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東方奇縁譚  作者: 久櫛縁
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第二百三十五話『土蔵』

ぐあ……

 なんなのだろう、この状況は。


「あら、良也さん。お茶が空になっているじゃない。おかわりはいるかしら?」

「あ、ああ。もらおうかな」

「じゃあ、少し待っていなさい。すぐに淹れてくるから」


 と、急須片手にとててと台所に向かう霊夢。


 その後姿を見送りながら、一体僕はなにをしたのだろう、と内心首を傾げる。


 ――今日、幻想郷に来て、すぐにこれなのだ。里に行こうとする僕を霊夢が引き止め、手ずからお茶を淹れて歓待してくれた。ついでに、何故かいつもなら僕が買ってくるはずのお茶菓子まで完備してある。


 絶対におかしい。霊夢がお茶を淹れてくれる位ならまだしも、奴が自分で用意した茶菓子を僕にまでただで振る舞うなど有り得ない。


 ここで、霊夢が今までの僕への仕打ちを反省して殊勝な態度に出た……なんて可能性はゼロなわけで、すると僕はとっとと逃げたほうが良いのだろうか。

 でも、どうせ逃げたってすぐ捕まるのがオチだしなあ。


 なんて心のどこかでは諦観しているのだが、しかしここではいそうですかと膝を屈するほど僕は往生際のいい男ではない。

 気配を消して、抜き足、差し足で博麗神社から脱出……


「あら、良也さん。どこに行くのかしら」


 ……いや、どうせ逃げられないってことくらい分かっていたけどね。

 でも、お前さあ、霊夢。なんで台所から態々遠回りして来てるわけ? 普通に台所からさっき茶を飲んでた縁側まで一直線に来てたら出くわすなんてことなかったはずなのに。


 聞いてみると、霊夢は至極あっさりと、


「勘よ」

「……左様か」


 心の中で手を上げるしかなかった。
















「土蔵を整理したいのよ」


 諦めて二杯目の茶をなるべくゆっくり飲み干すと、霊夢は突然そんなことを言い出した。


「……はあ。どうせ、んなこったろーと」

「なに? 私が土蔵の整理をしちゃ悪い?」

「いや、全然悪くない。僕は応援している。だから頑張って……」

「まさか良也さんは、こんなか弱い乙女に一人であの大きな土蔵を片付けろとか、そんな鬼畜なことは言わないわよね」


 …………『か弱い』『乙女』。いや、なにも言うまい。もしかしたら、比較対象がレミリアとか萃香辺りなのかもしれん。あの辺に比べりゃあ確かに霊夢はか弱い乙女だ。あくまで腕力的には。


「なによ」

「なんでも。ちなみに、僕は霊夢より更に劣る貧弱なもやしっ子なわけなんだが……」

「さて、それじゃあさっさと始めましょうか。ちゃっちゃとやらないと日が暮れちゃうわ。良也さん、よろしくお願いね」

「……いいけどな、別に」


 しかし、だったら最初から普通に頼めというのだ。なら別に断ったりしないのに。いや、なにか理由をつけて逃げようとはするだろうが、どうせ最後には僕が折れることになるんだし。

 と、ぶちぶち内心文句を垂れながら、神社の裏の土蔵に向かう。


 博麗神社の敷地内にある土蔵は、それなりに立派な代物で、この中に普段使わない祭器やら使わなくなった道具やらを仕舞っているらしい。

 何気に、入るのは初めてだ。白壁の色も鮮やかな土蔵の前に立ち、多分霊夢より年上っぽい佇まいに柄にもなく歴史というものを感じる。


 だけど、造り自体はしっかりしているはずだ。なにせ、本当の中心は社だったとは言え、博麗神社を襲ったあの天子の悪戯をしてしっかり生き残っているくらいだし。


「開けるわよー」


 ごつい南京錠に鍵を挿し込み、霊夢がゆっくりと鍵をひねる。……開かない。


「錆び付いているわね……」

「おいおい、どんだけ放っておいたんだよ」

「さあ? 普段使う祭器は母屋の方に置いてるし、考えて見ればここ数年くらい開けたことなかったかも」


 お前……神社の道具はちゃんとしたところに仕舞っておけよ。


「……それでなんで片付けようと思い立ったんだ」

「いや、あんまり放っておくのもアレかなあ、ってね。……ええい、面倒臭いわね」


 南京錠をしばらくガチャガチャやっていた霊夢だが、何時まで経っても開かないことに業を煮やし、ガッ、と南京錠を握りしめる。……おい、なに霊力集中してやがる。


「ちょっ、霊夢!? お前、なにする気だ」

「鍵はまた買えばいいし」


 いいから、なんだ!?

