の定一本角の鬼がいた。
「勇儀さん。こんにちは」
「ん、あんたか。萃香は元気かい?」
「ええまあ、無駄に元気ですよ」
というか、あれが消沈しているところは想像できない……酒が切れたらもしかしたら? ……今度試してみよう。絶対死ぬほど抵抗されると思うけど。
「勇儀。鬼のあんたに誘われるなんて光栄だね」
「なに、私も土蜘蛛との戦いは楽しいさ。頼光に恨みのある者同士、思う存分やろうじゃないか」
「ああ、あれねえ。懐かしいね、なんとも」
……なんかともでもない話してない?
なんて気はしたものの、このまま霊力を高め始めた二人の会話を聞き続けるのは死亡フラグなので、僕はゆっくりとフェードアウトすることにした。
しかし、今日はいやに地底の顔見知りと遭遇するな。
こういうときは癒し……癒しが必要。予定通りお燐を可愛がってストレスを発散……
そう考えながら地霊殿にやって来た僕の前に、お空が現れる。そして、僕と彼女の間には妙な緊張感が漂っていた。
……今日は僕の名前、ちゃんと覚えているか? 覚えていないと、高確率で排除しにかかるからなー、怖いなー
「………………」
「………………」
お空と見つめ合うことしばし。彼女は、おもむろに口を開いた。
「りょ、リヨーャ!」
「なんかアクセント違わないか!?」
どういう発音の仕方だよ!?
「違う? あいつじゃないのね」
「あ、いや、合ってる。一応、合ってるから。ギリだけど、自分が呼ばれたってわかるからっ」
「あいつじゃないってことは、不法侵入者! 消し炭にしないと!」
何故そこで消し炭にするという発想に!? 馬鹿って怖い!
ど、どうしようどうしよう!?
ここで問題だ、どうやってこの状況を切り抜ける?
答え①ハンサムな良也は突如反撃のアイデアがひらめく
答え②仲間が来て助けてくれる
答え③かわせない。現実は非常……って、ああああーー!? もう核融合させてるしっ!? あ、いや、ちょっと待っ――
……割と高い確率で『こう』なるお空のせいで、何故か地霊殿に僕の着替えが用意されるようになった現実に、僕は涙をすればいいのか、感謝をすればいいのかわかりません。
畜生。