 ちょっと待てと霊夢を止めようとするが、時既に遅し。


「破ッ」


 裂帛の気合と共に、霊夢が力を込めると、霊力の光が発生し……錆びていた南京錠はあっさりと千切れ飛んだ。


「…………」


 おいおい、奥さん。これが自分をか弱いなどと妄言を吐いていた自称乙女の所業ですよ。阿呆か。


「なに呆けてるのよ。さ、早いところ始めましょ」

「……りょーかい」


 なにかどっと疲れるものを感じながら、僕は霊夢が扉を開けるのを見守る。


「……ん?」


 今、扉の隙間から何か……


「わ!?」

「うっぷ!」


 土蔵を開けると同時、すごい埃が舞い上がる。たまらず、僕と霊夢は下がった。


「うっわぁ~。すごい埃。……こりゃ、骨が折れそうねえ」

「……というか、僕の心は既に挫け始めているんだが」


 扉を開けるだけでこの騒ぎである。中の様子も想像に難くない。


「だらしないわねえ。ほらほら、良也さん。得意の風の魔法で埃を吹き飛ばして頂戴」

「別に得意でもないんだけどなあ」


 勿論、不得意というわけでもない。これが師であるパチュリー曰く究極の器用貧乏の面目躍如といった感じだ。器用貧乏に面目なぞあるわけもないが。

 まあ、細かい埃まで全部換気するような真似は出来ないが、大まかに空気を通すくらいは出来るだろう。手をかざして、風の道を作る。


「十分くらい待て」

「はいはい」


 ぶおおー、とデカイドライヤーみたいな音を立てつつ、土蔵の中の空気をかき混ぜる。入り口から出てくる埃に若干むせながらも、僕はしばらくそのまま換気を実施するのだった。


















「……ふう。腕だるー」


 土蔵の換気が終わって実に二時間ほど。

 とりあえず、中の物で不要なものを霊夢に聞きながら、一旦外に出した。


 これがまあ、出てくる出てくる。千歯こきや鎌や鍬みたいな農具から、昔使っていたと思しき箪笥やちゃぶ台、細かい小物はそれこそ櫛から耳かきまでごっそりと。

 まあ、大半は廃棄処分だろうな。流石にガタが来過ぎている。修理すれば使えるものも多いが、しかし今まで蔵で死蔵していたものを今更修理してまで使いやしないだろう。


「よ、っと。良也さんに手伝ってもらって助かったわ。後は残ったものの整理と掃除をして終わりね。それはまたのんびりとやるわ」


 どん、と霊夢は軽々と運んできた特大の本棚を地面に置いた。

 ……だから、自称か弱いんだから、もうちょっと弱いところを見せてくれ。僕はそんな大物をそんなに軽々は運べないぞ……


「で、霊夢、どうすんのこれ? やっぱ捨てるのか?」

「うーん、もしかしたら由緒あるものも混じっているかもしれないし」

「いや、由緒あるものだったら知っとけよ」


 あれ出せこれ出せとテキパキ指示していたから、てっきり大事なモノはちゃんとわかっているのかと。


「これは私が来る前からあったものだからねえ。先代にでも聞かないと、本当に必要なものかはわからないわ」

「先代? いたの?」

「そりゃいるわよ。私はこの通りの小娘だからね。博麗神社の歴史はもっと長いわ」

「うん、そうなんだろうけどな」


 なんか、この神社を霊夢以外が管理しているのに違和感というか……


「で、その先代さんとやらはどこに? あ、亡くなってたりしたらごめん」

「さあ……生きてるやら死んでるやら。私も、そういえば会ったことあったっけ、なかったっけ?」

「うぉい」


 いくらなんでも適当過ぎるでしょう?


「仕方ないじゃない。私が継いだのはほんの小さい頃だったんだから。会ったことあるような気はするんだけど……」

「小さい頃って……今も小さいだろ」


 ガンッ! って脳が揺さぶられた! なんか殴られたぞ今。拳見えなかったけど!


「し、身長の話だ」

「どっちにしろ失礼な話ね」


 ……それもそうか。


「しかし、本当にどうしたものかしら」

「少しはどうするか考えていなかったのか?」

「全然。片付けるのも思いつきだったし」


 思いつきでこんな重労働させたのか、お前は。


 しかし……と表に出した不用品を眺める。

 中にあるのの整理と掃除は後日でもいいけど、一旦外に出したこいつらは、雨にでも降られたらコトだなあ。いざ処分するとなった場合、燃やしにくくなる。

 いや、妹紅あたりでも連れてくれば外のゴミ焼却炉も真っ青な火力で無理矢理灰にしてくれるとは思うのだが。


「おっ、お、なんだお前ら、楽しそうなことしているじゃないか」


 と、頭を悩ませていると、箒にまたがった魔理沙がやってきた。こいつ……丁度仕事が終わった頃に狙いすましたかのように……

 もう一時間早ければ絶対手伝わせていたのに。……まあ、そうなったらこいつは間違い無く逃げるだろうが。


「ちょっと蔵の整理をね」

「ふーん、で、このガラクタどうする気だ?」

「ガラクタとは失礼ね」


 いや、まあ否定出来ないとは思うがな。


「どう処分するかは保留中よ。こんなの使わないし、かと言って捨てるのも勿体無いし」


 でた、MOTTAINAI。いや、大した心がけだとは思うが、流石にこれは燃やして燃料にするくらいしか使い道がないのではないだろうか。


 なんて思っていると、なにやら考え込んでいた魔理沙が口を開く。


「なあ、もしいらないんだったら私に譲ってくれないか?」

「はあ? 魔理沙、お前、使ったりするのか?」


 突飛なことを言い出した魔理沙に突っ込む。そりゃ、そこの本棚あたりは少し補修すれば使えないこともないだろうが。


「いや、使う気はない。でも、こういうガラクタってなんかわくわくするじゃないか」

「ガラクタじゃないってば」

「はあ、まあ気持ちはわからんでもないが……」


 しかし、実際に引き取る奴は珍しいぞ。そいや、こいつ蒐集癖があったっけ……。こうやってなんでもかんでも持って行って、魔理沙の家の中はなかなかに愉快な惨状になっている。

 まあ、散らかりまくっている中にしれっと草薙の剣なんかが混じっていたりした辺りが魔理沙の侮れないところだが。


 そういう珍品に鼻の効く魔理沙が欲しがるとなると……もしかして本気で貴重品でも混じってんのかな。僕にゃわからないが。


「はあ……まあ、あんたに譲るのは構わないけど、でもそれなりの対価っていうのが必要じゃないかしら?」


 と、霊夢が香霖堂の店主さんに聞かせてやりたい台詞をのたまった。


「どうせ捨てるんだろ、ただでくれよ」

「捨てるなんて決まってないわ」

「私とお前の仲じゃないか」

「親しき仲にも礼儀ありよ。ちなみに、素敵なお賽銭箱は今日も貴方のお賽銭を待っているわ」


 はあ、と魔理沙はため息を付いた。


「わかったわかった。でも、最近私は現金収入に乏しいんだ。霧雨魔法店も最近の不景気の影響からは逃れられないんでな」

「お前んちは万年閑古鳥だろ……」


 あんな立地で客が来ると思うのがまず間違いだ。


「うっせ。だからまあ、霊夢。物々交換で勘弁してくれ。今度、茸取ってきてやるから」

「うーん、わかった。売ったわ」


 と、このように交渉成立。霊夢曰くの『由緒があるかもしれない品』は茸と引換に出来る程度のものらしい。まあ、本人同士が同意しているんだったら、僕がなにを言うわけにもいかない。


「お、よっしゃ。んじゃ、これ持って帰るからなー」

「どうやって……いや、いい。好きに持って帰れ」


 ツッコミを入れようとしたら、嬉々としてどこからか取り出した袋(ベタな泥棒が使うような奴。正直すげー似合ってる)に荷物を詰め始める魔理沙。

 自分の身長以上の大きさとなった泥棒袋を背負い、


「んじゃー、大物はまた明日にでも取りに来るから。そんじゃなー」


 と、嵐のように去っていった。


 ……はあ、なんかどっと疲れた。


「今日はもう終わりでいいだろ? 腹減ったから飯にしよう、飯」

「そうね。良也さん、頑張ってくれたし、今日は私が腕を振るうとするわ」

「……随分やっすい報酬だな、おい」

「文句があるなら作らないわよ」

「いや、頼む。正直もう筋肉痛が……」


 男だからと見栄張って重いものたくさん運んだからなあ……

 でも、霊夢が片腕でもっと重い物を持ってたから、形無しだったわけだが。


「軟弱ねえ」

「うっせ。最初言っただろう。貧弱なんだって」


 まあ、なんだかんだで久しぶりにいい汗をかいたし。


 ……よしとしようか。











「ぐおおおおお!?」


 二日後。

 襲ってきた筋肉痛に、僕は身悶えしながら仕事に向かったとかなんとか。

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